第14章 ブリュンヒルド公国。
#101 廃城、そして幽霊。
その城砦はかつて領主が住んでいたという。当時の皇帝陛下の信任厚きその領主は、領民に慕われ、寛大な政策と善政で有名な真面目な人物だったらしい。
ところがあるときを境にこの領主はガラリと性格が変わる。最愛の妻が亡くなったのだ。それから領主は城に閉じこもるようになり、やがてその領地に事件が起こり始めた。領民に行方不明者が次々と出たのである。そして領民の一人が領主によって村娘が拉致される現場を見てしまう。事態を確認すべく、領民たちはこぞって城へ向かった。
ところが城門を守るはずの門番がいない。それどころか城の中には使用人、騎士、従卒に至るまで誰一人としていなかった。不審に思い始めた領民たちが地下牢で見たものは、打ち捨てられた死体の山、山、山。領主が行っていたのは最愛の妻を蘇らせる秘法「死者蘇生」の研究。その実験台に城の中にいた者たちが犠牲になり、それが尽きると適当な領民たちをさらい、研究を続けてきたのだ。
命からがら逃げ出してきた領民たちはこのことを帝都へと訴えた。すぐさま当時の皇帝が兵を差し向け、領主はあっさりと捕えられた。そしてその場で処刑されたのである。
だが、これでこの話は終わりではない。やがてこの城に新しい領主が赴任したのだが、一人目は病で亡くなり、二人目は遠乗りをしたときに落馬で死亡、三人目は自分の奥さんに刺されてと、次々と亡くなってしまう。誰からともなく前領主の呪いだという噂が立ち始めた。四人目の新領主がその城に住むのを嫌がったため、結局、城は廃城となり、打ち捨てられたのである。
当然のごとく、周りの村は寂れ、人が寄り付かなくなった。そしてこの城は野盗や山賊の住処として目をつけられることになる。しかし誰一人としてこの城に住み続けることはできなかった。捕えられた盗賊たちは皆、口々にこう言ったのである。
「あの城には幽霊が住んでいる」と。
「それがあの城、か」
「だいたい100年ほど前のお話らしいですわ」
呪いの城ねえ……。ありがちなお話だし、真夜中に来ていたら怖かったのかもしれないが、昼間ではさすがに怖くはない。空も澄み渡り、雲ひとつない青空だ。清々しい。
やってきたのはいつものギルドメンバーと新しく加わったルーに琥珀と珊瑚、黒曜の召喚獣トリオ。その僕らの目の前に不気味に建つ古い城を見て、僕は思わず腕を組む。確かになにか出そうな雰囲気はあるよな。
「皇帝陛下に許可はとってあるんだよね?」
「はい。壊すなり建て直すなり、自由にしてよいと」
よし。じゃあ遠慮なく城ごといただきますか。「工房」が設計した城より少し大きな城だから、素材が足りないってことはないと思うが。まあ、足りなかったらそのときは不足分を買うことにしよう。
「じゃあ「ゲート」を広げて、城ごとブリュンヒルドへ転移させるか」
「…待ってください。その前に城内を確認した方が、いいかと。盗賊たちや、魔獣、アンデットなどが巣食ってる可能性もあるかも、です」
「あと幽霊もね」
リンゼの忠告をエルゼが笑いながら混ぜっ返す。どうやら幽霊が出るという話を彼女は信じていないようだ。の、わりには顔が引きつっているように見えるんだが。
確かに中に余計な奴らがいては面倒だ。一応確認のため城を探索してみたほうがいいかもな。
城門をくぐり抜けて城内へと入り、玄関ホールへと辿り着く。薄暗い中に蜘蛛の巣や埃だらけの調度品がうっすらと見えた。
「じゃあ二人三組ずつバラバラに別れてざっと見回ろう。なにかあったら琥珀や珊瑚たちを通して連絡してくれればいい。ユミナとルーに琥珀、リンゼと八重に珊瑚と黒曜、エルゼは僕と回ろう」
「えっ、あ、いいわね。じ、じゃああたしたちはあっちから回ることにするわ!」
バタバタしながらエルゼがスタスタと奥に歩いていく。しかしすぐにピタッと立ち止まりこちらを振り向いた。
「ほ、ほら! いくわよ、冬夜!」
それを見てくすくすと笑うリンゼ。どうやら双子の妹さんはすべてお見通しのようだ。エルゼの元へと小走りで駆け寄り、横について歩き出す。みんなもそれぞれ城内へと散っていった。
窓の外を見ると雲が出てきたようだ。さっきまで晴れていたのになあ。
「で、エルゼさんは幽霊が苦手なのかな?」
「なっ!? なに、なにを言ってるのよ!? ゆっ、幽霊なんて、幽霊なんて……!」
「あ、後ろに白い影が……」
「っきゃああああああああっ!?」
悲鳴をあげながらエルゼが僕に抱きついてくる。おうっ、痛い痛い! 気持ちいいより、痛い! ベアハッグってやつじゃないのこれ!?
