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第10章 日々の暮らし2。
#75 バビロン捜索、そして刀製作依頼。


「私は別に気にしておりませンよ? マスターが私を置いテ、さっさと帰ってしまっタことなど、これっぽっちモ。ええ、これっぽっちモ」

 シェスカの笑顔が怖い……。普段あまり感情を表に出さないくせに、なんでこんな時ばっかり笑顔なんだよ……。

「おかげデ「放置プレイ好き」という新たなマスターの性癖を知ることができまシタ。そのうち夜の公園に私を全裸で放置する、そんな倒錯した放置プレイを望むようになるのでショウ。誰かに見られるかもしれナい、襲われるかもしれナい、そんな考えにビクビクと怯える私を見て楽しみたイ。なるほど、まったくマスターは高尚な趣味をお持ちでス」
「そんなこと1ミリたりとも考えてないからな!」

 絶対置いてかれたの根に持ってるだろ! いや、悪いのは僕らだけどさ! ついいつもの癖で、討伐完了したからそのまま「ゲート」で帰っちゃったんだよなあ。

「そこまでにしときなさいな。ちゃんと反省してるみたいだし、あまりしつこいと本当の意味で放置されるわよ?」

庭に面したテラスで、シェスカの持ってきた紅茶を飲みながら、リーンが口を挟む。

「むウ。それは困りまスね。では、マスターのお好みのいやらしい下着をプレゼントしてくれたラ、許すことにしましょウ」
「ハードル高いよ!? いやらしくなくてもアウトだよ!」
「冗談でス」

 ペコリと頭を下げ、シェスカがテラスを離れて行く。
 ったく、あのロボ子さんの思考回路はなんとかならんもんかね!? リーンの視線が立ち去っていくシェスカに向けられる。

「しかし凄いわね。あの思考回路」
「あのエロ思考のどこが!?」
「ああ、性格とかじゃなくてね。あの子の拗ねると態度とか、冗談も言える柔軟さとか。本物の人間みたい。「プログラム」ではあそこまでできるかどうか……」

 あんまりそんなこと言うなって。テラスの隅で小さなクマのぬいぐるみが拗ねてるぞ。後ろ手にしてつまらなそうに小石を蹴る仕草をするとか、すごいと思うけどな……。充分対抗できていると思うけど。

「それで今日は何の用?」
「そうね、残りのバビロンの転送陣なのだけれど。今のところ、これといった確かな情報はないわ」
「え? 探す気なの?」
「え? 探さないの?」

 二人とも驚いた表情を浮かべる。正直言うとあまり気乗りしない。シェスカだけでも手いっぱいな感じなのに、これ以上増えてもなあ……。博士本人も、見つけても見つけなくても構わないって言ってたし。

「探す理由が見つからないんだけどなー…」
「なんでよ! 古代の知識とか、失われた技術とか、知りたいと思わないの!?」
「思わない」
「くっ、夢がない若造ね!」

 そりゃあ、貴女と比べたら若造ですけど。でも、博士も強すぎる力はこの時代には必要ないって言ってたしなあ。
 ただ、ひとつ気になるのはフレイズのことだ。もしものことを考えると、バビロンの力を手に入れておいた方がいいのかもしれない。
 まあ、転送陣が見つからない以上、どうしようもないのだけれども。

「何にしろ転送陣の情報が入ってから考えようよ。確実に見つかったなら協力するからさ」
「……約束よ? 破ったら私にもいやらしい下着を買ってもらうからね」
「勘弁して下さい!」

 テーブルに額を付けて、それだけはやめてほしいと頼み込む。小さな子のいやらしい下着なんて買ったら、別の意味で人生が終わる。それ以前にそんなものがあるのか知らんが!
 とりあえず約束を取り付けたことに満足したリーンは、ポーラを連れて王宮へと帰って行った。やれやれ、面倒なことにならなきゃいいけど……。



「ミスリルゴーレムが二体ですか……。申し訳ございません。こちらの調査ミスのようですね」

 そう言ってギルド受付のお姉さんが頭を下げる。ゴーレムの討伐という依頼内容に間違いはないのだが、鉱山の解放が目的だったならば、二体討伐と書くべきだったのだろう。

「この場合、きちんと二体分の討伐部位もございますし、こちらの手落ちでもございますので、報酬の二倍、白金貨十枚を支払わせていただきます。もちろんギルドカードへのポイントも二倍にさせていただきます」

 お、それは助かる。というか、まあ当たり前なのか。
 カウンターに白金貨を十枚並べ、僕らのカードにいつものように、ポンポンポンとハンコを押していく。

「このポイントで全員ギルドランクが上がりました。おめでとうございます」

 返されたギルドカードがユミナは青、それ以外の僕らは赤に変わっていた。おお、これで一応、僕らも一流冒険者の仲間入りか。
 あれ? 「ドラゴンスレイヤー」のシンボルの横に新しいシンボルが追加されている。ゴーレムの頭のようなシルエットにヒビが入っている四角いシンボルだ。

