人格障害の治療とは(update 3/6)
(注 以下の説明は専門家でない方への分かりやすい解説を意図したもので、あくまで私の臨床経験に基づくものです。学問的な用語法や定義から外れる表現をお許し下さい。なお、人格障害にはさまざまなものがありますが、ここでは主に臨床の現場でよく見られる「境界性人格障害」について述べています。)
【はじめに】
(境界性)人格障害で苦しむひとはたくさんおられますが、その多くは治療できます。思考及び行動パターンの修正のための私なりの治療法を以下にまとめてみます。ポイントは「認知の修正」と「自分で治ること」です。
【人格障害とは】
ここでいう人格障害とは、「生きて行く上で障害になるいろんな心と行動の問題があるが、精神病ではなく、性格的なものといわれる」という人たちの「困った認知と行動パターンの障害」のことをいいます。典型的には、「親しくしていた人が離れていく状況などで急に不安となり自殺企図をしたり大騒ぎを起こしたりする人」がこれに当てはまります。 この行動パターンの結果として「人間関係がうまくやって行けないで閉じこもり、摂食障害、薬物依存、不登校などスムーズに生きて行けなくなった状態」となることが多く、警察沙汰になったり救急車で運ばれたり、大変な人生です。
最近の治療の中から、この人格障害やアダルトチルドレンは、「一見認知は正常に見えるが、実はかなり障害されている」「世界の見え方自体がかなりゆがんでしまっている」ことが分かってきました。すべてのことが「自分を見捨てるか否か」の意味だけで理解され、情報が正しく入らなくなっている状態がもとにあり、問題行動はその結果として出現します。
例@ 十代からのアルコール依存の20代女性
親しくしていた同性の友人が結婚して直後に飛び降り、大量服薬、リストカット(手首を切る)などした。小さい頃父母が離婚して思春期にいろいろつらい経験をしている。
例A 薬物依存歴のある20代女性
薬物依存で当院に入院した女性。思春期に父の女性問題でつらい思いをして以来幻聴が聞こえ、幻聴 を紛らすためにブロンなど薬物を乱用してきた。若くして同棲、出産している。
例B 飲酒時急に人格が変わる20代男性
飲酒時に自殺企図をしたり母に暴力をふるう。警察に何度も保護されて来院した。よく聞くと「飲み始めの状況を覚えていない」。病的酩酊とは異なる。小さい頃父親からひどい暴力的虐待を受け、母親に暴力をふるうのを見てきた。
例C 自殺企図の20代女性
親しい男性との関係でリストカットした。父親がアルコール依存症でずっと「しっかり者の長女」だった。自分のことより他人の世話ばかり焼く損な性格。十代で結婚、出産、離婚。「私がいなければお父さんは生きていけない」 (こういう人をアダルトチルドレンと言います。)
例D
大騒ぎを起こす30代女性
「声が出ない」、「突然倒れて全部忘れてしまう」、「男性とのトラブルで警察沙汰になる」などを繰り返し入院した。父母が離婚、義父から心理的虐待を受けた。その後も付き合った男性との間でつらい思いをしている。
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いずれも「人間関係がべったりか敵対か」、「ゼロか百しかない」という極端なパターンになる人が多い。
【一般的な治療が失敗に終わる原因】 (new)
人格障害の人の問題行動は激しく、周囲を振り回します。自殺をほのめかしたり実行しますので大変です。治療の中でもちょっとした主治医の言動が思わぬ本人の反応を招いて、治療に無関係なやりとりでかなりエネルギーを使います。そういう事情から、おそらく通常は「行動のコントロール」に焦点が当てられ、行動を落ち着かせることばかり考えるようになります。その結果ますます本人の行動に巻き込まれて、治療は混乱し、多くの治療者はついには「人格障害は治らない」と思うようです。
このパターンに陥らない方法は、「行動は相手にせず、認知の修正に焦点を当てる」ことです。私はこういう方針で治療を行っています。
【どんな治療をするか? 入院の場合】
上の例の人たちはみんな、自分の行動パターンの問題点を理解し、違う行動のパターンを身に付けて立ち直りつつあります。典型的な治療のスタイルは以下のようです。
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多くのケースは警察に保護されたり、自殺企図で救急車で運ばれたり、精神科の閉鎖病棟に強制で入院になります。この時はみんな「なんでこんなところに入院しなければいけないか」と話も出来ないことが多いです。(ここで追い詰められる状況となることに意味があります)。
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昨年から上記のほかに、メール相談で治療の相談が出来た場合に、はじめから期間などを約束して任意入院で閉鎖病棟を使った「短期集中カウンセリング入院」の試みも始めました。この場合は約束で本人も納得して閉鎖病棟に入ります。
