メモリーズオフは現在5まで発売されていて、6が現在製作中のしぶとい作品だが、新作を出すたびに必ずOVAを作っている。しかしそのどれもが、いつの間にか発売していつのまにか消えている、
まるで流れ星のような儚い存在だ。話題性がセミの寿命並に短いため、よほど注意深く情報を集めていないと発売したことにすら気づかないだろう。中にはこの記事を読んで「へえ、そんなのが出てたんだ。観てみようかな」と初めてその存在を知り、興味を抱いてしまった方もいるかもしれないが、
別に無理して観る必要はないと全ての作品を余すことなく観た経験者として忠告しておこう。「髪型と声から推測するに、
たぶんこれほたるだよな?」レベルの作画と、原作の内容を強引にOVAサイズに収めました的なストーリーを許容できる、心がメモオフのメインヒロイン並に広い方なら観てみてもいいかもしれない。
そしてそんなOVAの中でも、とりわけ「え、いつ出たの!?」と常にメモオフアンテナを立てている私でさえも発売してから数ヵ月後にその存在に気づいた、ファントムな作品が「メモリーズオフ3.5」である。この3.5は
失われたメモオフ遺産の一つにも数えられる、闇に葬られしオーパーツだ。といっても、基本的にメモオフのOVAはその全てが黒歴史として闇に葬り去られても仕方がないくらい知名度が低いので、珍品的な扱いをされているのは別に3.5だけに限ったことではない。でもせめて公式HPくらいには存在していたことの形跡というか爪跡を残してあげてもいいのでは?と思ってしまうのはファンとしての人情なのか。
で、その問題のメモオフ3.5だが、まずタイトルからして
3なのか4なのかはっきりして欲しい中途半端な数字だ。はっきりしないのはメモオフ主人公の態度だけで十分だよ、と言いたくなる。何故こんなややこしい数字が当てられているのかというと、3である「想い出に変わる君」と4である「それから」の物語を紡ぐ、架け橋的な内容になっているからだ。具体的にいうと、全4巻で、前半の2巻が想君をOVA用に再構築した内容でサブタイトルが「想い出の彼方へ」、後半の2巻がそれからの原作より以前、いのりと一蹴が付き合う前のエピソードを描いた内容でサブタイトルが「祈りの届く刻…」である。
ただ「想い出の彼方へ」と「祈りの届く刻…」は時間軸的には繋がっていても物語的に繋がってるわけではないので、想君は好きじゃないけどそれからは好き!って方は、後半の「祈りの届く刻…」だけを観ても全然問題ないし、その逆もまた然りである。別作品と考えていい。
では具体的にこの二つの作品について解説することにしよう。最初は簡単なレビューを書いて終わるつもりだったのだが、書いていたらメモオフに対する愛情とOVAに対する苦い思いが止めども無くあふれ出してきて文量がどんどん増加、「なんでゴールデンウィーク中に5年前のOVA作品のレビューなんて書いてるだろう…」と空しさに襲われることしきりだったが、なんとかまとめげることができた。やたら長いので、お気に入りの飲み物でも用意して、春うららかな日の午後の読書的な気分で読んで欲しい。
『想い出の彼方へ』 ―再構築してカロリーゼロになった、想い出にかわる君―
近年「あれはあれで」と再評価され始めてきている、メモオフシリーズ随一の異色作・想君を30分×2本サイズに再構築したOVA作品である。これを聞いて「アレクサンダー大王の遠征並に遠大な想君の物語を1時間に収められるわけがない」と思われた方はたくさんいると思う。たしかに想君はやたら長い作品だった。当時はキッド帝国の全盛期であり、そのありあまる創作パワーによって、どの作品も質はともかくボリュームだけは満点だったのだ。
