8月のテーマは「比較して見えてくるバラ色老後」です。自分のバラ色老後を見いだすためのヒントを、いろんなデータを比較しながら考えていきます。今回は「世界と日本」との比較です。日本の年金制度、日本人のバラ色老後への備え方は、世界的にみるとどのようなものなのでしょうか。
■世界的に長生きの日本 だからこそ老後が大変
バラ色老後が実現できるかどうかは、特に日本にとっては難問です。その理由は「世界的にも日本は長生き」であり、これはつまり老後も長いといえるからです。
厚生労働省が7月25日に公表した統計「平成24年簡易生命表の概況」によれば、男性の平均寿命は79.94歳、女性は86.41歳です。これは厚労省が調査した範囲では、全世界的にトップクラスの長寿国であることを示しています。女性は世界一、男性は5位だそうです。
男性もトップのアイスランドが80.8歳ですし、ユーロ諸国のほとんどは77~80歳の間に多くが収まるなど先進国でその差はあまりありません。しかし新興国をみてみると、ブラジルの70.6歳、中国の72.38歳、インドの62.57歳などまだまだ長寿とは言いがたく、定年年齢の問題抜きにしても日本人には長い「老後」が控えていることが分かります。
ちなみに女性が男性より長生きするのは世界的にも同様です。おおむね5~7年は長い老後が待っています。女性にとっては、男性以上にバラ色老後は「長期化」する問題なのです。いずれにせよ、日本人は世界でもトップクラスの「長い老後」を覚悟しなければならないといえます。
このデータで分かるように、世界的にみても明らかに日本人は長生きです。これは先進的な医療、つまり医療技術の進展や医療サービスを受けられる体制の整備、医療保険制度の充実といったバランスにより実現したものでしょう。これは素晴らしいことです。
■なぜか世界的にも早く年金をもらえる日本
ところが、日本の不思議なところは「世界と比べて早く年金をもらえる」ということです。昨年6月に経済協力開発機構(OECD)が出したリポート(OECD PENSIONS OUTLOOK 2012)をみると、OECD加盟国の約4割にあたる13カ国は67歳以上を年金受給開始年齢としています。もちろん日本はここに入っていません。日本を含む17カ国は65歳なのです(64歳以下が3カ国。男性の場合)。
日本より平均寿命の短い米国やドイツ、英国、イタリアといった国が年金の受給開始を67~69歳に引き上げています。年金の支給開始年齢を平均余命に連動させ、さらに引き上げようとする国もあるほどです。
67歳あるいは69歳といっても、既に実施されているとは限りません。経過措置も含んでいます。しかし数十年後に引き上げることを明確にすることで、年金財政の安定化が図れるとともに、個人にとっても準備期間が得られます。2040年ごろになって、65歳の人に「やっぱり年金は67歳からね」というのは困りますから、年齢を引き上げるなら早めに予定を示すべきです。
世界的に長寿の日本なのに、なぜ年金受給開始年齢は65歳止まりなのかが不思議です。日本ではいまだに受給開始年齢の引き上げは論争の種で、議論のスタートラインにすら立っていません。社会保障国民会議の提言もどれだけ反映されるか未知数です。しかし、いまの若い世代は年金受給開始が67歳になることは当然あり得るし、70歳まで見越しておくと考えておくべきです。(これは損得の問題を理由に論じるべきではありません。詳しくは昨年11月20日付「『年金は払い損』と考えるのは間違い」などをご覧ください)
■世界的には、日本はたくさんの年金資金を持つ国である
日本の年金制度について過度に悲観的な意見を述べる人は、決まって年金積立金の話題を持ち出します。年金積立金が十分でなく、枯渇の恐れがあるという論調です。
確かに公的年金を安定的に支払ううえで、年金の積立金は重要な役割を持っています。日本には約170兆円の年金資産(厚生年金と国民年金約120兆円に各共済年金を加えた合計)がありますが、おそらくほとんどの人は、日本の積立状況は世界的にはたいしたことがないと思っているでしょう。もっと準備しなければならないのにうまくいっていない、というイメージなのだろうと思います。
しかし、実は日本の年金積立額は世界トップクラスの水準です。年金シニアプラン総合研究機構のレポートによれば、公的年金の積立金は米国(2010年度末で約186兆円)、ノルウェー(2012年度末で約50兆円)、カナダ(2011年6月時点で約13兆円)、韓国(2010年末で約22.6兆円)といった例がありますが、100兆円規模の資産を持つ国はほとんどありません。日本の資産額は世界に比べて些少(さしょう)というわけではないのです。
