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第3章 水晶の怪物。
#22 首無し騎士、そして廃墟。


「八重、そっちに行ったぞ!」
「承知!」

 崩れかかった城壁を盾にして、そいつは僕の視界から消える。
 壁越しに響く金属音。僕が城壁を回り込むと、そいつは八重と切り結んでいた。
 漆黒の騎士鎧に禍々しい大剣。巨大な体躯はその力強さを滲み出している。それを支える両足は大地を捉えて離さず、大剣を振るう両腕には慈悲の欠片も見当たらなかった。
 いや、慈悲などという感情は、すでにないのかもしれない。その暗黒の騎士には首がないのだから。
 デュラハン。断頭台で無念の死を遂げた騎士が、自らに合う首を探して彷徨い、人の首を狩り続けるという魔物。元いた世界と伝承が違うが、それが今回の討伐相手。
 八重と挟み撃ちの形でデュラハンと対峙する。八重に目で合図を送り、僕が立てた人差し指と中指に光の魔力が集まるのを確認すると、彼女は素早くその場から離れた。

「光よ穿て、輝く聖槍、シャイニングジャベリン」

 デュラハンに向けられた指先から、眩い光を放つ槍が真っ直ぐに飛んでいく。その槍は確実に左肩を貫き、黒い腕が千切れ飛んだ。
 しかし、その傷口から人間のように血液が飛び散るようなことはない。血の代わりに黒い瘴気を傷口から漂わせながら、残った右腕に構えた大剣をこっちに振り下ろしてきた。
 そのタイミングで横から飛び込んだ影が、首無し騎士の脇腹を拳で抉る。そのまま影は態勢を崩した相手に、鋭い回し蹴りを炸裂させた。

「エルゼ! 一角狼の方は⁉」
「なんとか片付けた! ったく20匹近くいたわよ、もう!」

 遠くからリンゼも駆けてくる。よし、ここからが本番だ。
 思いがけないエルゼの攻撃に、一瞬よろめいたデュラハンだったが、すぐさまその大剣を襲った相手の首めがけ横に凪ぐ。エルゼはそれをしゃがんで躱し、そのまま前転を繰り返して僕の方へ転がってきた。

「炎よ来たれ、煉獄の火球、ファイアボール」

 リンゼの放った火の玉がデュラハンの背中に命中する。その隙を突いて、八重の剣閃が煌めくが、振りかざした大剣に阻まれてしまう。

「しぶといな! 持久戦になったらまずそうだ」

 向こうと違って、こちらはあの大剣を一度でもまともに喰らったら、おそらく即死、良くて腕一本無くすってところだろう。
 デュラハンはすでに生命を無くした、死せる者、いわゆるアンデットだ。アンデットは総じて光属性の魔法に極端に弱い。光属性はリンゼも使えるが、彼女はそれほど得意ではなかった。僕がやるしかない。…あれでいくか。

「リンゼ! 氷の魔法であいつの足を止めてくれ。数秒でいい」
「え? わ、わかりました!」

 それを聞いて、八重とエルゼが動き出す。デュラハンの気を引き、僕とリンゼから注意を逸らさるせためだ。わかってるう、僕らのチームワークはなかなかだ。

「氷よ絡め、氷結の呪縛、アイスバインド」

 リンゼの魔法が発動し、デュラハンの足元が瞬く間に凍りついていく。その呪縛から逃れようと、首無し騎士が両足に力を込めると氷にヒビが入り、少しずつ剥がれ始めた。そうはいくか。

「マルチプル!」

 僕の無属性魔法が発動する。僕の周りに四つの魔法陣が宙に浮かび上がった。次いで光属性の魔法を唱える。

「光よ穿て、輝く聖槍、シャイニングジャベリン」

 直後、四つの魔法陣から光の槍が四本、勢いよく飛び出した。槍は一直線に全てデュラハンへと向かっていく。連続詠唱を省略し、同時発動を可能にする無属性魔法。それが「マルチプル」だ。
 襲い来る光の槍に、首無し騎士はなんとか逃れようとしたが、リンゼの氷がそれを許さない。
 全身に全ての光を受けて、デュラハンは右腕を失い、脇腹を失い、左足を失い、そして、胸を失ってゆっくりと倒れた。
 ボロボロになった鎧の中から真っ黒い瘴気が溢れ出し、風に散っていく。
 首無し騎士が動き出すことは、もうなかった。