しかし、いくらシナリオが長くても内容の密度が濃くなければ意味がない。冗長なだけの作品に成り下がってしまう。想君はどうだったかというと、まず序盤は主人公の日常風景がだらだらと描かれている。ギャルゲーの序盤ってのは大概が主人公達の他愛もない会話で占められるものだから作りとしては普通なのだが、想君はこの他愛もない会話パートが無駄に長すぎるから困りものだ。旧作キャラまでゲスト参加させたのが長くなった主な原因だろう。そのうえ会話自体にもいつもの冴えは見られず、
どちらかといえば滑りがちである。
後半は後半で、いつまでも煮えきらぬ主人公がカナタと音緒の狭間を行ったりきたりの三角関係をネチネチと描くなど、全体を通してとにかくテンポ感が悪かった。なんていうか中だるみが非常に激しいのだ。そのせいで体感時間は余計に長く感じたかもしれない。そのだらだら感、ネチネチ感こそが想君の魅力であると思えなくもないが、そう思えるのは”脳ゆずかれ度”が末期状態にまで到達して悟りを開き、信と一緒に天竺に旅立ったメモオフ賢者達だけである。なのでそのいっただらだらした部分、ネチネチした部分をすっぱり切り捨ててしまえば、あるいは1時間でうまく納まるかもしれない。
そして実際、うまく収まっていた。
時間の都合上、仕方のないことだがこのOVA版は本編(音緒ルート)を構成する上で不必要な贅肉的部分はすべて省略されている。例えば想君を語る上では決して欠かすことのできない、音緒のダークネスな部分が垣間見える貴重な”
深歩のホームページに花の王子様光臨イベント”なども残念ながら描かれていない。
でもまあこれは描かれなくて正解だろう。
メモオフの”尽くしてあげちゃう系ヒロイン”は窮地に追い込まれると属性が反転衝動するので、扱いには注意が必要だ。音緒をさらに発展させた、尽くしてあげちゃう系の究極形態・いのりでさえ激しい怒りによって伝説の狂戦士と化し、「何をするか分からない!」と般若のごとき形相でメンチを切って、トビーを震え上がらせた。後に一蹴は語る。「あの時のいのりは本当に何かしそうで怖かった」と。
他にも省略されている部分はたくさんあるが、特に大胆にカットされていたのが音緒との馴れ初め。原作ではすったもんだの末に音緒と付き合うことになるのだが、このOVA版では
最初からすでに付き合っているのだ。これでは他のヒロインの立つ瀬がない。開始地点でフラグが消滅しているのだから。響なんか登場と同時に失恋し、「超ショックゥー!」と泣きながら去っていった。
それ以降、一度も出番なし。あの”
やったったダンス”を披露する暇さえない、線香花火のごとく儚い一瞬の出番だった。これだけでは響が頭の可愛そうな子にしか見えないではないか。
いや響は出番があるだけ、まだマシな方かもしれない。あとのヒロインは深歩と環がちょい役として登場するだけで、沙子と那由多は影も形も見当たらなかった。
実在するかどうかすらも分からないUMAみたいな扱いだ。確かにこの二人は本筋のシナリオには絡んでこないので登場させても邪魔になるだけだが、せめて通行人として一瞬でも姿を映してあげてもよかったのでは?と同情を禁じえない。これでは「想い出に変わる君」どころか
「未確認生物に変わる君」ではないか。想い出に変わることすら出来なかった二人の魂がどうか成仏できますように。なーむ。
二人の供養が済んだところで、ストーリー内容の説明に移ろう。物語は裸の音緒が「ねえショーゴ君、しよ」と誘惑をかけてくるところから始まる。これにはビックリ。まさかゴング開始と同時にいきなり濡れ場が展開されるとは。油断してリビングで家族と共に観てしまった者は「ぶー!」と御茶を吹いたことだろう。このOVAは別に年齢規制はされていないが、お子様にはちょっと刺激が強すぎるかもしれない。
