第14章 ブリュンヒルド公国。
#104 騎乗、そして皇王。
新しく我がブリュンヒルド公国の兵士となった三人は、リーンが推薦するだけあってなかなかの腕前だった。
レインさんは剣、ノルンさんは双剣、ニコラさんはハルバードと言われる槍斧を得意とし、みんなに八重と戦ってもらったが、そんなに差は感じられなかった。これなら期待できるんじゃないかな。
「陛下、この城には馬はいないのでしょうか?」
「馬?」
相変わらず堅い物言いのニコラさんからそんなことを言われて、僕はこの城に馬がいないことに気がついた。移動とか全部「ゲート」だもんなあ。王都では自転車を使ってたから必要性を感じなかったし。
「必要かな、馬」
「騎兵として戦うのであれば。戦いなど無いにこしたことはありませんが、有事の際に訓練しているのとないのでは雲泥の差です」
確かに。兵士たちは戦うのが仕事だ。そのための投資は惜しむべきではないな。
「それに馬がいれば国内の見回りもできますよ。僕らもこの国の地形とか把握しておきたいですし」
レインさんが言うことももっともだ。そういやこの人、自分のこと「僕」って言うんだよな……。男性と間違えるのも無理ないっての。
しかし、馬、馬ねえ。
「どうせならもっと便利な乗り物を呼ぼうか」
「え?」
僕の言葉の意図がわからないニコラさんを置いて、魔力を集中し、地面に魔法陣を描く。
「闇よ来たれ、我が求むは天空の王者、グリフォン」
魔法陣の中に現れた黒い霧が晴れるとそこには一匹のグリフォンが立っていた。
「うわあ!」
「すごい……」
「これは……」
三人とも驚き方はそれぞれ違ったが、目の前のグリフォンに目を奪われていた。
「えっと、お前は…ポール、いやジョンか。いいかジョン。お前はこれからこのニコラさんの相棒だ。仲良くしろよ」
「クアァ」
ジョンは短く鳴いて、ニコラさんの元へ歩いていく。ニコラさんは少し躊躇いつつもジョンに触れ、その背を撫でてやった。
「おとなしいですね。まるで言葉がわかるようです」
「喋れないけど、言葉は理解してるよ。一応召喚獣だからね。普通の馬より扱いやすいと思う。ま、とりあえず乗ってみたら?」
馬具(馬じゃないのでこの場合そう言うのかわからないが)がついてないが、ニコラさんは思い切ってひらりとその背に跨ると、グリフォンのジョンはゆっくりと歩き始めた。
ニコラさんが命じるとジョンは歩くスピードを速める。並足が早足となり、駆足となって、やがて翼をはためかせて空へと駆け出した。気を使ったのか、それほど高くない高度で旋回し、再び地上へと降りてくる。
「どうです?」
「いや…すごいです、陛下。まだ少し高さによる恐怖がありますが、必ず克服してみせますよ」
そう言ってまた空へと駆け出していく。気に入ってもらえて何よりだ。
「陛下! 私も! 私もあれ欲しい!」
ノルンさんが僕に詰め寄ってくる。っていうか、この人まで陛下とか言い出したぞ。その後ろでは同じように興奮した面持ちのレインさんがいた。
そんなに迫らんでもちゃんと呼び出すから。
んー、でもまたグリフォンってのも芸がないな。女の子なんだからそれっぽいのを呼ぶか。
「闇よ来たれ、我が求むは天駆る天馬、ペガサス」
霧が晴れた魔法陣から現れたのは真っ白な翼を持つ白馬が二頭。
「うわあ! うわあ! 綺麗!」
ノルンさんがそのうちの一頭の元に近づき、背中を撫でる。レインさんもおずおずともう一頭の翼を触っていた。
「名前はアンとダイアナとかにしとくか。アンはノルンさん、ダイアナはレインさんと組んでくれ」
ブルルッ、と了承したように首を震わせるとアンは翼と首を下げ、ノルンさんに乗るように促した。早速ノルンさんが跨ると、ニコラさんの時と同じように、少しずつスピードを上げていき、空へと飛び上がった。遅れじとレインさんもダイアナに跨り、空へと飛び立つ。
やがて城の上空をぐるりと一周してから、三人とも降りてきた。興奮覚めやらぬ三人をよそに、僕は「ストレージ」から魔獣の革を取り出して、鞍や鐙、ハミや手綱を「モデリング」で作りあげ、三人に手渡した。
そして、乗り慣れる練習を兼ねて、午後は国の様子を見て回って来るように命じた。なにかあれば召喚獣に念じるようにすれば、離れていても僕と念話ができるので心配はない。
ま、実質、午後は自由にしていいと言うことだ。ニコラさんは真面目にこれも任務と受け止めていたようだが。固いなあ。
見回りはウチの兵士たちに任せるとして、僕は僕でやることがあった。
城の一階、奥の一室を改装し、人が通れるほどの姿見を設置した。そしてその横に金属のプレートを設置する。
「冬夜兄ちゃん、その金属板はなに?」
「これに触れることによって「ゲート」が開くんだ。もちろん許可されている人しか通り抜けられないし、誰が最近使ったかも記録される」
不思議そうに鏡を見るレネに簡単な説明をする。タッチセンサーじゃないけど、「サーチ」だけだと見た目だけで判断することになりかねない。誰かが変装、もしくは変身の魔法なんて使ってたら素通りさせてしまう可能性がある。これに触れることによって、指紋や魔力の波動、そういったものから認証できるようにした。
「それに行き先も指定できるんだ。まあ、まだベルファストの屋敷と読書喫茶の二つだけだけど」
そのどちらにも同じような鏡を設置している。どちらもベルファストだからあまり意味がないけど。そのうちミスミドとかレグルスに小さな家でも買うか? いや、王様たちに大使館としてもらえばいいのか。
うーん、皇帝陛下の方はいいとして、獣王陛下の方は「ゲート」の話をしてないからな……。
「とりあえず試してみよう。レネ、その金属板に手を触れてみて」
「こう?」
素直にレネが片手をいっぱいに上げて金属板に当てる。ちょっと設置場所が高すぎたか。レネが触れると金属板が光り、そこにレネの名前が浮かび上がる。
すると鏡がぼんやりと光り、「ゲート」が準備完了となる。
「そしたら行き先を告げて」
「え? えっと、ベルファストのお屋敷!」
レネの言葉に反応して、鏡が一層輝く。手で促すとレネはその鏡の中へと入り、部屋から消えていった。よし、成功だ。
僕もあとを追うために金属板に手を触れる。安全のため、触れた人間しか通れないようにもしてるから、一人一人いちいち触れないといけないのだ。悪党が脅して「ゲート」を開かないとも限らないからな。
鏡を通り抜けると、ベルファストの屋敷の一室に出た。あれ? レネがいない。
扉を開けて廊下に出ると、玄関の方でレネの声がする。ん? お客さんか?