「片付いたわね」
「疲れたでござるー」

 エルゼが安堵のつぶやきを洩らし、八重が地べたにペタンと座る。無理もない。ほとんどの攻撃を躱し続け、ずっとデュラハンの相手をしていたのは彼女なのだから。

「一角狼の大群が一緒にいたってのは誤算でしたね。危なかったです…」

 リンゼもホッと胸を撫で下ろしているようだ。
 僕らはここ数ヶ月でギルドランクが緑になっていた。黒>紫>緑>青>赤>銀>金と変わる、ギルドランクの下から三番目。コレになると一人前の冒険者として認めてもらえる。
 さっそく緑の依頼を受けようとしたが、たまには違う町のギルドで依頼を受けてみないか、とエルゼが提案してきた。
 それで王都のギルド本部にあった緑の依頼書から、この廃墟に巣くう魔物の討伐を選んだのだ。
 もともとこの廃墟は1000年以上前の王都だったそうだ。当時の王はこの土地を捨て、新たな王都を作ることを選んだらしい。遷都ってやつなんだろう。
 当時はどうだったかわからないが、今では蔦が蔓延る穴だらけの城壁と、町の形をかろうじて残す石畳と建物、それと完全に崩壊した王城、らしき瓦礫。今はまさに廃墟だ。
 その廃墟にはいつしか魔物や魔獣が住み着くようになり、僕たちのような依頼を受けた者が討伐、しかししばらくするとまた魔物たちが住み着く、そしてまた討伐、というサイクルがどうやら出来上がっているらしい。
 確かに次々と魔物が住み着くと、やがてそいつらが群れを形成してしまう恐れもある。定期的に討伐した方がいいのだろう。

「しかし、昔の王都って言ってもなんにもないな……」

 辺りを見渡しても崩れた壁、壁、壁。見晴らしのいい丘の上のここには、かつて王城が建っていたそうだ。公爵やスゥのご先祖様もここで暮らしていたのかなあ。
 しかし遷都したあと、この都がここまで廃れた理由がわからない。三国志の董卓みたいに、城や民家に火をつけての無理矢理遷都だったのか?

「王の隠し財宝とかあったら面白いんでしょうけどね」
「いや、それはないでござろう。国を滅ぼされたならともかく、ただ遷都しただけなのでござるから、宝など全て持っていってござるよ」
「わかってるわよう、言ってみただけ」

 八重の反論にエルゼが口を尖らせる。財宝か。
 僕の世界でも徳川埋蔵金とか武田埋蔵金とかあったけど、こういうのってやっぱりこっちにもあるんだな。僕も嫌いな方じゃない。宝探しは男のロマンだしね。
 ふと、思いついた。あの魔法が使えるかもしれない。

「サーチ:財宝」

 検索魔法を使ってみる。僕が財宝と認識できる物が近くにあればこれでわかるはずだ。……うん、無いな。ま、当たり前か。

「サーチ使ったの!? ど、どうだった?」
「少なくともこの近くに財宝はないね」

 興奮気味に尋ねてくるエルゼに苦笑しながら検索結果を答える。

「そっかあ…残念」
「でっ、でも、冬夜さんが財宝と認識できないだけで、貴重なものならあるかもしれませんよ?」

 あら、妹さんの方も宝探しにロマンを感じる派だったみたいだ。さすが双子。
 確かにリンゼの言う通り、例えば、すごい価値のある画家の絵があったとする。でも、それを見て僕が「落書きにしか見えない」と思ったら、それは「価値のあるもの」で検索しても引っかからない。あくまで術者の感覚、大雑把なところがこの魔法の長所であり、短所だ。絵の価値を知ったあとなら反応するかもしれないが。
 確かに一理ある。「財宝」では、宝石とか黄金で出来た冠、宝剣、大判小判がざっくざく、そんなイメージだったからな。うーん、となると……。

「サーチ:歴史的遺物」

 「歴史的に価値があるもの」なら引っかかるんじゃないかな。あ、でもこれも僕にその知識が無ければ無駄か……。あれ?

「……引っかかった」
「「「え!?」」」

 あったよ、歴史的に価値があるもの。この廃墟自体も反応してるが、それ以上のものが近くにある。感覚を研ぎ澄ます。うん、確かに感じる。

「どっ、どっちでござるか!?」
「…こっちだな。こっちの方から感じる。大きいな、なんだこれ?」
「「「大きい?」」」

 廃墟の中を感じるままに進む。僕のあとにみんな続き、やがて崩れ落ちた瓦礫の跡地の手前まで来た。おや?

「下から? この瓦礫の下か?」

 何トンもありそうな建物の瓦礫をどうしたらいいのか。僕が途方に暮れていると、リンゼが前に進み出た。

「炎よ爆ぜよ、紅蓮の爆発、エクスプロージョン」

 ものすごい爆発音と共に、瓦礫が粉々に吹っ飛ぶ。ちょ、やり過ぎじゃないですか、リンゼさん!

「…片付きました」

 呆れる僕をよそに、リンゼはさっさと瓦礫があった場所を調べ始める。なんでしょう、この熱意は。
 僕も瓦礫のあった場所に立つと、さらに強く感じる。この下…か?
 足下の石畳には何も……ん? なんだこれは?
 石畳の一部が欠けて、下に何か見える。みんなを呼び、次々に石をどかしていくと、それは畳二畳くらいの鉄で出来た両扉だった。こんなところに……。
 力を合わせてその鉄扉を開ける。なぜか錆び付いていることもなく、すんなりと開けることが出来た。ひょっとして鉄じゃないのかもしれない。
 そしてその下には、地下へと続く石の階段が、不気味に僕らを迎えたのである……。





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