荀シン(何故か変換できない)が恋姫的世界で奮闘するようです (なんやかんや)
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転生チート知識おねだんなんと100万銭

さて、袁紹の下で雑務を行うことになった友若であるが、当初全くといっていいほど仕事ができなかった。
当たり前である。
学業を途中で投げ出した上に、数年の間遊び耽っていた友若である。
彼の脳みそは転生チート知識でも挽回が効かないレベルで腐りきっていた。

一応、WAFUKUやKIMONOのデザインに友若はその脳細胞をフル活用していたが、そんな経験が下っ端仕事とは言え、行政に役立つわけがなかった。
田豊によって袁紹の下に集った清流派達の風あたりが強くなった状況において、友若の仕事のできなさは致命的だった。
この程度の仕事ができない様ではクビにされても文句は言えない。
服職人として雇われたはずの友若であるが、妹の名声のために彼をただの服職人として扱うことは田豊にはできなかったのである。

友若は妹を恨んだ。
荀彧は普通に頑張っているだけである。
血縁関係上にある友若が迷惑を被っているとはいえ、彼が妹を恨むのは筋違いもいいところだった。
というか、友若のほうが妹や家族に対して非があるはずだったが、友若の頭は都合の悪いことを思考の外に追いやっていた。

ともかく、友若は袁紹の下で何らかの成果を上げなければならなかった。
現状のままでは給金が少なすぎたのである。
金を貯めるために友若は将来潰れると思っている袁紹の下に赴いたのである。
低賃金しかないというのなら何のために快適な洛陽を離れたのか分からなかった。
ちなみに、友若が洛陽を去る決心をした最大の理由は妹から逃れたい一心であったが。

幸いにして、冀州へ来てから親交のあった許攸や審配、張バクといった面々の協力によって友若はノルマを達成していた。
しかしながら、持ち前の才覚を発揮して順調に出生していく彼女たちと異なり、友若は何時までも下っ端のままだった。
彼女たちと飲みに行った際、友若は愚痴りに愚痴った。

「妹の所為で散々だ。何なんだよ、俺は清流派とか知らねえぞ。加わったこともない連中のメンバーにいつの間にかされているとかどうなってるんだよ。詐欺か、これは何かの詐欺なのか。畜生め」
「あっはっはっはっは。災難やなー」
「怜香、貴方にも大分責任があると思うのだけれど」
「そうね。怜香、貴方のせいで私が友若に頼んでいた新しいMIKOFUKUの話が無期延期になったのよ。大体、田豊に一泡食わせたいからといって、勝手に巻き込まれた友若にしてみればとんだ災難だわ」
「えー? でもあのクソジジイに一方的にやられたままなんて悔しいやんか」
「だからと言ってそこに他人を巻き込むのはどうかと思うの」
「そうよ、私のMIKOFUKU、どうしてくれるのよ? 紙面上のデザインはかなり良かったし、相当期待していたのよ」
「そうだそうだ、子遠さんや孟卓の言う通りだ。謝罪と賠償を請求する」
「お、それはうちに体で払えっちゅうことか?」
「……仕事手伝って下さい」
「……友若、貴方もどうしてそんなに情けない有様なのかしら」
「と言うか昔は荀家には優秀な長男がいるとか聞いていたのよね。まあ、服のセンスは認めるけど、もう少しどうにかならないの?」
「うちが言うのもなんやけど、もう少し何とかならないんか? 下っ端仕事なんて対したことないで」
「まあ、日々の仕事なら何とか慣れたけど……給料を上げたいんでもう少しでかい仕事をしたいなあ、と」
「友若……」
「身の程知らずは身を滅ぼすわよ。できることからやって行きなさい。日々切磋琢磨すれば自ずと周りにも認められるようになるわ」