「ごめ…カーテンでした……から、離し……!」
「……カーテン?」
振り向いたエルゼの前にはボロボロになった黄ばんだカーテンが隙間風に揺れていた。それを見てエルゼがパッと腕を離し、僕を解放する。
うおお……背骨が折れるかと……。
「カ、カーテンかぁ……」
ホッと胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべるエルゼ。
「やっぱり苦手なんじゃないか」
「う……」
顔を真っ赤にさせながらこちらを振り向く。口をパクパクさせながら、どうやら言い訳の言葉を探しているようだ。
「……怖いもんのひとつやふたつ誰にでもあるでしょう?」
「ま、そうだけどさ。意外だなーって」
「殴れない相手は苦手なのよ……」
エルゼがむすっとした顔でそっぽを向く。まだ顔は赤いまんまだ。苦手な理由がなんとも彼女らしい。
そんなエルゼの手を握る。
「ひゃっ……!?」
「ま、そんなに隠すことじゃないだろ。怖いならこうやって手を握っててあげるからさ」
「………うん……」
小さくエルゼが頷く。手を繋いだまま、辺りの気配を探りつつ、ひと部屋ひと部屋覗きこんで、誰もいないか確認していく。やっぱり結構広いよな、この城。埃だらけの蜘蛛の巣だらけだけど。ここまで埃や蜘蛛の巣があるってことは、誰も何もいないんじゃないかねえ。そんなことを思い始めたとき、部屋の隅でガタッと何かが動いた。
「ひっ!?」
エルゼが僕の腕に抱きついてくる。二つの柔らかいものが僕の腕にぎゅうっと押し付けられた。グッジョブ!
そんなつかの間の幸福を生み出してくれたネズミはチョロチョロと部屋からどこかへと消えていった。
「ネズミかぁ……」
「ネズミは平気なんだね」
普通、女の子ならネズミやゴキブリなんかも怖いんじゃないかなーと思ったけど、この世界の女の子たちは総じてタフだ。それぐらいでは動じないのかもしれない。
「二階の方に行ってみようか」
階段を登ると踊り場の所に大きな肖像画がかけてあった。20代で薄緑のドレスを着た若い女性が、椅子に腰掛けて微笑んでいる。ひょっとしてこの人が殺人領主の奥さんか? 大量殺人をしても生き返らせようとしたっていう……。まあ、確かに美人かな。……大きいし。
「なに見てるのよ?」
「え? いや、なにも!?」
エルゼにジト目で睨まれ、目を逸らす。流石にユミナやルーには負けてないが、妹よりも若干小さめなのを気にしているんだろうか。気にすることないのに。さっきの感触から、充分だと断言できますよ?
