華やかな光景でしたね。古巣のヤンキースタジアムで開催された元ヤンキースの松井秀喜さん(39)の盛大な引退セレモニー。日米でMVPになった男ならではの超破格シーンであった。
多くの選手はシーズンオフ、所属球団に呼ばれ「来季は契約しない」と通告されるのみ。世間には「自由契約」「任意引退」など新聞の隅に小さく載るだけ。消えていくときは静かである。
そういえば…。松井さんへのリスペクトがあったヤンキースのセレモニーに、巨人・渡辺恒雄球団会長も「巨人軍も見習わなきゃならないな」とコメントを残していた。そんな折、ふと思い出した選手がいる。
1983年オフ、巨人から韓国・三星に移籍した新浦壽夫さん(当時32歳)である。巨人を去るとき、つらい“仕打ち”があった。そのオフのある日、銀行から振り込みがあったとの連絡を受けた。球団からだった。その金額は『127円』ナリ。一体、どういうことなのか。
球団に問い合わせた。「いろいろ精算した後の残金です」と。V9の最後を知り、第1次長嶋政権下では77年に最優秀防御率、78年にも同賞と最多セーブを同時受賞するなど本格派のエースとして君臨、13年間で80勝を挙げたが、その時の応対はビジネスライクで“お疲れさん”の一言もなかったと…。
「それをバネにしたかもしれません」と新浦さんが話したことがある。渡韓して3年間で54勝20敗、特に2年目の85年には25勝6敗と圧倒的な成績を残した。「韓国では先発、リリーフとローテーション無視で投げた」ことで力を抜く“技巧派”を強いられたが、かえって功を奏した。87年に横浜大洋(現DeNA)に復帰してからは、老練なピッチングが冴えてカムバック賞を獲得したのだから…。
横浜時代、古巣の巨人にも勝利した。その時、首から下げられたお守りの中には“手切れ金”として振り込まれ、わざわざ銀行からおろした『127円』があった。
古い話である。確認のために先日、新浦さんに改めて話を聞いた。
「ハハハ…、そんなこともありましたね。振り込みの件は最初、ムッとしましたよ。けど、韓国行きも長嶋(茂雄・巨人軍終身名誉監督)さんが世話してくれたものだし、その経験があったから、また日本球界にも戻れて長くやれた。巨人軍には感謝してます…」
日韓5球団、実働22年間で170勝143敗42セーブ。苦労した経験が人間の幅を広げていた。手切れ金事件があっても新浦さんは、いまでも野球普及活動や講演などでブレずに真っすぐに生きている。素敵ですね。 (産経新聞特別記者・清水満)