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山形大生死亡訴訟 賠償請求1億円へ増額

 山形大2年大久保祐映さん=当時(19)=が死亡したのは、山形市消防本部が救急車を出動させなかったためだとして、母親が市に損害賠償を請求した訴訟で、原告側は12日までに、賠償請求額を1000万円から、1億875万円に引き上げる申立書を山形地裁に提出した。119番に対応した通信員や市川昭男市長ら5人の証人尋問も併せて申請した。

 原告側は、昨年6月の提訴時に損害額を約1億円と指摘していたが、賠償請求額は印紙代負担の大きさなどから、1000万円にとどめていた。
 7日に提出された申立書によると、母親への慰謝料を500万円から700万円に増額。祐映さんが生きていれば得られた利益も再計算し、損害額全ての賠償を請求する方針に変更した。
 請求額を引き上げた理由に関し、原告側は訴訟の進行に伴い(1)大久保さんの死亡と救急車不出動の因果関係を立証できる見通しが立った(2)市側が全面的に争う姿勢を崩さない−などと説明した。
 母親への慰謝料を増額した理由は「山形市や市川市長による誠実さを欠く対応と発言で母親の悲しみがより深まった」ことを挙げた。弁護団は「請求額の拡大は当初から視野にあった」と話した。
 証人尋問は(1)大久保さんの119番に対応した通信員(2)同時に聴いていたとされる別の通信員(3)当時の市消防本部通信指令課長(4)市川市長(5)祐映さんの母親−の計5人を申請した。
 原告側によると、大久保さんに対応した通信員には「大久保さんの息遣いや症状をどう把握していたか」などを尋ねる。市川市長には、昨年7月の定例記者会見で「市消防本部の対応は適正な業務の範囲内と認識している」と発言した根拠を尋問する。


◎市、和解へ歩み寄れるか

 山形大2年の大久保祐映さん=当時(19)=の死をめぐる損害賠償請求訴訟は、原告側と山形市側が和解に向けて歩み寄るかどうかが、焦点となっている。現在、双方は全面的に争っているが、裁判を継続した場合の市のイメージダウンに対する懸念などから、市側に和解を求める声が根強くある。(山形総局・氏家清志)

◎全面謝罪求める

 原告側は市に対し、最低でも遺族への全面的謝罪と再発防止策の提示を求めている。提訴後は、かたくなに争う姿勢を貫く市側に態度を硬化。7日には「市川昭男市長らの対応、発言は誠実さを欠き、原告の悲しみは深まった」として、賠償請求額を引き上げた。
 一方、市川市長は市議会で、「和解は市の過失を認めること。私の方から和解はしない」と述べるなど、自ら和解を申し出る可能性を強く否定している。
 山形市に対しては、多くの意見が寄せられている。母親の提訴が報じられた昨年7月以降、市消防本部や市役所には全国から1129件もの電話やメールなどが届いた。多くが「遺族に謝罪すべきだ」「裁判で争わずに和解すべきだ」などと、市の対応を批判する内容だった。
 昨年11月には山形大職員組合が市川市長に対し、原告側と和解するよう求める要請文を提出した。当時、執行委員長だった品川敦紀理学部教授は「これ以上裁判を長引かせても山形市のイメージが悪くなるだけ。意地を張らずに和解してほしい」と促す。

◎市議会は前向き

 市に和解を求める背景には、今後予想される通信員の証人尋問への憂慮もある。原告側は賠償額引き上げと同時に、応対した通信員と市川市長らの証人尋問を申請した。
 品川教授は「通信員が『大久保さんの119番通報では緊急性を感じ取れなかった』『本人が要請を撤回した』などと証言すれば、市民感情を逆なでするのではないか」と指摘。「内心、大久保さんは具合が悪そうだったと思っていたとしても、本当のことを言えるだろうか」と危惧する。
 和解する場合、市長は和解案を市議会に提出し、了承を得る必要がある。市議会最大会派、自民党新翔会・改革会議の後藤誠一会長は「過失や因果関係の有無とは別に、一人の若者の死の重みを厳粛に受け止め、政治判断で和解すべきだ。議員の多くもそう思っている」と語り、和解に向けた議会のハードルが必ずしも高くないことを示唆する。

