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†第二十二陣† 朝を迎えて
「だめ……っ。っ、あぁっ」

 暗い部屋。
 ベッドの上の男女の、激しい息づかいと女のあえぐ声が充満していた。

 男へ己のくびれた腰を突き出す女は髪を振り乱し、瓜のように豊かな胸元を揺らして身悶える。

「も……っ、と、ああっ、もっ……と」

 普段は一分の隙も無い凜とした女――第五師団長ランシェル・デフェリーも、今は男の手で単なる雌へと攻め落とされていた。

 男の腰の動きが終焉に向かって激しさを増す。
 ギシギシとベッドを一段と大きく揺らし、女は一層高い声を上げ、やがて体を大きく痙攣させて倒れ込んだ。

 男は女の体から力を失った己を引き抜くと、余韻を楽しむこともなくキングサイズのベッドの端に腰掛けた。

 支えを失った女の柔らかな体は、まるで人形のようにベッドに無防備に崩れ、白い肌は静かに窓から差し込む月明かりを浴びる。

「はあ……はあ……相変わらず、だな」

 ランシェルは自身の唾液に濡れた赤い唇を拭うこともなく。恨みがましい目で、髪をかき上げる男の背中をにらみ付ける。
 だが彼女の大きな瞳に滲むのは、憎しみと言うよりは嫉妬に近い感情のようでだった。

「は……ぁ、は……何が?」

 男はランシェルに背を向けたまま、興味なさげに返事をする。

「とぼけるな。いつもそうやって、終わったらすぐに私から離れるではないか」

「腕枕でもして欲しいの? 命令だというなら従うけど」言葉にからかいの色が混じる。

「お前は……性格が悪い。リーン……」

 ランシェルの不平に振り返り、月明かりに照らされた男の綺麗な顔には、どこか冷たさを感じる笑みを浮かんでいた。
 そんなリーンにカチンと来たらしいランシェルは濃密な睫毛の生えた目元を細め、続けてたたみかける。

「英雄だなんだと言われているが、本当は自分勝手で冷たい男。優しそうな顔をして、内面はドロドロ。しかもベッドではサディスティックなド変態野郎だ」

「かもね。けど、だったら呼ばなきゃいいだろ。毎度毎度、わざわざ元夫を呼びださなくったって、君を抱きたいと思う男はごまんといるんだから」

「私はそう安い女ではない」ふて腐れたように目を伏せる。

「そう」

 シャツを拾い上げるリーンに、ランシェルは焦ったように体を起こした。何も身につけていない大きな胸が揺れる。

「もう帰るのか……っ」

「元夫婦とはいえ、さすがに君の家から朝帰りはマズイだろ」

 そう軍から支給されたシャツに袖を通す。
 リーンはランシェルからの呼び出しには、いつも、どこにいても、必ず軍服で駆けつけてくるのだ。
 自分が彼を屋敷へ招くのは、あくまで”上官からの呼び出し”にしか過ぎないのだという、嫌がらせアピールに違いないとランシェルは確信をしていた。

