やさしくない公共(上) 街は悪意に満ちている 「最悪いす」の意味
2013年8月14日
ソーシャルブックマーク (ソーシャルブックマークとは)
文字サイズ:
- 小
- 中
- 大
そのベンチは「最悪いす」と呼ばれている。肘掛けが付き、一人分のスペースに仕切られ、傍らには荷物を置く台もある駅のベンチ。一見、座る人に配慮している。でも…。
「最悪」と名付けたのは貧乏旅行を好む旅人たちだった。ろくに宿にも泊まらず、夜汽車で移動し、時に無人駅で寝る。1990年代の初め、そんな旅行者を閉め出すかのように、ベンチに肘掛けが付き始めた。これでは横になれない。
「嫌な感じですよねえ」。各地を旅しながらミニコミ誌「野宿野郎」を編集している横浜出身の野宿愛好家・かとうちあきは言う。「でも、無理やり体をはめ込んで寝てる人もいますね。克服しているようで、ちょっとうれしい」。旅人は静かに闘っている。
◇
建築史家の五十嵐太郎・東北大大学院教授は、肘掛け付きベンチのような存在を「排除オブジェ」と捉え、背景にある「排除の思想」を読み解く。例えば、駅や公園にある奥行きの狭い腰掛けは、長時間居座れなくするため。地下通路に置いてある観葉植物は、立ち止まるのを防ぐため。
「人々の行動を無意識のうちに、物理的に統制している」。五十嵐は、公共空間が次第に不寛容の度を増していると感じる。疲れたら横になってもいいじゃないか、貧乏旅行者が寝ていてもいいじゃないか-。それを許さない「空気」が今、ある。
分岐点は、95年の地下鉄サリン事件にあった、と五十嵐はみる。「それまで、ちょっと変わった人がいても、それが都市のにぎやかさ、豊かさだと思われていた。そこに冷や水を浴びせられた」。高まる防犯意識と引き換えに、異質な存在の排除にまで行き着く街の姿を、五十嵐は「過防備都市」と名付けた。
◇
「排除オブジェ」が排除しようとするのは、旅人だけではない。むしろ、主な対象は路上生活者だといわれている。かとうは、各地の公園を肘掛け付きベンチが「席巻した」時期を覚えている。駅の「最悪いす」の登場から数年後、2000年前後のことだ。
同年、路上生活者の実態調査の過程で、相模原市内の公園のベンチに「仕切り」を見つけた寿支援者交流会(横浜市中区)のメンバーによると、市担当者は「寝させないようにするため」と明言したという。設備メーカーのカタログの中には、肘掛け付きベンチの機能について「浮浪者対策」と明記する例もある。
ただ、近年は「体の不自由な人のため」「健康増進のため」といった、聞き心地の良い説明文も多い。
オブラートに包まれた「真意」。その象徴といえるのが、1996年に東京都の新宿駅西口地下街に設置された「トゲトゲ」だ。
直径45センチ、高さ50センチほどの、アートともオブジェともつかない無数の円筒は、路上生活者の住居が撤去された跡に置かれた。円筒の上部は斜めになっていて、腰掛けることはできない。都第三建設事務所の担当者は「景観の向上のために設置した」と説明する。
五十嵐は言う。「街は悪意に満ちている」
一見、意味のなさそうな物体が、人の行動を統制する。あるいは、「自粛」の名の下に、表現が制約される。私たちは、本当に自由だろうか。「公の秩序」を理由に、国民の自由を制限するような改憲案を政権与党・自民党が提示する今、まずは公共空間の「異変」を通して、背後にある「不寛容」を考える。
【〈不寛容〉の現場】かとうは、野宿の趣味が「アンダーグラウンド」であると自覚している。公園で寝ていたとき、不審者と思われ通報された経験もある。一方で、気軽に日常から脱却しようと、近所の公園や広場で野宿に目覚める仲間がいる。セキュリティーか、開放感か。「野宿をしやすい社会は住みやすい社会だと思う」と、かとうは言う。
「最悪」と名付けたのは貧乏旅行を好む旅人たちだった。ろくに宿にも泊まらず、夜汽車で移動し、時に無人駅で寝る。1990年代の初め、そんな旅行者を閉め出すかのように、ベンチに肘掛けが付き始めた。これでは横になれない。
「嫌な感じですよねえ」。各地を旅しながらミニコミ誌「野宿野郎」を編集している横浜出身の野宿愛好家・かとうちあきは言う。「でも、無理やり体をはめ込んで寝てる人もいますね。克服しているようで、ちょっとうれしい」。旅人は静かに闘っている。
◇
建築史家の五十嵐太郎・東北大大学院教授は、肘掛け付きベンチのような存在を「排除オブジェ」と捉え、背景にある「排除の思想」を読み解く。例えば、駅や公園にある奥行きの狭い腰掛けは、長時間居座れなくするため。地下通路に置いてある観葉植物は、立ち止まるのを防ぐため。
