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第6章 亜人の国、ミスミド。
#45 ポラロイド、そして妖精師匠。


 ざわめいた会場入口の方へ行ってみると、そこには獣王陛下とオリガさん、そしてユミナたちが立っていた。
 オリガさんはベルファスト王国の煌びやかなパーティードレスに身を包み、逆にユミナたちはインドのサリーのような民族衣装を身に纏っていた。エルゼは赤、リンゼは青、八重は紫、ユミナはピンクと、それぞれ色が違うが、みんなよく似合っていた。傍らには琥珀がつき従っている。

「おう、冬夜殿。なかなか似合ってるじゃないか。ミスミドの貴族と言われてもおかしくないぞ」
「そうですかね…」

 にやにやしながら僕を眺める獣王陛下。なんかなー、こういうのは慣れないと気恥ずかしい。
 ふと横を見るとドレスを纏ったオリガさんに、目を奪われているリオンさんがいた。あらら。オリガさんの髪にはいつかの髪飾りが光っている。ほほう、これは脈有りなんじゃないですかねえ。

「似合ってますよ、冬夜さん。素敵です」
「うん、バッチリじゃない?」
「…いつもと、違う魅力があります」
「かっこいいでござるよ、冬夜殿」

 みんなが僕を見て褒めてくれる。なんだか照れるな。

「みんなもよく似合ってるよ。あ、写真撮っていいかな?」

 スマホを取り出してカメラアプリを起動させる。構えてシャッターを押すと辺りにフラッシュが焚かれた。
 僕らはなんともなかったが、会場のみんなはフラッシュに驚き、会場の壁に控えていたミスミドの兵士たちが腰の剣に手をかける。しまった、フラッシュはまずかったかな。

「なんだ今のは?」

 獣王陛下が僕の手の中にあるスマホに目を向ける。こりゃ、すぐに弁明した方がいいな。

「すいません、これも僕の無属性魔法でして。その場面の映像を記録して保存するものなんですよ」
「? よくわからんが……」

 獣王陛下に今撮った画像を見せる。ユミナたち四人がそこに映っていた。

「ほう! 一瞬で絵を描く魔法か。同じような魔法を使うやつがリーフリース皇国にいると聞いたことがある。これは取り出したりできんのか?」

 へえ、皇国にも同じような魔法の使い手がいるのか。ちょっと見てみたいな。どうやら写真の細かい説明まではしないですみそうだ。

「できますよ。紙とか転写できるものがあれば」

 獣王陛下が持って来させた紙に、撮った映像を見ながら「ドローイング」で転写させていく。するとたちまちその紙にセピア色した四人の少女の姿が浮かび上がった。古いモノクロ写真のような画像だ。

「おお! これはすごいな! 冬夜殿、儂も描いてもらえるか?」
「いいですよ」

 本人がいるならカメラを使わなくても、見たまま「ドローイング」を発動させれば描ける。
 決めポーズの獣王陛下の写真? を描き上げると、大変喜ばれた。が、そこからはちょっとした騒ぎになってしまった。流れでオルバさん家族を転写したのをきっかけに、我も我もと頼まれてしまい、片っ端から転写する羽目になった。
 一枚転写するのは十秒もかからないので、それ自体は苦ではないのだが、あーでもないこーでもないと、ポーズを決めかねる人たちが多くて、手間がかかる。ポラロイドカメラ扱いだ。正直疲れた。
 どさくさに紛れて、リオンさんがオリガさんとのツーショットを頼んできた。むろん、転写してあげましたけど。こうなるとポラロイドというよりプリクラ扱いだな。
 主要な人たちのリクエストを終え、一息つこうと会場の外に出た。廊下の角に設置してあるソファに腰掛け、身体を沈める。会場に比べてここは静かで落ち着くな。
 ぼーっと自分から伸びていく廊下を眺めていた時、さらにその先の廊下を奇妙なものが横切った。

