開成高校といえば、なんといっても「東京大学合格者数第一位」。生徒の4~5割が東大に行く、「賢い学校」という印象がある。その野球部と聞けば、さぞかし弱いだろう、とまず想像してしまうのだが、東京都大会でベスト16まで勝ち進んだという。すごい。でも、なぜ?……そのナゾに迫るのが、今回紹介する『「弱くても勝てます」: 開成高校野球部のセオリー』(高橋 秀実/新潮社)である。
まず、平成17年全国高等学校野球選手権大会の東東京予選における開成高校の戦績を見てほしい。
・1回戦 開成10-2都立科学技術高校(7回コールド)
・2回戦 開成13-3都立八丈高校(5回コールド)
・3回戦 開成14-3都立九段高校(7回コールド)
・4回戦 開成9 -5都立淵江高校
・5回戦 国士舘高校10-3開成(7回コールド)
なんというか、ものすごく大雑把な感じがしないだろうか? 著者はこう書く。「野球は9回裏まで何が起こるかわからない」という決まり文句があるが、開成の野球には9回がないのである、と。
著者が開成高校の練習を見に行った際の、最初の感想を記しておく。
下手なのである。
それも異常に。
内野ゴロが野手の股の下を抜け、球拾いをしている選手の股も抜け、壁にぶつかるまで転がり続ける。フライの落下点を誤って後逸し、走塁すれば足がもつれそうになる。キャッチボールでさえエラーするので、いつ球が飛んでくるかわからず、百戦錬磨の著者をして、「危なくて気が抜けない取材」だったという。
レフトを守る3年生は言う。
「内野は打者に近い。近いとこわいです。外野なら遠くて安心なんです」
彼は固い地面もこわいそうで、ヘッドスライディングができないという。
サードの3年生は胸を張る。
「エラーは開成の伝統ですから」
エラーしまくると相手は油断する。エラーは一種の戦略でもあるのだ。
そして個人的に一番気に入ったのは、2年生のピッチャーのこの一言
「実は、僕は逆上がりもできないんです」
念のため書いておくが、小学2年生ではなく、高校2年生である。
開成高校野球部には送りバントやスクイズはない。そもそもサインプレーがなく、監督は大声で指示を出す。サインプレーをし、スクイズで1点取っても、意味がない。なぜならていねいに1点取ったところで、その裏に相手に10点取られてしまうからだ。
「送りバントのような局面における確実性を積み上げていくと結果的に負けてしまうんです」とは聡明なる監督の弁である。
そんな開成高校野球部の戦略は以下のようなものだ。
まず、1番から6番まで、できる限り強い打球を打てる選手を並べていく。もっとも強い打者は2番。そして、ひたすら強振する。一番チャンスがあるのは8番、9番からはじめるイニングで、彼らがうまいことヒットやフォアボールで出塁した場合だ。下位打線を抑えられなかったことで動揺する相手ピッチャーに1番が強振して長打、そして最強の2番打者が打つ。弱いチームに打たれたことにショックを受けている相手を逃さず、後続がとにかく振り抜いて連打を食らわせして大量点を取るイニングを作り、そのままドサクサに紛れて勝つ、のだそうだ。
超進学校の勝てるセオリーは「ドサクサ」なのである。そして、実際そうやって勝ち上がってきたことは、冒頭の戦績で見た通りだ。
青木監督は言う。
「チームに貢献するなんていうのは人間の本能じゃないと思います」
「思いっきり振って球を遠くに飛ばす。それが一番楽しいはずなんです。生徒たちはグラウンドで本能的に大胆にやっていいのに、それを押し殺しているのを見ると、僕は本能的に我慢できない。たとえミスしてもワーッと元気よくやっていれば、怒れませんよ。伸びやかに自由に暴れまくってほしい。野球は『俺が俺が』でいいんです」
実は青木監督は選手時代、常にチームに貢献することを考え、送りバント、セーフティーバントの練習ばかりしていたという。その経験を経て気づいたことを、選手たちに託しているのだ。
「大人になってからの勝負は大胆にはできません。だからこそ、今なんです」
本当にそうだと思う。自分の楽しさのために、ただ思いっきりバットを振る。そんな素晴らしく心地良い経験は、大人げない大人ならいざ知らず、多くの人にとってなかなかできない。東大をはじめとする有名大学に進み、将来、国や企業の要職につくような開成高校の子たちならなおさらであろう。
そして、最終章では、平成24年東東京予選大会でベスト16進出に挑む彼らの姿が描かれる。彼らの空振りが空気を震わせるさまは感動的でさえあり、「爆発の予感」を感じさせるのだ……。<レビュー/土屋 敦(HONZ)>
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『「弱くても勝てます」: 開成高校野球部のセオリー』 戦力不足も作戦のうち! |