◎裁判所勧告も鍵

 裁判所が和解を勧告するかどうかにも関心が集まる。市川市長は記者会見で「(裁判所から)和解の申し入れがあれば検討する」と含みを持たせており、争点が整理された後の裁判所の判断が注目される。
 119番訴訟と同様に、自治体が被告となった損害賠償請求訴訟で、裁判所が和解案を示し、交渉が進む事例がある。福祉施設に通う精神障害者が、東日本大震災の津波に巻き込まれて死亡したことをめぐる訴訟だ。
 遺族は安全配慮義務違反があったとして、施設を設置した自治体と運営に当たる社会福祉法人などに計約3400万円の損害賠償を求めていた。訴訟は現在、仙台地裁が和解案を示し、自治体などが遺族側に計750万円を支払う内容で調整している。22日に正式に和解が成立する見込み。
 自治体の担当者は「遺族感情などを配慮し、裁判長が示した和解案を真摯(しんし)に受け止めた」と話し、行政として検討を重ねた結果だと説明している。

[119番山形大生死亡訴訟]山形大理学部2年大久保祐映さん=当時(19)=の母親が昨年6月に起こした。訴えによると、大久保さんは2011年10月31日、山形市内の自宅アパートから119番して救急車を要請。市消防本部の通信員は自力で病院に行けると判断し、救急車を出動させなかった。大久保さんは9日後、自宅で遺体で発見された。昨年10月9日、第1回口頭弁論が山形地裁で開かれた。

[福祉施設通所者の津波死亡訴訟]訴えによると、2011年3月11日の地震後、施設幹部が敷地内で別の通所者に帰ってよいとの趣旨を言葉で伝えた。男性は帰宅を指示されたと誤解し、自転車で海に近い自宅に向かう途中、津波に巻き込まれて死亡した。自宅は津波で壊れたが、施設に津波被害はなかった。遺族は2012年に提訴した。


◎市は過失認めるべきだ/ジャーナリストの大谷昭宏氏

 山形市は、過失を認めて和解すべきだ。大久保さんの命を救えたかもしれないとの観点に立って反省し、救急体制の改善案を含んだ和解案を出すべきだ。市民や市議は理解を示すだろう。
 山形市民の一人である大久保さんが、不遇の死を遂げてしまった。なぜ大事な市民が命を落としたのか。市として救えたのではないか。現在の救急体制にどういう欠陥があったのか。これらをチェックするのが市長の役割といえる。
 市長は市のトップであると同時に、選挙によって選ばれた市民の代表であり、市民の側に立つべきだ。それが裁判の上では、市民と相対する形となっている。裁判の行方がどうであれ、市川昭男市長の対応は間違っている。
 証人尋問では通信員個人が追い詰められるだろう。「私の判断は正しかった」「大久保さんが死亡したことに責任はない」などと主張せざるを得ない。市民の怒りは、通信員個人に向かうかもしれない。通信員をどんどん苦しい立場に追い込むことになる。
 恐らく人間として、自分が119番に応対した若い命が失われたことに対し、通信員自身が一番じくじたる思いを持っているはずだ。きちんとしたシステムが構築されていればと悔やんでも、裁判で「市のシステムはおかしい」などと言えるわけがない。組織が、個人を追い詰めては駄目だ。
 要請があれば積極的に出動するのが救急救命の原則だ。山形市はここまで裁判で争う必要があるのか。市から和解を申し出るのが筋だろう。

 おおたに・あきひろ 1945年、東京都生まれ。早稲田大卒。元読売新聞記者。著書に「事件記者という生き方」(平凡社)など。


2013年08月13日火曜日


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