逃げるようにエルゼの手を引き、二階へと向かう。二階の廊下から外を見るとますます空が曇っていた。さっきまで晴れていたのになあ。
《琥珀、珊瑚、黒曜。そっちはどう? なんか変わったことあった?》
《いえ主。こちらはなにも》
《こっちもなにもないわよぉ》
《ネズミが何匹か出ただけよの。つまらんわ》
どうやら向こうも進展はないらしい。六人がこれだけ部屋を回ってるのだ、盗賊なんかがいたら逃げるなり、襲いかかってくるなりしてるだろう。それに今まで部屋を回って見た限り、どう考えても長い間、誰も出入りしたようには思えない。なにせ廊下まで埃だらけなのだ。しっかりと僕らの足跡が残っている。動物だろうが人だろうが、なにかいたら痕跡は残るはずだ。
「やっぱりデマだったのかな?」
「そうよね、ゆ、幽霊なんているわけないわよね?」
「いや? 生霊と言われるレイスとか、幻霊と言われるファントム、悪霊と言われるスペクターとかが、たぶん一般的に幽霊と言われるモノだと昨日リンゼが……」
「うあうあうあー、きーこーえーなーいー!」
耳を塞いで僕の言葉を聞かないようにするエルゼ。子供か。
どうもこちらの世界ではレイスやファントムと言った霊的モンスターは認知されていても、それが死んだ人間から生み出されたモノかまでは実証されてないっぽい。ゾンビとかグールとかああいったアンデット系は実証されているのにな。ん?
うわ、とうとう降り出したな。外を見るとパラパラと雨が降り出していた。雨漏りしないだろうな、ここ。いや、100年も経ってるんだからたぶんするよなー。
城に入ったときとは比べようもなく薄暗くなった城の中を、さっきより僕の腕にぴったりとしがみついたエルゼと共に進んでいく。
やがて行き止まりの所で、両開きの大きな扉が現れた。領主の部屋か?
埃だらけのノブを回し、ギギギギと軋む音をあげながら扉を開く。
かなり広い部屋で天井も高い。おそらく昔は豪勢なシャンデリアがぶら下がっていたのだろうが、今は落ちて床に粉々になって散らばっている。金具が錆びたのかな。一部が崩れた暖炉の横にはチェストボックスらしきものがあり、その上には古ぼけた花瓶が並んでいた。部屋の隅には錆び付いた鎧か置いてあり、なんとも言い難い雰囲気を醸し出している。
「なんかヤな雰囲気ね……」
ビクビクしながらエルゼが僕に抱きついてくる。怖いとはいえ、なんか大胆なんですけど……。
部屋の壁にはまた肖像画が飾ってあった。今度は髭面のゴツい男で、軍服みたいな服を着込んでいる。そしてその横には地味な感じの女性が地味なドレスを着てひっそりと付き従っていた。これって例の殺人領主なのか? いや、違うな。この城は持ち主がそのあと三度変わってるんだ。たぶんこれは最後の三人目の領主なんだろう。
ふと、違和感を感じた。
……あれ? おかしくないか? この奥さんが三人目の領主の奥さんだとしたら……大きくない。
「……どうかした?」
「いや、さっきの踊り場にあった肖像画の人って、この人じゃないよな?」
「そういえば……」
もう一度よく肖像画を見ようと視線を向けたとき、開いていたはずの扉が、バァンッ! と勢いよく閉まった。
「ひゃうううっ!?」
ぎゅうううっとエルゼが僕にしがみつき、抱きしめてくる。痛い痛い痛い! まさか「ブースト」使ってないよな!?
「風で閉まったのかな……?」
「か、風?」
これだけボロいんだ、隙間風もあるし、どこか穴が開いた壁があってもおかしくない。ん?
耳を澄ますとカタカタ、カタカタとなにか音が聞こえる。またネズミか?
いや、この音は……花瓶か? 花瓶が小刻みに揺れている。地震とかじゃない、花瓶が勝手に震えている。
やがて花瓶が勢いよく飛び出し、僕らの方へ向かってきた。
「くっ!」
エルゼを抱えたままそれを避けると、花瓶はそのまま壁にぶつかり砕け散った。これってあれか!? 幽霊モノの定番、ポルターガイストってやつ!?
同じようにまた花瓶が飛んでくる。今度はブリュンヒルドで撃ち落とした。すると今度は机の上に置いてあったペンやハサミ、本棚に収まっていた本が次々とこちらへ向けて飛んできた。それらすべてを僕が撃ち落とし、斬り払っていく。あいにくとエルゼはこの状況では役に立たない。やがてポルターガイスト現象が沈静化したかと思ったとき、部屋の隅にあった錆だらけの鎧が剣を抜いて動き出した。
「オイオイ……」
いつしか窓の外で降りしきる豪雨に混じって、稲妻の光が瞬き、大音量の雷鳴が轟いた。
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