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第6章 亜人の国、ミスミド。
#48 メイドの事情、そして首脳会談。


「我々は「エスピオン」。ベルファスト国王陛下直属の諜報員です」
「国王陛下の?」
「はい。今は王女様の身辺警護を任じられています」

 ラピスさんの説明になるほどと納得する。仮にも一国の王女様を預けるとか、ずいぶんと放任主義なんだなーとか思っていたが、こういうことか。陰ながらユミナを守っていたわけだ。
 そういや「銀月」の天井裏でなにか物音がしていたな……。ネズミかと思っていたけど、ラピスさんたちだったのかもしれない。「エスピオン」ってのは御庭番とかスパイとかを合わせたようなモノなのかな。

「警護はラピスさんたち二人だけ?」
「いえ~、あと数人いますよ~。みんな女の子ですけど~」

 間伸びした声で答えるもう一人のウチのメイドさん。仮面を外したセシルさんは、にこにこと緊張感のない顔で微笑んでいた。みんな女の子なのか。まあ天井裏とかに潜んで警護しているなら、着替えとかプライベートを考えて、その方が望ましいのかもしれないな。

「ってか、ずっとついて来たの? ベルファストから?」
「それが任務ですので」
「そういや一度、家に「ゲート」で戻った時に二人とも居なかったっけ。と、すると執事のライムさんもグルか」
「そうですよ~」

 まんまと騙されたな。さらに詳しく聞くと、メイドギルドに所属しているのは本当なんだそうだ。潜入捜査のために必要なスキルなんだそうで、「エスピオン」の女性メンバーはほぼ所属しているらしい。

「あ、ひょっとして黒竜と戦ってたとき、ナイフを投げてくれたのって…」
「あれはセシルです。彼女は投げナイフの達人ですので」
「えへへへ~。それほどでもないですよお~」

 照れたように頬を染めるセシルさん。このほわほわした人がねえ…。人は見かけによらないって本当だな。

「それでこれからどうするんですか?」
「今まで通り陰からユミナ様をお護りします…が、旦那様にひとつお願いが……」

 言いにくそうにラピスさんが上目遣いでこちらを見てくる。旦那様はやめてくれないかなあ……。

「私達の正体は姫様にはどうかご内密に……」

 ああ、陰ながら護る任務なのに、正体がバレるのはマズいのかな。

「姫様に護衛がついていたことがバレると~、国王様が姫様に怒られてしまうんですよ~」

 そんな理由かよ…。まあ、娘を信じて送り出したと格好つけたのに、実は全く信じてませんでしたと言ってるようなもんだからなあ。
 ま、秘密にしておくことに関してはやぶさかではない。とりあえず、今まで通りと言うことにして、二人と別れ、ユミナたちの元へと戻る。
 琥珀には念話で事情を話したが、ユミナとリンゼには「逃げられちゃった」と嘘の報告をした。実際、あの閃光薬で一度逃げられているけど。不思議そうな顔をされたが、なんとか誤魔化し、その日は城に戻った。



 次の日、ベルファストとミスミドの同盟内容を話し合うため、国王同士が会談する運びとなった。
 首脳会談というわけだが、どちらがどちらに来るのかで少し揉めた。結局、ベルファスト国王がミスミドにやって来ることになり、転移するための(ということになっている)姿見を会議室にセットする。
 会議室の中にはリオンさんを始め、僕らと一緒にやって来たベルファストの騎士たち、ミスミド側は獣王陛下と宰相のグラーツさん、狼の獣人ガルンさんを隊長にした戦士団何名かが控えている。
 鏡の上で「ゲート」を開き、その中から、国王陛下と弟のオルトリンデ公爵が現れる。
 鏡の中から人が現れた事実に、みんな驚きを隠せなかったようだが、それも一瞬のことで、当然のごとく、一国の国王を恭しく出迎えた。

「ようこそミスミドへ、ベルファスト王よ」
「お招き感謝する、ミスミド王」

 互いに握手を交わす。ここからは国同士の話し合いだ。部外者の僕は席を外すとしよう。
 会議室から失礼して、廊下に出る。あとは会談がうまくいくことを願うだけだ。
 と、廊下の向こうからひょこひょこ歩くクマのぬいぐるみ、ポーラをお供にして、リーンがやって来た。相変わらず黒づくめのゴスロリ衣裳である。