「帰りはこっそり送らせるし、もう一回くらいする時間はある……。明日非番なのだろう?」

「時間的には大丈夫でも、体力的に無理だ。オレをいくつだと思ってるんだよ」

 ズボンを履くリーンを見ながら、ランシェルは艶っぽい唇を拗ねたように真一文字に結んだ。
 体力的な問題なのではなく、きっと今夜は自分に興味がなくなっただけなのだ。

 だが指摘しても、彼は絶対にそうだとは言わないはず。

「なら……今度は私が主導で。何でもリーン、お前の言う通りにするから」

「いえいえ、一介の班長がよその師団長様にそんなことまでしていただくわけには」

 カラッと笑う。

「……やっぱり性格が悪い」

 最大限下手に出て誘ったのに、あっさりと、しかも階級を出して断られるとは。
 拗ねたように唇を尖らせる素っ裸のランシェルに、師団長としての威厳はなかった。

「それより……君はオレの班員に何を助けさせたんだ」

 シャツのボタンをとめながら、ブルーの瞳が鋭くランシェルを射貫く。だが、彼女はその視線を全く臆することなく受け止めていた。

「研究員だと何度言えば信じる」

「わざわざ第一師団長を体で落として、あんな一時権限委任状を書かせておいてよく言うよね」

 ランシェルの目が驚きに見開かれる。

「……どこからの情報だ」

「やっぱりそうだったのか」

「……っ、肯定はしていないだろう」

 リーンは眉間に皺をよせる彼女を鼻で笑った。

第五師団きみたちがやろうとしていることを、いちいち詮索するつもりはない。ただし、部下たちに迷惑が掛からない限りは」

 百戦錬磨の軍人らしい殺意の滲む視線に、ランシェルもさすがに一瞬たじろいだ。
 目をそらし、立ち上がろうとするリーンの背中に、ランシェルは裸のまま抱きついた。胸も腰も、全てを服越しにでも感じてもらえるようしっかり押しつける。

「部下“たち”などとわざとらしい。……あんな若い女に入れあげて」

「レアナのこと?」

 レアナの名前を出した途端、ランシェルの手に力がこもった。

「年の差を考えろ、このロリコン」

「若い女はいい。肌は綺麗だし、純粋で可愛いし、尊敬して頼ってくれる」

 リーンよりも六つ年上のランシェルにとって、これ以上不快な言葉はなかった。
 柳眉がイライラとしてひそめられ、白い奥歯が噛みしめられる。

「年増は嫌か? 女の何割を敵に回すと思っている」

「そこからは個々による。……君のことは嫌いじゃないよ、ランシェル」

 肩越しに振り返るリーンの顔に、嘘はないようだった。
 不機嫌だったランシェルの頬が、その一言で赤く染まった。

「リーン、もう少しだけ……。営みはなしでもいいから」

「悪いけど、本当に帰るよ。今日は楽しかった、ありがとう」

 ランシェルは腕を振り払って帰ろうとするリーンの服を引っ張ってベッドへ座らせると、妖艶な裸体で彼の体に跨がって押し倒した。
 餅のような白い尻を、潰すようにリーンの腰に乗せる。

「い、いいからもう一度私を抱け……、たかが零隊の一班長がっ」

 強がる彼女にリーンは笑みを零すと、ランシェルの長い髪を思い切り引っ張って引き寄せた。

「……っ」

 美しい髪が数本、白いシーツにハラリと落ちる。
 苦悶の表情を浮かべるランシェルの耳元に、リーンはそっと顔をよせた。

「じゃあ、次はちょっと痛いと思うけど……」

 それでも……と懇願するように頷くランシェルの瞳には、恍惚とした悦びが滲んでいた。



 ●◎◎◎◎●


「……」

 一歩一歩ベッドに近づくにつれ、緊張が私の中でクライマックスを迎える。
 私の肩を抱くクロノは「ベッドならしてもいい」という言葉に何の疑いも持っていないらしく、完全に気を抜いているらしかった。

 好機――!

 ごめんね! クロノっ!

「でぇい!」

 肩にかけられたクロノの手を握って足を後ろへ払い、バランスを崩させてベッドへ背中から落とした。
 今だ! と思って背中を向けて扉まで走る。足を踏み出そうとした瞬間、後ろに引っ張られて柔らかな衝撃が全身を包んだ。

「――!?」

 パッと目を開けば、目の前にクロノの楽しげな顔があった
 いつのまに押し倒され、覆い被さられている状況に頭が軽いパニックを起こす。

 何がどうなったのか、全く分からない。
 ただ、世界がぐるっと回ったとしか認識できなかった。

「何だよ。激しいのが好きなのか……?」

 余裕の笑みを見せつけられ、唇をなぞられる。

 酔っているとは思えないほど、動きが俊敏で切れがある上に立て直しが早い。
 多分、どこをどうしてなんて頭で考えなくとも、技術が体に染みこんでいるんだろう。さすが、リーンに目をかけられることだけのことはある。

 って言ってる場合じゃないけど!