友若は焦っていたのである。
下積みなど友若には興味がなかった。兎に角手っ取り早く稼ぎたかったのである。
冀州でWAFUKU屋を営むにしても準備金は必要だった。
そこで黄巾の乱まで金を稼ぐとして、無駄な下積みなんかに時間を欠けている暇などないと友若は考えていた。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ここらへんに友若の勘違いというか、欠点がある。
友若は行動に対してすぐにでもリターンが欲しくてたまらないのだ。
例えば、実家で友若がそろばんを作った時にそれが受け入れられなかったのもそこら辺に理由がある。
そろばんは確かに熟練者が使えば素早く性格に計算出来るようになる。
しかし、逆に言えば、そろばんをまともに使うためにはランニングコストを払わなければならない。
前世ではそろばんなどやったこともなかった友若がものだけ作ったからといってそれを使いこなせるわけがなかったのである。
結果として荀彧に計算速度で負けるのも仕方のない話であった。
そもそも、友若がいくらそろばんを習熟したとしても、荀彧に計算速度で勝つことは不可能であろう。
三国志の英雄となるべく生まれた荀彧はそろばんの玉を弾くよりも暗算したほうが速いくらいなのである。
荀彧は道具を使うよりも暗算の方が速いうという稀有な能力を有しているのだ。

だが、そろばんを使っても荀彧に計算速度で劣るというのは本質的な問題ではない。
そろばんや友若の持つチート知識の本質的な強みは既存の方法よりもより効率的に物事を進められるということなのだから。
そろばんを使ってもなお天才に勝てない? そろばんを使うと天才はむしろ効率が下がる?
それは仕方のない話だ。
だが、大半の人間達はそろばんを使うことで計算をより正確且つ高速に行うことが出来るようになる。
そもそも、天才という正規分布から外れた存在にチート知識が当てはまらないのは仕方のない話だ。
三国志の逸話として、弓矢で持って岩を貫通するとか、そんな感じの胡散臭い話があるが、これを現代の自動小銃で再現することは難しいだ。
しかし、歴史を見ると弓矢を銃火器が駆逐していった。
一部の天才は銃火器を上回る威力を弓矢で持って実現するかもしれないが、世界は大多数の人間が使うことの出来る手段を選択するのである。
そして、友若の持つチート知識は、人口の殆どを占める普通の人間達が物事を行うにあたっての効率を大幅に改善することが出来る可能性を秘めているのだ。

もちろん、友若のチート知識をそのまま現実に当てはめる事はできない。
個人個人の家まで電気が送られ、簡単に飯を炊いたり照明を点けたりといったことが可能な世界の知識を直接実現することなど不可能だからだ。
だが、友若の持つチート知識と現実とのギャップはトライアンドエラーを繰り返し、問題点をフィードバックしていくことで十分改善することが可能であものだ。
仮に、友若が荀家でギャップのすり合わせを行なっていれば、もしかしたら彼は妹以上の天才として周囲に評価されていたかもしれない。
頭の回転速度で友若は妹に勝ちようがないが、その妹ですら思いつくことのできない上に画期的なアイデアを無数に生み出すことができるのである。
後はそのアイデアを現実にすり合わせていくだけで友若は大きな称賛を浴びることができただろう。

だが、実際には友若は勉学では妹に劣り、妙なことばかりする変人と周囲に評価された。
友若がアイデアをただ口で述べる程度で、一度たりともそれを実用化するところまで持って行かなかったからである。
友若の持つ転生チート知識は恋姫的世界の一般常識から余りにも飛躍しているため、周囲の人間にはそれが役に立つのか理解できかったのである。
転生チート知識が穴だらけであり、本人もよく分かっていないものを説明しているのだ。友若が理解されないのも当然であった。
天才である荀彧にしてみても、友若の所々間違ったチート知識に基づいたアイデアは欠点ばかりが目についてとても使えるとは思えなかった。
荀彧にしてみれば、友若の言う問題の多い方法を取るよりも今までのやり方で自身が指揮をとったほうがずっと多くの成果を出せる事が明らかだったのだ。

