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第6章 亜人の国、ミスミド。
#40 ジャングル、そして脅威襲来。


 ラングレーの町を離れると、すぐに景色が一変した。ベルファストと違い、緑が多い。ジャングルといってもいいような森の中を三台の馬車が進んで行く。
 ベルファストよりミスミドの方が魔獣が多いと言うのもわかるような気がする。魔獣にとってはこの森はうってつけの生息地なのだろう。時折り、なんの動物かわからない遠吠えが聞こえてきたりするが、どうやらこの国では日常茶飯事のようだ。
 確かに魔獣は多いらしいが、それほど人里には被害はないらしい。それは森の中で魔獣の餌になる獲物が豊富だということだ。わざわざ人里に下りて畑を荒らしたりしないでも、食うのに困らないからだ。
 ただ、村人などが獲物を狩りに森に入って、運悪く魔獣に遭遇してしまうことはしょっちゅうあるらしい。この場合、こっちの方が侵入者だから、襲われるのも覚悟しなければならないのだろうな。熊よけの鈴みたいな物でなんとかならんかな。

「日暮れまでにエルドの村に着くのは無理そうですね」

 オリガさんの言葉に、僕がマップアプリで確認してみると、ラングレーの町から王都に至る街道の途中、森を抜けた先にエルドの村があった。確かにこの速度では日暮れまでには無理な距離にある。真夜中に村に辿り着いてもな。

「ミスミドはいくつもの種族が集まってできた、いわば群体のようなものです。今でも種族ごとに村や町を形成していて、互いに友好的な種族もあれば、互いに相手を毛嫌いしている種族もいます。それをまとめ上げているのが、国王陛下を含めた七族長なのです」

 オリガさんの説明によれば七族長とは、獣人族、有翼族、有角族、竜人族、樹人族、水棲族、妖精族の主要七種族の長なんだそうだ。で、今現在は獣人族の長、獣王がこの国の王となっているらしい。獣人は最も数が多いから、その方が国として機能しやすいからだろうか。
 一応王位は世襲制ではあるが、他の六族長も強い権限を持つ。有力貴族みたいなもんなのかな。まだまだ新興国らしく、いろんな問題を抱えていそうだ。
 やがてだんだんと陽が暮れてきた。暗くなる前にそろそろ野営の準備に入った方がいいだろう。今日はここまでだな。
 少し道が開けた場所で馬車を停め、野営の準備に取り掛かった。薪を集め、石で小さなかまどを作り、食事の用意を始める。僕もそれに参加し、大鍋に野菜スープ(ミネストローネ)を作った。
 どっぷりと陽が暮れて、完全に夜になると、森の中のざわめきがけっこう聞こえてくる。夜行性の動物が多いのだろう。

「ちょっと怖いですね……」

 ユミナが僕の作ったスープを飲みながら、身体を寄せてくる。

「通常の獣なら琥珀がいれば近寄って来ないってさ。魔獣も獣の眷属なら大丈夫みたい。巨大な虫とかスライムはダメらしいけど」

 琥珀が念話で伝えてきたことをユミナに話す。すると彼女は横にいた琥珀を抱き上げ、ぎゅっと抱き締めた。

「ありがとう、琥珀ちゃん」
『安心して下さい、奥方。私がいれば大丈夫です』

 他の者に聞こえないように、小さく琥珀はつぶやく。その言葉にユミナは微笑んで、琥珀の頭を撫でた。
 食事をするときも数人が交代で辺りを見張っていたが、ベルファスト側の護衛兵士たちの方が、見知らぬ土地のためかいささか緊張していた。

「そろそろ八重とエルゼを迎えに行ってくるよ。琥珀、ユミナとリンゼを頼む」
《御意》

 僕は焚き火を囲むみんなから離れて、客車の中へ入り、ゲートを使ってベルファスト王都、アレフィスにある自宅に戻った。
 僕が出現したリビングではエルゼと八重がすっかりくつろいでいた。側にはうちのスーパー執事、ライムさんが控えている。

「あ、もう時間?」
「せわしないでござるな…。まだ髪が乾いていないでござるよ」

 そう。この二人は風呂に入りに戻っていたのだ。他の人たちに「ゲート」がバレないように、30分と時間を決めて。
 魔法で水は出せるので、たらいに溜めた水に焼いた石によるお湯を作り、湯浴みをするという偽装工作をして、その実、普通にお風呂に入っている。二人一緒なのは、片方が見張りという役で交替に湯浴みをするということになっているからだ。