ちなみに、厚生年金の積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は機関投資家として世界最大規模です(先ほど触れた米国の186兆円はすべて債券運用。公務員の年金運用などの団体も各20兆円ほどです)。
人口を考えると、日本並みに積立金を有してもおかしくない先進国や発展途上国の国々があるのに、なぜそうなっていないのでしょうか。理由は2つです。一つはまだ積立金をほとんど持てていないからです。急激な経済成長に見合った社会福祉の充実が追いつかず、いつかは日本のように数年分くらいの積立金を作りたい、と思いつつ実現が難しい国がたくさんあります。
もう一つは、賦課方式(保険料がそのまま給付に充てられる)を変更せずにきたため、積立金を持つ必要を強く認めていない国があるからです。例えばドイツは1カ月ほど、英国は2カ月ほどの給付に必要な年金資産しか保有していません。何となく100兆円くらい持っていそうなイメージがありますが、実はそうではない国もたくさんあるのです。
日本がいまのような年金資産を持てているのは、団塊世代への給付急増が保険料の急騰に陥らないようにするため、周到に準備した結果です。団塊世代が現役のうちに多めに保険料を徴収し、彼らの将来の給付のために積立・運用してきたことで、実は現役世代の負担軽減になっているのです(もちろん運用益が得られればそれも負担軽減になります)。
年金運用のマネジメントについてはもちろん議論が必要です。しかし世界に少し目を向けてみると、日本も悪くないと思える部分もあるわけです。
■日本の課題は年金の「さらなる上積み」
日本の公的年金はその負担感からすると、実はよくやっている制度だといえます(国民負担が大きい国で社会保障給付も高くなるのは当然です)。老後が長いにもかかわらず死ぬまでずっと年金を払ってくれますし、支払い開始年齢はいまのところ早い部類です。積立金もここまでよくためたものだと思います(当時の官僚はナイスな判断をしたと思います)。
しかし日本でバラ色老後を実現するには、公的年金だけでは十分ではありません。公的年金の充実が進んだ裏返しで、私的年金の充実が遅れてしまったからです。世界的には一人ひとりに自助努力を促し(税制優遇や強制加入などを法律で実行する)、私的な積み立てを行わせる方向にあります。
米国系コンサルティング会社のタワーズワトソンによれば、日本の年金積立金の73%を公的年金が占め、企業年金などの私的な年金資産は27%にすぎません。米国や英国、オーストラリアなどはこの割合が逆転しています。
いまある公的年金の積立金を崩す必要はありませんが、ここから先の拡充を考えるなら私的な積み立てを促す仕組みを整えるべきでしょう。もちろん、公的年金には基礎的な生活の支えを今後も期待し(死ぬまで何十年ももらえることに最大の価値がある!)、バラ色部分については自分で備える発想です。
何となく日本人は自分たちを過小評価する傾向があるように思います。謙譲の美徳はとても大切ですが、こと社会保障制度については悪いところばかり見るより、よい面に目を向けたほうがいいのではないでしょうか。学者や政治家は悪いところをあぶり出して改善してほしいですが、一般国民は前向きに、老後の充実を考えてみるといいでしょう。
さて、来週は「現役世代の生活と年金生活」を比較してみます。50代の人はよく「いまの生活を退職後も維持できるわけがない」といいます。しかし実際のところ、現役時代と年金生活との違いを数字で比較したことはないでしょう。収入も下がるけれど、意外に出費も下がるのが日本の年金生活です。現実の数字をしっかり比較してみましょう。お楽しみに。
山崎俊輔(やまさき・しゅんすけ) 1972年生まれ。中央大学法学部法律学科卒。AFP、1級DCプランナー、消費生活アドバイザー。企業年金研究所、FP総研を経て独立。商工会議所年金教育センター主任研究員、企業年金連合会調査役DC担当など歴任。退職金・企業年金制度と投資教育が専門。論文「個人の老後資産形成を実現可能とするための、退職給付制度の視点からの検討と提言」にて、第5回FP学会賞優秀論文賞を受賞。近著に『お金の知恵は45歳までに身につけなさい』(青春出版社)。twitterでも2年以上にわたり毎日「FPお金の知恵」を配信するなど、若い世代のためのマネープランに関する啓発にも取り組んでいる(@yam_syun)。ホームページはhttp://financialwisdom.jp
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