原作は原作で、とてもお子様にお勧めできる内容ではないが。
おそらく初っ端にサービスシーンを見せることによって、一気に視聴者の心を掴み取ろうという作戦なのだろう。名曲はイントロで決まるというが、名OVAもプロローグの印象で勝負が決まるのだ。この作戦は「ストーリーで勝負できないのでお色気で勝負します」と自ら敗北宣言しているようなものだが、人間の三大欲の一つに直接訴えかけるため効果的といえば効果的である。だけど悲しいかな、作画がかなり終末感あふれる出来なのでエロスを感じることは皆無。
というより作画が撃墜寸前の超低空クオリティなのは
いつも通りなので、作品への愛とゆずけた脳でなんとか乗り切れるが、色彩の悪さには目を瞑りたくとも目を瞑りきれない惨さがある。観ているだけでエネルギードレインされそうなほどの毒々しさだ。
こちらの画像をご覧ください。「確かに惨い」と納得して頂けただろうか。しかし驚くなかれ、これはパッケージ絵なので全然マシな部類に当たるのだ。本編はもっと世紀末。カナタの髪の色なんか汚い緑色というかコケ色というか淀んだドブ川の色のようで、頭周辺から禍々しい魔界の瘴気みたいなオーラを発していた。緑は目に優しいというが、
この緑はまったく逆で目に超厳しい。初代ヒロインの唯笑もゲスト参加していたが、同じく髪の色が淀んだ緑で、見る者の魂を冥界に誘う攻撃力があった。マグロに至っては髪だけでなく服までもが緑という有様で、その姿は完全にモザイク推奨レベルだ。緑以外だと赤もかなり厳しいものがある。なんていうか観ていて目がチカチカする。
あと先ほどは勢いで「作画の悪さは愛で乗り切れる」と言ってしまったが、
やっぱ前言撤回だ。唯笑と同じくゲスト参加している白河姉妹の顔面崩壊っぷりが酷すぎる。最大時は子供の似顔絵レベルにまで下がる始末で、このほたるを眺めていると「そりゃあイナケンだって振りたくもなるさ」とすら思ってしまうほどだ。計らずもイナケンなんかとシンクロしてしまってダブルショックである。
しかし
要は慣れである。最初は「うわあ」と思っていた作画でも、見慣れてくればさほど気にならなくなるはずだ。私はメモオフの初代OVAからずっと見続けている奇特者なので、作画に対する免疫力はだいぶついてきた。人間の適応能力を侮ってはいけない。カキコオロギだって毎日おやつとして出されたら、
そのうち平気でむしゃむしゃと食べれるようになるはずである。どうしても慣れることが出来ない人は、もうしょうがないので心眼で視るべし。
さてそんなラブラブのショーゴと音緒だったが、その安寧の日々はショーゴの元カノであるカナタの出現によって終わりを迎えることになる。いきなりショーゴのバイト先に現れ、店長とデートに出かけるカナタ。それを見て激しく動揺するショーゴ。そんなショーゴに不安を抱く音緒。空気を読まず「あのカナタさんに会えるなんてすごいっすー」とハシャぎまくりのマグロ。それぞれが十人十色な葛藤を抱きながら、物語はマグロ一人を置き去りにして怒涛の展開を見せる。
さあこれで役者は揃った。この後の展開は基本的に原作と一緒である。バイク事故が起こり、店長を失ったカナタは性懲りもなくショーゴとよりを戻すべく肉体的な誘惑をかけてきて、伝家の三角関係が成立。ここからが真の物語の幕開けなので、OVAスタッフは腕の見せ所だ。バイク事故までで前半30分を使い切ってるので、残り時間はあと30分足らず。たったこれっぽっちの時間で、あのネチネチした三角関係を描くことは可能なのだろうか、中途半端なまま終わったりしないだろいうか、と視聴者の脳裏にそんな不安がよぎる。
結果から先に言うと、その不安は杞憂で終わった。スタッフは30分どころか、
