ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第10章 日々の暮らし2。
#78 ミラージュ、そして上映会。


「んー、やっぱり立体映像みたいにはならないか?」

 映し出された映像を見て僕は首を捻る。そのまま発動させると立体なんだがなあ。
 新しく覚えた無属性魔法「ミラージュ」。簡単に言えば幻を作り出す魔法だ。
 試しに琥珀を幻で作ってみたが、前後左右どこから見ても琥珀そのものだった。自由に動かすこともできるが、幻なので物を触ったりはできない。幽霊の幻を作ったらかなり怖いことになりそうだ。壁からスウッと現れたらさぞ驚くだろう。
 この「ミラージュ」をスマホの動画再生アプリにエンチャントすれば、立体映像になるかなと思い、やってみたのだが。

「正面から見る分には問題ないんだけどなあ」

 部屋の真っ正面ではスマホから映し出されたアニメが大画面で流れている。だが、横に回って見てみるとペラペラの一枚絵だ。プロジェクターとして機能しているに過ぎない。まあ、空中に投影できるだけでもすごいんだが。

「むむう…やっぱりデータ映像では全てをフォローできないのか。やっぱりプロジェクターとして使うしかないのかなあ」

 と、考えてるところへコンコンと扉をノックする音が聞こえた。

「冬夜兄ちゃん、お昼ごはんが…うわあ、なにこれ!?」

 部屋に入ってきたレネが空中に映し出されていたアニメに目を見張る。一緒に入ってきた琥珀も画像を見て驚いていた。まあ、こっちにはこんな娯楽はないからなあ。

「ね、ね、冬夜兄ちゃん、これなに!?」
「うーん、動く紙芝居かな。魔法で映し出しているんだよ」
「へえー」

 キラキラした目でレネは映像に釘付けになっている。アニメの内容は動物たちが追いかけっこをするという、かなり昔の外国アニメだ。セリフもほとんどないし、単純な内容なのでわかりやすい。
 レネは椅子に座り、夢中になって見ている。これはもう動かない体勢だよなあ。短編だし、10分もせずに終わるからまあいいか。気が付くと琥珀も夢中で見ている。変な虎。しかし、掃除機とか冷蔵庫とか、多分こっちの人にはわからない物も出てるってのに、気にせず見てるな。「魔法の道具」ってカテゴリーで理解してるのかもしれないが。
 やがて終わりのオチがつきそうなところで、再びコンコンと扉をノックする音がした。あ、やな予感。

「旦那様ぁ〜? レネちゃんがこっちに…うわあ、なんですかぁ〜! これぇ〜!」

 扉を開けたセシルさんが映像を見て、駆け込んでくる。マズい流れだなぁ、これ。案の定、セシルさんもレネの横に座り、アニメを見始めてしまった。
 一話が終わり、「次のは?」みたいな顔を二人どころか琥珀にまでされたので、仕方無しに連続再生にしておき、昼食を取りに僕は部屋を出た。スマホを置きっぱなしにしても、アレには「プログラム」してあるので、僕が呼び出せばいつでも手元に戻ってくる。「アポーツ」と「ゲート」の併用だ。一応、盗難対策にね。
 テラスの方ではもうみんな食事を始めていた。今日の昼食はクラブハウスサンドとオニオンスープ、野菜サラダとチーズだ。
 僕は席に付くと、いただきます、と手を合わせてからクラブハウスサンドを手に取り頬張った。うん、美味い。チキンとトマトのジューシーさがたまらないね。

「レネとセシルはどうしたのでしょうか?」

 僕のグラスに果汁ジュースを注ぎながら、ラピスさんが一向にやってこない二人に眉をひそめる。このままでは二人が怒られてしまいそうなので、ラピスさんも同じ穴のムジナになってもらおう。

「ちょっと僕の魔法の手伝いをしてもらっているんだよ。ラピスさんもここはいいから僕の部屋へ行ってみるといい」
「はあ……?」

 わけのわからない顔でテラスから室内へ戻っていくラピスさん。あれを見たらしばらく動けないだろ。

「冬夜は午後からどうするの?」

 食後の紅茶を飲みながらエルゼが切り出してくる。

「今日は八重の刀が出来上がるからイーシェンに受け取りに行くよ。そう言えば重兵衛さんと七重さんにはいつ挨拶に行けばいいかなあ。あ、エルゼとリンゼの叔父さんのとこにも行かないとな」
「あたしたちのところは別に後回しでもいいけど。ベルファストのお姫様と同じところにお嫁に行くって知ったら、叔父さんも叔母さんも卒倒しかねないし」