「人々の行動を無意識のうちに、物理的に統制している」。五十嵐は、公共空間が次第に不寛容の度を増していると感じる。疲れたら横になってもいいじゃないか、貧乏旅行者が寝ていてもいいじゃないか-。それを許さない「空気」が今、ある。
分岐点は、95年の地下鉄サリン事件にあった、と五十嵐はみる。「それまで、ちょっと変わった人がいても、それが都市のにぎやかさ、豊かさだと思われていた。そこに冷や水を浴びせられた」。高まる防犯意識と引き換えに、異質な存在の排除にまで行き着く街の姿を、五十嵐は「過防備都市」と名付けた。
◇
「排除オブジェ」が排除しようとするのは、旅人だけではない。むしろ、主な対象は路上生活者だといわれている。かとうは、各地の公園を肘掛け付きベンチが「席巻した」時期を覚えている。駅の「最悪いす」の登場から数年後、2000年前後のことだ。
同年、路上生活者の実態調査の過程で、相模原市内の公園のベンチに「仕切り」を見つけた寿支援者交流会(横浜市中区)のメンバーによると、市担当者は「寝させないようにするため」と明言したという。設備メーカーのカタログの中には、肘掛け付きベンチの機能について「浮浪者対策」と明記する例もある。
ただ、近年は「体の不自由な人のため」「健康増進のため」といった、聞き心地の良い説明文も多い。
オブラートに包まれた「真意」。その象徴といえるのが、1996年に東京都の新宿駅西口地下街に設置された「トゲトゲ」だ。
直径45センチ、高さ50センチほどの、アートともオブジェともつかない無数の円筒は、路上生活者の住居が撤去された跡に置かれた。円筒の上部は斜めになっていて、腰掛けることはできない。都第三建設事務所の担当者は「景観の向上のために設置した」と説明する。
五十嵐は言う。「街は悪意に満ちている」
一見、意味のなさそうな物体が、人の行動を統制する。あるいは、「自粛」の名の下に、表現が制約される。私たちは、本当に自由だろうか。「公の秩序」を理由に、国民の自由を制限するような改憲案を政権与党・自民党が提示する今、まずは公共空間の「異変」を通して、背後にある「不寛容」を考える。
【〈不寛容〉の現場】かとうは、野宿の趣味が「アンダーグラウンド」であると自覚している。公園で寝ていたとき、不審者と思われ通報された経験もある。一方で、気軽に日常から脱却しようと、近所の公園や広場で野宿に目覚める仲間がいる。セキュリティーか、開放感か。「野宿をしやすい社会は住みやすい社会だと思う」と、かとうは言う。
最近のコメント
- 教育委員会の見解が100%正しい。 また、教育委員会が教員に...
- (コージータハラ)
- 映画は確かに国策、ヤラセであろう。 しかし、何でもかんでも戦...
- (コージータハラ)
- 高運賃の地下鉄に乗ってもらえない?それとも95系統を廃止した...
- (雲葉)
- どちらも教科書としての検定をパスしているわけだから、わざわざ...
- (コージータハラ)
- 神奈川新聞連載中の「鎌倉新聞」がとても良い。 月に1回程度だ...
- (コージータハラ)
アクセスランキング
- 「受刑者の人権侵害」横浜弁護士会が改善勧告/神奈川
- 相模川で男子高校生死亡、深みにはまる/相模原
- 横浜DeNA:梶谷2打席連発も、信頼揺らぐ投手乱調/巨人戦から
- 河川敷で車にひかれ3歳男児死亡/愛川
- 横浜DeNA:中畑監督「自滅したような試合」/広島戦から
- ひき逃げ事故で市職員を懲戒処分/相模原市
- 全国高校野球:横浜は18日に前橋育英と3回戦、右腕想定し打撃練習
- 大和の歯科、診療費の不正請求で生保指定医取り消し/神奈川
- 「三浦藤沢信金」が「かながわ信金」へ、関東財務局が認可/神奈川
- JVC、パイオニア苦戦、13年4~6月期はカーナビ不振で減収減益/神奈川
※12時間ごとに更新
最近のエントリ
- やさしくない公共(下) 浸潤する「自粛」の圧力 自由は、国民の努力で保持
- (2013.8.14)
- やさしくない公共(上) 街は悪意に満ちている 「最悪いす」の意味
- (2013.8.14)
- やさしくない公共(中) 良いことを「強制」する それと見えない形の権力
- (2013.8.14)
- NPO法人Wink理事長/新川明日菜さん
- (2013.8.10)
- うな丼の危機 明日の一杯のために(5)スローフードに戻れ
- (2013.8.6)