第6章 亜人の国、ミスミド。
#43 ミスミド王都、そして対獣王戦。
「はぁー……こう来たかぁー……」
王都ベルジュに到着して、その真白き宮殿を見たとき、思わず漏らした感想がそれだった。
あれだ、インドのタージ・マハルに似てる。皇帝が愛妃のために建てたといわれる総大理石の墓廟。「王冠宮殿」という意味を持つ白亜の建物。
まあ、似てると感じただけで、けっこう違う部分も多いけど。
日干し煉瓦で作られた街並みや城壁に比べて、白い宮殿がすごい目立つ。例えるならアラビアンナイトの世界にインドの宮殿が混じりあったような都だ。
馬車が走る街並みはベルファストに比べるとまだまだ未開発といった感じが否めない。しかし、そこにいる人たちの活気はそれに劣るものでは決してなかった。
様々な種族が行き交い、賑わいを見せている。多種多様な文化が入り混じり、発展を遂げている。それがこの都の姿なのだと思った。
高い建物が建ち並ぶ通りを抜け、宮殿への長い橋を渡る。都に巡らされた水路の上を走り抜けると、宮殿の敷地に入った。
馬車を降り、オリガさんと僕ら五人、そしてガルンさんと、リオンさんの八人が、宮殿の庭を横目に歩道を歩いていく。美しい庭園では小鳥が遊び、等間隔に植えられた木々の上からは、リスがこちらを見ていた。
長い階段を上がり、宮殿の中へ入る。明るい日差しが天井の明かり取りから降り注ぎ、それが大理石の白と相まって、眩しく輝いている。
僕らは中庭の中央を貫く、円柱が並ぶ回廊を奥へ奥へと進み、装飾が施された大きな扉の前まで来た。
ギギギギィ、と軽い軋みを上げて、門番の兵士達が扉を開いていく。
広がる赤い絨毯に、天窓から光が差し込む謁見の間には、左右に様々な亜人が並んでいた。誰も彼も立派な身形で、この国の重臣たちのようだが、角があったり、翼があったり、様々な人種がいるようだ。
そして謁見の間の奥、少し高くなった玉座に、この国の王が座っていた。
獣王ジャムカ・ブラウ・ミスミド。雪豹の獣人らしい。歳は50代前半くらい。白い髪と白い髭を生やしたその顔からは、王としての力強さと威圧感を感じる。鋭い双眸からはなんとも言えない迫力と共に、どこか悪戯めいた光を感じる。
獣王の前で僕らは全員片膝をつき、頭を垂れた。
「国王陛下…オリガ・ストランド、ベルファスト王国より帰還してございます」
「うむ、大儀であった」
獣王が静かに頷く。続けてオリガさんの後ろに控えるガルンさんとリオンさんにも声がかけられる。
「ガルン、そしてベルファストの騎士殿もオリガの護衛を無事果たしてくれたことを嬉しく思う」
「「ははっ」」
そして獣王はやおらこちらを眺め、眼を細めながら、小さな笑みを浮かべる。
「そなたたちがベルファスト王からの使いの者たちだな? なんでも旅の途中、そなたたちだけでエルドの村を襲った竜を倒したとか。それは事実かな?」
「はい。その通りでございます。ここにいる私以外の四名で、村を襲った黒竜を退治いたしました」
獣王の質問に毅然とした態度で答えたのは、静かに立ち上がったユミナだった。
「……そなたは?」
謁見の間にて少しも緊張すること無く、自分に視線を向けてくる少女に、怪訝な顔で獣王が誰何した。
「申し遅れました。ベルファスト王国国王、トリストウィン・エルネス・ベルファストが娘、ユミナ・エルネア・ベルファストでございます」
謁見の間にどよめきが広がる。そりゃそうだ、一国の姫がいきなり現れたのだから。事情を知ってるオリガさんとリオンさんはまだしも、ガルンさんが目を剥いて驚いている。
「なんと…ベルファストの姫君が何故我が国に?」
「ミスミドとの同盟は我が国にとってそれだけ重要ということですわ。これは父上からの書状でございます。どうかご確認を」
そう言って懐から一通の手紙を取り出す。いつの間にあんなの受け取ってたんだろ。ああ、村でベルファストの王宮に一時避難してたときか。
側近の一人が恭しくその書状を受け取り、段上の獣王へと手渡す。封を開け、それにざっと目を通すと、ミスミド国王はユミナの方を見て笑みを浮かべる。
「なるほど……。あいわかった。ここに書かれている内容を前向きに考え、近いうちに答えを出そう。それまでは姫様とそちらの方々もごゆるりと我が宮殿でお過ごしくだされ」
書状を側近に手渡し、獣王は静かに僕らに向けてそう言葉をかけた。
「と、堅苦しい話はここまでにして。ひとつ先ほどから気になっていることがあるのだが……」
獣王の眼が僕の傍らにいる琥珀に向けられる。まあ、気になるだろうな、普通。
「そこの白虎はそなたたちの連れか?」
「はい。ここにいる冬夜殿の…従者のようなものですね」
『がう』
肯定するように琥珀が短く答える。ミスミドにおいて白虎は神聖視されている。それを従者扱いはどうかと思ったが、首輪やリードなどで拘束されているわけではないので、誰も文句はつけてこなかった。
獣王はじっと琥珀を見つめていたが、やがて静かに目を僕の方へ向けた。
「……なるほど。白虎を従えた勇者が竜を討ったか。ふふふ、久しぶりに血が滾るのう。どうだ、冬夜とやら。ひとつ儂と立ち合わんか?」
「は?」
僕が間抜けな声を上げてポカンとしているのをよそに、周りの重臣たちは一斉に諦めが混じったようなため息をついた。え、なんですか、それ?
