荀シン(何故か変換できない)が恋姫的世界で奮闘するようです (なんやかんや)
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荀シン(何故か変換できない)の栄光ある転進

友若がWAFUKUを売りだして数年が経った。

「いや、儲かる儲かる。しかも有名になったもんだ」

友若は上機嫌だった。
当初仕えると思っていた各種チート知識、鐙とか火薬、レンズといったそれはまるで使えず、その経験から中二病を完全に卒業した友若であったが、思わぬ転生チート知識(笑)、WAFUKUでかなりの財を成したことで調子に乗っていた。
婚活に役立つという噂が広まったことで、WAFUKUは売れに売れた。
当初は資本金の都合で綿製のWAFUKUを作っていた友若であるが、売れ行きに一定の目処がたった彼は高価な絹を使ったWAFUKU、いや、KIMONOを売りだした。
肌触りや質感の良いKIMONOは購買力のある女性たちに飛ぶように売れた。
更に、友若はMIKOFUKUとか西洋風ドレスとかも作ったが、残念なことにそれらはそこまで注目を集めなかった。
基本的に友若の店を訪れるのは苦闘を強いられている婚活戦士たちである。
彼女たちにしてみれば婚活において効果を発揮することが第一なのであり、崖っぷち婚活戦士をたった一回のデートで大勝利へと導いた実勢のあるWAFUKUしか眼中になかった。
WAFUKUの評判を聞きつけた他の服屋も似たようなそれを売りだしたが、元祖であるという事と、模造品の作りの悪さも相まって相変わらず大きな売上をあげていた。

評判も上々で、狭い店ながら、上流層と思われる女性すら友若の店を訪れるようになっていた。
高笑いが印象的な金髪縦ロールの女性からは自分専属の服職人にならないかと誘われたほどである。
将来的な勝ち組が曹操と劉備、孫なんとかとかいう名前の三名しかいないと思っている友若はその誘いを丁重に断ったが。
雰囲気が以下にもやられ役っぽい感じの、ワンシーンで倒されたことになりそうな袁紹本初とかいう女性に仕えることは、友若にはタイタニックに乗り込むことと同義であるかのように感じたのだ。
いくら今豪華に見えるからと言って、沈没する船に理由もなく乗り込むつもりなど友若には無かった。
曹操を後一歩まで追い詰め、若くして病死しなければ打ち破っていたかもしれない袁紹同名の女性を前にして散々ないいようである。
ただ、恋姫的世界では友若の判断は間違っているとは言い切れないのだが。
しかし、自分の服屋としての評判の高まりは友若にとって嬉しいものだった。
散々妹にプライドをへし折られた友若にとって、他人に認められるというのはなけなしの自尊心を満足させるものだったのである。

「望月の欠けることなきとはこのことだ」

調子に乗った友若はフラグとしか思えない言葉を呟いた。
そして、そのフラグは即効で回収される。

「ちょっと、あんた! 母上があんたのために出した学資を使い込んで何やっているのよ! このグズ! あんた何のために洛陽に来たのよ!」

妹の襲来である。
犬耳っぽいフードがトレードマークの妹は友若に向かって冷たく言った。

確かに、友若の店は有名になった。
有名になりすぎたのである。
実家にその話が届くほどに。
友若が実家に送っていた洛陽で勉学に励んでいるという嘘八百の手紙と、聞こえてくる友若の店の噂とのギャップは実家に疑念を持たせることになる。
そして、それなりのコネを持つ実家が本気で洛陽の様子を探れば、友若が一体何をやっているかはすぐに判明した。
結果として、二度と目にしたくないと思っていた友若のトラウマが再び目の前に現れたのである。

妹である荀彧に学問で大敗してからすっかり覇気を失った友若が再び洛陽で勉学したいと言ったからこそ、彼の母は安からぬ学資を出したのである。
時は就職氷河期の後漢末期である。
妹と比べて才能の劣る友若はリストラの危険が少ない官吏となって身を立てるべきではないかと彼の母親は考えていた。
ちなみに、この母親、友若の妹に関しては全くといっていいほど心配していない。
優秀な彼女ならどこでも生きていけるだろうと思っているからだ。
しかし、友若は違う。
幼いことは優秀と言われたが年を経る事に凡人となっていく友若を彼の母親は心配していた。
馬鹿な子ほど可愛いというやつである。
だからこそ、母親は安からぬ学資を友若に渡し、更に洛陽の有力者達に賄賂を送って友若の官吏として登用してもらうように画策していた。

それが、勉学に見向きもせずに商売――儒教的には卑しいこと――にうつつを抜かす友若に対して実家は怒っていた。
特に、妹である荀彧は激怒していた。
テンプレ的に微妙なニコポ、ナデポ的要素を持っていた友若の存在は荀彧にとってそれなりに意識してしまうものであった。
友若のなけなしのプライドをへし折ってレイプ目にしてしまったことは荀彧にとって後悔を覚える出来事だった。
もっとも、この不幸な出来事は、仕事が辛ければすぐ止めるとかそんな感じのゆとり系であった友若の打たれ弱さに多分の原因があったのだが。
そもそも、女性が普通に男性に対して優位な恋姫的世界では年下の幼女に学問や武芸で負けるなど良くあることでしかないのだ。普通の男性はその現実に折り合いをつけて生きていくものだが、下手に前世の知識を持っている友若はそれが中々にできなかったのである。

