第9章 バビロンの遺産。
#67 正妻の怒り、そして二人目。
リンゼの告白のあと。あれからよくわからないままに僕らはシェスカを連れて、屋敷に戻った。
頭がパニックになっていた僕は、ライムさんにシェスカのことを頼んでそそくさと部屋へ戻り、頭を抱えてベッドへと倒れこんでしまった。いったいなにがどうなっているのか。
リンゼが僕を好き? それはライクじゃなくてラブってことですか?
うぬぬう……。いや、悩むことじゃないのか?
リンゼは確かに可愛い。お淑やかだし、物静かで他人を思いやれる子だ。ちょっと人見知りするけど、努力家だしな。彼女にするなら文句なしの子だろう。
だけど、一応、僕はユミナの婚約者という立場だ。
ユミナはユミナで可愛いし、歳に似合わず落ち着いていて、頼りがいがある。そのユミナがたまに見せる年相応の仕草や態度に最近ドキッとすることもある。これがギャップ萌えってやつか? ん? 年相応なのにギャップ?
あー、どうしたらいいのやら……。
枕に顔を埋め、ため息をついていると、コンコン、と部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「冬夜さん、ユミナですけど……」
「え!?」
ドアを開くと普段着に着替えたユミナが立っていた。なんとなく気まずい。いや、別に悪いことしているわけじゃないんだけど。奥さんに浮気がバレた亭主の気持ちってこんななんだろうか。いや、奥さん以前に、結婚もしてないし、浮気でもないけど!
ユミナは部屋へ入ると中央に置かれたソファに腰掛けた。何気なくその正面に僕も腰掛けるが、なぜか視線を泳がせてしまうのは、後ろめたい気持ちが僕にあるからだろうか。
じ──っ……。
じ────っ……。
じ───────っ……。
じ──────────っ……。
うう。久しぶりのオッドアイによる視線攻撃。これ、精神的にキツイんですよ……。
「冬夜さん」
「は、はい」
「私、怒ってますよ?」
いや、そんなこと言われましても……。仮にも婚約者という立場のユミナからしたら、僕が他の女の子に告白されて面白いわけがないだろうけど。
目の前で眉間に皺を寄せて、頬を膨らませている姿は、これはこれである意味可愛いのだが、この状況ではとても和めるわけもなく。
「私だってまだキスしてもらってないのに、先に二人にも奪われるなんて!」
「そっち!?」
いやまあ、ある意味正しいのかもしれないけど! でもあれはされたのであって、したわけじゃないからね! 言い訳がましいがそこはわかってほしい。
「リンゼの告白のことに怒ってるんじゃないの?」
「なんでですか? リンゼさんが冬夜さんを好きなのなんて見てればわかるじゃないですか」
すいません、見ててもわかりませんでした……。ちょっと凹む。
「この際だから言っておきますけど、私は冬夜さんがお妾さんを十人作ろうが二十人作ろうが、その子たちを不幸にしない限りは文句はありません。それも男の甲斐性だと思ってます」
……そうなの? この世界は一夫多妻制も珍しくないって言ってたけど、ここまで許可されると、逆に怖いな……。
「ですが! でーすーが! 正妻である私がまだしてないのに、キスされるなんで油断しすぎです! 隙だらけです! そこは防御してくださいよ! 完全防御してくださいよ!」
「いや、でもさ」
「言い訳禁止!」
「はい……」
怒っているポイントが違うんじゃないかと思うんだが、どうも彼女の中ではかなり重要らしい。
「じゃあ仮にユミナが先にされてたとしたら、今回のことは問題なかったってこと?」
「そりゃあちょっとはヤキモチ焼きますけど。でもダメってことはないです。私のこともきちんと大切にしてくれれば」
この子本当に12歳なんだろうか。達観しすぎじゃないのか。それともそれほど僕のことを好きではないのかもしれない……。
「……いま失礼なこと考えましたね?」
「う」
なんで僕の周りはこう勘の鋭い女性ばかりなのだろう。ユミナはつかつかとテーブルをまわり、対面席から僕の腰掛けるソファの横に座った。
「冬夜さん。私は貴方を生涯の夫とし、妻として生きる覚悟ができてます。 それは貴方が好きだからです。リンゼさんにも負けないくらい貴方が好きだからです。それだけは疑ってほしくないです」
「……ごめん」
素直に謝罪の言葉が出た。それだけは疑ったら彼女の想いに対して失礼だ。悪いのはなにも決められない僕の方なのだから。
「……本当にごめん」
「……抱きしめてキスしてくれたら許してあげます」
ちょ! それは難易度高くないっすか、ユミナさん!
