第2章 旅の仲間。
#13 召喚魔法、そして回復魔法。
それからいくつかの町を通り過ぎて、出発してから三日がたった。
マップで見ると半分の距離は越えたようだ。行き交う人々も増えてきたように感じる。
僕はと言えば、またしばらく本と睨み合いを続けて、新たにふたつの魔法を習得した。極めて短い時間だけ摩擦係数を0にする魔法と、広範囲における感覚拡張魔法だ。
この魔法のいいところは、意識を集中すれば一キロ先の出来事も手に取るようにわかるというところだ。
危険なところに飛び込む前に、見たり聴いたりと、調査できるなら便利だと習得したのだが、女性陣からは、絶対覗きには使うなと釘を刺された。あのな……。
今はその魔法「ロングセンス」で実験的に一キロ先の状況を確認しているのだが……。おや?
これは……血の臭いか? 視覚を血の臭いがした側へ向ける。飛び込んで来たのは煌びやかで高級そうな馬車、鎧を纏った兵士らしき男たち、そしてそれを取り囲む革鎧を着込んだ多くのリザードマン。一人だけ黒いローブを着た男の姿が見える。
兵士の大半が地面に倒れ、残った者は曲刀や槍を持ったリザードマンたちと切り結び、馬車を護っている。
「八重! 前方で人が魔物に襲われている! 全速力!」
「ッ…! 承知!」
御者台の八重が馬に鞭を入れ、速度を上げる。その間も視覚は繋いだままにしておき、状況を把握しておく。リザードマンに次々と兵士が倒されていく。馬車の中には怪我をした老人と子供がいるみたいだ。まずいな、間に合うか…!?
……見えた!
「炎よ来たれ、渦巻く螺旋、ファイアストーム」
荷台のリンゼが炎の呪文を唱えた。数十メートル先にいるリザードマンたちの中心から、炎の竜巻が燃え上がる。
それをきっかけにして、まずエルゼが馬車から飛び出し、次いで僕、八重と、リザードマンたちの前を駆け抜ける馬車から飛び降りた。馬の手綱はリンゼに任せる。
「キシャアアアアッ ‼」
駆け抜けた馬車から飛び降りたこちらへ向かって、一匹のリザードマンが駆けて来る。それに対して僕は覚えたての魔法を使うため、魔力を集中し、発動させた。
「スリップ」
リザードマンの足下の摩擦係数が0になり、コントでも見ない勢いで足を高くあげながら、盛大にすっ転ぶ。
「グギャッ!」
転んだリザードマンAにとどめを刺しながら、飛びかかってきたリザードマンBを横薙ぎに払う。
その横ではエルゼがリザードマンCの曲刀をガントレットで受け止め、その隙をついて、八重の刃が相手の横腹を切り裂いていた。ナイスコンビネーション。
と、よそ見をしていたら、目の前を氷の槍が飛んで行き、僕の死角から迫っていたリザードマンDの胸を貫いた。リンゼが馬車を停めて参戦してきたらしい。
その勢いのまま、僕たちは次々とリザードマンたちを倒していく。
それにしても敵が多いな…。ずいぶん倒したと思ったんだが…。リザードマン自体は大して強いわけではないが、こうも数が多いと……。
「闇よ来たれ、我が求むは蜥蜴の戦士、リザードマン」
リザードマンの奥にいた黒いローブの男がそうつぶやくと、そいつの足下の影から数匹のリザードマンが這い出して来た。なんだありゃ?
「冬夜さん、召喚魔法です! あのローブの男がリザードマンを呼び出してます!」
リンゼが叫ぶ。召喚…闇属性の魔法か。道理でなかなか数が減らないわけだ。魔力に限界がある限り、無限に呼び出せるわけではないだろうが、やっかいだ。よし。
「スリップ!」
「ぐはっ!?」
すてーん! とローブの男が勢い良く転ぶ。すぐさま立ち上がろうとするが、ずべしゃっ! と、また転ぶ。
「ぐうッ…!」
「ご覚悟」
神速の速さで飛び込んだ八重が、男の首を飛ばす。うわ…ちょいグロい…。男の首はそのまま地面に落ち、転がっていった。なんまいだぶ。
やがて召喚の主が死んだからか、残りのリザードマンは全部消えていった。たぶん元いた場所に戻るのだろう。
「これで終わりか…。みんな大丈夫か?」
「平気、何ともない」
「わっ、私も大丈夫です」
「拙者も同じく」
僕らは無事だったが、襲われた方は被害甚大だった。兵士のうちの一人が足を引きずりながら僕に声をかけてくる。
「すまん、助かった…」
「いえ、被害は?」
「護衛の十人中、七人がやられた…くそっ、もう少し早く気付いていれば…!」
悔しそうに兵士が握った拳を震わせる。僕らがもう少し早く来ていれば、という気持ちがよぎったが…それは今更だろう。
「誰か! 誰かおらぬか! 爺が……爺が!」
不意に響いた女の子の叫びに、僕らは一斉に振り返る。馬車の扉を開けて、10歳くらいの長い金髪の女の子が、泣きながら叫んでいた。
馬車に駆け寄ると白い服をまとった女の子の他に、黒い礼服を着た白髪の老人が横たわっていた。胸からは血を流し、苦しそうに喘いでいる。
「誰か爺を助けてやってくれ! 胸に…胸に矢が刺さって…!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、懇願する女の子。彼女にとって、よほどこの老人は大切な人なのだろう。兵士たちが老人を馬車から下ろし、草むらに横たえる。
「リンゼ! 回復魔法を!」
「……ダ、ダメです。刺さった矢が倒れた時に折れて、身体に入り込んでしまっています。この状態で回復魔法をかけても異物が体内に残ってしまいます…。それにここまでの怪我は…私の魔法では…」
申し訳なさそうにリンゼが小さくつぶやく。それを聞いた女の子の顔が次第に絶望に染まってゆく。涙が次から次へと溢れ、震える手で老人の手を握り締めた。
「…お嬢様……」
「爺…っ…爺っ…!」
「お別れで…ございます…。お嬢様と過ごした日々…何よりも大切な…私めの…ごふっ…!」
「爺! もういいからっ…!」
くっ…どうすることも出来ないのか? 大回復魔法なら試したことはないが、本で読んだ。呪文もわかる。おそらく出来ないことはない…と思う。一か八か試してみるか?
しかし、身体の中に矢が残ったまま魔法をかけると、どんな影響が出るかわからない。心臓に刺さってしまうおそれも…。
……刺さった矢さえ取り出せ…れば…。そうか!
「ちょっとどいてくれ!」
兵士たちをどかせて、老人の側に膝をつく。馬車に突き刺さっていた別の矢を引き抜き、鏃の形を記憶した。イメージを強く集中する。
「アポーツ」
次の瞬間、僕の手の中には血まみれの折れた鏃が握られていた。
「そうか! 身体の中から鏃を引き寄せたのね!」
エルゼが僕の手を見て叫ぶ。でも、まだだ、これで終わりじゃない。
「光よ来たれ、安らかなる癒し、キュアヒール」
僕がそうつぶやくと、老人の胸の傷がゆっくりと塞がっていった。まるでビデオの巻き戻しのように。そして完全に胸の傷は消えた。
「……おや? 痛みが、引いて……? これはどうしたことか……治って…。治ってますな、痛くない」
「爺っ‼」
不思議そうに起き上がった老人に、がばっと抱きつく女の子。そのままわんわんと泣きじゃくり、困った顔をする老人にいつまでもしがみついていた。それを見ながら僕は安堵の溜息と共に地面に座り込む。
「ふぃー……」
うまくいって本当によかった。
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