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第5章 王都へ。
#32 後ろめたさ、そして古代魔法。


 八重と「銀月」に戻ってきてから、自分の部屋で少し試してみることにした。
 アプリに魔法を付与することができた。他にもできるかもしれない。
 例えば離れた場所に五感を飛ばすことができる無属性魔法「ロングセンス」。これをカメラアプリに付与すれば。

「エンチャント:ロングセンス」

 とりあえずやってみた。すると、僕の視界に映ったものが、カメラアプリの画面に映し出されていた。「ロングセンス」を使う感覚で、視覚を飛ばす。部屋の壁を突き抜けて、二部屋先のリンゼの部屋の中が見えた。リンゼはいない。留守のようだ。そういやエルゼと買い物に行くとか言ってたな。
 スマホの画面を見ると同じくリンゼの部屋の中が映っている。変な感じだ。頭の中の視界が上画面と下画面に分かれて見える。リアルな目の視界と、「ロングセンス」での視界。
 この状態でスマホのシャッターを押す……と。撮れた。成功だ。写真にはリンゼの部屋が映っている。
 これで長距離撮影が出来るようになったわけだ。しかも密閉された部屋だって入り込んで撮影できる。おそらくこれを利用すれば同じように動画でもできるな、たぶん。
 と、ドアが開く音が聞こえたので目線を上げると、部屋の中にリンゼがいた。あ、帰ってきたのか。エルゼも帰ってきたのかな。
 そんなことを考えてたら、リンゼが上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外し始めた。眩しく白い肌が僕の目に飛び込んでくる。うおうッ!?
 いかん! うっかりしていたが、間違いなくこれって覗きじゃないか! 慌てて「ロングセンス」を解除する。
 危なかった……。もうちょっとで見えるところ……あれ? ……惜しかった……か…?
 いや! いやいや! もしバレたら信頼を失ってしまうところだ。それはいかん! 一度失った信頼を取り戻すのは大変だぞ。僕の判断は間違ってはいない! ……はず。いや、あのまま見ていても、バレなかったとは思うけど……。思うけど……くっ。

「…冬夜さん。いいですか?」
「は、はぁい!? な、なんですか!?」

 懊悩し始めた僕の耳に、扉を叩くノックの音と、先程まで目にしていた少女の声が聞こえてきた。慌ててスマホを懐に隠す。やがて扉が開いて着替えたリンゼが顔を覗かせた。

「…? どうかしました?」
「いやっ!? なんでもないけど! そ、それよりにゃにか用?」

 噛んだ。落ち着け自分!

「…今日、骨董屋でこれを見つけて買ってきたんですけど……」

 リンゼが巻物のようなものを差し出してきた。木製の筒に羊皮紙のようなものが巻かれている。中身を見ると、わからない文字がびっしり書いてあった。

「これは?」
「たぶん魔法のスクロールです。ただ書いてある文字が古代魔法言語なので一部しか読めなくて……」

 なるほど。それで僕にか。僕はさっそくテーブルに乗せてあったグラスを掴み、財布から銀貨を出して「モデリング」で眼鏡を作る。そして完成した眼鏡に、「エンチャント」で「リーディング」を付与すれば翻訳メガネの完成だ。
 シャルロッテさんにあげたのとは古代精霊言語と古代魔法言語で違うものだが。言語の違いはさっぱりわかりません。
 完成したそれを彼女に手渡す。受け取ったリンゼが眼鏡をかけると、文学少女みたいでなかなか似合っていた。こういうリンゼも可愛いな。
 眼鏡をかけた彼女は広げた魔法のスクロールに目を向けた。