「さらに今回の討伐により、ゴーレム討伐の証、「ゴーレムバスター」の称号をギルドから贈らせていただきます」

 なるほど。これが「ゴーレムバスター」のシンボルマークか。「ゴーレムバスター」の特典は、ギルド提携の店での二割引きらしいが、「ドラゴンスレイヤー」が四割引きなのであまり意味はなかった。
 そのままギルドを出て、リンゼとユミナは魔法屋へ、エルゼはレオン将軍と訓練があるとかで別れた。琥珀をリンゼたちに、珊瑚と黒曜をエルゼについて行かせる。何かあってもこれで連絡がつけられるからな。召喚獣との念話は距離が離れると使えなくなるのでは、と思っていたが、関係ないらしい。携帯電話代わりにするのもなんかアレだが。
 僕は八重と一緒に鍛冶屋へと行く予定だ。手に入れたミスリルで八重の刀を打ってもらおうと思ったのだが、普通の鍛冶屋では刀など打ってもらえない。やはり刀といえばイーシェンに行くしかないだろう。
 「ゲート」を開き、オエドへと出る。
 本来ならば真っ先に八重の両親のところへ行き、「お嬢さんを僕に下さい」的なことをしなければならないのだが、こないだ会ったばかりで、それを切り出すのはさすがにちょっと抵抗がある。すぐに結婚するわけでもないし、もう少し落ち着いてから挨拶に行った方がいいと、八重本人にも言われたしな。
 八重の家とは逆方向、オエドの西の端に腕のいい刀鍛冶がいるらしい。そこへ向かおうと町中の通りを二人で歩いていると、時折り、八重がチラッ、チラッとこちらを窺うように、視線を向けていた。

「? どうかした?」
「ふえっ!? あ、いやっ、その……せ、拙者は冬夜殿の許嫁でござる……よね?」
「え、う、うん。そうだね」

 許嫁とか言うと親が決めた昔からの婚約者みたいな気がするが、意味合いは間違ってない。あらためて言われるとテレるが。

「で、あるならば、でござるな……、その……手、手、手を、つないで歩きたいなあ、なんて……」

 顔を耳まで真っ赤にさせて、うつむきがちに八重がそんなことを口にする。
 なにこれ!? 可愛いんですけど!
 恥ずかしながらの美少女のそんなお願いを無視できる男がいようか。いや、いない。僕だって無視なんかできない。
 そっと右手を伸ばし、八重の左手を握る。

「あ……」

 「リコール」を使った時にも握ったが、相変わらず柔らかい手だ。
 八重は僕の方に顔を上げると、えへへと恥ずかしそうに笑い、きゅっと僕の手をしっかりと握ってきた。その行為にドキッとする。
 好きな子と手をつないで歩くだけで、こんなに幸せな気持ちになれるんだなあ……。そりゃあ世の中のカップルがイチャイチャするわけだわ。君たちに罪はない。
 オエド西端にある鍛冶屋までの短いデートを終えると、カーン、カーンと槌を打つ音がする店の中を覗く。

「すいません、誰かいますかー?」
「はーい、なんでしょうか?」

 店の奥からパタパタとエプロンを付けた20代前半の女性が現れた。黒髪を後ろでひとつにまとめ、足にはサンダルを履いている。店員さんかな。

「刀を作っていただきたいのですが、お願いできるでしょうか?」
「刀ですか。はい、承っておりますよ。ちょっとお待ち下さいね。あなたー、お客さんよー?」

 店の奥の作業場へと声をかける。店員さんかと思ったらおかみさんだったか。
 店の奥から作務衣らしきものを着て、頭にバンダナのようにタオルを巻いた30前後の男性が現れた。髭面だが優しい印象を受ける顔立ちをしている。気のいい山男、みたいな……例えがうまく言えないが。

「刀かい? どっちが使うんだ?」
「あ、この子です。素材はミスリルでお願いしたいんですが……」
「ミスリル!? そりゃまた豪勢だねえ! あんた、どっかの領主の息子かい?」

 目を丸くして鍛冶屋の主人が驚く。奥さんの方も同じように驚いていた。

「いえ、ミスリルゴーレムを倒して手に入れたんですよ。それでその素材を使って彼女の武器を作ろうと思いまして」
「ああ、なるほど。ミスリルゴーレムを……見かけによらず強いんだな、あんたたち」

 感心したように親方が息を吐く。それから八重の刀と脇差を見せてほしいと言い、それを手にとって矯めつ眇めつしながら口を開いた。

「一週間で仕上げてやるよ。それでいいかね」
「はい。お願いします。それで、いくらになるんでしょうか?」
「金はいらん」

 え? どういうこと? タダでいいっていうのか? タダより高いものはないって言うし、ちょっと怖いんですけど。うまい話にゃ裏がある、綺麗な薔薇には棘がある、タダより高いものはない、が、ウチのばあちゃんの口癖だったぞ。

「金はいらんが、その代わりお前さんの持っているミスリルを分けてくれないか。イーシェンでは、たまーにヒヒイロカネは回ってくるんだが、ミスリルは滅多にない。西方から取り寄せるとバカみたいな運搬料がかかるからな」

 ああ、そういうわけか。

「構いませんが、相場がわからないのでどれくらい差し上げたらいいのか見当もつかないのですが」
「そうだな……。じゃあ今日は刀と脇差を作る分だけ置いていってくれ。完成したらその出来具合で、料金をミスリルで支払ってくれたらいい」
「わかりました。ではそれで」

 次に来る時までミスリルの相場を調べておこう。僕は「ストレージ」を開き、ソフトボールくらいのミスリルの塊を二つ取り出した。

「これで間に合いますか?」
「ああ、ちょっと多いくらいだ」

 親方はミスリルを手に取り、重さを確かめるように、それを上下に揺らした。

「では一週間後に」
「ありがとうございましたー」

 おかみさんの声に見送られながら、鍛冶屋をあとにする。
 人気のないところから「ゲート」で家へ帰ろうとしたら、八重がコートの裾を掴んで躊躇いながら、上目遣いの視線を僕に向けてきた。

「あ、あの……も、もう少しだけ、二人っきりで……」

 そう言うとまた顔を赤くして伏せてしまう。ああ、もう! 街中じゃなけりゃ抱きしめてますよ!?
 再び彼女の手を握り、照れくさそうな笑顔を浮かべる八重を連れて、僕はオエドの町を歩き始めた。






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