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第8章 神国イーシェン。
#58 武田の事情、そして潜入。


「なんですと……!?」

 重兵衛さんが絶句する。噂通り、武田軍はすでに闇の軍師、山本完助により支配されているらしい。

「真玄殿はすでに亡くなり、武田四天王も高坂殿以外、すべて地下牢へ投獄されているらしい。なんとか完助を止めて武田を救ってくれとある」
「高坂様は完助に従うフリをして、武田奪還を考えております」

 椿と名乗ったくノ一が言葉を添える。どうやら完助は真玄が亡くなったことを隠し、自らがその遺体を操ることによって武田を手中に納めたらしい。それに気付いた四天王たちは投獄され、完助の考えに追従した(と、思わせた)高坂のみがその配下として動いている……ということか。

「正直に言えば徳川は武田のためにそこまでする義理はない。だが、このままでは完助が操る鬼面兵に徳川がやられてしまうだろう。なんとも情けない話だが、徳川を救うのも武田を救うのも、全ての決定権はベルファストから来た客人たちにあるようだ」

 そう言って家泰さんが僕らの方を見つめる。いよいよもってツツジガサキへ潜入し、山本完助とやらをどうにかしないといけないな。

「どうします、冬夜さん?」

 答えはわかってるくせに、ユミナが僕に指示を仰ぐようなそぶりで尋ねてくる。決定権とやらが回ってきましたよ……。まあ、いいけどさ。

「やるよ。ツツジガサキへ潜入する。安心してニルヤの遺跡へ行きたいからね」
「感謝します」

 くノ一さん……椿さんが頭を下げた。

「と、なるとあまり大人数で潜入するわけにはいかないから、僕と椿さん、リーンの三人で潜入しよう」

 武田内部に詳しい椿さんと、魔法に長けた妖精族のリーンがいればなんとかなるんじゃないかな。あ、ポーラは悪いけどお留守番だ。そのことを伝えたらクマのぬいぐるみは地団駄踏んで、ムキーッと怒りを全身で表した。すごいな、この「プログラム」。

「よし、じゃあさっそく……」
「待って待って! こんな真っ昼間から忍び込むの? 夜になるのを待ってからの方がいいんじゃない?」

 僕が勢い込んで立ち上がると、エルゼがもっともなことを言い出した。それもそうだ。夜の方が人目も少ないだろうし、闇夜に紛れて見つかりにくくなるだろう。
 潜入するのは夜ということにして、僕らは一旦ひと休みすることにした。
 まあ、僕は「ゲート」を使って重兵衛さんと重太郎さんの無事を知らせに八重の家へ一回戻ったり、ベルファストの屋敷へ帰って、今日は一泊することをライムさんに知らせたりとやることはいっぱいあった。
 オエドから酒や食料、矢や油などの物資を「ストレージ」で収納し、砦へと運ぶのを頼まれたりもした。まあ、別に疲れるわけじゃないからいいけどさ。ちゃんと家泰さんがお金も払ってくれたし。けっこう貰ってしまった。本当に宅配会社でも作ろうかな……。そんなことをしていたらあっと言う間に夜になっていた。



「それじゃ椿さん、ツツジガサキの館が見える場所を思い浮かべてください。なるべく人がいないところがいいですね」
「わかりました」

 目を瞑っている椿さんの両手を握る。八重の時も少し緊張したけど、あまり知らない女の人の手を握るのも緊張するな……っていうか、知ってるとか知らないとか関係なく、女の人と手を繋ぐこと自体が緊張するのに、なんかウチの女性陣の目が刺すような目付きで怖いんですけど!
 なんかわからないけど、さっさとすまそう。その方が身のためな気がする。

「リコール」

 魔力を集中させて額を合わせる。椿さんは背が高く、僕とほぼ同じなので、八重の時のように少し屈む必要は無かった。ぼんやりと複数の堀に囲まれた大きな平屋の館と、それを取り巻く城下町が脳裏に見えてきた。あれが武田領地の本陣、ツツジガサキか。

「ゲート」

 椿さんから離れ、ツツジガサキへ向かう光の門を、天守閣の中で生み出す。

「じゃあ行ってくる。琥珀、なにかあったら連絡を頼む」
《わかりました》

 琥珀と僕はかなり離れていても念話で話すことができる。これならもしこちらでなにかあっても、すぐに駆けつけることができるだろう。
 開いた「ゲート」にまずリーンが、続いて椿さん、最後に僕が飛び込んだ。
 ゲートを抜けると、真上には月のない夜空に星だけがまたたいていた。辺りは鬱蒼と茂った森で、遠くに松明の明かりが僅かに見える。おそらくあれがツツジガサキの館だろう。

「あそこに潜入するのか……」

 とりあえず様子を見ようと「ロングセンス」を展開し、視覚を飛ばす。堀に囲まれた中で、いくつかの橋があり、当然ながら城門は閉ざされていた。
 門の前には鎧兜で武装した屈強な男たちが槍を持ち、門番として立ちはだかっている。
 さらにその門の先へ視覚を進めると、迷路のように白い塀が続き、その横手には井戸があった。その場所から少し離れた開けたところには、隠れるにはうってつけの庭木がある。よし、まずはここに転移しよう。