「…! すごい、ですね。話には聞いていましたけど、スラスラと読めます」

 リンゼはスクロールを目で追いながら驚愕の声を漏らした。

「何が書いてあるの?」
「古代魔法がひとつ。水属性の魔法みたいです……バブルボム……攻撃系の魔法でしょうか」

 リンゼは唸りながらスクロールを読み続ける。どうやらお役に立てたみたいだな。覗いた罪悪感があったけど、少しだけ償えた気がした。
 リンゼはすぐにでも試してみたいと言い出したが、これからでは時間もないし、明日また付き合うことにして、今日は諦めてもらった。
 リンゼが部屋を出ていってから、すぐにスマホからリンゼの部屋を撮った写真を消した。証拠隠滅をしとくにこしたことはない。出歯亀野郎の称号は欲しくないからな。
 しかし、あれだな……。「アポーツ」で窃盗、「ロングセンス」で覗き、「ゲート」で家宅侵入。カメラアプリと「ロングセンス」で盗撮……。どんどん犯罪者スキルが増えていってる気がするな……。
 疑われる行動は慎むことにしよう、と心に誓った。



 次の日、リンゼと一緒に東の森へやって来た。ここには一度来ているからゲートの魔法ですんなり来れるし、森の中に開けた場所があるから魔法の練習にはうってつけだ。もちろん火事になるから火属性の魔法は除く。
 森の中を分け進み、開けた場所に出た。さっそくリンゼは昨日のスクロールを取り出し、翻訳メガネをかけて何度か熟読すると、銀の杖を構えて魔力を集中し始めた。

「水よ来たれ 衝撃の泡沫 バブルボム」

 リンゼが構えた銀の杖の周りに、小さな水の塊が集まり出すが、すぐに弾けて地面に落ちた。失敗だな、たぶん。
 彼女はもう一度杖を構えて、魔力を集中させる。

「水よ来たれ 衝撃の泡沫 バブルボム」

 また杖の周りに水の玉が生まれ、そしてさっきと同じように弾けて落ちる。また失敗か。まあ、古代魔法ってくらいだ、そう簡単に会得できるものではないんだろう。
 リンゼはスクロールをもう一度読み直して、また杖を構える。そしてまた失敗。
 そのあと何回も発動させようとしたが、全部杖から少し離れると、小さく弾けて地面に落ちてしまった。失敗の連続。
 十回を越えたあたりで、リンゼはふらっとよろめいて、膝をついて倒れてしまった。慌てて駆け寄り彼女を抱き起こす。

「リンゼ!? 大丈夫か!?」
「…だ、いじょうぶです……ただの魔力、切れです…から……。しばらく安静に、していれば……治ります……」

 目をぼうっとさせて、力無くリンゼが答える。これが魔力切れの状態か。って、このままにしておくわけにもいかないな。

「……あ…? と、冬夜、さん…!?」

 意識が朦朧としているリンゼを横抱きにして「ゲート」を開く。腕の中のリンゼはどこか痛いのか、身体を硬直させて、顔を赤くさせていたが、少しの間我慢してもらおう。
 「銀月」の裏庭に出て中に入り、階段を上がって、リンゼの部屋の扉を開ける。そして部屋の角に取り付けられているベッドにそっとリンゼを寝かせた。まだ顔が赤いが大丈夫だろうか。額に手を当てて熱を計る。

「……は、はうっ……!」
「熱はないね。待ってて、いまエルゼを呼んでくるから」

 隣の部屋のエルゼを呼び出し、リンゼの装備を外してもらった。僕が身体を触って外すわけにはいかないからな。
 とりあえずエルゼにあとは任せて、僕はリンゼの部屋を出た。魔力切れになるまで練習するなんて、真面目というか一生懸命というか。シャルロッテさんといい、魔法使いってのはこう、真っ直ぐな気質の人が多いのかな。一途ということなんだろうけど。



 次の日、リンゼはすっかりよくなっていた。魔力切れは安静にして休息を取れば一日ほどで回復するらしい。

「…昨日はっ、ごっ、ご迷惑をかけて、すいませんでしたっ!」

 昨日のことをリンゼに平謝りされたが、何も謝ってもらうようなことはされてないと思うけど?
 今日もまた東の森へ行き、昨日と同じように魔法の練習をする。
 リンゼは失敗してはやり直し、失敗してはやり直す。僕はそれをずっと横で眺めていたが、リンゼが九回めの失敗をしたときに練習をやめさせた。これ以上は、昨日と同じようにまた倒れてしまう。

