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第9章 バビロンの遺産。
#69 相談、そして恋愛神。


「あっ、あたしたちも、ユミナやリンゼと同じ立場に置きなさい!」
「……は?」

 意識が回復して、負けた約束になにを言われるのかと構えていたら、そんなことを言われた。

「だからでござるな、そのう〜、せ、拙者たちも……こ、こういうのはエルゼ殿から!」
「うえっ!? や、あたしは……! うー…と、とにかく、まず、は……、あ、あ、あたしも冬夜が好きだってこと!」
「拙者も同じで、ござる、よ?」

 顔を真っ赤にして二人とも俯いてしまった。……なんだこれ?
 いきなり決闘されたと思ったら、今度は告白された。しかも二人同時に。どんなモテ期到来だよ。

「ユミナやリンゼと同じ立場にって……それってつまり……」
「拙者たちも、その、冬夜殿のお嫁さんにしてほしい……のでござる……」
「て、て、っていうか、しなさい! あ、あ、あんた負けたんだから!」

 ほっぺたをつねる。痛い。現実か。一気にお嫁さんが四人になりました。って、いやいやいや。いくらなんでもこれは多過ぎやしないか?
 でも徳川家斉とかは側室が40人以上いて子供が50人以上いたんだっけか。それに比べたら…、ってまず比べるのがおかしいから!
 だいたいあの人、精力増強のためにオットセイのアレを粉末化した物を飲んでて「オットセイ将軍」とか呼ばれてたんだぞ。一緒にされたくないわ!
 頭の中でひとりツッコミが止まらない。

「二人は…それでいいの?」
「あたしは別に構わないわ。あたしが冬夜を好きなのは変わらないし、同じ人のことが好きで、みんな幸せになれるなら、いいことづくめじゃない」

 昨日同じようなことをリンゼも言ってたな。さすが双子、考え方も似てる。

「拙者も冬夜殿と同じくらいみんなのことも好きでござる。一緒にお嫁さんになれるなら、万々歳でごさるよ」

 なんだろうな、こっちの世界の女性って独占欲が薄いっていうか……。うーん、一夫多妻とかそういう習慣があるとこんな風になるのか? それとも彼女たちがみんな変わってるのか? 普通なら修羅場もいいところな気がするんだけど……。あんまりお互いに嫉妬とかしない感じだな。軽いヤキモチはあるみたいだけど。そう考えるとリンゼが一番ヤキモチ焼きなんだな。

「そ、そ、それで、あんたはどうなのよ……?」
「え?」
「だ、だから! あたしたちのこと、どう思ってるのかってこと!」

 ああ、そういうことか。もう立て続けにイベントが起きすぎて、感覚が麻痺してるな、いかんいかん。
 正直な気持ちを言うべきだろうな、やっぱり。

「好きか嫌いかで言えばもちろん好きだよ。二人とも可愛いし、性格だって悪くない。でも、愛してるかと言ったらよくわからない。これはさっき言った通り、ユミナやリンゼも同じだ。告白されて嬉しいけど、そんな気持ちで二人を受け入れてもいいのかどうか迷ってる」
「でも二人を受け入れたのでござろう?」
「好きだという気持ちに嘘はなかったし、大切にしたいと思ったのも本当だからね。それでもいいって向こうも言ってくれたし」

 結局、結婚という行為自体がどこか非現実的で、実感できないってのもある。だいたいまともに付き合ってもいないのに、結婚とか考えられないし。
 ああ、イトコの兄ちゃんはそういうのをすっ飛ばして、子供ができちゃったから結婚することになったんだっけ。そりゃ、わたわたするわな。

「と、いうことは、ユミナやリンゼと同じくらいあたしたちのことも好きだってことね? なら問題ないじゃない」
「いや、でもユミナたちがなんて言うか……」
「そっちは大丈夫でござるよ。そもそも拙者たちもお嫁さんに、と誘ってきたのはユミナ殿でござるし」

 なんですと?

「屋敷を王様にもらったとき、ユミナにズバリ言われたのよ。みんな冬夜のコトが好きなんじゃないかって。だったら一緒にお嫁さんになりましょうって言われたわ。だけど、まだあたしたちはそこまでは考えられなかった。でもだんだんと、ね。そういうのもいいかなあって思えてきて。で、昨日のリンゼの暴走でハッキリしちゃったのよ。あたしも冬夜のそばにいたいって」

 真っ直ぐな目でエルゼが見つめてくる。迷いのない目だった。若干、顔が赤かったけれども。

「冬夜殿が中心になり、みんな家族として暮らしていけたら、と思ってしまったのでござるよ。正直、ユミナ殿ほど寛容には、まだなれないでござるが、拙者も冬夜殿と添い遂げたく」