「どうした?」
「あ、冬夜兄ちゃ…旦那様。王宮の方から手紙だそうです」
門番のトムさんが玄関に来て、僕に手紙を渡してきた。トムさんたちには城に移ったフリオさんとクレアさんが使っていた離れを自由に使ってもらっている。
渡された手紙を読むとベルファスト王宮の方へ来てほしいとのこと。
なんの用だろ。
「おうおうおう。君が噂の望月冬夜殿か! いや、もう公王陛下かな?」
「はあ……」
目の前にいるベルファスト国王陛下から紹介されたスキンヘッドのおっさん。あれだ、世界一ツイてない刑事を演じたハリウッド俳優に似てるな。信じられないが、この人がベルファスト王国のお隣り、リーフリース皇国の皇王、リグ・リーク・リーフリースだと言うんだから驚きだ。ってことは、あの薔薇作家、リリエル皇女の父親か。
「活躍はベルファスト国王からいろいろ聞いてるぞ? しかし帝国の反乱を一人で止めるとか、とんでもないな!」
「いや、まあ、すみません……」
別に謝る必要はないのだが、思わす口に出てしまった。
「…なるほど。ベルファスト国王の言う通りだな。どうやらお前さんには変な野心はなさそうだ」
「野心って…なんでそんな話になるんです?」
「一人で帝都の兵と悪魔の軍団を相手にして余裕で勝利し、ベルファストとレグルスの姫を娶った男。他国からしたら脅威以外のなにものでもあるまいよ」
あー……。ハタから見たらそうなるのか。確かに警戒しても仕方ないよな。こっちにその気はなくても。
「まあ、だからといって他国も虎の尾を踏むような真似はしないと思うがな。お前さんを怒らせて国を滅ぼされたら本末転倒だ」
「しませんよ、そんなこと」
絶対とは言い切れないが。例えばどっかの国が暗殺者を放って、僕ではなく、ユミナを殺したとしたら、許せる自信はない。その黒幕を引きずり出して、死んだ方がマシな目にあわせるだろう。
こちらからはなにもする気はないのだ。そう宣言しても信じられないのが人間なんだろうけど。
「と、いうわけでリーフリース皇国としては貴国と友好を深めたい。本来ならウチからも娘を嫁にもらってほしいところだが……」
「ご遠慮しておきます。いや、マジで!」
あの皇女はいらん。本気でいらん。
「まあ、ウチのは他国へ嫁ぎ先が決まっているからな。それを反故にもできん。残念だが」
残念どころか大感謝だ。嫁ぎ先の旦那の苦労が想像できて、思わず声援を送りたくなる。本を書いてることは父親にも秘密って言ってたから、猫を被っているんだろうなあ。ブ厚い皮の。
「そこで、だ。ブリュンヒルドの城も完成したそうだし、ひとつ儂らを招待してくれんかね。政治的な集まりではなく、国王同士、友好を深めるということで」
「招待って西方同盟の王様たちをですか?」
王様を招待するってだけでも気を使うのに、みんなか? 怪訝そうな顔をしていると、にんまりとした表情でベルファスト国王陛下が答えた。
「うむ。ベルファスト、リーフリース、ミスミド、レグルスだな。国王同士が仲良くなるのはいいことだろう?」
「……その心は?」
「「王様だって羽を伸ばしたい!」」
ヲイ。
「たまには国王としての立場を忘れてくつろいだり、遊んだりしたいのだよ。冬夜殿ならそういう遊びを用意できるだろう?」
いや、確かに娯楽が少ないこの世界とは比べものにならないくらいの娯楽大国から来ましたが。それでも国王たちを招待するって、大変なことなんじゃないか? 料理に警備に接待に、中途半端なことはできないだろ。
「なにも難しく考えんでもいいさ。友人を迎えるように普通に招待してくれりゃいい」
皇王陛下はそう言うが、大変なことには変わりない。あれ、これって僕だけ旨味がないんじゃないの? 他国にいい印象を与えておくのは悪いことじゃないと思うけどさー。
断ってもよかったんだが、二人の目が期待に満ちてるのが手に取るようにわかる。あー、もう。
「わかりました。招待しましょう。でも国家同士の争いや、政治的思惑を持ち出すのは無しにしてくださいよ」
「むろんわかってるさ。それと、家族も一緒に行っていいだろうか?」
「構いませんよ。ただ、王様を含めて五人くらいにしていただけると。こちらも人手が足りないので」
一族郎党ぞろぞろと来られてはたまらんからな。やれやれ、こりゃ忙しくなりそうだ。
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