ハイエッジ 第四回 武田双雲ハイエッジ 第四回 武田双雲

相手に「押し付けない」がテーマ

武田双雲

 結局、NTTには2年半しかいませんでしたが、あの時の経験は僕の作風に間違いなく生きています。特にサラリーマンの人たちに何かを訴えようとする時、組織にいる苦しみもむなしさも喜びもなんとなく分かるから、そこにリアリティが生まれて、説得力につながる、と思うんです。

 でも僕は「押し付ける」のではなく、常に「引き出す」スタンスでいたい。そもそも「書」は、それを見てどう感じるかは見る人の感性にかなり委ねられるものなので、メッセージをしっかりと伝えるために巧妙に作り込まれた映画とは違うと思うんです。それに僕自身、押し付けがましいのが嫌いで、誰かに説教されることは大のニガテ。だから、いかに「ウザイ」と思われずに伝えるかが僕の書のテーマなんです。

 そのためには、周りから下される評価ばかりを気にするのではなく、無意識に相手に集中しないといけない。例えば、恋人や親など愛する人のことを心配している時は、自然と自分自身が消えているじゃないですか。書く時にいつもあの心理状態でいられたら理想的ですね。

 書道教室を開いた当初は生徒もそれほどいなかったので、ストリートに出て書いていました。でも最初のうちは、通りがかりの人たちは見向きもしてくれない。冷たい視線を感じたことさえありました。そこである時、行き交う人の立場になってみたんですよ。「このサラリーマンは元気がないけど、何かあったのかな?」とその人の気持ちに立って人を眺めてみる。すると、徐々に人が寄ってきて、仕事のグチや彼氏のグチ、人生相談のようなことを話しに来る人が現われてきました。僕もその人に少しでも元気になってほしいと思うから、わざとポッチャリした字を書いてみたり、ちょっと下手に書いてみたり……。

 そうして工夫しているうちに、だんだん人々の反応がよくなってきたんですね。そのうち、泣いてくれる人まで出てきたりして。「“俺が俺が”と自己主張ばかりだった自分」から、「目の前の相手の気持ちに集中できる自分」になった時に初めて「書」と「心」がつながった気がしました。

(続く)


文:中村 京介/撮影:岩谷 薫

武田双雲 プロフィール

■プロフィール
武田双雲
3歳から書道家の母・武田双葉に師事し、書の道を歩む。東京理科大学卒業後、NTT東日本(株)で2年半のサラリーマン経験を経て、26歳で書道家として独立。現在は湘南のアトリエで新しい形の書道教室を開き、約200人の門下生に教えている。 また、パフォーマンス書道やさまざまなアーティストとのコラボレーション、斬新な個展など独自の創作活動も展開している。さらに、オンラインショップ「ふで文字や.com」の運営、ロゴや表札などのデザイン、映画の題字や雑誌の表紙、商品デザインも手がけるなど、今、日本で最も人気の書道家。2003年には、書の殿堂として名高い上海美術館より龍華翠褒賞を受賞。同年イタリア・フィレンツェにて、コスタンツァ・メディチ家芸術褒章も受章した。
双雲公式サイト:http://www.souun.net
公式携帯サイト:http://souun.toy-be.jp/


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