 ユミナはお妾さんが十人でも二十人でもとか言ってたからな…。あの寛容さ(?)は正妻(自称)の余裕なんだろうか。

「で、ど、どうなの? 」
「……とりあえず二人の気持ちはわかったよ。僕も君たちが好きだ。エルゼは元気で明るくて、ちょっと意地っ張りだけど、そんなところも可愛いと思う。八重は真面目で凛々しくて、家族思いな子だってのはよく知ってる。子供好きな優しい子だってのもね。二人ともいい奥さんになれると思う」
「だ、だったら」

 先を急ぐエルゼを制して、手のひらを前に翳す。

「だけど、ちょっとだけ時間をくれないかな。夕方までには答えを出すから。少し考えたいと思うんだ」
「……わかったわ」
「……わかったでござる」

 家に帰ると僕は部屋へ戻り、エルゼたちはユミナたちのところへ話に向かった。
 ベッドに腰掛け、長い息をついてそのまま後ろに倒れこむ。
 どうしよ。いや、どうしようもなにも答えは決まってる。リンゼを受け入れた以上、あの二人だけ受け入れないなんてありえない。
 僕の中では四人とも同じくらい好きで、大切な女の子だ。悲しませるようなコトはしたくないし、できない。だからこそ、僕で本当にいいのか? という考えが浮かんできてしまう。それが、結果、彼女たちを不幸にしてしまうんじゃないかと恐れているのだ。
 いや、なんだかんだ言ってビビってるだけかもしれないな。結婚とかそういうモノに。自分だけの問題じゃない、相手の人生も背負うのだ。そりゃ慎重にもなるさ。しかも普通の人の四倍だ。背負いきれるのか? 僕に。

「ううーん……。誰かに相談してみるか? 」

 ライムさん…はユミナの味方だろうなあ。ラピスさんとかセシルさん…クレアさんもだけど、女の人にはちょっと相談しにくい。レネは問題外だし。フリオさん…ちょっと頼りないかな……。
 ……やっぱりあの人しかいないか。



 そうと決まればその前に一度試してみたかったことがあるんだよね。いい機会だしやってみよう。ただ話すより、直接会って話した方がいいに決まってる。
 キッチンの方に降りていき、お客様用の焼き菓子を手土産に用意する。いろいろ詰め合わせ、それを小脇に抱えた。

「ゲート」

 生み出した光の門をくぐり抜けると、畳敷きの狭い四畳半、と言っても壁がないので、輝き広がる雲海と古びたちゃぶ台が視界に飛び込んできた。懐かしいな。
 そのちゃぶ台には煎餅を咥えて固まっている老人がひとり。

「お、おー。君か。来るなら来ると連絡してくれよ。と、いうか来れるとは思わんかったが」
「お久しぶりです、神様」

 一度行ったとこならここにもこれるんじゃないかとは思ったが、まさか本当に来れるとは自分自身も思って無かった。

「ここにも魔力は充分に存在しとるからのう。だから来れたのかもしれん。君の元いた世界には薄い魔力しかないから転移できんだろうが」
「あ、これ手土産に。クッキーとかですけど」
「や、すまんね。じゃあ、お茶でも出そうかの」

 こぽこぽと急須で湯呑にお茶を注いでくれる。そしてやっぱり茶柱が立った。神様パワーなんだろうか。
 熱々のお茶を静かに飲む。美味い。久しぶりの緑茶だ。

「それでどうしたのかね?」
「あー、ちょっと相談に乗っていただけないかと……」
「ふむ? まあ、話してみなさい」

 僕は神様に今回のことを話した。自分自身どうすればいいのか、そもそも自分はこれから彼女たちととどう接していけばいいのか。そこらへんを交えて詳しく。

「ふーむ、そこまで深く考えんでもいいんじゃないかのう。好きと言ってくれてるんじゃから、素直に喜べばいいと思うが」
「いや、嬉しいとは思うんですけど、なんていうかいろいろ考えてしまって」

 神様に悩みを聞いて貰うとか、なんか懺悔してる気持ちになってくるな。別に罪を犯したわけじゃないけど。

「そうじゃのう。そういった話なら専門家に聞いてみるか」
「え?」

 神様は傍らに置いてあった黒電話に手を伸ばし、ダイヤルを回してどこかにかけ始めた。
 しばらくすると雲海の中から一人の女性が浮かび上がる。年の頃は20代前半、ふわふわの桃色の髪に、これまたふわふわの薄衣を白い衣装の上に纏って、宙を漂いながらこっちへやってくる。手足や首には黄金の環がジャラジャラとついていた。あ、裸足だ。

「お待たせなのよ」

 軽い挨拶を交わし、ちゃぶ台の前にふわりと座る。

「えっと、この方は?」
「恋愛神じゃよ。君の相談にうってつけじゃろ?」

 恋愛神!? この人が!?

