さて、次は「個々人の人生のタイミング、置かれた境遇等の良い時期・良い場所、つまり内部環境における”良い時期・良い場所”」について解説したい。
○内部環境・個別要因の”良い時期・良い場所”
先に述べた「外部環境における”良い時期・良い場所”」については、そこに属していれば確かに追い風で上手く行くだろうなあ、そう言った業界なり仕事なりを予測して先回りして発見したいなあと言った発想は比較的少なからずの人が考えるようにも見える。インダストリーライフサイクルやポーターの5 Forces等、良い時期・良い場所を理詰めで調査・分析する手法もある程度確立している。(実際、”良い時期に良い場所に立つ”と言う事を実行に移すとなると中々胆力が要るものの)「外部環境」で良好な位置を探すだけなら、乱暴な言い方をすればある程度は「技術・知識」でどうにでもなる面はある。
一方で、「内部環境・個別要因における”良い時期・良い場所”」については比較的見落とされがちのように思う。感覚的には、外部環境を予測して先回りする事ばかりを表面的に追いかけてしまう人が少なくないとでも言おうか。
しかし、外部環境と同等かそれ以上に重要なのは、「個々人の人生のタイミング、置かれた境遇等の良い時期・良い場所、つまり内部環境における”良い時期・良い場所”」であると筆者は考える。そこで、この点については比較的字幅を割いて説明したい。
内部環境における”良い時期・良い場所”についても、幾つかあると考える。今回は先ずはその一つを例示したい。
○「何が好きで何が得意なのか・何をやりたいのか」が明確になった時期に、その分野・その場所に居る事。
最初に述べておきたいのは、最初に何にも増して重要なのは、「外部環境の前に先ず自分自身、己をきちんと理解する事」「何が好きで何が得意なのか・何をやりたいのかが明確になった”時期”に、その分野・その”場所”に居る事」だと言う事である。今回は、この点について幾らか長々と書いてみたい。興味がある方はおつきあい頂けると幸いである。
経済的成功と言ったそっち系の話題の話をすると、成長する国・地域はどこか?税金も安いし何か繁栄してそうなシンガポールか?シリコンバレーか?他の新興国か?成長業界はどこか?投資銀行?ネット関連?職種は何が流行るのか、アナリスト、デリバティブ、証券化、M&A、ヘッジファンド?等と、外部環境的に「追い風っぽい場所」を探す事ばかりに腐心していて、儲かる場所を探して頻繁にジョブホッピングをし、何がしたいのか傍から見ても本人自身もよく理解していないような人がどうしても散見されるように思われる。ビジネス・企業でも同様で、売れそうな商材・分野に飛びついては結局強みを出せずに失敗、を繰り返すような所は少なくない。
こう言う人・企業は、「次にどこが来るのか、ブレイクするのか予測して、先回り出来れば儲かる、それが重要だ」と考えているように見える。確かにまあ、株のトレード等の「お金をあちらからこちらに移せば良い事、ダメなら損切りして次に行けば良い類のゲーム」ではこれはある程度は言える。
しかし、仕事・キャリア等でこれを単純に適用するのは筆者は賛成しない。理由は幾つかある。今回はこの理由を述べる中で、「内部環境・個別要因における”良い時期・良い場所”」について考えるきっかけを提供出来ればと思う。
-「仕事・キャリアは株のように流動性が高くない」かつ「過去の経歴が将来の経歴に影響を与える経路依存型のゲームであり株のようにトヨタを損切りして次はネット関連、と言う訳には行かない」と言う面。
株の場合は、好きなだけびゅんびゅん売買すれば良い。しかし、キャリアの場合は、転職するにも金融のような流動性の高い世界でも2-3年に1社位が限界である。
また、同じ分野であれば金融等の場合であれば比較的価値も維持向上が図りやすいが、全く違う分野を短期間でジョブホッピングばかりしていると価値が看過できない程に下がる。履歴書がどんどん長くなる一方でそこにある程度の一貫性がないと、「何がやりたいんだこの人は」「このひとの専門はなんなんだ」と言う雰囲気が否応無くにじみ出てしまい、次第に誰からも相手にされなくなり易いという事である。
更には、いったんある職種・分野を手掛けたらそれを変える事が出来る・色々試行錯誤出来るのはせいぜい30歳位までであり、30代以降で未経験の仕事をするのは相応に厳しくなる。40歳になったらキャリアアップ云々は概ね終了と考えて良いだろう。転職自体も容易ではなくなる。