それでもこの場からの撤退は許されない雰囲気だ。おずおずと肩に手を伸ばし、小さな身体を引き寄せる。僕の顎の下に彼女の頭がくるような形で、しっかりと抱きしめた。柔らかい身体と漂う髪の香りにドキドキしっぱなしだ。
あーもう、認めるしかないのかなあ、自分の気持ちを。
ユミナは僕の腕の中から少し身を起こすと、顔を上に向け、静かに目を閉じた。閉じられちゃいましたよ! もう逃げられませんか!? ませんよね!! わかってた!!
覚悟を決めて、ユミナの小さな唇にキスをする。軽く触れ合うだけの、ささやかなキスだ。
唇を離すと、目を開けた彼女がにこやかに微笑み、もう一度強く抱きついてきた。
「えへへ。してもらいました! 冬夜さんからしたのは私が初めてですよね!?」
「え? あー…そうか、そうなるのか……」
確かにされたのは二回だけど、自分からしたのは初めてか。……もしかしてそれが目的で!? なんか全て計算ずくな気がしてきたが、気にしたら怖いから深く考えるのはよそう。
世間的に16の男子が12の女子にキスするってどうなんだろう……。この世界ではわからないが、元いた世界でいったら高校一年の男子が小学六年の女子にって……犯罪くさいよな、絶対。年齢でいったら、たった四歳差なんだけどなあ。
「冬夜さんはリンゼさんをどう思ってるんですか?」
「どうって……。可愛いと思うし、告白されて正直嬉しかったよ。でも、ユミナのこともまだ決められないのに、リンゼまでと考えると、どうしたらいいのかわからない。情けない話だけれど」
「好きか嫌いかで言ったら?」
「もちろん好きだよ。それは間違いない。大切な女の子だよ」
腕の中のユミナがニンマリと笑う。なんだ? この狙い通り的な笑いは?
「だ、そうですよ、リンゼさん」
「え!?」
ユミナが部屋の隅へ向けて声をかける。するとぼんやりと顔を真っ赤にしてうつむいているリンゼの姿が浮かび上がった。ちょ、どういうこと!?
「リーンさんに頼んで透明化の魔法をかけてもらいました。こうでもしないと、リンゼさんも納得してくれなさそうだったので」
「インビジブル」か! ひょっとしてずっと部屋の中にいたの!? さっきの会話も全部聞かれていたとしたら……うわ、恥ずかしい!
