恋愛論議や社会学では、現代の恋愛・結婚の相手選びを“市場の需給”になぞらえて考える『恋愛資本主義』という見方がありますが、恋愛資本主義の背景には生殖適応度を重視する『進化生物学』の知見が働いています。恋愛資本主義では、男女が自由競争で好きな相手を探して選ぶという『恋愛市場』を仮定しており、それぞれの男女が持つ魅力・能力・潜在力を元に相手を誘ってアプローチしたり、そのアプローチを受け容れるか否かを選択するわけですが、進化生物学ではそういった相手選びの仕組みを『性選択(性淘汰)』と呼びます。 進化生物学をベースにした進化心理学では恋愛・結婚に関する相手選びの心理を、より環境に適応的な子孫を残しやすい遺伝子を持っているかどうかの推測に基づく『生殖適応度』によって説明しますが、進化心理学では人間が異性に対して感じる『美しさ(外見的魅力)』も、健康性を含む性選択の適応度として機能していると考えています。一般的に、男性のほうが女性よりも不特定多数の異性(性的身体)に対する性欲が強い理由も、男性の無数の精子を産生するコストが、女性の有限の卵子を産生するコストよりも小さく、女性のように自分の母胎を使って妊娠出産をせず、出産後の子への投資も小さいという事から説明されます。 アメリカの進化生物学者ロバート・トリヴァース(Robert L. Trivers1943-)は、『子に対するコスト・投資理論』で動物の雄と雌の繁殖戦略や性選択の違いを説明しましたが、例外はあっても基本的には、男性のほうが女性に求愛(アプローチ)しやすく、女性のほうが男性のアプローチに対する選択をしやすいという恋愛の仕組みには共通性があります。女性も『この人だ』という特定の一人の男性に絞り込んでいない恋愛段階では浮気性な人もいますが、いったん結婚して子どもが産まれて経済的な生活拠点を固め始めると、不特定多数の男性にあれこれと目移りする人は(憧れの芸能人で目の保養をするなどを除き)殆どいなくなります。 近代の結婚の本質は長らく『男性の財(労働)と女性の性(美)の交換』といった文脈で語られることも多かったのですが、最近ではイケメンがマスメディアで取り上げられる機会が増えるなど、男性にとっても『外見的な性的魅力(美)』の相対価値は過去よりは高まっているようです。実際の恋愛では『分かりやすい容姿・外見の魅力』だけが全てを決するというほどの影響力を持つとは限りませんが、ウェブではさまざまな男性の魅力や美点、好感度について語られる時に、『ただしイケメンに限る=見かけがカッコよくないと同じことをしても効果がない』といったシニカルな但し書きがつけられることがあります。 昭和後期までは、青年期の男性の外観的魅力に対して『綺麗・可愛い・美しい』といった女性とも共通する形容のユニセックスな評価が加えられることは殆ど無く、男性の外見や雰囲気を評価する表現としては『かっこいい・頼りがいがある・逞しい・強そう』というのが主流だったと考えられます。明治期以降〜昭和期は、男性が女性を経済的・精神的に守ったり大黒柱として一家を支えることが当たり前という家父長的な社会規範が浸透していたため、『男性の財と女性の性(出産・美)の交換』が暗黙の前提として機能していました。また、女性が自立的に長く働き続けられる職業・仕事が、医師や教師、看護師などの専門職以外にはかなり限られており、基本的には結婚しなくては安心して生活ができない(9割以上が適齢期に結婚するので世間的圧力も強い)という現実的要請がありました。 その結果、男性の魅力の多くは、女性・家族を安定的に守っていける『頼りがい・逞しさ(=経済的な甲斐性・社会性や毅然とした威厳)』などに集約されやすく、外見的な魅力の優先度はそれほど高くなかったのでしょう。なぜ現代の恋愛市場において『男性の外見・容姿』の相対的評価が高くなったのかの理由としては、女性の高学歴化・社会進出(就労率上昇)がある程度進んだのとは対照的に、男性の平均所得・経済的な将来性が伸び悩んでいることが影響しているとも言われます。