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入院してすぐに「あなたの行動パターンの問題はここで、こうしたら良くなります」という治療方針のプリントを作って本人に見せます。私は事実をそのままはっきり伝えます。
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閉鎖病棟で、「この行動パターンの原因になるような昔の経験、親との関係などを振り返って見ましょう」と集中的にカウンセリングをして、治療の前半は徹底して過去の修正すべき行動パターンの振り返りの時間(認知療法といいます)とします。外出も無しで、厳しい治療です。ここで真剣に自分を振り返った人は(頭の中では)すっかり良くなることができます。「逃げることを止めた人にしかできないすがすがしい顔」になります。
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振り返りが十分に出来たら、親や関係者にその結果を手紙にして見てもらいます。みんなに認めてもらったら一転して開放病棟に移り、行動を自由にして集団療法に移ります。(アルコール問題の人はアルコール依存症治療プログラムで自分の振り返った結果を仲間に話したりします)。
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入院は1〜3ヶ月、退院してからが実は大変です。頭の中ではすっかり良くなっていても、現実は「逃げていたときの体のまま」です。つらさやストレスを薬物やアルコール、人間関係への依存で紛らしていたパターンをやめたのはいいが、新たにストレスを処理するまともな方法を身に付けるまでの半年が大変。ほとんどの人は「うつ」になります。ここは外来でひたすらサポートします。「うつ」の薬を使ったり、毎回「昔と比べたら確実によくなっている。今が一番きついところだから何とか踏ん張りましょう」とやっていくと、半年後には「うつ」を乗り切って、心身ともにまわりがびっくりするほどまともになれます。
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まともになって、まともになったことでまわりの人から良くあつかわれ、新しい行動パターンがしっかり身につけばうつの薬は要らなくなります。
以上が私が実際にやっている治療です。精神科の閉鎖病棟に強制入院するというのは大変なショックなことですが、それが逆に自分を見詰めなおす絶好の良い機会になるようです。「このままではいけない」と追い詰められた状況で逃げるパターンを止めて現実に直面化した時、目の前は開けます。
【入院にならなかった場合】
暴力や自殺企図など、生活が破綻し、入院になった場合は上記のパターンの治療になります。問題行動がそこまでひどくない場合は外来でのカウンセリングと抗うつ薬中心の薬物療法を行います。カウンセリングの基本方針は「本人の改めるべき行動パターン」に焦点を当て、本人とともに行動パターンをどう変えるかを考えます。たとえば、はっきり「母親が中途半端に逃げるような態度をとった時に、急速に不安になって、周囲の人の気を引くような行動に出てしまうパターン」があることを本人に指摘し、自覚できる様に持って行きます。母親に会いに行く前に「あなたにはこのパターンがあるからね」と念を押していくと大体繰り返さないで済みます。
ポイントは本人に「はっきり現実を知らせる」ということです。現実に直面化したところから、行動パターンの修正は始まります。
【本人が困っていないで、家族だけが困っている場合】
この場合がもっとも困った状況です。この手の相談が最も多いです。この場合の原則は「人格障害の行動パターンのおかげで本人が困る」ようにすることです。周囲が困るからと毎回尻ぬぐいをしては、本人が困らず、治療にはつながりません。この「本人に返す」というのは徹底的にしないと何にもなりません。「関わるすべての人が、統一して、振り回されないで一貫した態度をとる」ことができると、かなりの場合解決への糸口が見えてきます。
【人格障害と依存症】
人格障害はアルコールや薬物依存と似ています。みんな現実の問題から何かに逃げるパターンで、人格障害は「人間関係への依存」です。「人間関係addiction」(人間関係中毒)といってもいい極端な状態です。べったりになった相手には重荷になって関係が長続きせず、離れると大騒ぎを起こしてだんだん友達もいなくなります。
アルコールと同じく「依存をやめる」、「逃げないで自分の力でやっていく」パターンに行動を修正するのが治療の基本方針です。
【おわりに】
厳しい状況、追い詰められることは劇的に変われる大きなチャンスです。パターンを変えることは可能です。追い詰められていればいるほど、解決は近く、追い詰められていない状況は一番不幸です。