白亜の王宮の裏手には広い闘技場があった。まるでローマのコロッセオだな。この国は本当に多文化過ぎる。
僕はここに連れて来られ、獣王との勝負をすることになってしまった。どういうことだよ、いったい。
「申し訳ない、冬夜殿。獣王陛下は強い者を見ると立ち合わずにはいられん気性でな。正直我らも困っている」
そう言って、僕に謝ったのはこの国の宰相であるグラーツさん。灰色の翼を持つ有翼人である。歳は40代後半か。翼と同じ灰色のローブを着込み、口髭を生やしている。
「ここはひとつ、ガツンと痛い目にあった方がいいと思うのでな。全力でやってくだされ」
「いやいやいや。あなた方の王様でしょうが。いいんですか、それで?」
呆れた目で僕はグラーツさんを見る。するとグラーツさんの横に控えていた人たちも口々に文句を言い出した。
「かまわん、思いっきりやってくれ。だいたい陛下は国務をなんだと思ってるのか! ふらりと居なくなったと思えば戦士団の訓練に参加して、全員ぶちのめしているし!」
「こないだも新しい武器を思いついた! とか言って、鍛冶屋へとすっ飛んで行きました! そのあとの予定が全部ズレて、どれだけ私が苦労したか!」
「私には国を上げて武闘大会を開こう、とか言ってましたよ。どこにそんな予算があるってんですか! ねえ!?」
……なかなかミスミドの重臣たちも苦労しているみたいだ。変な王様だな。いや、ベルファストの王様もだいぶ変な気もするが。
とりあえず木剣を持って闘技場の中央へ向かう。観客席には僕の仲間たちとミスミドの重臣たち、そしてミスミド戦士団の隊長クラスが陣取っていた。
獣王陛下も片手に木剣、片手に木の盾を持って待ち構えていた。僕は動きの妨げになるのと、使い慣れてないという理由で、盾は遠慮した。
「勝負はどちらかが真剣ならば致命傷になる打撃を受けるか、あるいは自ら負けを認めるまで。魔法使用も可。ただし本体への直接的な攻撃魔法の使用は禁止。双方よろしいか?」
審判役を務める浅黒い肌の有角人が獣王と僕、互いに説明する。魔法の直接攻撃は無し、か。うーむ、どうしようかね。重臣団からガツンとやってくれと言われてるし、遠慮は無用かな。
「あの…本当にやるんですか?」
「ふふふ、手加減は無用。実戦と思ってあらゆる手を使い、儂に勝ってみせるがいい!」
獣王が楽しそうに笑う。ダメだこりゃ、本気だ。50代とは思えない筋肉してるし、鍛えてるんだろうなあ。
仕方ない。ご本人もこう言ってることだし。実戦のつもりでやるか。
審判の有角人が右手を大きく上げて僕と獣王を交互に見たあと、勢いよくその手を振り下ろした。
「では、始め!」
「スリップ」
「どわっ!?」
すてーん! と獣王陛下が盛大にすっ転ぶ。その隙に距離を詰め、木剣を陛下の喉元に突きつけた。
「はい、決着ですね」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った! これは無しだろう!? なんだ今のは!?」
「僕の無属性魔法「スリップ」です。攻撃魔法以外ならアリとのことでしたので」
「いやいやいや! あれはダメだ! 勝負とかそれ以前の問題だろう!」
納得いかない決着に駄々をこねる獣王陛下。まあ、気持ちはわからんでもない。でも実際、本当の戦闘ならこれが一番効果的なんだよなあ。空を飛んでる奴らには効かないけど。
「もう一回だ! 今度はその魔法無しで!」
「えー…どうしますー? 宰相さんたちー?」
僕は宰相のグラーツさんたちに声をかける。一瞬、わけがわからないような顔をしていた彼らだが、「あ」と理解したとばかりにニンマリとした笑みを浮かべる。
「そうですなあ。これ以上は政務に支障をきたすので困りますかなー」
「グ、グラーツ! そう言うな、少しだけだ。少しだけ、な!?」
「そうは申しましてもねえ」
獣王陛下が宰相の元へ駆け寄り、ああだこうだと話し合う。「ちゃんとやるから!」とか「もうサボらないから!」とか聞こえてくるが。それに対して重臣団がいろいろと条件を出しているみたいだったが、やがて陛下が小さく肩を落とした。宰相たちが出して来た、いろんな条件を飲んだようだ。悪いことしたかな……?
「冬夜どのー。申し訳ないが陛下ともう一戦お願いしますー!」
ほくほくとした嬉しそうなグラーツさんの声を背に受けて、獣王陛下が再び僕の前に立つ。あ、なんかちょっと怒ってる?
「いいか、今度はあの魔法は禁止だからな!」
「了解です」
もう一回仕切り直し。審判さんが再び右手を振り下ろした。
「始め!」
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