何かを変えようとする際は変革を意図するものがその正当性を周囲に示す必要がある。
変革というのは常にコストを伴うのであるから、変革した結果というのはそのコストを十分に上回る利益にならなければならない。
そして何よりも、人々が変革による利益を信じなければ新たな事というのは実現できないのである。
だからこそ、現代社会ではプレゼン能力というものが重視されるのであるし、逆説的に変革に成功した者達は周囲を説得する能力に長けているのである。

友若はそうした事を重視していなかった。そうした事に思いをやるだけの余裕を持つことができなかった。
その最大の原因はやはり友若の妹、荀彧であった。
幼い頃から満ち溢れる才能を示した荀彧は如何なる事もただの一度で成功してみせたのだ。
例えば、荀家の所持する田畑において人々を指示して農作業に当たらせるという仕事を荀彧は初体験で何の問題もなく完璧にこなしてみせた。その様子は明らかに、その仕事を何度か経験していた友若を遥かに上回っていた。
そうした荀彧の友若を越える優秀さは転生者であり、周囲の土人どもとは違うと内心で思っていた、彼のプライドを大きく傷つけた。
まだ、荀彧が幼かった頃に彼女の面倒を親しく見ていた友若がその妹から距離をおくようになったのはこの時期であった。

日に日に成長を重ね、友若を遙か後ろに置き去りにしていく妹に友若は内心焦った。
そして、彼女を越える成果を出そうと彼の持つ転生チート知識から利用できるものを片っ端から提案していった。
妹に追いつこうと焦っていたのである。
しかし、友若は自らが出したアイデアを実用的なレベルまで昇華することを怠った。
友若はひとつのアイデアに腰を据えてとりかかるのではなく、すぐに成果が出なければすぐさまそれを何の未練も見せずに無造作に捨ておいた。
そんな変人が無数に捨ておいた戯言としか思えないアイデアを一々吟味するような物好きは友若の周りにはいなかったのである。

そして、周囲のそんな視線に耐えられなくなった友若は逃げ出した。
それは自分のアイデアが受け入れられなければすぐにそれを捨てて別のアイデアにすがりつく様とよく似ていた。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

だが、ここに来て友若は逃げ出すわけにはいかなかった。
正確には逃げる場所がなかった。
友若にとって来るべき黄巾の乱に備えて金を貯めるのは絶対である。
そして、そのためには割の良い稼ぎを手にしなければならない。
その日暮らしで過ごしていては、黄巾の乱が起きた時に翻弄されるばかりになってしまう。
だが、漢帝国は絶賛大不況である。
稼ぎの良い仕事はまずないし、あったとしてもそう簡単に私学の中退者、落伍者にあるわけがなかった。
過去の実績を思えば実家にすがりつくという選択肢はなかった。下手をすれば殺されるかもしれないとすら友若は思った。
金のある袁紹のもとで大金を稼ぐという選択肢は田豊がいる以上難しかった。
袁紹が日中から宴を開いていた事にぶちきれてから、田豊は炎症の下に集った清流派達が好き勝手しないように目を光らせていた。
以前と比べると清流派達へ渡される資金も大幅に減らされていた。

「あの偏屈者のクソオヤジはうちらの価値が分かっとらん! うちらはこんなちっぽけなことをする人間やない。こんなつまらない仕事ばっかり押し付けくさって、何考えとるん!」

田豊嫌いの審配は酒の席でよくそんな事を言ったが、友若も言葉にはしないもの内心では彼女に同意していた。審配の後ろに立つ田豊を前にしてそんな事を口にする勇気はなかったが。
ともかく、袁紹の下で行政官をした所で稼げる額はたかが知れている。
もちろん、生きていくには十分以上で、嗜好品を購入することも十分可能なのだが、かつてWAFUKUデザインで得ていた賃金を思うと友若は馬鹿らしくてやっていられなかった。

