「将軍からの報告だと、実行犯は給仕係と毒見役の二名。バルサ伯爵の屋敷からはグラスに塗られていた毒と同じ毒が見つかったそうだ。加えて本人がスゥを誘拐しようしたことも自供した。これで一件落着だな」
公爵が王宮の一室で椅子に腰掛け、嬉しそうに語り出した。
部屋には公爵の他に、国王陛下、ユミナ姫、ユエル王妃、シャルロッテさんが椅子に座り、テーブルを囲んでお茶を楽しんでいた。
「伯爵はどうなるんですか?」
「国王暗殺など、反逆罪以外の何物でもないからな。本人は処刑、家は財産没収の上お取り潰し、領地は闕所となるな」
まあ、普通そうだろうなあ。なんとも罪悪感を……感じないのはなんでだろうな。自業自得だしな。同情の余地はないか。
「伯爵の家族とかは?」
「連座して全員処刑……というのもな。親族は貴族の身分を剥奪されて、国外追放だな。と、いっても奴には妻子はいないが。親族もすべて獣人差別者だったのでちょうどいい。これで兄上の邪魔をする奴らがだいぶ減るだろう」
嬉しそうに公爵が話す。なるほど。この事件を見せしめに、他の獣人差別の貴族たちを牽制しよう、と。
「それにしても、そなたには大変世話になったな。余の命を救ってくれた恩人に報いたいのだが、なにか希望はあるかね?」
王様が僕にそう切り出してきたが、正直なところ今現在困っていることはない。
「いえ、どうかお気になさらず。僕はたまたま公爵のところに訪れただけです。それが国王陛下にとって運が良かった。その程度に考えて下さい」
本当に大したことしてないしな。「リカバリー」だって元をたどれば神様のおかげだし。こんなんでお礼なんかもらったらバチが当たる。…ん? バチって神様から当てられるのかしら。落雷だけは勘弁だ。
「相変わらず冬夜殿は欲がないな」
公爵が苦笑しながら飲んでいた紅茶をテーブルの受皿に戻す。
「知り合いが困っていたら助けるのが普通でしょう? 別に見返りが欲しくて助けているわけじゃないし。助けたいから助ける。それだけですよ」
本心だ。逆にバルサ伯爵なんかが、助けてくれ〜って来ても助けたかどうか。僕は公爵の人柄を知っているし、その人が困っているから力を貸したに過ぎない。
「なんとも不思議な方ですね、あなたは。「リカバリー」と「スリップ」、無属性魔法をふたつも使いこなす人なんて、なかなかいませんからね」
シャルロッテさんが微笑みながら、僕に語りかける。宮廷魔術師に魔法を褒められるのは、なんともこそばゆい。
「いや、冬夜殿は他にも無属性魔法を使えるぞ。今回も「ゲート」を使って王都に来たのだし。毒を検知したのも、確か将棋を作ったのも無属性魔法と言ってたな」
「え?」
公爵の言葉にシャルロッテさんが固まる。あー……正直に言うべきかしら。
「えーっと、はあ、まあ。無属性魔法なら全部使えます。おそらくですけど」
習得に失敗したことないし。あ、アポーツのとき一回失敗したか。でもちゃんと習得できたしな。
「全部…!? それが本当なら……と、とんでもないことですよ! ちょっ、ちょっと待ってて下さい!」
シャルロッテさんが慌てふためいて部屋を出て行く。…なんかまずいこと言ったかな……。
「将棋もそなたが作ったのか。アルに勧められて始めてみたが、あれは面白いな! すっかり夢中になってしまった。しかし、魔法で作ったというのはどういうことだ?」
あ、やっぱり王様もハマったのか。似た者兄弟だなあ。
僕はテーブルにあったグラスを手に取り、「モデリング」を使う。ガラスの器がたちまち形を変え、30秒ほどで10センチほどの高さの、威風堂々とした王様のフィギュアが完成した。
「とまあ、こうやって、ですね」
王様に完成したフィギュアを渡す。本人が目の前にいたから細かいところまでリアルにできた。ガラス製だから落としたら割れてしまうけど。
「こっ、これはすごいな…。似たような魔法を使える者が、皇国にもいたが……なんという細やかな…」
受け取った王様が陽の光にかざし、キラキラと輝くフィギュアに感嘆していた。
続けて他のグラスを使い、もう二体造り始める。やっぱり家族揃ってないとな。
しばらくして王妃様と姫様のフィギュアが完成した。それぞれご本人に渡す。二人とも喜びながらそれを受け取り、互いのフィギュアを見せ合ってから、テーブルに三体並べた。うん、やっぱり三人揃ってると絵になるな。
「いや、素晴らしいものをもらってしまったな」
「元はここのグラスですから。逆にグラスを使えなくしてしまってすいません」
ぺこりと王様に頭を下げる。顔を上げると物欲しそうな公爵の顔が見えた。わかりやすい人だなあ。
「…公爵のご家族のも今度お造りしますよ」
「本当かね!? いや、悪いね!」
どうせ造るならスゥとエレン様、本人がいた方がうまく造れるしね。
公爵の現金さに苦笑いしているところへ、バンッ! といろいろな物を抱えたシャルロッテさんが飛び込んできた。
鬼気迫る顔付きで、彼女は僕に近づき、羊皮紙のようなものに書かれた物を目の前に広げた。
「こっ、これが読めますか!?」
すずいっと迫り来るシャルロッテさん。なんですか、怖いんですけど!