「あの……そ、そうなの。スリリングで盛り上がるでしょ? おほほほほ」

「変な趣味だな」

 ドキッとするほど、格好いい笑み。

 私を抱けると思っているせいか、ものすごくうきうきと嬉しそう。
 こんな顔はめったに見られないのに、状況が状況すぎて喜べない。

「えーっと、ですね……ときにクロノさん、私シャワー浴びたいなーって思ったり……」

「一緒に?」目が輝く。

「一緒……ではないけど」

「なら嫌だ」目の輝きがあっけなく曇る。

「あの……ね? ちょっとだけ聞いて」

「まだ何かあるのか?」

 段々不機嫌オーラを帯びてくる彼に、ちょっと危機感を覚えた。

「えーっとだから……その、あれ……」

 もうこれ以上打開策が出てこないー!

「だから……」

「……もういい」

 クロノは上半身を起こし、ベルトをスルッとズボンから抜くと、それで私の手首をベッドに括り付けた。

「え……ちょっ!? んんっ」

 文句を言う暇もなく口づけされ、胸をもみ上げられる。
 マズイ。

 これは本格的にマズイっ!!

 さっきまで使えていた手と口が封じられ、もはや目しか私には残っていない。
 目から光線でも出せって!?
 そんなの絶対無理っ!

「ふ……ぅん」

 足をばたつかせても、全く効果はない。

「はぁ……っ、レアナ……っ、力抜け」

 キスをしながら、クロノの右手が私の服をまくりあげていく。
 左胸のブラが空気にさらされたかと思うと、手がそのまま背中に回され、片手で器用にホックが外された。

 なんなの、この妙な手慣れ感……!

 その間も何とか縄抜けをしようと手を動かした。そのたびに、ミシミシとベルトが音を立てる。
 っていうか、息が苦しいーっ!

 そんな私の叫びを悟ってくれたのか、クロノがそっと唇を離した。
 お互い、ちょっとだけ息が上がって肩で呼吸をして見つめ合った。

 彼の目は、吸い込まれそうに綺麗。

「……いいか?」

 虚ろな目で切なげに求められる。
 嫌って言うなら……やめてっていうなら……きっとここがラストチャンス。


 でも――


「……うん。いいよ……クロノ。好きにして」

 そう言うと、クロノがふわりと口づけてきた。
 額と額を合わせ、至近距離で視線がぶつかる。暗闇にはもう、彼しか見えない。
 心臓の音がうるさいほど耳に響く。

「初めて……か?」

 もうここまで来たら緊張で声がなくって、ただちょっと震えを覚えながら小さく頷いた。
 たぶん、今の私の顔はリンゴ以上に赤いだろう。

「優しくする」

 もう一度キスを落とし、それを最後にクロノは私の胸に顔を埋めていった。

 ああ……もう酔った勢いだろうとなんだろうと、クロノと結ばれるならそれでいいや。
 ずっとずっと好きだったんだから。
 後悔はきっとないし、クロノも明日には覚えてないだろうから、今夜のことは私の心の中だけにとどめておこう。



 と思ったけれど、さっきからクロノが全然動かない。

「あの……クロノさん? おーい」

 私の胸を枕代わりに、スーっと幸せそうに寝息を立てていた。

「え……嘘」

 寝……寝てる!?

 嘘でしょ!?

 ほんとに寝てる!?
 ここで寝ますか!? 全国の男性諸君っ!!


「もーうっ! はあ……」

 安心したような、がっかりしたような……。

 やっぱり、ほとんど家族扱いの私じゃダメってことか。

 クロノを胸に乗せたまま、何度目かのため息をついた。



 ◎◎◎◎●

 朝。
 光がクロノの顔を照らし、彼はそのまぶしさに表情を歪めた。

 うっすら瞼を押し上げ、ゆっくり体を起こす。

「あれ……レアナ、おはよう……あっ、ってぇ」

 起きて早々、クロノは辛そうに頭をおさえた。

「おはよう、クロノ。昨日のこと覚えてる?」

 剣呑とした目でにらみ付けながら、低い声でそう言って、コップの水を差しだした。

「昨日……?」

 私から水を受け取りながら、思い出そうとするかのように、眉間に皺をよせて視線を伏せる。

「…………昨日……?」

 でも答えは出てこないらしい。

「やっぱり覚えてないのね」

 そう言った途端、クロノの目がギョッとして泳いだ気がした。
 ベッド脇に立って腰に手を当てる私を見やる。

 手首を見てる……ような?