こういった男性の家父長的権威や社会的地位、経済力の低下とは対照的な女性の元気の良さ、社会的な活力を表現して、女性の自由度が増大した現代が『女性の時代』として定義されることもあります。 現代日本において、『恋愛市場主義(+進化心理学)』のメタファーを用いた理論や記述が増え始めた背景には、20代〜30代前半の結婚適齢期に結婚しなければならないという社会規範(同調圧力)の強度が弱まり、結婚・出産(育児)をするかしないかについて、女性の平均所得・就労率の上昇もあって『選択の可能性』がかなり出てきたからでしょう。戦前のように、一定の年齢になったら親同士が取り決め婚をしたり、誰かを選ばなければならないお見合い結婚をしたりという『義務的な結婚』は現代ではよほど特別な家柄などでなければ無いわけで、男女それぞれの好み(重視する魅力)や自由意志によって配偶者を選ぶという恋愛市場が前提されるようになっています。 戦前や昭和中期までは、自由恋愛といっても『出身家庭(旧身分)・経済階層・学歴階層・会社社会・地域社会』などの影響を強く受けていたので、お互いが好きであっても極端に家柄や属性の違う異性と結婚することは難しく、親の同意を得られずに駆け落ち同然で結婚するか諦めるかの選択を強いられることも少なくありませんでした。その意味では、『市場競争的・自由恋愛的な需給』よりも『社会的な階層・類似性の枠組み』によって結婚相手が決められていた時代が長かったのですが、現代では恋人や配偶者の選択において『外見的魅力(美的な感覚)・経済力(雇用の安定)・性格的魅力(内面の魅力)』で好き嫌いや相性を評価する“恋愛の市場性”が高まっているようです。 競争原理による自由市場経済は『税制・寄付による財の再配分』をしなければ、経済競争や資本の蓄積による経済格差がどんどん拡大していく優勝劣敗の特性を持ちますが、競争原理による恋愛・結婚市場もまた『婚姻規範・社会的圧力・中流社会の影響』が無ければ、人気のある異性に需要が集中しやすく恋愛格差が開きやすい傾向を持っています。 『経済の市場性』と『恋愛(結婚)の市場性』を比較すると、どちらにも所得・資産や恋愛機会(異性獲得)の格差を拡大しやすい特徴がありますが、年収100万(貯金100万)と年収10億(資産100億)のように経済格差は無際限に開きますが、恋愛特に結婚については『モノガミー(一夫一婦制)の規範性・嫉妬感情』があるので、(お互いを大切にできる一人の異性を得られるか否かの差異は大きい部分はあるにしても)経済ほどにはめちゃくちゃ大きな量の格差は開きにくいというのはあります。 自由恋愛やセックスの相手という意味では『量的な格差』が開くことはありますが、恋愛の質(内容)を問わずにひたすら経験人数が多いほどいいという男性的な価値観は、多くの人に共有されているわけではなく、そういった関係を目的とした行動原則を持つ人も少ないでしょう。 恋愛行動は『市場原理の競争・需給』を参照しながら、ある程度までは分析することができますが、恋愛や結婚は『時代の価値観・ジェンダーによる役割意識・主観的な対人魅力(情緒的な結びつき)の思い込み』も影響するので、恋愛行動は経済活動よりも市場原理だけで割り切れない要素も含んだものだとは言えそうです。時間を見つけて、こういった話題と関連した恋愛心理や現代の男女関係の変化についても追加的に書いていきたいと思います。 ■関連URI 資本主義の発展に果たした“贅沢・利己心・恋愛”と“禁欲・勤勉”の役割:ヴェーバーとゾンバルトの視点 山崎元『エコノミック恋愛術』の書評:“恋愛・結婚”と“経済・市場”の持つ類似性に着目したコラム集 恋愛関係と結婚(婚姻)の違い・『性愛の自由化』と『男女交際の活性化』がもたらす結婚のモラトリアム ■書籍紹介 |
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