熱血!与良政談:なぜ看過できないのか=与良正男
毎日新聞 2013年08月07日 12時40分
憲法改正に関連してナチスを引き合いに出した麻生太郎副総理兼財務相の発言は、本人からすればブラックジョークや毒舌のつもりだったように思われる。次のように補うと分かりやすくなるかもしれない。
「ある日気づいたら、ワイマール憲法がナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口、学んだらどうかね(と言いたくなるほどだ)」
改憲と国防軍の設置などを提唱している「国家基本問題研究所」(桜井よしこ理事長)の討論会での発言である。考えの近い人たちの集まりで気安さもあったろうと推察する。実際、この発言の直後、会場からはドッと笑いが起きている。
ただしウケ狙いの冗談でナチスを持ち出したとすれば、それはそれで国際常識を著しく欠いており、批判は避けられない。だからこの部分を撤回するしかなかったのだろう。
改めて指摘しておくと「ナチス憲法」という憲法はない。史実に反する勘違いである。さらにもう一つ、見逃せない点がある。
麻生氏は「憲法改正は落ち着いて議論することが重要」という。その通りである。だが、麻生氏のいう「落ち着いた議論」とは私の考えているものとは相当違うようだ。
麻生氏は討論会で自民党の憲法改正草案は「いろんな意見を何十時間もかけて作り上げた」と強調し、「ぜひ、今回の憲法の話も私どもは狂騒の中、わーっとなった時の中でやってほしくない」と語っている。ナチス発言の前段では首相らの靖国参拝についてマスコミが騒ぎにするのがおかしいとも言っている。要するに一番言いたかったのは、しっかり作り上げた自民党憲法改正草案に対し、マスコミや野党はわーわー騒ぐな、反対するなということではなかろうか。
独裁体制を築いたナチスを「あしき例」としてあげたと麻生氏は釈明するが、だとすれば、せめて「反対意見にも耳を傾けて静かに議論を進めたい」というべきだった。いずれにせよ「ナチスの教訓に学べ」との趣旨だと受け止めるのは難しい。
報道後、「発言の一部だけを取り出して曲解している」といった抗議のメールを多数いただく。しかし、これは民主主義とは何か、麻生氏がどう考えているのか、その根幹にかかわる問題である。(論説委員)