たった20分であの遠大な修羅場を見事にまとめあげたのである。余った残り時間を次の「祈りの届く刻…」のプロローグに使ってしまうほどの余裕っぷりだ。カナタがショーゴを振った理由など説明されない部分もたくさんあったが、その辺は本編をやっても「分かったような分からないような…」と微妙な気分なので特に問題なし。
何故ここまで短くまとめられたのか。超短縮の秘訣は音緒ルートの主成分であるネチネチ感を排除したことにある。原作のショーゴはいつまでも煮えきらず、信と唯笑の背中押しがなければ現状を打破するための行動に移らないコウモリ野郎だったが、OVA版のショーゴはカナタの誘惑に対して「昔とは違うんだよ」ときっぱり拒絶。清々しいほどの即断だ。
こんなのメモオフ主人公じゃない。カナタはカナタで淡白なくらいあっさりと「おしまーい」とか言ってショーゴを諦めて去っていく。過去の邪念を振り切ったショーゴは音緒の元に走り、雪の振る空の下でお互いを愛と確かめ合って大団円を迎える。めでたしめでたし。
とどのつまり、ショーゴさえしっかりしていれば
問題の糸はねじれることなくあっさりと終結するのである。想君の遠大な物語の大半はショーゴの優柔不断さによって成り立っているといっても過言ではないので、ショーゴが優柔不断でなくなると、物語自体が無駄に膨らむことなくすぐに終焉を迎えることが出来てしまうのだ。
主人公のヘタレ行動によって物語がどんどんややこしい方向に発展していくのは、どのメモオフ作品にも言える共通の構造的欠陥なのだが、同時にそれがメモオフならではのヒューマンクライシスを生み出している原料でもあるので、それがないとメモオフという作品自体が成立しなくなってしまう。想君は特にその傾向が強いので、あのだらだら感・ネチネチ感が無くなってしまうと、とたんに物語が薄味になってしまう脆さがある。事実、このOVAがそれを見事に立証してくれた。
深く勘ぐるならば、このOVAは「贅肉だと思っていた部分は実は贅肉ではなく、作品を構成する上で決して欠かせない血液だったんだよ」ということを視聴者に分からせ、想君の再評価を促すために作られたのではないだろいうか。もしそうならば非常に逆アンチテーゼ性に富んだOVAと言える。想君が再評価される日はそう遠くないかもしれない。実際、想君は他のギャルゲーには見られない実験的な要素がたくさんあるので、その辺は評価してあげるべきだろう。「実験的=面白い」ではない点が問題なのである。
『祈りの届く刻…』 ―メモオフOVA史上に燦燦と輝く金字塔―
今までのメモオフOVAは原作のシナリオを強引に30分~1時間に圧縮して収めようとした為、明らかに破綻していた。製作者はその問題点にやっと気づいたのか、この「祈りの届く刻」では原作のシナリオをベースとするのではなく、原作以前の一蹴といのりが付き合いだすことになった馴れ初めを、いのり視点で丁寧に描いている。なので構成に無理がなく、ストーリーも原作ファンならば納得の出来栄えだ。
特にいのり好きならば、観ておいて決して損はないだろう。一蹴に告白するべきかどうか悶々と悩み、鏡の前で髪をいじくりながら「一蹴、長い方が好きって言ってたけどどんな髪形が好きなのかなー?」と試行錯誤を繰り返したり、胸や腰回りに手を当てて「もっとスタイルいい方が好みなのかなー?」とクネクネするいのりはかなり可愛いので必見だ。新作が出るたびに失望と哀しみを背負い込み、それでもなお懲りずにメモオフOVAを見続けて苦節三年。
ついに雨は上がったのである。
作画に関しては今までと比べて大してベルアップしているわけでもないのだが、いのりの髪は黒色なので光化学スモッグ漂う色彩の悪影響からは免れている。というより、全体的に「想い出の彼方へ」よりも色の毒々しさがだいぶ軽減されている為、見ていて目が痛くなったりすることはなかった。痛くならないのが当たり前なのだが、「想い出の彼方へ」発売から三ヶ月しか経ってないのによくぞここまでと、その進歩に軽く感動すら出来るから不思議である。