 クロノが起きる前に何とかベルトから抜けだし、縛られてできた痣は、医療魔法ヒーリングで消して証拠の隠滅をはかっておいた。
 昨日のあれで、関係がぎくしゃくしたら嫌だし。

 ちょっと使えるようになり始めていた魔法が、まずここで役に立つとは思わなかった。

「どうしたの、クロノ?」

「いや……。なんか……前後は全く記憶にないけど、お前にキスされた気がする」

 不意を突く言葉に、ドキッとして心臓が飛び出しかけた。

 なんでそんなところだけしっかり覚えてるのよっ!
 あなたさんざんシたいとか、下着の中も全部見たいとか、優しくするとか、めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ってたのよ!?

「わ、私がクロノにキスなんてするわけないでしょ。変な夢でも見てたんじゃないの?」

「…………夢か」

 わずかに聞こえたそのつぶやきは、とても残念そうに聞こえたけれど、気のせいだろうか。

「レアナ、何でオレ、ここに?」

 私の部屋を見渡し、クロノは水をあおる。
 しかも上半身裸だし、と言うクロノに、空になったコップと引き替えに、洗い立てのTシャツを渡してあげた。

「シャツは……暑いって言って、自分で脱いでた。ここへは、クロノがソファーで寝こけてたから運んであげたの。風邪引かれちゃいやだし」

「オレの部屋の方がリビングに近いのに?」

 不思議そうにそう言って、クロノは鍛えられた体にシャツを着る。

「な、流れで……。というか、どうしてそんなになるまでお酒飲んだの?」

 シャツを着たせいで髪が無造作に乱れていたけれど、それはそれで格好いい。

「ちょっと……ムシャクシャしただけだ……」

 その横顔がちょっと赤くなったのは、何か深い意味があるんだろうか。

「ご飯をちゃんと食べないからイライラするんだよ? 昨日の晩はホットドッグだけだったでしょ」

「……」

「で? 今日の晩は何が食べたい?」

 クロノはそれに、悲痛ともとれるような表情を浮かべた。

「だから夕飯は……」

「体調を崩されたら嫌なの」

 何でも言ってと、ベッドの端に腰掛ける彼の隣に座った。

「じゃあ…………ハンバーグ」

 メニューがちょっとお子様っぽくて、思わず吹き出した。

「何笑ってるんだよ」

 クロノに肩を押され、二人でボスッとベッドへ背中から倒れ込む。

「だって……。ねぇ、プレートに盛って、ご飯に国旗立ててあげようか?」

「何なんだよ、それは」

 お子様ランチなんてこの世界にはないから、言っても分からないか。

「子ども扱いすんな」

「……」

 あれ?
 なんで意味が通じてるんだろ。

 前にそういう盛りつけ、やってみせたことあったっけ。
 記憶にはないけど。

「レアナ……昨日は迷惑かけてごめんな」

 起きたら色々文句言ってやろうと思ったのに、本当に申し訳なさそうな声を出すから怒りがスッとひいていく。

 これが惚れた弱みか。

「本当に大変だったんだから。これから一週間お酒禁止」

「ああ、そうする。けど、お前だってこれからはあんまり遅く帰ってくるなよ。あと、あんまりシャリエ班長の家に行くな」

「どうして?」

 視線を隣のクロノへ移した。
 クロノはどこか不自然に目を泳がせた。

「そりゃ……というか、オレの飯が遅くなるだろ」

「じゃあ作って行くから食べておいてよ」

「温め方が分からないから絶対食わない」

「わがまま」

「付き合ってるわけじゃないんだよな……?」

「シャリエ班長と? 付き合わないよ、私とじゃ釣り合わなすぎる」

「でも、シャリエ班長はお前に気があるんじゃないのか。普通部下を頻繁に家に呼ばないだろ。しかも、班員の中でお前だけを」

「前に私たちを助けたことを覚えてくれてて、成長したねって可愛がってくれてるだけだよ。ほんとに何もないもん」

 キスは不意打ちでときどきされるけど……っていうのはあえて省略。

「覚えてくれてたのか? オレたちのこと」軽く体を起こし、目を見開く。

 というより、あなたのことをね。

 そう言おうと思ったけれど、リーンが英雄になれるなんて言っていたって言って、変にプレッシャーを感じさせたくなかった。

「そうだよ、すごい記憶力だよね」

「そっか……」

「うん」

 ジッとしばらく、寝転がったまま無言でお互いを見つめ合う。
 金色の目が綺麗。目が切れ長だから、黙ってるとちょっと怖い人のように見えるけど、頼りがいを感じる強い力を帯びてる。