「冬夜さんが悪いんですよ? なにも返事してあげないで部屋に閉じこもってしまうんですもの。嫌われた、ってリンゼさん、ずっと泣き続けてたんですから。もうちょっとでエルゼさんが殴りに行くところでした」
「あー…それは勘弁願いたい……」
そうか、自分のことで精一杯でそこまで考えが回らなかった。ダメだな、僕は。
「あ、あの、あのときはすみませんでした。シェスカのキスを見たら、負けられないって、思ってしまって……気がついたら、あんなこと……冬夜さんの気持ちも考えずに、ごめん、なさい……」
そう言ってスカートを握りしめながら、ぽろぽろと涙を流すリンゼに僕は近寄り、そっと手を取った。
「あ……」
「さっき聞かれたと思うけど、僕はリンゼを嫌ってなんかいない。可愛いと思うし、好きなんだと思う。どうしたらいいのかわからないけど、大事にしたいって思ってるよ」
「冬夜さん……」
リンゼが少し笑ってくれた。うん、やっぱりこの子は笑っているときの方が断然似合う。それを泣かせてしまった僕は、エルゼに殴られても文句は言えないな。
「お互いの気持ちがわかったところで、どうでしょう。リンゼさんもお嫁さんに貰うというのは?」
「え!?」
ユミナがさらりととんでもないことを言い出した。お嫁さんって……リンゼをですか? リンゼの方を見るとまた真っ赤な顔をしてもじもじとうつむいている。
「王族や貴族、大商人とかなら第二、第三夫人とか普通ですし。あとは冬夜さんの甲斐性だけですよ。きちんと私たちを養っていけるのなら、誰も文句は言いません。リンゼさんは問題ありませんよね?」
「わっ、私も、冬夜さんのお嫁さんに、なりたい、です……」
マジですか。いや、嬉しいのは嬉しいんだけど、それより先にいろんな不安が迫り来るんですけど。
「…ダメ、ですか?」
リンゼが今にも泣き出しそうな顔になる。ダメだ、やっぱりこの子にはさっきの笑顔でいてほしい。泣かせるなんてできない。ええい、もう、なるようになるだろ!
「第二夫人とか、リンゼはいいの?それで?」
「…私はユミナと仲良くやっていけると、思ってます。同じ人を好きになって、一緒に幸せになれるなら、こんなに嬉しいことはありません」
「……わかった。ユミナとリンゼがそれでいいって言うのなら。君たちの望むようにするよ」
途端にリンゼから笑顔がこぼれ、力強く抱きついてきた。普段おとなしいリンゼにこんなことされると、正直戸惑ってしまう。ユミナまで立ち上がり、同じように飛びついてきた。ちょ、これはなんか恥ずかしいんですけど!
「じゃあこれでリンゼさんも私と同じ婚約者ということで」
ユミナがにこにこと嬉しそうに話す。リンゼの方もまだ顔が赤いが、嬉しそうにこくこくと頷いていた。
もう夜も遅いし、二人とも部屋に戻るように言ったら、おやすみのキスを迫られた。さすがにまだそこまでの度胸はないので、なんとか頼み込み(それもおかしい気がするが)、おでこへのキスで勘弁してもらった。ユミナは嬉しそうに、リンゼは恥ずかしそうにしていたが。
部屋でひとりになると、はあーっと長いため息が出た。ちょっと今日はいろいろありすぎた。気持ちを整理したい。再びベッドに倒れこむ。
とりあえずどうしようかな……。二人を養っていけるだけのお金は一応あるし、家もすでにある。なにも問題ないのか? ああ、リンゼの実家にも挨拶にいかないといけないのかなあ……。
あとは僕の覚悟だけなんだろうな。この二人と一生を生きるという、その覚悟。なるべく前向きに考えていかないと。二人とも幸せにしてあげたいし…な……。
そんなことを考えながら、僕は眠りの中へと落ちていった。
ドバンッ! とドアを叩き破るような音がして、思わず僕は跳ね起きた。なんだなんだ!?
部屋の中はすでに明るく、朝になっていた。寝ぼけた目で周りをキョロキョロと見回すと、朝日を逆光に浴びて、ベッドの横で腕を組みながら僕を見下ろす影があった。
「ちょっと話があるんだけど」
そこにいたのは昨日僕のお嫁さんになってくれると言ってくれた、二人目の女の子と瓜二つの顔を持つお姉さんの方だった。
朝日に照らされて、腰に吊るしたガントレットが鮮やかに輝く。
あれ、なんかマズい感じがするんですけど。ひょっとして朝からピンチでしょうか?
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