また前作は未確認生物化されてしまうという哀しき犠牲者を出してしまっていたが、今回はいのり以外のヒロインも出番は少ないながら全員ちゃんと出演している。
雅は部活の先輩を圧倒的実力差で叩きのめし、「これからはあまり大きな顔をなさらぬよう。下手なのですから!」と
身も蓋もない捨て台詞を吐いて先輩にトドメを刺していた。この頃の雅はツン100パーセントなので仕方ないが、これだけだと現代に蘇った武士みたいで可愛さよりも凛々しさばかりが目立っている。実は甘党とか可愛い部分も見せてあげて欲しかった。
りかりんは一蹴のバイト先に客として下界に光臨。ただ残念なことにアニメではあの女神のごとき美貌は再現できないようで、原作の神々しいオーラは発していなかった。というより作画が適当すぎるせいで髪留めの紐がちじれ毛のように見えてしまい、りかりんクリニック患者としてはそこがとても残念だった。
のんちゃんは不思議ワールドを炸裂させることなく、一蹴の恋を見守るナイスサポーター役として登場。縁とさよりんは
完全にコント要員だった。草葉の陰で「こんなだめだめなゆかりはコント役として頭にタライでもぶつけられるのがお似合いなんだよ」といじけてそうで怖い。メリッサよ、どうか無事でいてくれ。
内容について。まず一蹴といのりは付き合いだす前なので、見ているこちらが照れてしまうほど初々しい。いのりは「ふにゅ」と一蹴の鼻を摘むどころか、手さえ繋ぐことが出来ない有様。
濡れ場から始まる前作とは大違いだ。
そしてそんないのりに、ピアノの師匠であり、自称・恋愛エキスパートのほたるが助言するのだが、ほたるはかなり捻じ曲がった恋愛経験者なのであまり参考にしない方がいいだろう。それにほたるの彼氏のイナケンはちょっと目を離すとすぐに再犯に走る天性の浮気野郎なので、他人の恋愛の応援するものいいが、自分の彼氏に対しても常に”
第一級浮気阻止体制”を布いておくべきだ。
留守中は鎖でグルグル巻きにしておくくらいが、イナケンにはちょうどいいかもしれない。
以前ほたるの声優さんが「健ちゃんに対して一言」という質問に対し「酷いよ」と答えていたが、まったくもってその通り。たった三文字ながらこれ以上言うことはないってくらい、
この答えはイナケンの全人格を見事に言い表している。ぶかぶかの一着のセーターをほたると一緒に着るという、かなり羨ましいイチャイチャプレイを散々しておきながら、後になって「
実は好きじゃないかった」とか平気でぬかすヤツなのだイナケンは。いのりの「最初から好きじゃなかったの」と似たセリフだが、
イナケンは本気で言っているので酌量の余地は一切なし。それに……いやイナケンの話はここまでにしておこう。キリがない。
そんなこんなで悶々と悩んだ末に、地元の花火大会に一蹴を誘い、そこで告白しようと決意するいのり。だがいのりは見てしまう。一蹴が他の女の子と仲良く相合傘する現場を。ショックでバサッと自分の傘を落とすいのり。
この辺の演出はまさにメモオフだ。そこで第1巻が終了。実に後引く幕引きである。原作を知らない人ならば「この後どうなってしまうんだろう」と気になって夜も眠れないだろうが、私にはオチがなんとなく読めてしまった。だって一蹴と相合傘してたの、妹の縁だもん。原作プレイヤーなら誰しもが「
いのり、それ妹!」と心中で叫ばずにはいられなかったことだろう。
しかし妹だから安心していいかというと、
