シリーズ追跡

05渇水の行方は/94年と比べると…

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“禁断”ではダム延命無理

 早明浦ダムの貯水量が激減し、夜間断水を余儀なくされる町や田植えをあきらめる農家が出るなど深刻の度合いを増している今年の渇水。空梅雨でひび割れた地面のように、渇水時の取水制限をめぐって吉野川水系水利用連絡協議会(会長・横田耕治四国地方整備局長)が紛糾している。会の事務局の四国地整局が、これまでダム建設以前から持っていたことを理由に手を付けられることのなかった徳島県の「不特定用水」を取水制限の対象とする案を持ち出したからだ。非常時のダムの延命策としたい国、既得権益を死守したい徳島県、ダムの延命はありがたいが、徳島との関係も大切にしたい香川県―。三者三様の思惑が透けて見える。一日から二日にかけては待望の降雨もあったが、貯水量回復には程遠い。不特定用水の行方を追った。

提案の背景 「合理的で徳島にも利益」四国地整局

吉野川渇水調整の模式図
吉野川渇水調整の模式図
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 「そんな案では席を立たざるを得ない」。徳島県の出席者はこう言い放つと、そのまま会場を後にした。高松市内で一日開かれた吉野川水系水利用連絡協議会の幹事会。残された出席者はあっけにとられ、長い沈黙に包まれた。
 「不特定用水」削減の再提案をめぐる仕切り直しの協議にも徳島県、四国地方整備局が互いに譲らず、平行線をたどった末の決裂。出席者は両者の溝の深さを痛感するとともに、四次取水制限のめどが立たないことに不安を隠せなかった。

異例には異例で
 「早明浦ダムの水資源を有効に使い、できる限りの延命を図りたい」。横田耕治四国地方整備局長は初めて公開とした協議会や飯泉嘉門徳島県知事との面会の席上などで、「聖域」に切り込む真意を積極的に説明している。
 実際、ウエートの低い「新規用水」だけを対象に実施した三次取水制限は、わずか一日の延命。同じ手法で四次取水制限を行っても効果は見込めず、焼け石に水だ。そこで目がいくのが、大口の不特定用水。三次取水制限後は池田ダム地点の流量の八割強を占め、案通り30%削減されれば約一週間延命される。
 早明浦ダムの貯水率が一九九四年の異常渇水よりも速いペースで低下している中、「異例の状況には異例の手法でなければ対応できない」との姿勢に立たざるを得なかったという。

忘れられた恩恵
 「現段階では最も合理的な案で、理解を得られると思っていたのですが…」。案を示しながら困惑するのは、同局河川管理課の大城秀彰建設専門官。案には、徳島県を納得させるはずの根拠の一つも示していた。
 この時期の池田ダム地点の不特定用水や新規用水の流量とともに、「早明浦ダムがない場合の自然流況」を明記したのがそれ。数字は毎秒一三・五トンで、「今も不特定用水(毎秒四三・〇トン)を確保できているのはダムの恩恵。30%削減してもダムがない場合の二倍超に上る」という主張だ。
 もちろん、六七年に閣議決定された吉野川水系の水資源開発基本計画には「既存水利の保護に十分配慮する」との文言があり、ダム建設で既得権に不利益を与えないとの考えは基本にある。が、▽現状ではダムのおかげで既存水利が守られている▽貯水率がゼロになれば水を補給できない―ことから、「延命は徳島県の利益にもつながるんです」(大城専門官)。

おぜん立てなし
 ただ、「合理的な案」も調整できなければ効果はない。通常の行政手法では、異例であればあるほど事前の「根回し」を十分行うところだが、同局によると「幹事会でいきなり提案した」という。さらに、横田局長と飯泉知事のトップ会談にも事務方のすり合わせなどおぜん立てはなく、前進にはつながらなかった。
 「公明正大に議論すれば、自ずと一つの方向に傾く」。案の合理性を自負する同局の思惑は、現段階では外れた格好だ。聖域に切り込んだのは大きな一歩だが、頼みの「切り札」が不発に終われば、もう手中に有効なカードは見当たらない。
 ただ、関係者の一人は「既存水利の保護」をうたった水資源開発基本計画に盛り込まれた別の文言を指し示し、希望を託す。「地域の実情に応じ関係者の相互の理解と合意を踏まえ(中略)既存水利の有効適切な利用を図るものとする」。