「ゲート」

 さっそく光の門を呼び出し、それをくぐり抜けようとする。しかし、僕はその光の門を突き抜けてしまい、門の前から一歩進んだだけだった。

「あれれ?」

 もう一度門をくぐってみる。だが、やっぱり転移は出来ず、ただ単に突き抜けただけになってしまった。

「どうなってるんだ?」

 わけがわからず、首を捻る。今までこんなことは一度も無かった。

「護符による結界ね。おそらくそれが「ゲート」の転移を阻んでいるんだわ」
「結界?」

 リーンが僕の様子を見ながらそう説明してくれた。そう言えば前にオルトリンデ公爵がそんなこと言ってたな。「ゲート」は簡単な結界で侵入を防げるって。こういうことなのか。

「おそらく完助の手によるものでしょう。私だけなら高坂様の使いと偽って中へ入ることが可能ですから、その護符とやらを破壊してきます」

 そう言って館の方へ歩き出そうとする椿さんを、腕を組んでいたリーンが制止した。

「やめときなさい。結界を壊せばそれを仕掛けた本人にバレる可能性が高いわ。誰が壊したまではわからなくても、警戒されるのはあまり得策じゃないわよ」
「では、どうするので?」

 椿さんがリーンに問いかける。ここはやはりあれしかないな。

「リーン。君の羽根を消している透明化の魔法で潜入しよう。僕とリーンが姿を消して、椿さんについていき、門を通り抜ける。それなら大丈夫だろ?」
「透明化じゃなくて視覚の……まあ、いいわ。それじゃそこに立ちなさい」

 言われるがままにリーンの正面に立つ。僕に手をかざし、彼女が魔力を練り始めると僕とリーンが立っていた足元に魔法陣が浮かび上がってきた。

「光よ歪め、屈曲の先導、インビジブル」

 リーンが呪文を唱えると、足元の魔法陣が上昇し僕らの身体を通過していく。頭の天辺まで通り抜けると静かにそれは消えた。

「消えた……」

 椿さんが驚きの声を上げる。え、もう消えてるのか。でも僕は自分の腕とか身体が見えるし、リーンのことも見えるぞ?

「リーン。僕らにはこの魔法の効果はないの?」
「当たり前でしょう? 自分の身体まで見えなくなってしまったら、不便で仕方ないでしょうに」
「あ、声は聞こえるんですね」

 椿さんがどこかホッとした声でそうつぶやいた。やはり彼女には僕らは見えていないようだ。
 リーンはニヤリと笑い、椿さんの背後に回ったかと思うと、いきなり両手で彼女の胸を揉みしだいた。

「ふひゃあぁあぁああぁッ!?」
「ちょっと冬夜ー、見えないからってなにしてるのよー」
「と、冬夜さん!?」
「違うよ! リーンだから! 僕はさっきから目の前にいるよ!」

 存在感を示すように辺りの木々を揺らしてみせる。だいたい椿さんには見えなくても、後ろから抱きつく感触で僕じゃないことがわかるはずだろ!?

「やっ…あっ、ちょ、そんなに……あうんっ!」
「むむう、意外とあるわね……。着痩せするタイプ? これはなかなか……」
「いいかげんにしろっての!」
「あいたッ!?」

 一向に揉むのをやめないリーンの頭にけっこう強めなチョップを叩き込む。この612歳はなにをしとるんだ。状況を考えろ!
 叩かれた頭を抱えてうずくまるリーンの横で、羞恥に顔を真っ赤に染めて、胸を押さえて椿さんが後ずさる。見ろ。なんか警戒心が芽生えちゃったじゃないか。
 椿さんを安心させようと声をかける。

「もう大丈夫ですから。叩いていうこときかせますので」
「お尻を?」
「お前もう喋るな!」

 リーンの冗談に椿さんがさらに後ずさる。こんなんで潜入とかできるのか? 一抹の、どころか、ものすごい不安になってきたんですけど。



「高坂様からの使いだ。通していただきたい」
「確かに。しばしお待ちを」

 椿さんが手にした鑑札を見て、門番の二人は重々しい扉をゆっくりと開いた。通用口が無いんだな、ここ。
 開かれた扉の間から、素早く姿を消した僕とリーンが中へと滑り込む。その後から椿さんが門を抜けると再び重々しい音を立てて門が閉まった。ふう。なんとか潜入成功だ。

「ところでリーン。この透明化の魔法は、結界とかで無効化されたりしないのか?」
「結界は基本的にそこに干渉しようとする魔力を弾く効果があるんだけど、「インビジブル」の魔法が干渉してるのは私たち自身だから問題ないわ。干渉しないのだから、結界内から「ゲート」で転移することも可能よ」

 なるほど。「ゲート」が干渉するのは目的地だからか。それならば、まずは地下牢に捕まっているという、武田四天王の残り三人を「ゲート」で救うことにするか。もし戦えるのなら、味方にすれば心強いしな。そのことを椿さんに提案すると、すぐに賛同してくれた。

「地下牢はこっちです」

 椿さんの後を追いかけて、月のない闇の中を僕らは駆けてゆく。






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