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第14章 ブリュンヒルド公国。
#103 落成、そして初家臣。

「本当に三日でできるとは……」
「これが「工房」の力でありまスよ!」

 むふーっ、とロゼッタが薄い胸を張る。
 「工房」のモニターで見た、真白き小さな(といってもベルファストの屋敷より遥かに大きいが)お城が目の前にその姿を現していた。
 布地類は破れてたり汚れているものを分解・再構築しても強度までは再生されないというので、新品を用意した。蚕の繭とかそこまで遡ればタダで手に入ったのかもしれないが、買った方が早い。正直、原料から作るとか面倒の極致だ。お金には不自由してないし。
 ま、木材は樫や檜を探して伐採してきたけど。こっちは買うより早いしな。
 ガラスに関しては帝国騒動の時に作ったように、鉄板を透明化すれば、と思ったのだが、「工房」を通すと魔法が消えてしまうので、建築後に全ての鉄板に僕が魔法をかける羽目になった。ま、スマホで一発だったけどさ。
 そんなこんなで建てられた城である。
 大きな堀にかけられた、これまた大きな跳ね橋を僕らは渡って城壁内へと進む。堀の水は綺麗に澄み渡っていて、近くの川から引いてきているようだった。浄化システムはバビロンを巡る水路と同じらしい。川上と川下に水門があって、大雨などで水害が起こりそうなときには、流れを別な方向に切り替えることもできるんだそうだ。
 立派な城門を潜って城壁内に入ると、側塔や城壁塔からなる防衛施設と門番さんたちの詰所、そして大きな庭が広がっていた。裏手は訓練場などに続いている。
 さらにその奥にある立派な大理石でできた広い階段を上がると、豪華な噴水が中央に設置された庭園が見えてくる。
 その庭園を横切り、さらに進むとやっと城内へと入る扉が現れた。両開きの大きな扉を開けて中へ入ると、とてつもなく高い吹き抜けの天井と豪華なシャンデリア、そして二階へと続く大きな階段が目の前に伸びていた。赤い絨毯が敷かれたその階段は中ほどで左右に別れ、二階へと繋がっている。
 緩やかなカーブを描くその姿に、どこか見憶えがあると思ったら、なんてことはない、ベルファストの城と似ているのだ。よく考えりゃ当たり前か。この城はベルファスト城を元にしてるのだから。

「素敵ですね。なんだか落ち着きます」

 ユミナも同じように感じているらしい。生まれ育ったところと似ているのだからそうなるよな。
 二階へ上がり、奥まった部屋の大きな扉を開けると、とてつもなく広く天井の高い場所に出た。天井には大きな天窓が取り付けられ、輝く陽光が数段高くなった煌びやかな椅子に降り注ぐ。謁見の間ってやつですか?

「ちょっと豪華すぎやしないか? これ……」

 あそこに座んの? 僕が?

「来訪した他国の使者などを迎える場所なのですから、これくらいしとかないと舐められますわ。冬夜様の素晴らしさを見せつけませんと」

 ルーが言うこともわかるんだけど……やっぱり恥ずかしいな、なんか。みんなに座ってみてくれと強制され、とりあえず座ってみたが、居心地悪いことこの上ない。みんなは「おー」とか「なかなか」とか、勝手なことを言ってたけど。
 とりあえず、まだなんにもないこんな国に使者もないだろ。家臣もいないってのに。しばらくは不要だな。
 それから各々、自分の部屋や、気になる施設などを自由に見て回った。僕も大広間、大食堂、図書室、音楽堂、練兵場、中庭、と回ってみたが、全部見る気にはなれなかった。やっぱり広すぎない? ベルファスト城よりはだいぶ小さくしたつもりだったんだけどなあ。
 ある程度見終わると、大きなバルコニーが面した大部屋で、みんなソファーに座りくつろぎだした。

「いやー、広いでござるなあ。これは掃除が大変そうでござる……」
「いや、城全体に「プロテクション」をかけているから、そう簡単に汚れや傷はつかないと思うよ。ただ、埃はたまるからなあ……」

 八重に答えながら首を横に向けると、バルコニーへ出て、外の景色を眺めながらはしゃぐユミナとルーがいた。元気だなあ……あれが若さか。って爺くさいな、僕。
 くつろいでるところへラピスさん、セシルさん、レネ、シェスカのメイド部隊が紅茶とお茶菓子を持ってきた。後ろにはライムさんも控えている。