「ほら、怪しまれないうちに戻るよ。ライムさん、今日はなにかありましたか?」
 「いえ、これといって。ああ、フリオが庭の隅に家庭菜園を作ってはどうかと申しておりましたが、いかがいたしましょう?」

 家庭菜園か。とれたての野菜が食べられるのはいいな。

「いいよ、許可する。好きなようにして下さい」
「では、そのように」

 それにしてもメイドのラピスさんとセシルさんがいないな。どうしたのだろう。僕が二人のことをライムさんに尋ねると、ラピスさんは明日朝早く市場に用があるのですでに就寝し、セシルさんは王都に来ている知り合いに会いに行ったそうだ。

「なにか御用があれば伝えておきますが」
「いや、ちょっと気になっただけだから。ほら、行くよ二人とも」
「「はーい」」

 ゲートを開き、馬車の中に出る。と、なんだか様子がおかしい。森が騒がしく、いろんな動物たちの鳴き声が辺りを包んでいた。明らかにおかしい。なんだってこんなに騒がしく鳴いているんだ!?
 馬車を飛び出し、みんなの元へ走る。護衛兵士たちが剣を構え、辺りを警戒していた。一体なにが起きている!?

「冬夜さん!」
「なにがあった!?」
「わかりません。急に森の動物たちが騒ぎ出して……」

 ユミナが困惑した表情で駆けてくる。そのとき、僕の側にいた兎の獣人レインが、ばっ、と顔を上げた。

「なにか大きなものが来ます………空だ!」

 レインの叫びにみんなが空を見上げる。突風に木々がざわめく中、頭上の夜空になにか大きなものが、ゆっくりと飛んで行くのが見えた。なんだ、アレは。僕には黒い影としか捉えられなかったが、夜目がきく獣人たちにはしっかりと見えたようだ。

「竜だ……まさか、こんなところに!?」

 ガルンさんが空を見上げたまま呆然と声を漏らす。その瞳は信じられないものを見た、とばかりに見開かれている。
 竜。ドラゴン。そんなものが飛んでいたのか。

「なんでこんなところに竜が……!」
「どういうことです? 普通はここまで来ないってことですか?」

 震える声でつぶやくオリガさんに尋ねると、彼女は怯えた妹を抱き締めながら口を開く。

「竜…ドラゴンは普通、この国の中央にある聖域で暮らしています。そこは竜のテリトリーとして誰も立ち入ることはなく、また、竜たちも侵入者がなければ、そこから出て暴れるようなことはないのです。そうやって我々は住み分けてきたはずなのに……」
「誰かが聖域に踏み込んだのですか!?」

 オリガさんの言葉にガルンさんが声を荒げる。これが聖域に誰かが侵入し、それに対しての竜の行動だとすれば。まずくないか?
 おそらくは報復。自分たちの領域を荒らされたと思い、その報いを与えようとしているのではないだろうか。
 しかし、そんな考えをオリガさんは首を振って否定する。

「いえ、そうとは限りません。何年かに一度、若い竜が人里に現れ、暴れることがあるからです。聖域を離れた竜は我々が撃退しても、他の竜から報復されることはありません。この場合は向こうが侵入者だからです。ですが……」
「竜ってのは撃退できるものなのですか?」

 そう言った僕の質問に答えたのはガルンさんだった。

「我々の王宮戦士中隊……戦士100人もいれば、なんとか。しかし中途半端な攻撃はかえって怒りを買うことになりかねません」

 ミスミドでは戦士中隊は100名。その全員でもなんとか撃退って…そんなに強いのか……。今回のこれは若い竜による暴走という線が濃厚だな。竜の中にも暴れん坊のヤンチャ小僧がいたってことか。まったく迷惑な。これはもう天災として受け止めるしかないのだろうか。
 僕はスマホを取り出して、マップアプリを起動、「ドラゴン」を検索する。
 ミスミドの中央辺りに何体かの反応がある。ここが聖域ってトコか。そしてそれとは別、僕らの頭上を飛んでいった一匹がゆっくりと移動しているその先には……。