不特定用水

 不特定用水は、一九七五年の早明浦ダム建設以前から徳島県内で主に農業用水として利用されてきた水で、水利権によって担保されている。
 水利権には、明治時代にそれ以前からの水利権をそのまま認定した慣行水利権と、河川法に定められ河川の管理者(一級河川なら国土交通相)が水の使用を許可する許可水利権が併存している。
 許可水利権は季節、水量、関係面積が定められ、十年ごとに審査を経て更新されるが、慣行水利権に関しては厳密な定めはない。
 水利権は法律上は一種の財産権と見なされ「独占的、排他的」が原則。新たに水を使おうとする人は、先に使っている人の同意を得なければならない。慣行水利権も、許可水利権も、先に使っていたことによって、“新参者”に対し特権的な立場をとることになる。
 吉野川総合開発で早明浦ダムをつくる際、もともと吉野川の水を使っていた人たちの取り分は担保されなければならなかった。それが徳島県側のいう「既得権」。専門用語では「不特定用水」といい、どこのダムでも算定されている。
 徳島県によると、この既得権を最優先に取り扱うことを条件にダム建設に同意した経緯があるという。
 不特定用水の中身は、農業用水、工業用水、水道用水、そして川が流れを保つための「河川維持用水」を加えた、早明浦ダムができる以前の水利権の合計ということになる。徳島県の今の時期(六月一日―九月十日)の不特定用水は毎秒四三トン。内訳は農業二八トン、工業・水道二トン、河川維持一三トン。
 今回の三次制限で香川が50%カットとなっても、徳島は不特定用水があるため全体で17・6%削減にとどまった。

徳島の言い分 代替水源、他になし 削減すれば、農家直撃

池田地点の確保流量と取水制限
池田地点の確保流量と取水制限
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 「この辺りは『阿波の北方』いうて、昔から水争いが絶えんかった。だから、香川に分水するなんて、昔は絶対、考えられない。不特定用水? 知事さんの発言が地元の感覚、流域の声を代表していると思う。ここでうんと言えば、『県は何やっとんぞ』と農家が黙ってはおらん」
 徳島県阿波市(旧阿波町)の男性はこう語り、飯泉徳島県知事の発言を支持する。

阿波の北方
 阿讃山脈と吉野川に挟まれた一帯は、目の前を滔々(とうとう)と流れる川を尻目に、ずっと水に悩まされた地域。吉野川の水を使うにはポンプアップが必要で、水田化は第二次大戦後まで持ち越され、かつては藍や桑園が広がっていた。
 そこに吉野川総合開発計画の一環として、山手に農業用水を引いて一帯をかんがいする計画が持ち上がった。その吉野川北岸用水は、池田町から板野町までを貫く総延長約七十キロの農業用水。一九七一年から十八年かけて完成した。受益面積は六千八百六十ヘクタール。農家戸数は約一万三千戸。それまで各地区で吉野川から取水していた不特定分と新規分を合わせて、池田ダムから取水する。

24日の衝撃
 「不特定用水がカットされるらしい」
 六月二十四日。吉野川北岸用水を管理する同土地改良区に吉野川水系水利用連絡協議会幹事会の一報が入り、急きょ、配水委員会を開催。県に対し、▽不特定分を割り込む規制は受け入れない▽そういう状況になった場合は委員会で検討して回答する―の二点を即座に申し入れたという。
 「高松の四国地方整備局までバスを仕立てて抗議に行こうという意見も出たほど。われわれには代替水源がない。死活問題ですから」と、同土地改良区の逢坂恒幸常務理事は振り返る。
 この時期、平年なら新規と不特定合わせて十四トン。「常にぎりぎりの水管理を行っている。が、新規の五割削減で一トンあまり減った上に不特定が三割削減されると、全体で四、五トンも減る。河道外貯留も認められておらず、調整池も少ない。これではやっていけない」というのが、同土地改良区の言い分だ。

川と生きる
 冒頭の男性はこうも言う。「今回の提案は、香川のためのようにしか見えない」と。営農方法も変わり、今は早期米に重点が移っている。なのに四、五月の取水は制限を受けている。取水に関して、日ごろから弾力的な運用をしていれば、こじれることはなかったとでも言いたげだ。
 「吉野川の水の延命を図るのであれば、即座に香川への分水を中止すべき。そうであれば、三割カットでも五割カットでも、私たちは納得して受け入れるだろう。現在でも無堤防地区はあるし、暴れ川の異名を持つ吉野川の洪水の被害は結局、私たちが受ける。世間が狭いと思われるかもしれんが、吉野川と共に暮らしているのは私たちなんですよ」