「素晴らしい城ですな、旦那様。まさかお仕えして一年と経たずに再び城仕えになるとは思ってもみませんでした」
「すいません。ライムさんは元々、城に仕えるのをやめてウチに来たのに……」
「いえいえ。若き日の血が滾るようです。これからもっと忙しくなりそうですからな」

 そう言ってライムさんが笑う。本人が気にしていないのなら、僕も気にするのはよそう。

「マスター、噴水のある庭園なのでスが、少々手を加えてモよろしいでショウか?」

 お茶を注ぎながらシェスカがそんなことを尋ねてきた。バビロンの空中庭園を管理していたからか、庭いじりはお手のものなのだろう。中庭はフリオさんの担当として、庭園の方はシェスカの好きにさせることにした。

「ところデこの城に調教部屋は」
「あるかぁ!!」

 まったくブレないな、こいつ!
 紅茶のカップを手に取ると、レネがお茶菓子の入った器を置いてくれた。あのあとレネはキャロルさんから自らの出自を聞いた。しかし帝国に戻ることはなく、ここで暮らして行くことを告げたのである。気持ちの整理がついたらいずれ祖母に会うことを約束して。
 レネもメイド姿が板につき、みんなの手伝いにも慣れてきたようだ。時々は失敗することもあるけど、大したレベルじゃない。

「だけど旦那様~。私たちもここで暮らすとなるとちょっと不便じゃないですか~? お買い物に行くのも一苦労ですよ~?」

 セシルさんが相変わらずのほわほわ口調で僕に尋ねてくる。確かに城しかないこの国では買い物ひとつできやしない。

「一応ここと、ベルファストの屋敷を「ゲート」で繋ぐつもりだけどね。さすがに不便だし」

 前々から考えていた、認証型の「ゲート」を作ろうと思う。「サーチ」を「プログラム」して、僕が許可した人間しか通れないようにしておくのだ。用心にこしたことはないからな。

「トムさんとハックさんにはあのまま屋敷の門番をお願いしよう。向こうで何かあったらこちらへ連絡してもらえるように。こちらの警備は……そうだな、ケルベロスでも庭に置いとくか」
「最強の番犬ね」

 エルゼが笑う。地獄の番犬が我が城の番犬だ。あいつは鼻もいいし、侵入者がいればすぐに気がつくだろう。
 警備隊にリザードマンやワーウルフを呼び出してもいいんだが、さすがにそこまでいくと怪物城、とか呼ばれそうでちょっと躊躇いがある。

「あら? 何かしらあれ……仔犬…ではないわね。熊…仔熊?」

 バルコニーにいたルーが不思議そうな声を上げる。熊? まさか……。
 足早にバルコニーへ向かい、ルーが視線を向ける方へと目を凝らす。そこにはとてとてと歩くクマのぬいぐるみが、真っ黒い日傘を差したご主人様と城門をくぐってくるところだった。



「まったく……しばらく目を離したら王様になってるとか…どんな出世よ。驚きより呆れるわ」

 ソファーに座って紅茶を飲みながらリーンが僕にそう言い放つ。その横でポーラがへへーっ、と僕に土下座をしたあと、揉み手をしながらすり寄ってきた。その「プログラム」はなんのためにあるんだ…?

「しかもレグルス帝国の姫までもらったとか? 左うちわでいいわねー」

 どこか嫌味を含んだセリフが飛んでくる。いや、正確にはお姫様たちをもらったから国をもらう羽目になったんだが……。

「ま、建国したばかりで忙しいところ悪いけど、私、ミスミドの大使としてこの国に来ることになったから。住むところよろしくね」
「は!? ちょっと待てよ、リーンは確かベルファスト駐在の大使だろ?」
「そっちは別な者に丸投げしたわ。こっちの方が面白そうだし」

 マジか……。いや、別にいいんだけどさ、面白いとかそんな理由で変えていいのかよ…。でもミスミドの獣王陛下ならあっさり許可しそうだ。

「で、ひとつ個人的な相談なんだけど。ここに仕えたいって子たちがいるんだけど雇ってもらえるかしら?」
「仕えたいって…この国に?」
「そう。ブリュンヒルド公国に」

 んー…人手が足りてるとはいい難いんだけど、ほいほいと雇うわけにもなあ。何かしら企んでいる輩が紛れ込まないとも限らないし。ん? ああ、ユミナの魔眼があったか。アレなら悪意や害意を持っている者を見抜けるだろう。

「まあ、とりあえず会うだけなら。その人たちはどこに?」
「城門の外で待たせているわ」

 ユミナとリーンを連れて跳ね橋の前へ転移すると、そこには三人の若者がいた。若者っていうか、僕も同じかそれよりちょっと歳下ってくらいだけど。三人とも僕の姿を見ると膝をついて頭を下げた。あああ、立って立って。そんなことされると居心地が悪い。
 えっと、三人とも獣人か。兎の少年に狼の少女、と…狐の少年か。あれ? この兎獣人の少年……どこかで……。あ!