「ベルファスト国王がやって来たみたいね」
「うん、さっきね。いま中で会談中」

 左右に警備の兵士が立つ扉を指差しながら、リーンに答える。

「で、弟子になる気にはなった?」
「だから、その気はないっていうのに」

 あれからしつこく僕を弟子にしようとするリーン。終いには仮弟子でいいから、みたいな事を言い出した。なんだその仮入部みたいなのは。だいたいそれって弟子より下なんじゃないか?
 横にいるポーラも「こっちこいよ!」みたいなジェスチャーで誘いをかける。

「しかしポーラはぬいぐるみなのに生き生きとしてるな…。まるで生きてるみたいだ」
「そういう風に「プログラム」を重ねてきたから。もう200年近く、いろんな反応、状況から自分の行動を起こせるようにしてあるのよ。人間だって叩かれて痛ければ泣くし、バカにされたら怒るでしょう?」

 200年もか。その蓄積された無数の「プログラム」がこの自然さを生み出しているのかな。
 ちら、と「モデリング」で人間そっくりの人形を作って「プログラム」すれば擬似アンドロイドができるのでは? と思ったが、200年もかかるんじゃな…。ポーラの「プログラム」をコピペできないかもんかね。
 じーっと見ていたのを不審に思ってか、ポーラが少し後ずさる。こういう反応も「プログラム」されてるんだな。

「ところでポーラって200年も経ってるのにちっとも古い感じがしないね。作り直したりしてるのか?」
「いいえ。私の無属性魔法「プロテクション」がかかってるの。保護魔法のひとつでね、いろいろな対象からある程度、保護できるのよ。ポーラには汚れや、劣化、虫食いなどから影響を受けないように保護しているわ」

 保護魔法か。しかし200年経ってもこの状態ってのはすごいな。服とかにかければ洗わないですむってことかな。いや、身体にかければ風呂に入らないでも……って、それはなんか終わってる気がする。汚れはつかなくても、新陳代謝で垢とかは出るだろうし。

「っていうか、リーンっていくつ無属性魔法を使えるんだよ。「プロテクション」に「プログラム」、あと確かシャルロッテさんから「トランスファー」も使えるって聞いたぞ?」
「妖精族は無属性魔法の適性が高いのよ。逆に無属性魔法を一個も使えない妖精族なんてあまりいないわ。と、言っても私でさえ四つだけど」

 一つでも使えればいい方だと言われている無属性魔法を四つもか。すごいな。って、僕が言える立場じゃないか。妖精族が魔法に特化した種族ってのもわかる気がする。リーンの残りひとつの無属性魔法が気になるな。

「冬夜殿。ベルファスト国王陛下がお呼びです。こちらへ」

 会議室の扉が開かれて、中からミスミド宰相のグラーツさんが顔を出した。呼ばれるまま会議室に入ると、二人の王がこちらを向く。

「やあ、冬夜殿。話は滞りなく済んだよ、ありがとう」
「それはよかった」

 ベルファストの王様の言葉にホッと胸を撫で下ろす。これで僕の仕事はほぼ終わったようなものだ。

「では我々はベルファストへ戻るよ。あとのことを頼む。ミスミド王、これにて失礼」

 別れの挨拶を軽く済ませると、僕がこっそり開いた「ゲート」を使って、再び鏡の中へ二人は消えていった。二人がいなくなってから、僕は打ち合わせしていた通りに行動を起こす。みんなの目の前で取り出したハンマーを使い、鏡を粉々に砕いた。

「と、冬夜殿!? いったい何を…!?」
「あー大丈夫です。見ててください」

 慌てふためくグラーツさんに背を向けて、僕は鏡の破片と木枠を前に魔力を集中する。

「モデリング」

 割れた鏡と木枠が変形していき、いくつかの小さな横長の鏡になる。縦2センチ、横15センチほどの鏡に木枠が嵌められたものだ。そしてそのひとつにこっそりと「ゲート」をエンチャントしておく。

「これらの鏡はベルファストにつながっています。これからなにか重要な連絡などをするとき、ここに手紙を差し入れて連絡をとるといいでしょう。あ、もちろん、向こうもこちらも本物だとわかる公的な書類を使ってもらわないといけないでしょうが」
「なるほど。往復20日もかかる連絡が一瞬でできるわけか。確かに便利だな。両国の交友に大いに活用させてもらおう」

 僕から渡された小さな鏡を受け取ると獣王陛下は笑顔を浮かべた。これで完全に僕の仕事は終わりだ。
 さて、我が家に帰るかね。せっかく家をもらったのに、全然住んでないからなあ。しばらくはゆっくりしたいや。





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