水説:剛腕か、やり過ぎか=倉重篤郎
毎日新聞 2013年05月22日 東京朝刊
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日本郵政の坂篤郎社長を更迭し、西室泰三元東芝会長を後継とする人事が政権内にさざ波をたてている。
公明党の山口那津男代表が15日付の夕刊フジコラムで「政府が100%の株式を保有するからといって、政権交代のたびに、実力者の意向でトップ人事が左右されるイメージができるのは避けたい」と書き、20日、経団連の米倉弘昌会長は、記者会見で「株主が横暴だという批判が出てくるかもしれない」と述べた。
「実力者」「横暴な株主」とは、誰を指すのか。菅義偉官房長官が同日夕の記者会見で早速反論した。米倉発言に対し「全くあたらない」としたうえで「日本最大の会社の経営を民営の経験豊かな方に委ねるのは100%株主としては当然」と強調した。
さて、この菅官房長官主導人事をどう読むか。
背景には、郵政民営化をめぐる長い政治抗争史がある。小泉純一郎首相時代の民営化をめぐる自民党内を二つに割った対立。郵政解散での刺客騒動と、郵貯・簡保も含めて完全民営化するという小泉路線の完勝。小泉後のそれに対する反動。そして民主党政権下、自公民3党合意でようやく定まった、郵貯・簡保は切り離さない、とする現行路線。菅氏は現行路線に最後まで反発、衆院本会議の採決でその法案に反対した自民党議員3人のうちの1人だった。
その延長線で言えば、現行路線をひた走る坂体制に対し、官房長官というポストを背に菅氏が待ったをかけるのは当然の成り行きだった。前任の斎藤次郎氏から坂氏に社長交代したのが、昨年暮れの自民党政権になる直前の駆け込み人事だったこと、2代続きの財務省出身社長であったことも格好の論拠となった。
一方で、坂氏への交代は日本郵政という民間企業の取締役会全会一致の議決によるものであり、郵政労組、郵便局長会の幅広い支持を受けていた。かつ、坂体制は民営化後最高の最終利益を上げる(3月期決算)という実績もあった。現行路線を支持する公明党や財界から「やり過ぎ」評が出てくるのもそこにある。
政治にとって人事ほど重要なものはない。民主党政権の最大の失敗は人事で霞が関を統治できなかったことにある。上手に人事で引き締めれば求心力が高まるが、政権の足を引っ張ることもある。
さて、現行法には、経営の判断によって、郵貯・簡保の切り離しが可能と読み取れる箇所が残る。路線対立再燃の目も残っているわけだ。菅剛腕人事の意味は、意外と重いのではないか。(専門編集委員)