「えっと、レインさん、でしたよね?」
「お久しぶりです。冬夜様」

 赤毛で小柄な兎獣人の少年はにっこりと笑う。そうだそうだ、ミスミドへの旅で狼の獣人ガルン隊長の部下だった人だ。
 あれ? でも、だったらミスミドの兵士だろ?

「ミスミドの兵士職は辞めてきました。どうかこの国に仕えさせて下さい」
「なんでまた……。ガルンさんに気に入られてたんだし、出世もできたろうに」
「冬夜様が黒竜を倒したとき、本当にすごい人だと感動したんです。その方が建国した国とあっては、もう居ても立ってもいられず、リーン様にお願いした次第で……」

 なんともったいない。責任を感じるなァ……。それを聞きながら隣の狼獣人の少女がくすくすと笑う。

「レインちゃん、落ち着いて。冬夜様が引いてるわ」
「あっ…す、すいません」

 真っ赤になって俯くレインさん。それを横目に銀髪の髪をアップに纏めた狼少女が小さく頭を下げる。

「ノルンと言います。兄がお世話になりました」
「兄?」
「ノルンはガルン隊長の妹なんです」

 怪訝そうにしていた僕にレインさんが説明してくれた。ああ、それで…。
 納得していた僕に残りの狐少年が頭をぺこりと下げた。きりりと真面目そうな顔つきの少年だ。僕よりひとつふたつ上だろうか。背も高い。金髪の上にぴょこんと伸びた狐耳とフサフサの尻尾が揺れる。

「ニコラ・ストランドです。よろしくお願いします。陛下」

 そう言ってビシッと直立不動の体勢をとる。陛下はやめて欲しいんだが……。僕は公国の王様、公王となるらしいが、元居た世界にはそんな地位はないらしい。アニメの世界にはいたらしいが。コロニーのレーザーで亡くなられたけど。まあ、向こうの常識を持ち出すのはナンセンスだ。オルトリンデ公爵の「公」ともまた違うらしいからな。あまり深く考えるのはよそう。それよりも気になるのは……。

「ストランドって……。オリガさんとこの家となにか関係が?」
「オリガは父方のいとこです。交易商人のオルバ・ストランドは伯父に当たります」

 あ、やっぱりか。なんだ、結局この三人って全部僕と繋がりがあるんじゃないか。考えてみたらそうだよなー。建国したとはいえ、僕のことなんか直接関わった人でもなきゃわからないだろうし。

「この三人はそれなりに腕も立つし、この城の警備にぴったりだと思うけど」

 リーンの推薦を聞きながら、ユミナヘと視線を移す。彼女は静かに微笑んで小さく頷いた。どうやら魔眼での審査には合格のようだ。

「んー…まだなにも決めてないんだけどな。騎士団や軍みたいな仕事はないから、雑用とかもしてもらうかもだけど。それでもよければ」
「「「よろしくお願いします!」」」

 返事はいいな。とりあえず住む場所だけど、詰め所ってのもなんだしな。男女別な方がいいだろうし。本城の方に住んでもらうか。人が増えてきたらあとから考えよう。
 そのうち騎士団みたいに組織化したらその館を建ててもいいしな。

「男二人に女一人だけじゃ、まだ騎士団って数じゃないけど。そのうちちゃんとなるかもしれないから……。ん?」

 僕の言葉にどんよりとした空気を纏ったレインさん。気まずそうにノルンさんが顔を引きつらせて笑い、ニコラさんはあからさまに目を逸らしていた。え? なに? なんかまずいこと言った?

「バカね。レインは女の子よ」
「…………………………うえ?」

 後ろからリーンに投げかけられた言葉と、その足元であちゃーっ、といった感じに顔を押さえたポーラの態度を見て、全身から冷汗が出た。え? マジで…?
 ギギギギギ、と首を回し、ウサミミを垂らしてしゅんとしているレインさんに顔を向ける。え、髪短かくて、いかにも美少年って感じの…確かによく見れば中性的っていうか、女性に見える……な。見えます。

「……女です」
「すいませんしたァッッ!!」

 公王が土下座するという前代未聞の事件から、この国の歴史が始まった。







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