夏目漱石:伊藤博文暗殺で所感 余の如き門外漢は報道するの資格がない 作家・黒川創さんが発見
毎日新聞 2013年01月07日 東京朝刊
明治の文豪、夏目漱石(写真、1867〜1916)が、満州(現中国東北部)発行の「満洲日日新聞」に発表した随筆が見つかった。研究者も気づいていなかった資料の“発掘”だ。執筆直前に現地で起きた伊藤博文暗殺事件にあえて踏み込まないなど、漱石の政治姿勢がうかがえる。【内藤麻里子】
随筆は1909年11月、2回にわたり掲載された「韓満所感」。漱石は同年、満州と朝鮮を旅行。帰国直後の10月26日、自身も訪ねたハルビン駅で、伊藤元首相が暗殺された。随筆では事件に触れてはいるが、「余(よ)の如(ごと)き政治上の門外漢は(中略)報道するの資格がないのだから極めて平凡な便り丈(だけ)に留(とど)めて置く」として、現地の高い生活水準への感想やアジアへの優越感をつづっている。
漱石が伊藤暗殺に積極的に発言していないのは作品などから分かっているが、「韓満所感」の存在は研究者の間でも知られていなかった。
発見したのは、作家の黒川創(そう)さん。2010年に韓国で、伊藤を暗殺した安重根(アンジュングン)の資料集を入手したところ、同所感の「上」が掲載されているのに気づいたという。内容の空疎さを指摘しつつ、「本来は鋭く踏み込んで書く人なので、政治情勢に触れないという態度をとったのでは」と分析する。この随筆は、黒川さんの小説「暗殺者たち」の中で紹介される(7日発売の「新潮」2月号掲載)。
漱石の資料に詳しい原武哲(はらたけさとる)・福岡女学院大名誉教授は「満州の紀行文はよく知られているが、漱石の時代認識の弱さが批判の対象となっている。ここにもそれが出ているというべきか」と話している。