 エルゼとリンゼの出身は、ここ、ベルファスト王国のお隣、西に隣接するリーフリース皇国である。二人はその国の東、限りなくベルファストに近い側の小さな町、コレットで農園を営んでいる叔父夫妻に育てられたそうだ。ご両親は幼少の頃、どちらも病気で亡くなったんだそうで……。

「それでも会いに行かなくちゃ。ご両親のお墓にも報告しないといけないだろ?」
「…ありがとうございます、冬夜さん」

 向かいの席に座るリンゼが嬉しそうに微笑む。

「さて、メイドさんたちの様子を見てきますか」

 食事が終わり、みんなと連れ立って僕の部屋に入ると、予想通り、三人とも夢中になってアニメを見ていた。琥珀もレネの膝の上で興奮したように映像を眺めている。
 エルゼたちもその映像に釘付けになり、みんなで一話分見終わったところでアプリを終了した。いや、キリがないし。
 不満タラタラでブーブー言うみんなに、夕食のあとまた上映すると約束して、なんとか解散させた。
 相変わらずこの世界の人たちは娯楽というものに飢えているように思う。大人になってからは「遊ぶ」ということをあまりしないのかな。
 まあ、こんな世界じゃ、生きてくためにやることが一杯あって、そんな余裕はないのかもしれないけど。



 八重を連れて製作を頼んだイーシェンの刀鍛冶のところへと転移する。

「すいませーん、刀を受け取りにきましたー」
「おう、来たな。約束通り出来てるぞ」

 店の奥から朱塗りの鞘に納められた大小二本の刀を持ち、親方が店先に現れた。
 刀を受けとった八重はその場でスラリと抜き、中身を確かめる。銀の刀身が眩いばかりに輝き、美しい刃文を覗かせていた。

「軽いでござるな。さすがミスリル」

 ヒュンヒュンと二、三度、確認のために振り回し、八重は納刀した。腰に脇差と共に差し、重心を低くしてもう一度居合のように抜刀する。速い。

「問題ござらん。いい刀でござる」
「ありがとよ」

 八重の褒め言葉に親方がにやりと笑う。どうやら腕がいいってのは本当だったようだな。
 「ストレージ」を開き、報酬のミスリルを取り出す。初めにこの刀を作る時に預けたミスリルの二倍の量だ。それを手渡すと、親方が驚いたように僕を見た。

「おいおい、これはちょっともらい過ぎじゃないのか?」
「かまいませんよ。またなにか頼むかもしれませんし、その時はよろしくってことです」
「…なるほど。まあ、それならもらっとくか」

 ミスリルの塊を手にして、親方が笑う。これは先行投資みたいなものだ。これほどの腕なら手伝ってもらうこともこれからいろいろあるだろう。
 僕らは親方に別れを告げて、鍛冶屋を後にした。



 夕食が終わるとみんなに早く早くと急かされて、とりあえず三時間だけという約束で動画再生アプリを起動した。
 見やすいように明かりを消した室内に大画面が映し出される。さっきと同じアニメだが、今度のは長篇で1時間くらいある。内容も現代劇ではなく、ファンタジーな話なので、この世界の人たちにも受け入れやすいだろう。
 部屋の中にはエルゼ、リンゼ、八重にユミナと、ラピスさん、セシルさん、レネ、シェスカのメイドさんたちに、フリオさんクレアさん夫妻、ライムさんまでいた。琥珀や珊瑚、黒曜の召喚獣トリオもいる。ちょっとした映画館だな。門番の仕事があるので、ハックさんだけ仲間外れなのは申し訳ないけど。
 しかしみんな熱心に見てるなあ。こちらの世界には娯楽が少ないとは思っていたけど、ひょっとして野球とかサッカーみたいなスポーツもあまりないのかな。ゲームとか、漫画、芝居とかそういった類のものも。そう言えば小説みたいなのも見たことないな。伝記物とかならあった気がするけど。
 あれ? スポーツがあまりないって考えると、運動会とかもないのかな、こっちには。「かけっこ」くらいなら街の子供たちもしてたからあるだろうけど、他の競技はあるのかな。騎馬戦とか、パン食い競争とか、障害物競走とか。あ、リレーとかも。町をあげてやったら面白いんじゃないかな。紅白に分かれて。
 そんなことを考えながら、僕はアニメの画面に夢中なみんなを眺めていた。






+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。