「え?」

 思わず変な声が出る。
 遠くの廊下をひょこひょこ歩いていくモノ。簡単に言えばそれは熊だった。そりゃ、亜人の国なんだから熊の獣人とかはいる。さっきのパーティー会場でも何人かいたし。だが、そこを歩いていくのは熊のぬいぐるみだった。
 背の高さは50センチくらい? どう見ても熊のぬいぐるみだよな…。でもなんでぬいぐるみがひょこひょこ歩いているんだ? ……疲れてんのかな。
 と、歩いていたクマがピタッと立ち止まり、こちらの方を見た。やばっ、目が合った。

じ──っ……。

じ────っ……。

じ───────っ……。

じ──────────っ……。

 前もあったな、こんな状態。ん?
 くいっ、くいっとクマが手招きしている。……ついて来いっていうのか? どうしようか…?
 結局、ついて行くことにした。なんかヤバそうだったら「アクセル」を使って全力で逃げよう。
 ひょこひょこ歩くクマについて行くと、会場から少し離れた部屋の前に来た。ドアノブに手が届かないクマが、器用にジャンプしてノブを回し、ドアを開ける。中に入るとまた、くいっくいっと手招きされた。入れってのか?
 薄暗い部屋に入ると窓から差し込む月明かりが見えた。そこそこ広い部屋で、家具などもしっかりと揃えられている。

「……あら? 奇妙なお客さんを連れて来たわね、ポーラ」

 不意に聞こえてきた声に、僕はびっくりして辺りを見回す。すると、窓の前、赤いソファにひとりの少女が腰掛けていた。
 年の頃はユミナやアルマと同じくらいか。ツインテールにした白い髪に黄金色の瞳。フリルが付いた黒いドレスに黒い靴、そして黒のヘッドドレスとまるでゴスロリ衣装だな。普通ならそっちに目がいったのだろうけど、僕は彼女の後ろに広がるものに釘付けだった。
 月明かりにキラキラと光る、薄く半透明の羽根。鳥などの翼ではなく、蝶の翅が背中から伸びていた。ひょっとして妖精族ってやつか?

挿絵(By みてみん)

「それで? あなたはどなたかしら?」
「あ、僕は冬夜。望月冬夜。名前が冬夜ね」
「イーシェンの生まれ?」

 それはホントにもういいから。といっても、似たようなものかな、としか返せないけど。

「なるほど、今日のパーティーに来ているって言ってた、話題の竜殺しね?」
「竜殺しって…。まあそうだけど。で、君は?」
「あら、ごめんなさい。自己紹介が遅れたわね。私は妖精族の長、リーンよ。こっちの子はポーラ」

 妖精族の長!? この子が!? 驚きに声も出ない僕を見て、おかしそうにリーンはクスクスと笑う。

「こう見えても貴方よりずっと歳上よ? 妖精族は長寿の一族だから」
「歳上!? ってどれくらい……」

 一瞬、女性に年齢を聞くのは失礼に当たるか、と思ったのだが、リーンは気にする様子もなく、うーん、と考え込んでいた。

「どれくらいかしら…? 600は確実に超えていると思うけど」
「ろっぴゃく!?」
「面倒だから612歳ってことにしといて」

 いや、しといてって…。目の前の少女が600歳オーバーとは……なんでもありだな、異世界。その年齢なら妖精族の長ってのもわかる気がする。

「妖精族は成長が遅いの?」
「……違うわよ。妖精族はある一定の年齢になると成長が止まるの。普通は人間で言うところの、見た目が十代後半から二十代前半くらいで止まるんだけど、私の場合、成長が止まるのが早かったのよ」

 プイと、唇を尖らせてぶつぶつとつぶやく。どうやら成長しない身体にご不満のようだ。そうした見た目はユミナとかと変わらないのにな。
 そんなリーンを慰めるように、ポーラがよしよしと頭を撫でる。

「ところでそのポーラなんだけど……ひょっとして召喚獣なの?」
「違うわよ。正真正銘クマのぬいぐるみ。動いているのは私の無属性魔法「プログラム」が働いているからよ」
「プログラム?」

 プログラムってあのコンピュータのか? まさかこのクマ、ロボットなのか?

