第15章 大樹海にて。
#109 街道、そして関所。
「まずは街道の整備からですな。人の訪れなくして街の発展はあり得ません」
ブリュンヒルドの地図を見ながら高坂さんはそう口を開いた。
高坂さんは馬場の爺さんよりは若かったが、それでも60は越えているだろう。白髪交じりの総髪で、一見穏やかそうにも見えるが、やはり武田家を盛り立ててきたその眼光は鋭い。
手紙をもらったあと、馬場の爺さんたち武田四天王を迎えに行ったのだが、ここでちょっと予定外のことが起きた。行き場を失った何人かの武田兵士もウチに来たいと言い出したのだ。おそらく四天王を慕う部下たちなのだろう。まあ50名にも満たない数だが、正直ウチですぐさま雇うわけにもいかない。さすがにそこまでの収入はないのだ。
「工房」の量産機能を使えばなんとかなるかもしれないが、それに頼り過ぎるのもどうかと思う。「工房」が壊れたりでもしたらそれで一巻の終わりだからな。
「街道なら土魔法を使えばすぐにできるけど……」
「ベルファストからレグルスへの街道だけは早急に必要ですからお願いいたします。しかし、それ以外は冬夜様…陛下はあまり手を出してはなりませぬ。なんでもかんでも陛下がしてしまえば、人はそれに頼りきりになってしまいます。どうしても彼らの手に余るときにだけ、助けてあげる程度で良いのですよ」
そんなもんなのかな。まあ、人は堕落する生き物だ。できたばかりの国でそれはさすがにまずいか。
「次に国の東部を農業地として開拓します。川から水路を引き、水田をいくつか作ってみましょう。こちらの土に合うといいのですが。あとは商人になにを売り、国の収入とするかですが……」
正確に言うと、国民がなにかを作るなりで商人などから得たお金を、何割か税金として徴収する、ということだが。
正直、税金とかいらない気もするんだが。自分と家族の食い扶持くらい自分で稼ぐし。高坂さん曰く、それでは国が回らないのだそうで。そちらは任せることにした。税金はなるべく安くしてあげてくれ、と言ってはおいたが。
「この国ならではの特産品があればいいのですが。もともとベルファストとレグルスの土地ゆえに、そういったものもない。あとは何か技術を売る、とかですが……」
「とりあえず自転車の製造技術は教えるよ。しばらくはそれで稼げるとは思う。そのうち他国でも真似され始めるだろうけど」
自転車自体は珍しいし、便利だけど、たくさんの荷物を運ぶなら馬車の方がいいし、速さなら馬の方が速い。でも需要はあるから、それなりに技術を学べば商売になるとは思う。ただ、僕が作るものと同じレベルで作るには結構難しいと思うが。
「とにかくできることからやっていこう。高坂さんには農耕地の方を任せるから好きにやってみて。ダメだったらそのとき考えよう」
高坂さんと別れて、訓練場に行くと相変わらずウチの三騎士が馬場の爺さんたちにいいようにあしらわれてた。
まだウチには騎士団というものは存在しないので、馬場の爺さんや山県のおっさんには戦闘教官みたいなことをしてもらっている。
「おう、小僧。高坂との話は終わったのか?」
「いい加減、小僧ってのはやめてくれないですかね。馬場の爺さんも一応家臣になったわけだし」
「固ぇこと言うな。一応公私のケジメはつけるからよ。ちゃんとした場なら「陛下」って呼んでやるよ」
がははと笑いながら肩を叩いてくる。これだ。何を言ってもムダな気がする。
「俺と違って馬場殿には言うだけムダだぜ、大将」
「てめえも呼び捨てから大将に変わっただけだろうが、山県」
「いいじゃねえか、大将。偉そうだぜ?」
殿とか、若とか他にもあるだろ。まったく。どうもこの二人は苦手だ。はあ、もういいや。
「ところでそろそろ昼だから、食糧を調達にいこうと思うんだけど。訓練も兼ねて、レインさんたち三人に付き合ってもらおうかと思ってさ」
「狩りか? そりゃいいが、こいつらこんな有様だぜ?」
山県のおっさんが指し示す先には地面に伸びている三人がいた。ニコラさんだけは男子の意地なのか、震える足で立っている。狐耳がへたっているけど。
「光よ来たれ、健やかなる息吹、リフレッシュ」
僕が呪文を唱えると、柔らかな光の粒が三人に降り注いだ。しばらくすると、三人ともむくりと身体を起こし、ぴょんぴょんと飛び跳ねたり、剣を振り回したりして、身体を動かし始めた。
「疲れが取れてます……」
「うわあ、陛下の魔法!? すごい!!」
「くっ、ふがいない。申し訳ありません、陛下」
疲労回復魔法「リフレッシュ」だ。怪我とかは治らないけど、体力とか肉体的な疲れが回復する。これを使えば疲れ知らずの体力を生み出せる。でも無理してることには変わりないので、多用はしない方がいい気がする。
「相変わらずとんでもねえなあ、うちの大将は……」
山県のおっさんがそんな風にぼやく。まあ、褒められたとでも思っておこう。
「さて、昼ご飯だけど、なに食べたい? 一応、候補として猪と鳥と、あ、あと蟹……」
「「「「「蟹!!」」」」」
全員一致ッスか。まあいいけど。じゃあブラッディクラブだな。城にいる全員分だと二匹も狩ればいいか。一匹がダンプカーくらいあるからな。