もっと言えば、大手企業から小規模のベンチャーに移ったり独立したりする事は移った先・独立した先で成功するか否かを別にすれば比較的簡単に可能だが、基本動作から学び直したい・失敗したから働く口を確保してやり直したいからベンチャーや個人商店から大手企業に入社したい等と言う事は特に日本の場合は非常に難しい(殆ど無理だろう)。だから一般的には「最初は大手企業に入って履歴書・信用・ベーススキル等を磨いてから小規模ベンチャーに行ったり独立する方が良い」と言うアドバイスを年配者はするのである。筆者の考えでも「今時終身雇用で一生安泰等と考えて大手企業に入るのは危険だが、特段物凄くやりたい事がある訳でなければ、キャリアステップの最初の一歩、学習・キャリア模索の場として大手企業を選ぶのは妥当」だと思う。
こう言った「流動性の低さ、タイムホライゾンの長さ」「物事の順序」と言うものがキャリア構築にはあるのであり、比較的低コストで損切り・利食いしては短期に頻繁にポジションを変えられる株のトレードとは全く異なる点である。こう言ったゲーム特性の違いを理解した上で、詰まる所「何度か弾は撃てるが、幾らでも弾が撃てる訳ではない」と言う事を理解して、きちんと腰を据えてキャリア構築・職業選択については考える必要がある。
そして、腰を据えてキャリア構築・職業選択について考えるとなると、外部環境の分析もいいが、それ以前に「本人自身が何が得意なのか、何をしたいのか、何なら楽しくやれるか」と言った点について考える事は不可欠である。第一には上記のような理由から、「外部環境の前に先ず自分自身、己をきちんと理解する事」が重要であると筆者は考える。
-「視点が表面的になり、どうしても参入タイミングが遅れがちになる」と言う面。
また、表面的な理由で儲かりそうな分野を探しては移ると言うやり方では、どうしてもブームの後半からゲームに参加する事になりがちで、ゲーム的に有利な展開で進められないという面もある。業界内部者・職種内部者よりも、視点や知識が表面的になるしブームが分かるのが遅くなりがちのように思う。
儲かる話と言うのは、大概の場合はそれが一般に明らかになるだいぶ前から「兆し・黎明期・助走期間」と言った形で底練りを続ける時期がある。元来その時期(の出来れば後半、成長期入りする直前位)から参入するのが一番良い訳だが、表面的に儲かる事ばかり求めて右往左往する外部の人間にはこう言った段階の「きざし」と言うのは中々目に入らない。その時点では儲からないし、地味だからである。
一般の目にも分かりやすい形で情報が入ってくるタイミング、例えばマスコミで成功者が話題になったり、学生の就職ランキングで上位に入ったりするようになるのは、得てして成長もピークアウトに達しつつある時が多い。また、既に競合もひしめいており、企業であれば多数の参入者も出てきているだろうし、仕事であれば高学歴・ハイスペックの志望者が大挙しているだろう。競合が多くなると自身が提供出来る付加価値はどうしても減りがち・有り体に言えば価格競争等にもさらされがちであるし、ライバルとの競争もしんどいものになる。そう言った時期になって飛びつくのでは既に遅いのである。しかし、表面的な儲け話の事ばかり考えていると、どうしても手遅れになってから飛びついてしまう傾向にあるように思われる。
株でもブーム・話題になってから飛び乗るのでは、飛び乗ってはピークアウトして飛び乗っては…の繰り返しになってしまいがちであるが、正にその状態である。筆者の場合、全くノーマークの銘柄がブーム・話題になった場合、相当長期で見込める投資テーマなら別だが、見つけた者勝ち的な話の場合は特に、見送って次に行くようにしている。テンポを「後から飛び乗ってはピークアウト」ではなく、「事前に仕込んでプロフィットテイク」のサイクルにしないといけない。実業の仕事についてもこれは同様だと思う。
同業者を見ていても、投資銀行等でその時のブームに相乗りするような形でデリバティブが儲かっているからそっちへ、証券化が良いからそっちへ、プロップトレーダーも分が良いみたいだ、バイサイドも温くて楽そうだしちょっと一休み代わりにバイサイド行くか、履歴書作り・所得回復のためにセルサイドに戻るか…等と哲学なしにポジション変更が激しすぎると、一時的には高いボーナスが貰える時もあるものの、リーマンショックの後に長らく仕事が得られなかったり、年齢と共に履歴書的にコーナーに追い詰められてしまい「次が無くなる」事が少なくないようにも見受けられる。ブームの後半から相乗りすると、その後にショック・リストラ局面が訪れる確率が高くなるし、そうなった場合には後発参入者で社内政治の基盤も弱い場合も多い事から解雇対象にもなり易いように思う。
小生の従事しているヘッジファンド業界についても然りである。隣接業界の投資銀行等に勤めている者ですら、少なからずが米国の成功事例等を見ては弊業界に過大な夢を抱いてしまって、立派な投資銀行のキャリアを捨てて参入しては散っており、散った後の職探しには難航しているケースが少なくない。注意が必要である。
