「お兄ちゃんのバカ!」

 最近は忙しいわけです。夏ですんで。うちの店は首都圏とはいってもお盆時期になると人が「帰ってくる」ほうの場所にあります。なので、一時的に地域の人口がやたら増えます。増えるとコンビニは忙しくなります。あとアイスとかジュース、氷なんかですね。コンビニってのはもはや「地域の需要に応える」なんて待ちの商売ではなくなっており、家庭の内側まで入っていって、潜在需要を掘り起こし、来店動機をいくつも作ってやり、それで来店した客にどさくさでいろんなもの買わせて単価を上げる、という商売モデルに変わりつつあるような気もします。気もするっつーか、チェーン各社の方針はすでにそう。セブンプレミアムとかな。要は食卓に食い込んだもん勝ちなわけですよ。

 まあそれはさておき忙しいのです。ただでさえ忙しいってのに、今年は曜日まわりの関係でお盆週の客数ピーク週におでんのスタートをブチ当てやがった。なお、なぜこのクソ暑いさなかにおでんなんかを始めるかというと、なんかそういう本が出てた気もしますけど、端的にいうとこの手の商材のピークって、体感気温で「前日より気温が下がった」度合いが大きい時期なので、実は真冬じゃないのです。9月末から11月頭くらいがピークになります。んでもってそのピークに合わせて認知度を上げようとするとこの時期から始めるしかないよねっていう。あと酷暑のさなかではありますが、やっぱりお盆を過ぎると空気感ってのが微妙に変わってきます。暑いには暑いが、じめっとした感じがなくなるとか。あとまあ、世の秋物商戦もこの時期から始まりますからのー。

 でまあ、そんな話はどうでもいいのです。今日は、いつもバカ長い話の枕がまともなふりして内容はクソどうでもいいという逆のパターンです。俺自身にとっては逆だがな!

 俺が忙しいという話をしています。忙しいのでシフト長いです。今日も朝から仕事をしており、夕方くらいには死んだロリコンの目で商品を陳列しておりました。

 そこへさっそうと10さいくらいの女の子が来店しました。ああしゃがむのもつらいなあ、でもしゃがまないと冷やし麺の陳列できないしなあ、山本昌はいったいどういう肉体してるのかなあ、俺はまだ42さいなんだけどなあと思いつつ、俺は弾むように歩く少女の気配を後頭部にある破廉恥な魔眼でチェックしていました。髪は肩よりちょっと長いくらいで、すごいさらさらしてました。すごいです。さらさらです。おいたんはね、朝シャワーを浴びてきてもね、夕方にはなんかべっとりとしてきてね、それは髪が少ないっていう関係上もあるんだけどね、ああうん、そんな情報はクソどうでもいいんだけどね。女の子はちょっと日焼けしてて、そんでちょっとおしゃれさんな感じでした。

 その後ろから、十代なかばくらいの少年がやってきました。細身で鍛えた感じのなかなかいい肉体を持った少年です。どうやらその二人は兄妹なんじゃないかな、と俺は思いました。妹さんはお兄ちゃんの腕とかにまとわりついてぶら下がったりしており、俺はお兄ちゃんのことをこのクソリア充めとか思いながらにこやかにセールストークなんかをしました。ひょっとして兄妹でプールなんか行ってきた帰りなんじゃないでしょうか。まあ妹ちゃんの直近にて犬の嗅覚をフルパワーにすればえんそのにおいで事実関係は判明するのでしょうが、残念ながら俺は仕事中です。えんそかあ。えろいよなあ。あと仕事中じゃなければ確認するかのような誤解を招く発言がありましたが、俺はそんなことはしません。

 などと思っていると、盛大なくしゃみの音が聞こえました。「ぶへぇっくしょい」というかなり本格的なもので、どこのおっさんがかましたのかと思ったら、どうやら少年のもののようです。将来が思いやられます。そして妹さんはどうやらその正面にいたようです。

「きたないよお兄ちゃん、かかっちゃったじゃん」

 なんかお兄ちゃんの液体的ものが妹ちゃんにかかったようです。ところで2013年のジャパンにおいても一般的な妹さんの兄に対する呼称は「お兄ちゃん」が多いように感じられます。俺は一度でいいから「兄さん」と呼ぶ妹さんをリアルで見てみたいです。俺の定義では「兄さん」言う妹さんはたいがいどこかがおかしいことになってるので、きっとその妹さんはお兄ちゃんのことが大好きすぎておかしいはずだ。

 お兄ちゃんのほうはへらへら笑いながら、

「わりーわりー」

 などと言っております。妹さんは憤慨した口調で言いました。

「やりかえすから!」

 そのセリフを聞いた瞬間、俺が思ったことをそのまま文字にすると「店内でいちゃいちゃすんじゃねえよ!」でした。なにか世界観が歪んでいる人の反応です。俺は兄妹間によるよだれ戦争の勃発を前に緊張していましたが、紛争は未然に防がれました。

 お兄ちゃんはこう返しました。

「いいよ。いくらでもやってみな」

 威力外交です。いや違うか。核の平和か。絶対に行使されてはならない妹さんのくしゃみによる唾液攻撃を盾に取り、事態をうやむやにうちに終息に導こうとしている。俺はもう自分がなに書いてるんだかよくわかってません。

「……うう」

 妹さんには抗弁の言葉がなくなったようです。

 そこで妹さんはまさかの行動に出ました。

 拳をグーのかたちにして、お兄ちゃんに親愛の情を含んだ擬似暴力的な行為に及ぶと同時に、こう言ったのです。

 

「……お兄ちゃんのバカ!」

 

 全国のインビジブル妹さんに射精管理をされたいお兄ちゃんさん、すいませんまちがえました、そこまで行かなくてもとにかく非実在妹さんを持つお兄ちゃんさん。俺はリアルで「お兄ちゃんのバカ!」というセリフを初めて聞きました。軽い衝撃でした。冷やし中華ととろろそばをごっちゃに並べて気づかないくらいの衝撃でした(すごいわかりづらい表現)(でも容器似てるしさぁ……)。

 件のお兄ちゃんですが、さすがかわいい妹さんを持つクソリア充だけはありまして「はいはい」などと言いつつてきとーにやり過ごしています。さすがだなお兄ちゃん! さすが……だな……。

 

 というわけでこのエントリは、ほほえましい兄妹のやりとりも、観測者によって徹底的に歪めて見られるという観測者問題に対する批判を仰ぐという社会的な動機によって書かれました。以下、ブコメにて、男性、ましてや俺より年上の自称妹さんによる「お兄ちゃんのバカ!」を全面的に禁止します。なおリアルにて「お兄ちゃんのバカ!」と言った経験がある妹さんは正直に名乗りでてください。全国の歪んだお兄ちゃんたちが、明日一日くらいはそれおかずにして丼飯の5杯くらいは食えるはずです。ものづくり日本を動かす明日の活力は妹さんの罵倒にかかっています。

 

※追記

 まあ「兄さん」いうと、あちこちからいろんなひとが曲芸しつつ舞い降りて原理主義的なことを言い出したりもするわけですけども、俺にとって「兄さん」いう妹の筆頭はやはり恋騎士の由宇ということになります。あれはすごかったです。飲み込まれたいです。でもいちばん印象に残ってるのは明莉のおしっこシーンのほうです。すいません。こんな俺でも生きています。