「ちょっと休憩しよう、リンゼ」
「……はい」

 持ってきていたお茶が入った水筒をリンゼに渡す。

「なにかつかめそう?」
「…いえ、なにも。魔法の発動にはその魔法の知識、が大きく左右されますから、やっぱり見たこともない魔法は難しい、です…」

 なるほど。どんな魔法か見たこともないから、明確なイメージが掴めてないんだな。
 そのあと1時間ほど休憩したが、魔力はそれほど回復せず、二回ほど失敗したところでリンゼがふらついたのでその日はそれで切り上げた。



 その次の日も次の日もリンゼは練習を続けた。毎日魔力が切れるギリギリまで。1時間も練習すればリンゼの魔力は尽きてしまうので、あとはずっと休息になってしまう。正直、あまり効率がいいとは思えなかった。

「それにしてもリンゼは頑張るね。何回も失敗してるのに、諦めようとしないもんな」
「…私、は不器用ですから…同じことを何回も何回も繰り返して……やっと魔法を覚えることが、できるんです。いままでもそうでした。だから、なんてことはありません」

 そう言ってリンゼは笑う。強いな、この子は。継続は力。諦めないことが何よりも自分の成長に大事なことだとちゃんとわかっている。
 だけど、やはり効率が悪いのは確かだ。もっと何回も練習できれはな……。うーん…シャルロッテさんに相談してみるか。この国一の魔法使いらしいし。
 魔力が切れる前に練習をやめ、リンゼと宿に戻ったあと、僕はユミナと共に「ゲート」でお城のシャルロッテさんのところへ跳んだ。ユミナがいないと城の中を歩くのも大変なんだよね……。完全に不審者だからな…。
 城の中にある研究塔にシャルロッテさんはいたが、なぜか目の下に隈をつくっていた。最近あまり寝てないらしい。それでも僕の相談に乗ってくれて、解決策を示してくれたが。後日、シャルロッテさんへの研究協力を約束させられたけど…。



 次の日、またリンゼと共に東の森に来た。今日も同じ練習を繰り返し、失敗が続く。やがてこれ以上は魔力が尽きるというところで、リンゼは自ら練習を切り上げた。ここからが僕の出番だ。

「リンゼ、こっちに来て」
「? …なんですか?」

 目の前に来たリンゼの両手をぎゅっと握る。

「ふ、ふあっ!? なっ、なんでしゅか!?」
「落ち着いて。リラックスして」
「り、りらっくす!?」
「あー…力を抜いて下さい」

 慌てふためくリンゼをなだめ、魔力を集中させて、シャルロッテさんにその存在と効果を教えてもらった無属性魔法を発動させる。僕の両手がぼんやりと光輝く。

「トランスファー」
「えっ!?」

 僕の手からぼんやりとした光がリンゼに移行して、それを受け取ったリンゼが驚きの声をあげる。どうやら成功したようだな。

「魔力が…回復してます。そんな…一瞬で?」

 無属性魔法「トランスファー」。他人に自らの魔力を譲渡する魔法だ。この無属性魔法は何人か使い手がいるらしく、シャルロッテさんに魔法を教えた師匠もこの魔法を使えたらしい。
 ぶっ倒れるまで魔法を使わさせられてから、魔力を回復させられ、またぶっ倒れるまで魔法を使うという修行をさせられたんだそうだ。鬼だな、その人。
 しかし僕も同じことをリンゼにする。シャルロッテさんの師匠のように、強制ではないけれど。
 今初めて気がついたが、リンゼが全回復する量の魔力を譲渡したけど、それでも琥珀の存在維持に使う魔力量より低い。つまり自然回復の範囲内ということだ。リンゼの魔力量は決して低いわけじゃないそうだ。どんだけあるんだよ、僕の魔力量……。
 ともかく、これでリンゼは魔力切れを気にすること無く、魔法の練習ができる。