昨今、産業・企業・職種等のライフサイクルも短期化しており、職業選択・キャリアステップ等のタイムホライゾンより、産業・企業・職種等のライフサイクルの方が短期間で栄枯盛衰するようになってしまっているようにも思う。この点を考えても、外部環境で既に素人目にも儲かっていそうだと分かるようになってから次々波乗りをしようと思っても、上手く行かないようにも思われる。
では「兆し・黎明期・助走期間」のうちに参入するにはどうすれば良いかと言うと、「外部環境の前に先ず自分自身、己をきちんと見つめて、理解する事」であると筆者は考える。ベクトルを外へ外へと向けるのではなく、先ず内側へ向けて自己の内部を旅してから、外部に帰還するのである。
つまり、別に全ての外部環境のブームに乗れる必要はない、と言う事である。人生とは、バフェットで言う所の、「見逃し三振のない野球」である。ボールは次から次へとどんどん投げられて来る。昨今時代の変化も速くなっているので、どんどん球が来る。これを全部振りに行く必要はないのである。3ストライクで三振と言ったルールもない。先ずは自身の得意な球をじっくりと見定めて、それが来た時だけ渾身の力で振り抜けば良いのである。
上記の野球の例えを実際の話にすると、自身が好きだ、パッションを持ってやれると言う分野を探求していく中で、幸運も重なって「成長のタネ・兆し」の分野に当たる事が出来たり、既存分野に一工夫を加えてProfitableなビジネスに出来たりするのである。好きな分野であれば自然と必死に考えるし長時間の仕事も余り疲れずにやれる。興味も持続するため他の人では中々気づかないような、自身に合ったニッチを探し出せる可能性も高くなる。
そう言う意味で、好きである・情熱を持てる分野を見つけた”時期”に、情熱のもてる”場所”で戦うというのは、それだけでその人にとって大きなアドバンテッジになるし、外部環境に関わらず(仮に衰退産業であっても)その人にとっての”良い時期・良い場所”になりうる。自身が好きな分野であれば、一見すると衰退産業のように見えても、自分の趣味・特技を生かした意外なニッチ分野等も発見しやすいように思う。例えば、とうふ業界のヒット商品「ザクとうふ」等はその手の例として挙げられるだろう。
一見遠回りのようだが、この方が結果的には近道になることも多いように筆者個人的には思う。
こう言った理由からも、外部環境ばかり追い回す前に、先ず己の理解からするのが重要であり、「何が好きで何が得意なのか・何をやりたいのか」を人生の出来るだけ早い時期に模索・試行錯誤を重ねて発見し、これが明確になった時期に、勝負出来る分野・その場所に居るのが良い、と言う事になる。
高校生・大学生・社会人の最初の数年位の時期等は特に、浅知恵で儲かってそうな業界・安定して有利そうな業界等を探して右往左往すると言った事をするのではなく、「自分は何が好きで何が得意なのか・何をやりたいのか」を色々な人生経験、模索・試行錯誤を重ねて発見する事に意識を向けて欲しいと思う。これが早めに見つかった人ほど、それだけでその人自身にとっての「”良い時期・良い場所”」は近づくように思う。
-そもそも論的な話。
更に筆者個人の考えを述べれば、そもそもの所で、表面的に儲かる分野ばかり探して右往左往するより、ちゃんと本音で楽しいと思えるような事をやった方が人生として清清しいだろうとも思うし、金銭的に成功しようが失敗しようが悔いがないと言う面においても良かろうかとも思う。好きな分野をさがして、そこで勝負に出る、と言うのは、”後悔”と言う人生において最も避けたい損失のリスクをヘッジ出来て良かろうかと思う。
以上より、「外部環境の前に先ず自分自身、己をきちんと理解する事」「自身が何をやりたいのか腑に落ちた”時期”に、やりたい分野・”場所”で勝負する事」を、筆者としてはお勧めしたい。
他にも”内部要因としての良い時期・良い場所”として説明する事柄はあろうかと思うが、だいぶ長くなったので次回に回したい。
「何が好きで何が得意なのか・何をやりたいのか」を人生の出来るだけ早い時期に模索・試行錯誤を重ねて発見し、これが明確になった時期に、勝負出来る分野・その場所に居る。・・・まさにその通りだなと思いました。ただ実際それができているのは、おそらくほんの一握りの人でしょう。長い人生を考えれば、気づいた時、今からでも遅くないこともたくさんあろうかと思います。「三十而立、四十而不惑、五十而知天命・・・」
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