<不安に踊る>(4) 変えたいだけでしょ
変速機ギア部品をのぞきながら「自動車も人もトータルバランスをきちんと考えないといけない」と話す木村社長=名古屋市天白区で |
ああ、またかぁ…。名古屋市の中小企業の経営コンサルタント、鈴木廣彦さん(67)は心中で愚痴った。
六月上旬のこと。会社を起こす相談だったという。「東南アジアに工作機械を売りたい」。自信満々でこう言ったのは、やり手のビジネスマンではなく、子育てがひと息ついた四十代の主婦だった。
最近、こうした相談者が妙に目につく。
アルバイト経験しかないのに名古屋めしなどのインターネットショップを開店したいという二十代の女性。一昨年の東日本大震災後、まったく畑違いのソーラー発電機の販売事業に乗り出そうとした五十代の工場経営者もいた。
が、鈴木さんはこう断言する。「机上の知識で新しいビジネスモデルを考えたつもりになり、すべてがうまくいくって信じ込んじゃう。成功するはずがない」
日本政策金融公庫によると、個人などの小規模事業者を対象にした創業支援の二〇一二年度の融資実績は千三百三十三億円。前年度比三割の大幅アップで、〇八年のリーマン・ショック前の水準まで戻した。
景気回復の証し、かもしれないが、鈴木さんは不安だ。「変わりたい、新しい自分を見つけたいという思いだけで創業を目指す人も多いのでは…」
バブル崩壊から二十年余。この国がどんよりとした閉塞(へいそく)感に覆われるようになって久しい。震災や福島第一原発の事故は、先の見えない不安感をさらに増大させた。
近ごろは、テレビから毎日のように聞こえてくる。
いつやるの−。
今でしょ−。
「社会不安が募る中で人々がゆとりを失い、自分を変えようとあせっている」。こう指摘するのは、安易な自己啓発ブームに警鐘を鳴らしている人材コンサルタントの斉藤正明さん(36)だ。
自身、会社員時代に口癖のように「死ね」という上司との関係に悩み、セミナーなど自己啓発のために六百万円以上をつぎ込んだ経験を持つ。
確かに、状況に応じて変わることは必要だ。斉藤さんは依存しすぎないならセミナーに参加することも否定しない。ただし、こうも思う。「変わること自体が目的になり、慎重さというブレーキの機能が壊れてしまうと、暴走して事故を起こす危険もあります」
自動車の性能向上のためのチューニングを扱う「木村自動車商会」(名古屋市天白区)の木村達也社長(47)によると「その通り」だそうだ。
いわく「エンジンパワーだけでなく、サスペンションにブレーキと、トータルバランスをきちんと考えないと、車は速くも、楽しくもならない」。依頼者のため、経験を頼りに納得してもらえるまで話し合う。「それが大事」
もうじき参院選の投票日。経営コンサルタントの鈴木さんは争点のひとつがちょっと気にかかる。
鈴木さんは一九四五年九月生まれ。戦後、同じ時を重ねてきた「憲法」のことだ。本当に国が良くなるなら「改憲するべきだ」。だが、改憲の発議要件を緩和する九六条の議論などを見ると、「どんな国にしたいかよりも、とにかく変えたいって気持ちが先走っている気がする」と言う。
鈴木さんの元を「必ずうまくいく」と自信満々で訪れた、あの名古屋めしの若い女性は無謀な経営がたたり、借金を重ねて、自らを窮地に追い込んでいった。国に同じことをやられては「たまらない」と思う。