かと言って服屋を再会することも難しかった。
服屋をやって十分に稼げると期待できるのは袁紹の膝下か、袁術の治める荊州、そして洛陽くらいである。
衣服の市場は恋姫的世界の漢帝国において強大なものであったが、国が乱れつつある状況下においてほかと比べて割高かつ奇抜なWAFUKUを好き好んで購入しそうな消費者が十分居る土地は限られているのである。
だが、袁紹のお膝元での商売は妹が清流派の顔役であることから難い。
また、友若は荊州に知己を持っていなかった。コネや知人の紹介が重視される漢帝国において見ず知らずの土地で商売をしようと思えるほど彼は呑気ではない。
そうすると、消去法的に副商売で稼げそうなのは洛陽となる。
洛陽は、以前WAFUKUの商売に成功した実績もあり、友若としては収入が期待できる土地ではあった。
だが、妹が未だに洛陽に居るという情報が友若に洛陽という選択肢を放棄させた。

「くそっ! 考えろ。俺はチート知識を持っているんだ。今までは妹の所為で上手くいかなかったが、ちゃんとやればなんとかなるはずだ……なんとかしなくちゃ後が無い。今までが上手くいかなかったのは問題があったからだ。それをちゃんと解決すれば上手くいかないわけがない……!」

友若は考えに考えた。
どうすれば楽に稼ぐことが出来るかを。
友若としては労働の対価などさして期待していなかった。
妹にあらゆる面で負け続けてきた友若は自身の能力など大したものではないと思っていたのだ。
だからこそ、能力とか才能とかそういうものとは関係のない収入を得られないかと考えた。
つまり友若は不労所得が欲しいのだ。

「不労所得……そうだよ。俺には不労所得をどうすれば得られるかという知識がある。マネーゲームだ。要は金を投資してその利回りで暮らしていけば仕事ができなくてもいいわけだ。まあ、全部を利回りで賄えなくても、その他は稼げばいい」

どうしたら、そんなに楽観的になれるのかというレベルで友若は物事を簡単に考えた。
ある意味、友若の長所と言えるかもしれない。大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせて破滅まで突っ走りかねない事を考えれば容易に短所にもなるのだが。

「だが、普通に金を貸すと回収する手間がかかってしょうがない上に、俺は大した金を持っていない。利回りを次の投資に当てるにしても十分な資金を貯めるまでにどのくらいの時間がかかるか分かったもんじゃない。そもそも、金融で金を稼ぐならチンタラ貸して回収しているんじゃダメだ。積極的に稼がなければ……そのためには……株だ! そうだ、株をやればいいんだ!」

友若の愉快な脳みそはそんな感じの結論を導き出した。
もちろん、友若に株式を制度として実現するだけの能力はない。
だから、友若は彼に負い目のある審配やよく仕事を手伝ってくれた許攸や張バクに助力を頼み、拝み、頭を地面に擦り付ける勢いで拝み倒した。

「頼む、正南さん! 田豊のジジイに一杯食わせたいんだ」
「しゃーねーなー。いっちょ協力したるわ」
「ちょろすぎるんじゃないかした」
「私としてMIKOFUKUを作ってもらえるならそれでいいわ」

かくして、友若は協力な助っ人の助力により株式制度の草案をまとめあげ、袁紹と田豊に提出した。
どや顔で。
ちなみに、草案を作成するにあたっての貢献度は友若3、審配3、許攸2、張バク2であった。
しかし、友若に協力した彼女たちは株式なんて上手くいくとは思えない制度の提案者になることに魅力を感じなかったため、この草案の提出者は友若単独となった。

その草案は荒っぽいところもあるが、そのまま運用が可能なレベルの完成度を持っていた。
ある意味、この草案こそが友若がこの恋姫的世界で初めて示した転生チート知識と言えるかもしれない。


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