「無属性魔法「プログラム」は、無機質なものにある程度の命令を入力して動かすことができる魔法よ。そうね…例えば……」

 たたた、と部屋の端に置いてあった椅子を僕の前まで持ってくる。リーンが手を翳し、魔力を集中させると椅子の下に魔法陣が浮かび上がった。

「プログラム開始
/移動:前方へ二メートル
/発動条件:人が腰掛けたとき
/プログラム終了」

 椅子の下の魔法陣が消えていく。そしてリーンがその椅子に腰掛けると、ゆっくりと前へ進んでいき、二メートルほど進むと動きを止めた。

「速度の指定を忘れたわね。まあ、こうやって魔法による命令を組み込むことができるのよ」

 なるほど。確かに「プログラム」と言えなくもない。入力したことしかできないが、物体を自動化できるのか。ひょっとしてものすごく使えるのでは!?

「それってポーラに「飛べ」って命令を組み込めば飛ぶことができるの?」
「それは無理ね。そこまでの力はないわ。「プログラム」でできるのは簡単な動きくらいだから。でも、鳥の模型の羽を動かして、飛ばせるとかならできるわよ」

 なるほどなるほど。制限はある、と。それでも使えるな、この魔法は。

「ちょっと僕もやってみよう」
「え?」

 椅子に魔力を集中。床に魔法陣が現れ、「プログラム」の準備ができる。

「プログラム開始
/移動:後方へ人の歩く速度で五メートル
/発動条件:人が腰掛けたとき
/プログラム終了」

 椅子の下の魔法陣が消えてから、試しに腰掛けてみる。すると、先ほどよりは少し早い速度で五メートルほど後退した。うん、使えるな。

「貴方……今なにやったの?」

 リーンが目をパチパチとさせて、その視線を僕の方へ向けてきた。

「なにって…「プログラム」?」
「なんで疑問形なのよ…。っていうか貴方も「プログラム」の使い手だったの?」
「えっと、あー、そうみたい」

 リーンが訝しげな視線を向けてくる。

じ──っ……。

じ────っ……。

じ───────っ……。

じ──────────っ……。

 ……ポーラの時と同じじゃないか、コレ。これがペットは飼い主に似るってやつか? ……ちょっと違うか。
 やがて、ふうっと息を吐き、腕を組んだ。

「いろいろ聞きたいことはあるけれど、今はやめときましょう。……ポーラに気に入った人間がいたら、連れてきてとプログラムしておいたけど、また面白いのを連れてきたわね。シャルロッテ以来の掘り出し物かもしれないわ、貴方」
「シャルロッテ?」

 聞き覚えのある名前に思わず反応する。まさかあのシャルロッテさんか?

「私の弟子の一人よ。今はベルファストで宮廷魔術師をしてたわね、確か」

 やっぱりあのシャルロッテさんだった。え、待てよ…と言うことは……。

「ああ! ぶっ倒れるまで魔法を使わせて、魔力を無理矢理回復させて、またぶっ倒れるまで魔法を使わせるっていう、地獄の修業をさせたあの鬼師匠か!」
「あ゛!?」

 怖い怖い。そんなに睨まないで下さい。僕が言ったんじゃないんです。すんません。ホントすんません。

「……まあ、いいわ。シャルロッテはいつかひっぱたくとして。冬夜、貴方の魔法の才能は素晴らしいわよ。無属性以外ではどの属性を使えるの?」
「全属性使えるけど」
「………もう驚かないわ」

 しばらくため息をついて考えこんでいたリーンだったが、ゆっくりと金色の目をこちらに向けると、自らの目の前でパンッと両手を打った。

「───決めたわ。貴方、私の弟子になりなさい」
「は?」

 ツインテールのゴスロリ少女は、妖精の羽を揺らめかせて小さく笑った。





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