まったくそんなことはない。一蹴の妹のゆかにゃんは心の中に「お兄ちゃんとあわよくば…」と凄まじい野心を抱いているので、今はまだ覚醒前だが将来的にはもっとも手強い恋のライバルになる可能性を秘めている。事実、この物語の後の原作では
いのりとメモオフ史上に残る壮絶な三角関係を演じて、プレイヤーを恐怖のどん底に陥れた。妹だから安心していいという三次元の法則は二次元には通用しないのである。
さてそんな気になる幕引きで第一巻は終わったわけだが、第二巻ですぐにその勘違いは解けている。メモオフらしさを前面に押し出すならば、緊迫した空気をズルズルと引き伸ばすべきだが、基本的にこの物語は爽やかな青春劇であり、
ドロドロしすぎな前作とは路線が完全に違うのである。個人的にも鬱展開は原作だけでお腹一杯、OVAくらいは胃を痛めず観させてくれと思うので、こういったハートフルな展開は大歓迎だ。
ほたるの執拗なまでの「ユー告白しちゃいなYO!」プッシュと、ソウチンニャンパワーによって勇気づけられたいのりは、ついに花火大会の日、一蹴に告白。一蹴は返事代わりにいのりを抱きしめる。カップル誕生の瞬間である。そして「来年また一緒に花火を見ようね!」「ああ」と誓いあうのだった。
時は流れ一年後。いのりはもちろん約束を覚えているので、花火大会に一蹴を誘うのだが、一蹴の口からは「
ごめん、その日はバイトが忙しくていけない」とすんずられない一言が。いやいや、前もって言っておけばその日はオフにして貰えただろうと突っ込まずにはいられないが、一蹴は
約束自体を忘れていたっぽいので、休める休めない以前の問題だった。縁よ、だめだめなのはお前ではなく兄の方だ。
健気ないのりは「ううん、バイトの方が大事だもんね」と言って諦めるが、帰宅後「なんであんなこと言っちゃったんだろう」としょんぼり。花火大会の日は、一人で寂しく出かけることに。一蹴もさすがに罪悪感を感じているのか当日はバイトに集中できず、周りもそんな一蹴を見かねて、ついには「いけよ」コールが巻き起こる。前作の最後でネパールに旅立ったはずの信もいつの間にか帰ってきていて、いけよコールの仲間にちゃっかり加わっていた。信というキャラは初代からずっと出続けている皆勤賞キャラだが、想君以降は「とりあえず出しました」感が否めず、容姿もシリーズを重ねるごとに変貌していき、いまではマイケルジャクソン並に原型を留めていない。このまま進化をし続ければ、いずれデスピサロ化するだろう。
腰の重すぎる一蹴だったが、みんなの声援もありついに花火大会に向かうことにする。メモオフ主人公はどいつもこいつも、
手遅れ寸前の土壇場にならないと行動に移らないのだ。というより作中の危機的状況のほとんどは
主人公の不実によって自ら作り出されるものなのだから始末に負えない。
なのでメロスのごとく一生懸命走る一蹴に対し、「そもそもお前が約束を覚えていれさえすれば」なんて思うのは野暮というものだ。メモオフであるかぎりこの悪循環は避けて通ることはできないのである。
辿り着いた一蹴は花火の上がる夜空の下、いのりを熱く抱擁。「これからもずっと一緒にいようね」「ああ」とお互いの愛を確かめ合い、エンディングが流れ出す。細かいことを気にしなければ、なかなか感動的なラストだったと思う。
その後の二人の運命を思うとちょっと切ないものがあるが、この夜の誓いと愛とソウチンニャンパワーとほたる念力で何とか乗り切って欲しい。
正念場で「寝る」なんて選択肢を選んじゃ絶対に駄目だ。
「祈りの届く刻…」全体を通して見ると、頑張っているのは常にいのりで
一蹴はひたすら受身なのがアレだが(いつも通りといえばいつも通りだけど)、一蹴は本編の方で結構頑張るので、まあ許してあげることにしよう。このOVAを見れば、本編のいのりルートによりいっそう感情移入できること間違いなしだろう。