この頃、大岡越前守より 13種類の商品が露店で商いをしてもよいとのお達しがでた それが代々続く十三香具虎の巻として現在に伝わる。
享保(キョウホウ)二十年奉行大岡越前守より、香具売買・露店行商組合を公認せられる。
室町期以後、市内地方へ出商売が主流となってきているが、扱う商品は軽い物・嵩(カサ)の低い物・比例的価値の高い物・珍しい物が主となり、持ち歩くのが楽なものと制約され、必然的に香具類、薬、化粧品、砂糖、たばこ、小間物類が販売の主となり人々より香具師と呼ばれるようになった。
江戸時代将軍家綱の時代十万人に達したと言われる失業武士達、この中から香具師に転職したものも多くあり、先ず簡単にできる、町から町へ、村から村への旅商売、失業武士は商法も提出していた。失業武士達は、宮仕えしている武士に対し、彼等は野に降りた武士、即ち「野士」であると、その野士を「ヤーまさ」とか公、野の的等と呼びそれが野的となり更に隠語化して「的野」(テキヤ)と呼ぶようになった。
武士 → 野士からの野の的 → 的屋と変わっていった名称を一般社会では的矢(的屋)と呼んだ。又矢場の的屋のように射倖的(シャコウテキ)とは露店商人であり、緑日市・祭礼において露店で営業するもの全体をいう。
戦後組合設立により「香具師」「テキヤ」と称される露店販売員、又その基で働く人達も含め組合員証を発行し、携帯のを義務づけ、総称して「露店商」と呼ばれている。
「露店商」は行政・官公許可以外は勝手に店を出してはならない旨指導している。
このように「香具師」「野士」「テキヤ」と呼称の変化とともに近年、祭礼・イベント等で簡易菓子製造販売業と露店商の多くは、代々家業を引継ぎ現在に至っている。