しかし、それなりに家族思いである荀彧は兄を追い詰めてしまったことをそれなりに後悔していた。
プライドをへし折られた友若は野糞を畑に入れようとして作物の目を踏んづけたり、そろばんとか言う計算補助具っぽいものを大枚をはたいて作ったものの、それを使っても計算時間と正確さで荀彧に圧倒的な差を付けられたりと、奇行ばかりが目立った。
荀彧は友若のその痛々しい姿を結構悲しく思っていたのだ。
そのため、友若が己を取り戻し、洛陽という恵まれてた環境へ勉学のために行くということになった時、荀彧はそれを応援した。
そして、自分もまた故郷で一生懸命絶対に勉学に励み兄に負けないと誓ったのである。
そんなくらいには彼女は友若を意識していた。
それがこのザマである。
家族の期待を完全に裏切って金稼ぎなどに邁進している。
怒るなという方が無理であった。
なまじ期待していただけに。

怒れる妹を前に友若にできることは何もなかった。
俺は官僚なんかに興味はない、商売をやりたいんだ、等と言える雰囲気ではなかった。
彼は涙目になるまで妹に詰問された後、妹の監視の下で私塾に通わされる羽目になったのである。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

妹の罵詈雑言と強制的に入塾させられた私塾での勉強生活は友若に多大なストレスを与えていた。
WAFUKUの販売は学費を稼ぐという名目で細々ながら何とか継続を容認されたが、今まで勉強をサボりまくったツケを友若は払わされていた。
一応言っておくと、転生チートである友若は幼い頃、フライングによってそこそこ優秀と認められていた。
妹にガラスのハートを粉々にされてから、友若は勉学を嫌うようになったが、同年代の平均から客観的に見れば彼の能力はかなり高かった。
偏差値で表せば69ぐらいだ。まあ、トップ層は余裕で100を超えているのだが。
だからこそ、家族は彼が洛陽で勉学すると言った時に大きな期待を寄せたのである。
実際、友若がまじめに励めば、ブランクがあったとはいえ、実家のコネと相まってそこそこの官吏くらいまでは出世できただろう。
だが、友若にはまるで勉強する気がなかった。
というか、彼自身が長年サボっていた事も相まって友若の教養は私塾における同世代の平均を若干下回っていた。
つまり落ちこぼれたのである。
片田舎であれば、まだ優秀な人物として評価されたかも知れない。
しかし、漢帝国全土から才媛が集結する洛陽は今まで勉強をサボっていた友若が評価されるほどぬるくはなかった。
そして、無駄にプライドだけは一人前な友若にとって落ちこぼれた状態というのは我慢出来るものではない。
ここで、まともな主人公系男子なら必死に勉学を重ねて他の者を見返したりするのだろうが、ゆとり流され系男子である友若はそうした粘り強さは持ち合わせていなかった。
むしろ、一度実家から逃げ出したことで逃げグセがついていた。

「逃げるか」

友若は逃げ出すことに決めた。
普通なら、実家に対して商売で身を立てるとかそんな感じで自分の将来について説得しようとするはずだが、友若はそんな事、思いつきもしなかった。
友若は自分のなけなしの自尊心とかを思うことで精一杯だったのである。
もはや、どうしようもない。
ここらへんが妹からダメ人間扱いされる最大の原因であることに友若は気が付いていなかった。

幸いにして、袁紹本初とか言う金持ちからの誘いは未だに有効だった。
店の営業時間の縮小を大幅に削減せざるを得なかったにも関わらず、袁紹本初は時たま友若の店舗を訪れていた。
袁紹にしてみれば元祖WAFUKUを購入するということにはそれなりに意味があった。
生産量が減ったことで友若のKIMONOにはそれなりにプレミアが付いたのである。
上流階級の社交の場においては珍重なものが喜ばれる。
友若のKIMONOは社交の場においてそれなりの価値を持っていた。
いわばカリスマ(偽)デザイナーのデザインしたブランド服というわけである。
そのデザイナーを独占するということはそれなりに価値のあることなのであった。
純正のKIMONOが欲しければ袁紹に頼み込んで作ってもらわなければならなくなるのだから。

まあ、袁紹としてはそこまで考えていたわけではないのだが、彼女のお目付け役である田豊からみても、この誘いはそう悪くない話だった。
そもそも、煽てられれば何だかんだで頼みを断れない袁紹はかなりの浪人、無職不定の連中の面倒を見ていた。
それと比べれば、友若はまだましな物件と言えたのだ。

「黄巾はだいぶ先だし、適当に金を稼いだら辞めてどっかの片田舎にでも隠居しよう。逃げまわっていれば多分なんとかなるだろう」

戦乱の世を舐めている友若はそんな風に楽観的に考えた。
正史では人口が7分の1にまで減少した修羅の世界を前にあまりも楽観的であった。
正に知らぬが仏である。

「大丈夫、大丈夫だって。黄巾の乱まで10年以上は余裕であるんだ。まあ、適当にやられそうなモブ(袁紹本初)の下で黄巾の乱を迎えるのは危険過ぎるから、戦乱の世になる数年前にはモブから離れておく必要があるだろうけど、逆に言えば、それでなんとかなるはずだ。昔の下っ端を態々殺そうとする奴なんかいないだろう」

友若は自分を説得するように言った。
かくして友若は袁紹に仕えることになる。
服職人として。

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