強迫観念に駆られ、羊皮紙に目を通すが、見たこともない言語で書かれていてさっぱり意味がわからない。
「…読めません。なんですか、これ?」
「読めないんですね? それじゃあこっちの無属性魔法は使えますか?」
今度は一緒に持ってきた、分厚い本のあるページを示してきた。これは読める。えーっと、無属性魔法「リーディング」? いくつかの言語を解読可能にする魔法か。ただし、言語を指定する必要がある。なるほど。これを使えれば読めるわけか。
「多分使えると思いますけど…。この言語が何かわかります?」
「古代精霊言語です。ほとんど読み解ける人はいません」
んー、ま、試してみるか。
「リーディング/古代精霊言語」
魔法を発動させる。羊皮紙を手に取り、目を通す。……う……ぬ……。
「これは……」
「よっ、読めるんですか!?」
キラキラとした瞳で僕を見つめるシャルロッテさん。それに対してどんよりとした瞳で見つめ返す僕。
「すいません…読めるんですけど、意味がわかりません……」
「読めるけど…わからない? ど、どういうことですっ?」
「え…と、『魔素における意味のある術式を持たないデゴメントは、魔力をぶつけたソーマ式においてのエドスの変化を……』といろいろ書いてあるんですが、なんのことやらさっぱり……」
わからん。「読める」ことと「理解できる」ことは別物だ。僕の頭には難解過ぎる。
「読めるんですね! すごいです、冬夜さん! これで研究が飛躍的に……! すいません、こっちのも読んでもらえますか!?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!」
ものすごい勢いで迫って来るシャルロッテさんを、引き気味で遮る。鼻息荒いですよ! こわあ!
「シャルロッテ。少し落ち着かんか」
「はっ! す、す、すいません! つい夢中になってしまって…!」
王様の言葉で我に返った宮廷魔術師は、かーっと赤く顔を染めて俯いた。
「まあ、お前が古代精霊魔法をずっと研究していたのは知っておるから、その気持ちはわからんでもないがな」
「そうなんです! 今までは単語をひとつひとつ見つけて解読に当てるとか、長い年月をかけても間違った解釈だったりした状態だったのに、一瞬ですよ! 冬夜さん! ぜひ解読にご協力してください!」
え? こんなのを読み続けるの…? 延々と?
「ちなみに、それはどれくらい…?」
「そうですね、数え切れないほどありますが……まず、古代文明パルテノが残した、」
「はい、そこまで!」
数え切れない、の時点で勘弁だ。たまにならいいが、それを仕事にする気はない! 僕は翻訳家になりたいわけじゃないし。
僕の拒絶にこの世の終わりのような顔をするシャルロッテさん。そんな顔をされてもなあ……。
あ、そうだ。
「すいません、陛下。グラスをもう一ついただいても?」
「かまわんが? また何か造るのかね?」
えーっとガラスの部分はこれでいいとして、金属の部分は…銀貨でいいか。
取り出した銀貨とガラスに「モデリング」を発動させて形を整えていく。銀貨でフレームを造り、ガラスをそれに嵌め込んで完成。
単純な造りではあるが、眼鏡である。レンズ部分はただのガラスなので伊達眼鏡だが。
ガラスのフィギュアを造るのを見ていなかったシャルロッテさんだけが驚いていたが、これで終わりじゃない。
今度はこれに「エンチャント」で魔法の効果を付与させる。
「エンチャント:リーディング/古代精霊言語」
眼鏡がぼんやりと光を放ち、やがて消えた。そしてそれを手にして、僕は自分でかけて見せる。すぐに外し、シャルロッテさんに手渡した。
「同じようにかけてみて下さい」
「え? はあ……」
言われるがままに伊達眼鏡をかけるシャルロッテさん。おおう、思ってた以上に似合うな。眼鏡美人の誕生だ。
羊皮紙をシャルロッテさんに渡す。
「ではそのままこれを読んで下さい」
「え? ……『魔素における意味のある術式を持たないデゴメントは、魔力を…』……よ、読めます! 私にも読めますよう!」
よし、成功だ。翻訳メガネ、ここに誕生せり。
持ってきた他の羊皮紙にも目を通し、嬉しさのあまり、はしゃぎまわるその姿は、とても大人の女性とは思えない可愛らしい姿だった。
「効果はいちおう半永久的に続くと思いますけど、もし効果が切れたら教えて下さい」
「はい! あっ、あの、これっていただけるんですか!?」
「どうぞ。差し上げます」
「ありがとうございます!」
やれやれ、これで翻訳家にジョブチェンジしないですんだな。
シャルロッテさんは喜びまくって、研究を始めたいので! と言い放ち、風のように去っていった。
「すまんな。あの子は夢中になると他のことが見えなくなるところがあって…。魔法に関しては我が国一の天才なのだが……」
「あら、そこがあの子のいいところですわよ?」
「…ま、喜んでもらえてなによりです」
王様の困ったもんだ、という顔に、横でクスクスと笑う王妃様。それを見ながら椅子に腰を下ろし、冷めてしまった紅茶を飲む。冷めても美味いのは一級品だからだろうか。
じ──っ……。
じ────っ……。
じ───────っ……。
じ──────────っ……。
……うん、さっきからずーっと見られてるの。
誰にって、お姫様ですよ。碧と翠のオッドアイが僕を捉えて離さないのです。ターゲットロックオン、な感じです。何か気に障ることしたかな……? 心なしか彼女の顔が赤いような……。
ふっ、と視線による攻撃が止まる。ちら、とお姫様の方を見ると、席を立ち、視線は国王陛下と王妃様の方に向いていた。
「どうしたユミナ?」
「お父様、お母様。私、決めました」
なにを決めたんだろう? と、横目でうかがいながら、再度冷めた紅茶を口にする。
やがて顔を真っ赤にさせながら、彼女はその言葉を口にした。
「こっ、こちらの望月冬夜様とっ……けっ、結婚させていただきたく思いますっ!」
ぶ────────ッッ!!!
お姫様の爆弾発言に、冷めた紅茶が宙を舞った。