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第12章 日々の暮らし3。
#86 音声入力、そして重力変化。


 準備万端整って、あとは開店の日まで仕事内容の練習と確認をすることになった。
 分担として、カウンターの受付に二人。スラスさんと、ベルエさん。どちらも茶髪でスラスさんはショート、ベルエさんはふわふわウェーブロングだ。この二人は人当たりがよく明るいので、この配置にした。
 厨房にはニアさんとミア。黒髪の姉妹。この二人が料理をある程度することができたので、クレアさんからさらに教えてもらい、ひと通り仕込んでもらった。
 そして接客などのウェイトレスにシルヴィさんとマリカ、そしてウェンディだ。シルヴィさんは七人の中で一番年上で(と言っても21だが)、みんなを統率するリーダー役だ。本人曰く、したくてしてるわけじゃないそうだが、テキパキと働くその様は、やはり頼りがいがあるのだろう。
 マリカはウェンディの次に若いが、とにかく体力がある元気いっぱいの女の子だ。時折それが裏目に出て失敗することも多いが、それを補ってあまりある働きをする。
 ウェンディはこの中では最年少だが、何事もそつなくこなす。おとなしい性格なのがちょっと気にかかるが、問題あるまい。この三人はラピスさんから接客のイロハを叩き込まれたので大丈夫だろう。
 みんなの衣装はザナックさんに頼んだ。いろいろな衣装をネットから拾い、見せてみたのだが、みんなが選んだのは意外にも大正時代のハイカラさんに似た衣装だった。みなさん曰く、他の衣装は胸とかスカートとかが際どいのが多いとか。そうか? まあ、反対する理由はないけど。
 とりあえずこの布陣で営業を始める。休みは水曜と日曜。営業時間は午前9時から午後6時。入店時に会員カードを作ってもらって、入店時間を記録する。あとは利用時間の料金を前払いしてもらい、延長したらその分を帰りに追加でいただく。個室利用はさらに追加料金となる。飲食代も帰りに一括だ。
 あとは「工房」でコピーしまくったビラを配り、宣伝に力を入れる。開店は明後日だ。
 ひと通りの確認は終わったので、今日の僕は屋敷で最近の日課を始めていた。
 テーブルの上にスマホを置き、離れた椅子に座る。

「起動」

 僕がつぶやくとスマホの電源が「自動的に」入る。

「検索。この屋敷内に何名、人間がいるか?」
『…検索終了。十名、でス。男性が二名、女性が八名』

 男性は僕と多分ライムさんだから、フリオさんは庭か。人間で検索したからシェスカやロゼッタは入っていないんだな。

「検索。この屋敷の庭には何名?」
『…検索終了。庭には一名。男性でス』
「トムさんとかは門の外だから除外されたか。その庭の人物の映像を」
『了解』

 スマホの画面から立体映像のようにフリオさんの姿が映し出される。「ロングセンス」と「ミラージュ」の合わせ技だな。花壇の作業をしていたフリオさんが立ち上がり、腰を伸ばす。ちょっとお疲れかな。

「彼にターゲットロック。「キュアヒール」と「リカバリー」発動」
『了解。「キュアヒール」と「リカバリー」発動しまス』

 映像の中のフリオさんの頭上に魔法陣が発現し、柔らかな光が降り注ぐ。一瞬驚いた顔になったが、疲れが取れた身体を動かして、僕の部屋の方に顔を向ける。窓を開けて彼に手を振ってやると、向こうも同じく手を振り返してきた。
 うん、スムーズに動くようになってきたな。
 「プログラム」をひとつひとつ組込みここまで進化させた。音声出力は録音したシェスカの声を使っている。初めは自分の声でやってみたのだが、なんとも気持ち悪いことになったのでやめた。あんな声だっけ、自分。
 ポーラと違ってこれには録音機能があるから、さほど難しくはなかった。本当にひとつひとつ覚えさせていかないといけないので、けっこう大変だったが、それなりに使えるようにはなってきている。戦闘中にスマホを操作するわけにもいかないので、音声入力になればだいぶ助かる。

「ネット検索。今日の出来事」

 フリオさんの立体映像が消え、元いた世界の今日のネットニュースが表示される。参議院選挙かー。一度ぐらい選挙権使ってみたかったなあ。

「終了。電源オフ」

 スマホの画面が消え、電源が落ちる。よし、大丈夫だな。懐にスマホを入れて部屋を出る。
 一階に降りていくとタイミングよくウィルが帰ってきた。

「ちょうど良かった。これから君のお爺さんの魔法を実験するんだけど、見てみるか?」
「じいちゃんのですか? でもあれは本当にちょっと重くするだけの魔法ですけど。役に立たないんじゃ……」
「そんなことはない。僕の考えだと、使う者によってはおそらく最強クラスの魔法かもしれないよ」
「え!?」

 僕の言葉を信じられないのか、ウィルは妙な顔をしていたが、それでもやはり気になるのか後についてきた。
 テラスを抜けて庭に出る。相変わらずフリオさんが花壇の手入れをしていた。
 庭の真ん中あたりに歩いて行く。