「水よ来たれ 衝撃の泡沫 バブルボム」

 それから何時間もぶっ通しでリンゼは魔法を練習し続けた。すごい集中力だ。しかし、このままでは魔力は大丈夫でも今度は体力が持たない。
 とりあえず休息を取らせる。

「やっぱり難しい、です…。どうしても、この魔法の概要が掴めなくて……」
「そっかあ……」

 やっぱり難しいんだな。古代魔法ってのは。まあ、使っている奴らがほぼいない魔法なんだから、見本がない。自分自身のイメージを固めない事には進みようがないのかな。

「…せめて、バブルボムって意味がわかれば少しは……」
「………………はい?」

 リンゼの言葉に間の抜けた声を出してしまった。え? どういうこと?

「バブルボムの意味?」
「? はい。魔法の固有名には、意味があるそうです。例えば「ファイアストーム」の「ファイア」は火を……」
「いやいやいやいや、そうじゃなくて」

 あれ? 英語…とかって翻訳されてないのか? 意味とか関係なくダイレクトに伝わってる?
 リンゼにスクロールを借りて、「リーディング」で読んでみる。………カタカナで「バブルボム」って読めるね。そうか、そういうことか…。
 「ファイアボール」って言葉を知ってても意味まではわからないということか。「ファイアボール」「ファイアアロー」「ファイアストーム」などから「ファイア」が火を表す言葉だということぐらいはわかっているみたいだが。
 え、じゃあみんな意味もわからない魔法名を叫んでいたわけ? 変な話だ…わけがわからん。他の人だって英語の単語使ったりしてなかったか? アイス=氷とか言ってたよ、確か。神様、翻訳機能がおかしいです。……バブルとボムだけおかしいのかしら。どっちも日常会話ではあまり使わないしな…。

「? どうしました?」
「あ、いや……「バブル」ってのは泡、「ボム」ってのは爆弾のことだよ」
「爆弾?」
「あー、爆発する物のこと、かな。リンゼが使う「エクスプロージョン」の魔法のようなものだよ」

 僕が説明するとリンゼはしばらく無言で考え込み、顔を上げると、また杖を構えて魔法を発動させ始めた。

「水よ来たれ 衝撃の泡沫 バブルボム」

 杖の周りに一個の水の塊…いやシャボン玉のような玉が現れ、ふわふわと漂い始めた。
 玉の大きさは直径20センチほど。リンゼの意思で移動させることができるらしく、しばらく宙を自由に漂わせていたが、やがてリンゼはその玉を一本の木めがけてぶつけた。
 瞬間、とてつもない衝撃音が響き渡り、ぶつけた木が粉々に吹っ飛んだ。
 僕らはその光景を唖然として見ていたが、やがてリンゼが小さくつぶやいた。

「…できた……」

 これが古代魔法「バブルボム」か。とんでもない威力だな……。
 続けてリンゼはもう一度バブルボムの魔法を使う。今度は五、六個の玉が一斉に現れ、一直線に林へ向かって飛んでいった。玉が木に触れるとたちまち爆発が連鎖的に起こり、一気に木々が薙ぎ倒される。
 とんでもない威力だな……。リンゼが僕の方に駆けてきて、頭を下げる。

「冬夜さんのおかげで完成させることができました。ありがとうございます」
「いや、リンゼの努力が実を結んだんだよ。僕は少し手伝っただけで」

 あらためて礼を言われると照れる。それに何度も何度も諦めずに挑戦し続けたリンゼの方がすごいと思う。できることからひとつずつ、着実に成長していく努力家。それがこの子の本質なんだな。
 リンゼの新たな一面を知ることができてよかった。そんなことを思いながら「銀月」へのゲートを開いた。





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