「おい…あいつエルドの村にまっすぐ向かってるぞ……!」
「なんだって!?」

 僕のつぶやきにみんなが驚きの声をあげる。

「なんだってエルドの村に!」
「あそこは牧草地帯が南に広がっている。家畜を狙っているんじゃないか!?」

 牛か羊かわからないが、家畜を襲って満腹になれば、村は襲わずに去ってくれるんじゃないか、という僕の甘い考えはガルンさんにより打ち砕かれる。

「味をしめた竜はまた同じところを襲いますよ。それにあいつらにとっちゃ家畜も我々も、餌としてたいして変わらないでしょうな。好みの差はあるかもしれませんがね」

 このままでは村は壊滅ってことか……! スマホによる遠隔魔法攻撃にも限度がある。こんなに離れてたのでは無理だ。

「どうします? 我々の任務は大使の護衛だ。大使を危険な目に遭わすわけにはいかない……」
「くっ……」

 リオンさんの言葉に、ガルンさんが歯を食いしばる。国に仕える者として上からの命令は絶対だ。ここで迂闊に村に向かい、もしもオリガさんに何かあれば、国交問題になりかねない。かといって護衛を半分残し、半分は村の救出に向かうというわけにも……マップアプリに「ゲート」をエンチャントしても、転移地点…エルドの村を頭に思い浮かべることができなければ跳ぶことはできない。どうすれば……。

「なんとかならないでござるか、冬夜殿…」
「なんとかったってなあ……」

 八重の言葉に腕を組み、考える。確かに僕らだけなら動ける。僕らは国の命令を受けたわけじゃなく、あくまでギルドを通して依頼を受けただけだ。しかもその依頼はオリガさんの護衛ではない。ミスミドの国王にインチキ移動魔法の鏡を……。

「あっ…!」

 そうかそうか! そう言えばそういうことになってたんだっけ!
 僕は馬車の客車から大きな姿見を一枚出してきて、馬車の車体に立てかけた。

「冬夜殿、これは?」

 リオンさんが訝しげに姿見を指差す。他のみんなも同じようにわけがわからず首を捻っている。

「えーっと、これは「転移の鏡」と言いまして、二枚で1セットのものです。もう片方はベルファスト王宮に置いてあり、この鏡を使えば一瞬にして王宮へ転移できます。これを使ってとりあえずオリガさんとアルマは王宮の方へ避難していただくというのはどうでしょう?」
「そんなものを持ち込まれていたのですか……」
「これをミスミド国王に届けるのが僕らの仕事です。緊急時の使用許可はベルファスト王からいただいてます」

 考えた嘘をベラベラと語る。一日に往復一回しか使えないこと、大勢は移動できないことなど、安全なものですよーとでまかせのアピールをする。主にミスミドの兵士たちに。

「わかりました。それを使って私たちはいったん王宮の方へ避難しましょう。そしてみなさんはエルドの村の人たちをどうか安全に……」
「わかりました。冬夜殿、頼みます」

 オリガさんの決断にガルンさんが頷く。

「わかりました。ではオリガさんとアルマ、そしてユミナと…向こうの確認のため、ガルンさん来てもらえますか?」
「私ですか? はあ…」

 ガルンさんが、不安げな声を漏らす。その声を聞きながら、僕は鏡に手を当てた。

「ゲート」

 聞こえないくらい小さな声で魔法を発動させる。鏡の数センチ手前に光の門を作り上げた。エンチャントで付与するより、今回はこの方法の方がいい。まだミスミド王宮へ着いてないしな。
 まず、ユミナが入る。次にガルンさん、アルマ、オリガさん、最後に僕が通りぬけると光の門は静かに閉じた。振り返ると王宮のユミナの部屋に一枚の鏡が取り付けられている。ちゃんと準備しとくもんだな。

「こ、ここは……」
「ベルファストの王宮です。それじゃユミナ、国王陛下に説明頼む」
「はい。……冬夜さん、お気をつけて……」

 驚きのあまり開いた口がふさがらない様子のガルンさんに声をかけ、あとをユミナに託す。

「これで安心しましたか、ガルンさん。では戻りますよ」
「あ、はい。行きましょう!」

 来たときと同じように鏡の数センチ手前にゲートを作り、くぐり抜ける。
 また森の中に二人で戻ってくると、すでに出発の準備は整えられていた。

「よし、みんな! これで大使は安全だ! 我々は竜から村の人たちを避難させるために、エルドへ向かう!」

 無事に帰って来たガルンさんの命令に、おう! と答える獣人たち。それを見ながら僕はリオンさんの方へ歩いていく。

「リオンさんはどうします? ベルファスト側はかかわる必要はないと思いますが……」
「こんな状況で、「我関せず」を貫いたら父上に炎の拳で殴られますよ。私たちも行きます。おそらく陛下もそうおっしゃると思います」

 リオンさんはきっぱりとそう言い切った。どうやらみんなで相談して決定したようだ。なら、問題ない。
 マップを見ると竜が村へ到着するにはまだしばらくかかる。急がなくては。幸いこの竜の飛行速度はそれほど速くない。全力で馬車を走らせれば、一時間遅れくらいで村に着く。
 その一時間が命取りにならないことを祈りつつ、僕は馬車に乗り込んだ。





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