「ウィル、剣を貸してもらえるかな?」
「へ? ああ、いいですけど……」

 腰に下げた剣を鞘から抜いて僕に手渡す。まあ、普通の剣だ。モノは悪くないけど、やっぱりウィルが振り回すには大きいよな。

「前から思ってたんだけど、この剣ってウィルに合ってないよね? 大きいし。どうしたの、これ?」
「あ、いや、それって拾いものなんですよ。砂漠に落ちてたんです。多分サンドクローラーとかに食われた冒険者のモノかと」

 うあ。よくそんなの使う気になったな……。まあ、駆け出しの冒険者が武器防具を揃えるのも大変だからな。仕方ないか。
 庭の地面にその剣を突き刺す。

「抜いてみて」
「え? はあ……」

 ウィルがすんなりと刺さった剣を抜く。問題なく抜けるな。確認したあとまた地面に刺してもらう。わけがわからないといった感じでウィルは首をかしげていた。
 さて、ここからが実験だ。地面に突き刺さった剣の柄頭に手のひらを乗せ、魔力を集中させていく。

「グラビティ」

 ガクッと剣が一段下がる。どうやらちゃんと変化しているようだ。

「抜いてみな」
「?」

 ウィルが柄を手に取り、引き抜こうとするがビクともしない。

「な……! くっ、重ッ……!」

 横に力をかけるとドズンと音を立てて剣が倒れた。ウィルが持ち上げようとするが全く動かない。

「この魔法は触った物の「重さ」を変化させることができるらしい。ウィルのお爺さんが少ししか重くできなかったのは、おそらく魔力量のせいだと思う」

 正確に言うなら「重力変化」なのかもしれないが、範囲指定の魔法ではないので、「重さ」を変化させられるという方がしっくりくる。なら「グラビティ」ではなく「ウェイト」とかな気がするが、気にしても仕方ない。
 接触しないと発動できないのが難点だが、注ぎ込む魔力で重さを増加でき、解除も自由だ。物だけじゃなく、自分の重さもピンポイントで変化できる。つまり、ヒットする瞬間に魔力を込めれば、メガトンパンチを生み出せるわけだ。だけどその際、僕の拳にもダメージがくるので素手では危険だな。
 武器の重さを変化させて戦うのが一番効率がいいだろうな。これを併用すれば、あのフレイズでも砕くことができるかもしれない。
 また、自分の体重を軽くして「ブースト」や「アクセル」の速度を上げることもできるだろう。あれ? 武器にエンチャントすれば、ものすごい軽い武器も作れるのか。でも、バトルアックスとかメイスとかは軽くしても意味ないけど。あれは重いからこそ威力があるんだし。
 とにかくかなり便利な魔法だ。

「お爺さんはものすごい魔法を使えたんだよ。ただ、魔力の量があまり大きくなかったから、その効果が顕著に出なかっただけでね」
「じいちゃんの魔法がそんなすごいものだったなんて……」

 ウィルのおかげでフレイズへの対抗手段ができた。なんかお礼をしなきゃな。「ストレージ」からミスリルの塊を取り出し、「モデリング」で変形させて、ウィルに合わせた胸当てと手甲を作る。

「これ…もらってもいいんですか?」
「お爺さんの魔法のお礼だから受け取ってくれ。あと剣もなんとかした方がいいな」

 「グラビティ」を解除し、ウィルの剣を手に取る。エンチャントで「グラビティ」を付与し、今度は逆に少しだけ軽くする。重さによる威力は多少落ちたかもしれないが、振り回しやすくはなったと思う。
 剣を手渡すと二、三回振り回してみて、軽くなった剣に目を丸くしていた。

「扱いやすいです。この鎧とこの剣なら、前より楽に魔獣を倒せそうだ」
「だからって油断は禁物だぞ。……そうだな、強くなるために特訓させてもらえばいいか」
「え?」



「と、いうわけで、こいつをシゴいてやってくれないかと」
「なるほど」

 ウィルを連れてやってきたのは騎士団の演習場。目の前にはニール副団長。横には極限の緊張でガタガタ震えるウィル少年。

「ちょうど良かった。実は我々騎士団も例の事件以降、貴族ばかりが騎士団に入団するのは問題があると、広く募集をかけることにしたんだよ」
「ほうほう。ではウィルを鍛えていただいて、使えそうなら騎士団へ入団をお許しいただける?」
「本人次第だがね」

 そう言ってニール副団長はウィルをじろりと睨むように眺める。

「ウィルと言ったかな? 騎士団に入るかどうかは置いといて、強くなりたいか?」
「それは……なりたいです。守りたい人がいるんです、俺。そのためにもっと強くなりたい。力だけじゃなくて、いろんなものから守れる男になりたい」

 ガクガクと足は震えていたが、ハッキリとウィルは副団長にそう返した。守りたい人ってのは彼女だろうなあ、やっぱり。それを聞いてニール副団長はニヤリと嬉しそうに笑った。

「けっこう! 何かを誰かを守るために戦うのが騎士の本分。素質はありそうだ。朝か夕方、時間がある時にここに来るといい。訓練に参加させてやる。存分に強くなるといい」
「はい!」

 ウィルが力強く返事をする。昔読んだ本に「勇敢な男の子と健気な女の子がいれば、国は滅びたりしない」と書かれていたことをなんとなく思い出した。
 少年よ、強くなれ。






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