「初めましてなのよ。貴方のことは前々から気になって、時々覗いてたのよ」

 そういや、ユミナのときに神様からそんなことを電話で聞いたな。興味深々の恋愛神がいるって。それがこの人か。まさかその人に相談することになるとは。まさに神のみぞ知る……。

「恋愛神って恋愛の神様ってことですよね?」
「そうなのよ。でも、別に人の気持ちを操ったりはしてないのよ? ちょっと雰囲気を盛り上げたり、恋愛にお決まりのお約束ごとをしたり、そんなものなのよ」
「お約束?」

 あ、恋愛でのお約束ってことか。ベタだけど、「遅刻、遅刻〜!」とか女の子がパンを咥えて走っていると、曲がり角で素敵な男の子とぶつかる、とかそういうの。

「そうなのよ。「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ…」とか言う奴は結婚できなくするのよ」
「あんたのせいか!」

 それ、結婚できないだけじゃなくて、死ぬよね!? 恋愛フラグじゃなく死亡フラグだと思うんだけど!

「それで、どうしたのよ?」

 この人に相談するのはすっごく不安なんだが仕方がない。とりあえず(失礼)恋愛神なわけだし、なにかアドバイスがもらえるかもしれない。

「ふーん、なかなか面白いことになってるのよ」

 僕から話を聞いた恋愛神はにまにまと笑顔を浮かべ、ちゃぶ台に乗ったクッキーをバリボリと囓った。行儀悪いな、恋愛神。

「でもなにが問題なのかわからないのよ。お互いに好きならそれでいいのよ?」
「でも四人いっぺんになんて…」
「まず、そこが間違っているのよ。貴方の元いた世界の常識は捨てるのよ。四人のうち誰か一人だけが好きで、他の三人はついでとか、可哀想だから、とかなら不誠実で酷い話なのよ。でも四人とも好きで、みんなを幸せにしたいと本気で思っているなら、それはそれで本当の愛なのよ」

 愛って。そこまでの気持ちが僕にあるのだろうか。

「みんななんで僕なんかを好きになったんだろう……」
「それはわからないのよ。出会ってすぐ恋に落ちる人もいれば、身近すぎて自分の気持ちに気づかない人もいるのよ。十人十色、千差万別、人生いろいろなのよ。いろんな理由があって好きになるのよ」

 わかるようなわからないような。まあ、恋愛には決まった形はないってことだろうか。

「たぶん、貴方は自分に自信が無いだけ。自分がその子たちの気持ちに応えられる存在なのか、それが不安なのよ。でもそれを決めるのは貴方じゃなく、その子たちなのよ?」

 うぐ。……確かに言う通りかもしれない。勝手な理想像を押し付けて、それに及ばない自分に、これまた勝手なコンプレックスを感じていただけなのか。

「もっと素直に今の気持ちに従ったらいいのよ。答えを出すも出さないも自由だし、相手の気持ちを考えるのも大切だけど、自分の気持ちも誤魔化したらダメなのよ。それは告白してくれた女の子たちに失礼なことなのよ?」
「そうか……。僕もわがまま言ってもいいんだな……」
「当然なのよ。片方だけの幸せなんて恋愛じゃないのよ。貴方も幸せにならないと意味がないのよ」

 …うん、そうだな。僕にも譲れないところはある。そこからはお互いに話し合って擦り合わせていけばいい。一生付き合うかもしれないんだ、これぐらいは許してもらおう。

「答えは出たかね?」

 僕の心を読んだように、神様が尋ねてくる。

「わかりません。でも見えてきた気がします」
「そうかね。それは何より」
「私のお約束も無駄にならないでよかったのよ」

 ……ん? なんか引っかかる言葉が。お約束ってのはさっき言ってた恋愛フラグのことか?

「私のお約束ってどういうことです?」
「前に「たまたまお風呂で着替えを覗いてビックリ!」をプロデュースしたのよ。感謝するのよ」
「あれ、あんたのせいかよ!?」

 恋愛神はベタな展開がお好みのようだった。



 夕方になってから、リビングに四人とも集まってもらった。ライムさんや、ラピスさんたちには席を外してもらっている。告白してくれた四人と僕だけだ。
 正面のソファには四人が並んで座り、僕の言葉をじっと待っている。
 みんな僕にはもったいないくらいの素敵な女の子だ。だからこそ嘘はつきたくないし、自分の気持ちを知ってもらいたいと思う。

「えっと、まず…僕は結婚しません」
「「「「ええ─────────────ッ!?!?」」」」

 目の前の四人が同時に立ち上がり、驚く声がリビング中に響きわたった。






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