やりとり 横田地整局長と飯泉徳島知事

 六月二十九日に吉野川水系水利用連絡協議会の横田耕治会長(四国地方整備局長)と、徳島県の飯泉嘉門知事が会談。主なやりとりは次の通り。

 横田会長 今回は前回(一九九四年)を上回る大渇水。このままでは、七月十日ごろには早明浦ダム(の貯水率)がゼロになる。四国の命である早明浦の水を有効に使おうと三次取水制限の際、(不特定用水の三割カットを)提案した。不特定用水を含めた制限は、毎秒四十三トンをできるだけ優先しようと二次制限までは実施しなかったが、節水をお願いするだけでは早明浦ダム全体を生かすことができない。三次制限として徳島の不特定用水を一二・九トン削減する案だ。今のままだと、新規用水を五割削減しても(貯水率ゼロが)一日延びるだけ。不特定用水削減と節水で、何とか一週間遅らせることができる。一週間延びれば、雨の機会も若干増える。ぜひ理解いただき、残っている部分を最大限に活用していきたい。

 飯泉徳島知事 (提案は)開会中の県議会で、過去の経緯を踏まえたものなのかとの議論がかなり出た。主要会派代表からも「過去の経緯をしっかり踏まえた上で対応してほしい」と申し入れがあったばかり。六六年、早明浦ダム基本計画の意見書の中で、ダムができる前から使っている水については優先ではなく、最優先で取り扱うと決められているはず。開発された新規部分(の権利)は徳島と香川にあるわけで、それとは当然、扱い方が違う。ルールを変えようというのであれば、知事の判断ではなく、県民の理解が必要で、県議会に諮って決めることになる。九四年も新規が75%まで制限されたが、不特定の議論はなかったという経緯がある。県民もよく承知のことで、仮に今の早明浦がなかったとすれば、徳島は不特定だけ。香川にはため池や小規模ダムがある。現在、香川のため池の状況は貯水率が七割弱あり、小規模ダムも54%ある。これらを工夫して活用してもらい、なおかつ困るのであれば、そのときに新たな展開をわれわれとしても考えたい。県議会でも人道的な部分は考えないといけないという議論があった。お互いに持てるものは工夫して使い切った上で、新たに考えていこうというのがわれわれの立場だ。

 会長 早明浦では現在も四十三トンを確保しており、仮にダムがないと自流は十四トン程度。早明浦で三十トン近くを補給していることになる。ダム建設以前にも渇水はあり、その際は必ずしも四十三トンは確保できていない。四十三トンはダム建設前から確保しているとの話だが、渇水時はそれだけ流れてこない。それがダムで確保できるようになった。われわれは、水が枯れても、そこのところだけは最優先で確保してきた。今のままだと七月十一日には確保できなくなり、四十三トンが十四トン、あるいは、それ以下になる。これは何も香川だけでなく、四国全体、徳島の問題。香川に水をあげる・あげないの問題ではなく、今の早明浦の水をできるだけ有効に使うための提案だ。

 知事 新たな展開も当然考えていく必要があるかもしれないが、今の段階でそれがベストなのかどうか。新規分については、われわれも協力している。歴史の重みがどうしてもある。

 会長 十分、わきまえた上での提案だ。徳島も七月十一日から水がなくなってしまう。それでいいのかどうか。ぜひ、客観的に判断してもらいたい。香川でもできるだけ節水してもらう。夜間断水も始まっており、既存のため池を有効活用してもらうのは当然だ。

 知事 徳島の不特定分には水道水、農業用水、それに工業用水も含まれている。早明浦ができる前から使っており、われわれには吉野川以外、代替水源がない。那賀川の窮状を踏まえ、香川でも持てるものは十分に使っていただけるよう要請をお願いしたい。その上での話なら、議論するのはやぶさかでない。お隣同士、共助の精神で、人道的な部分は過去の経緯も踏まえながら、考えていかなければならない。

 会長 このままいけば香川のためというより、徳島の四十三トンが三分の一以下になる非常事態になってしまう。三割カットして延命し、香川に水を送るだけでなく、今ある水を徳島、香川を含めて、できるだけ有効に長く使うという提案だと理解いただきたい。

 知事 香川に水を回す・回さないという感覚でものを言っているのではない。あくまで新規に開発した部分は、われわれも協力している。新規の部分と早明浦ができる前の部分では、考え方が異なってくる。

 会長 そこは十分に理解している。

 知事 われわれにしても徳島の分として、今後どうなっていくか、長引かせる工夫を考えていかなければならないし、早明浦は国で管理しているダムであり、国の協力をいただかなければ、やっていけない。

 会長 いずれにしても(不特定用水の削減について)ぜひ、検討いただきたい。

 知事 徳島の現状と過去の歴史を逆に理解いただきたい。ダムがパンクしてしまうと四十三トンは制限を受けるが、今後、シミュレーションして、国の協力を得ないといけない。ただ、今の段階ですぐカットは、これまでの経緯や議会からの要請もあって厳しい。

 佐竹圭一、山下和彦、岩部芳樹が担当しました。

(2005年7月3日四国新聞掲載)

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