「あ、狩ってもらうブラッディクラブって、ギルドだと赤ランクだから気をつけてね」
「「「え!?」」」
三人とも目が点になる。まあ、そうか。赤ランクだと一流冒険者のレベルだからなあ。
「大丈夫、山県のおっさんや馬場の爺さんも手伝ってくれるから」
「俺らもか!?」
そりゃそうです。実力を見せてもらいましょう。
結局、荒野にいたブラッディクラブのうち、一匹は「グラビティ」を使って僕が倒した。1分とかからなかったんじゃないかな。残りの一匹は五人に任せて高みの見物…とはいかなかった。時折、回復魔法や軽い攻撃魔法でフォローしつつ、五人の戦いを見させてもらったけど。みんなが30分ぶっ続けで戦い、やっとブラッディクラブは沈黙した。全員戦士タイプで魔法使いがいないとやはり手こずるらしい。硬いからなあ、あの甲羅。相性悪すぎたか。
「おつかれー」
「…大将が…どんだけ化物か、わかったぜ……」
山県のおっさんがどんよりとした目をこちらに向ける。失礼な。元・武田組の二人はなんとか立っているが、それでも息が荒い。レインさんたち三騎士は完全にグロッキーだ。
さっきと同じく「リフレッシュ」をかけてやる。
なんだかんだで赤ランクの魔物を倒してしまうんだから、やはりこの二人の実力は本物だ。他の三人はサポートに回るので精一杯だったもんな。
「ストレージ」にブラッディクラブを収納し、城へ戻る。そのまま兵舎の方へ向かい、みんなに蟹を差し入れした。そういや、調味料は足りるのかな。一応塩や味噌とかはあるみたいだから大丈夫だと思うが。そういうのも含めて、早いとこ行商人に来てもらえるようにしないとな。
蟹の解体とかは馬場の爺さんたちに任せて、僕はベルファストからレグルスへの街道を作ることにする。
もともとここは危険地帯だったために、大きく南へと迂回して街道が伸びていた。それをこの国を横切るように、新たな街道を作るのだ。ベルファスト・レグルス間を旅する人たちには時間が短縮されるから悪い話ではないはずだし。元の街道はそのまま残すから、うちの国に寄りたくない人たちはそっちを進めばいい。
「国境に関所を設けておかないといけないかな。変な奴等がやってくるのはごめんだし」
ベルファストとレグルスの方の街道も少しいじることになるが、両国から許可はもらってるから大丈夫だ。ま、今ある街道につなげるだけだけどさ。
「ゲート」でまずレグルス側の街道に出る。
「ここからベルファスト側まで一気につなげるか。変にくねくね蛇行するよりまっすぐ突っ切った方がいいよな」
まずは土魔法。ベルファスト側までまっすぐ地面を平らにならす。これだけで充分道として通用するのだが、馬車などが走りやすいように石畳にしとこう。段差の少ない滑らかなやつを。
あとはベルファスト・レグルス両国側に簡易的な関所の小屋を建てる。後日ちゃんとしたのに作り直してもらおう。そして道標を立てておく。「ここよりブリュンヒルド公国」っと。
しかし、これだけでは素通りされて終わりだな。街道の途中から城は見えるけど、果たして「あそこに行ってみよう」となるだろうか。
まあ、城で商売するわけではないので、椿さんの一族にでも街道に何か店を出してもらうか。休憩できる飲食関係とかがいいかな。旅人から情報を得る拠点とできればなお良い。
それはそれとして、やはり城までの道も必要だな。同じように城門前まで石畳の道を作っていく。
城の前まで来るといい匂いがしてきた。カニ鍋かな。お腹減った。
午後からは自転車の製造を教えることになった。と、言っても教えるのは僕ではなくロゼッタだが。だって僕より詳しいしさ……。魔法の力を使わず一から作るなら、彼女に任せた方がいい。伊達に「工房」の管理者ではない。普通に技術者としても一流なのだ。
製作サイドはロゼッタに任せて、僕は自転車に乗るのを教える方にまわった。乗れなきゃ売るのもままならないからな。子供たちが遊びと勘違いしたのか(無理もないが)乗せて乗せてとせがんできたので、子供用のを何台か作ってあげた。
驚いたことに、大人も子供もあっという間に自転車を乗りこなしてしまった。バランス感覚が半端ないのだ。武田忍び恐るべし……。
あとは兵士たちを集めて簡易関所に交代で詰めてもらう。えーっとだいたい50人ぐらいいるから、四人ずつ両国側にで、一回に八人。八時間交代で二日に一回勤務してもらうか。働かざる者食うべからずです。ハイ。
関所に行く人たちには「エンチャント」で「パラライズ」を付与した警棒を貸し与える。夜の勤務とかは物騒だしね。彼ら以外に使えないように「プログラム」しといたから、奪われても問題ない。
あとは何かあったときのための連絡用に、召喚魔法で使い魔を呼んで一緒に連れて行ってもらう。使い魔に念じれば僕に連絡がとれるからな。ベルファスト側は犬、レグルス側は猫を召喚した。
これでよし、と。なんとか国として体裁が整ってきたかな?
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。