 こんな人と好き合えたら……とっても幸せだろうなと思う。
 今でも十分幸せなんだけどね。

 クロノは私を見つめたまま上体を起こす。何をするんだろうと思っているうちに、傍まできて、私に軽く口づけてきた。

 ドキッとして顔が熱くなる。

「何? お、おはようのキスもするの……?」

 天井をバックにしたクロノに、照れ隠しでそう言った。

「嫌……か?」

 真剣な表情のクロノと、まだ顔が近い。

「べ、別に。スキンシップ取るの好きだなって思っただけ」と笑うと、「家族……だしな」ともう一度キスされた。
 もう一度、もう一度と繰り返される。

 徐々に、昨日のときのような色を帯びていく気がした。
 ゆっくり口づけて、ゆっくり離れていく。

 これってもしかしてちょっと、イチャイチャしてる……んじゃない?!

 中途半端に体を起こしていたクロノが、本格的に私に覆い被さってきた。
 まだちょっとお酒の香りが残ってる。
 もしかしてまだ酔いが完全に抜けていないのかもしれない。だからこんな積極的なのかも……。

 そうよね、昨日はあそこまでしておいて完全に眠りこけてたし。
 私のトキメキと返してほしい。

 それでもドキドキしながら、指を絡ませてくるクロノの手を握った。

「ん……っ」

 唇って柔らかくて、心地いい。完全に脱力して唇を合わせたり、すこし尖らせてみたり、吸い付かれてみたり。

 クロノはキス魔だけあって、すごくキスが上手だった。
 体が甘く痺れてくるほど。
 これだけで、昇天できそうなほど気持ちいい。

 キスは軽いものばかりだったけれど、クロノは舌を入れたがっているらしいかった。
 何度も私の唇を舌先でちょこっとなめたり、唇の合わせ目に舌を僅かに差し込んでくる。

 ちょっとしたいたずら心と、昨日の仕返しがしてやりたくって、軽く口を開けて舌を出す。
 互いの舌先が触れあった瞬間、それに驚いたらしいクロノが弾かれたように顔を離した。

「どうしたの?」

 私は“なんのことか分かりません”とすっとぼけた顔をして首を傾げた。
 誰に教えられるでもなく、女って小悪魔になれるんだと思った。

「いや……。レアナ……あのさ」

 赤い顔でクロノが何か言いかけたその時――
 コンコンコン! と玄関がノックされる。

「誰だろ」

 体を起こそうとするのを、クロノが制する。

「……ほっとけ。どうせお前のファンだろ」

「そうかなぁ」

 納得できない私の背中を、クロノは「そうだ」と再びシーツの上に押し戻した。
 でも、大事なお客さんだったら。

 コンコンコンとまた扉が叩かれた。

 ――「レアナさーん」

 あ、確かこの声……。
 第一部隊、第一王子護衛班のジャック!

 再び顔を近づいて来ていたクロノの胸を押しのけた。

「あ、はーい、今……ふぐっ」

 “行きます”と続けようとして、口を塞がれた。

「――?」

 軽く舌打ちして立ち上がるクロノを見上げる。

「ここで待ってろ。オレが出る」

 見上げた先の彼は、玄関の方を見据え、なぜか怒りMAXな表情だった。

 せっかくの私とのキスの時間を邪魔をされたから? ……な、わけないか。

 ま、低血圧みたいだし。
 朝から煩くされるのが好きじゃないのね、きっと。
 もしくはよほどジャックが嫌いか。

 多分後者かなぁ、と大人しく彼の背中を見送った。
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