ポルポト派を”優しい”と表現した朝日新聞のトンデモ記事
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1975年(昭和50年)4月19日の朝日新聞の記事 カンボジア解放勢力のブノンペン制圧は、武力解放のわりには、流血の惨がほとんどみられなかった。
入城する解放軍兵士とロン・ノル政府軍兵士は手を取り合って抱擁。平穏のうちに行われたようだ。 しかも、解放勢力の指導者がブノンペンの"裏切り者"たちに対し、「身の安全のために、早く逃げろと 繰り返し忠告した。これを裏返せば「君たちが残っていると、われわれは逮捕、ひいては処刑も考慮しなければならない。 それよりも目の前から消えてくれた方がいい」という意味であり、敵を遇するうえで、きわめてアジア的な優しさに あふれているようにみえる。解放勢力指導者のこうした態度とカンボジア人が天性持っている楽天性を考えると、 新生カンボジアは、いわば「明るい社会主義国」として、人々の期待にこたえるかもしれない。 カンボジアは内戦中も、秘密警察的な暗さがなかった。ロン・ノル政府側の要人も、警備にはさして関心を払っていなかった。 政府主催の公式レセプションでも検問所はなく、招待状なしでも要人にやすやすと近づくことができた。 これでよく事件が起きないものだと不思議に思ったが、南国的明るさとは暗殺とはそぐわないのかもしれない。 ロン・ノル政府は七三年春、王族やその関係者を逮捕したことがあった。彼らの自宅には監視のため憲兵が派遣されたが、 外来者を呼びとがめるわけでもなく、暇をもてあまして昼寝ばかりしていた。 そして、しばらくするうち、憲兵はいつの間にか現れなくなった。逮捕された人たちは起訴もされず、罪状不明のまま釈放された。 拘留中も差し入れ、面会自由。酒も飲み放題だったという。 ハン・ツク・ハク首相(当時)の命を受けて、解放勢力側と接触をはかろうとした人物をたずねたときも、 あまりに開放的なのでびっくりした。秘密的なにおいはまったくなく、こうままにどんどん資料を見せてくれた。 その素朴さと明るさは類がない。 カンボジア王国民族連合政府は自力で解放を達成した数少ない国の一つとなった。 民族運動戦線(赤いクメール)を中心とする指導者たちは、徐々に社会主義の道を歩むであろう。 しかし、カンボジア人の融通自在の行動様式からみて、革命の後につきものの陰険な粛清は起こらないのではあるまいか。(和田前ブノンペン特派員) 1975年(昭和50年)4月にカンボジア全土を占領したクメール・ルージュ(カンボジア共産党)については皆さん、よくご存知だと思います。当時の正式な国名は民主カンボジアでした。 中国の文化大革命の影響を強く受けて極端な原始共産制を主張する共産主義勢力でありカンボジア全土に恐怖独裁政治を執行しました。都市は欧米の影響を受け腐敗している、と住民を追い出しゴースト・タウン化させ銀行を廃止し貨幣経済を否定しました。更に学者や公務員、医師、技術者、学生などのエリート層やインテリを敵視し大量虐殺を行いその犠牲者は100万人とも300万人とも言われています。産業もインフラも教育も医療も完全に崩壊し文化遺産も多大な被害を受けた。宗教も禁止され僧侶やプリマドンナも支配階級に媚を売った、として処刑された。 悪逆の限りを尽くしたクメール・ルージュの指導者だったのがポルポトです。 ポルポトは知識層が反乱を起こす事を恐れ自国民でさえ容赦なく虐殺しました。 犠牲者の大半は無実だったとされます。ナチスでさえ体制に従順な者は殺さなかったのに。クメール・ルージュはベトナムとも激しく対立し1979年1月にはベトナム軍の侵攻によりあっけなく政権が崩壊します。つまり僅か3年8ヶ月という短期間で数百万の自国民を殺したのです。 ところでクメール・ルージュがカンボジアの首都プノンペンを占領した直後に朝日新聞のカンボジア駐在記者だった和田俊氏が上記のような記事を書いています。1975年4月19日の朝日新聞です。 和田俊氏は一体、カンボジアで何を見ていたのか疑いたくなるようなトンデモ記事です。 クメール・ルージュを人民のための正義の解放軍のように表現しています。既に内戦中からクメール・ルージュの凶悪性は世界に知られていたのに・・・・ どう考えてもアメリカが悪の帝國であり共産主義勢力は善良な平和勢力だ、という前提に立っているとしか思えないスタンスである。 百歩譲ってこの記事を書いた時点ではクメール・ルージュの正体が分からなかった、としよう。 しかし、和田氏はこののち朝日新聞の論説副主幹にまで出世しテレビ朝日「ニュースステーション」の解説を1992年10月から1996年3月まで務めたのだ。 本当に朝日新聞の現実を見ない妄想的な体質には呆れ果てる。 20世紀稀の虐殺集団を”アジア的優しさにあふれている”と表現するとは。しかも、その記事を書いた記者は責任を問われるどころか出世コースを邁進した。 朝日新聞 素粒子より 永世死刑執行人 鳩山法相」「2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神
朝日新聞は最近でも素粒子で死刑執行命令を出した当時の鳩山邦夫法相を”死神”と表現して世間から猛烈な反発を受けた。この時は犯罪被害者の会も正式に抗議し流石に謝罪したが・・・ 朝日新聞は無辜の市民より虐殺者や凶悪死刑囚のほうが大事に見える。 これでは社民党と同じだな・・・ 最近、フジテレビやNHKの体質を問う声が大きい。 しかし、朝日新聞に比べたらフジもNHKも可愛いもんだ。マジでこのポルポト容認記事は酷すぎる。
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それで解せたぜ。朝日新聞w
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120222-00000527-san-soci 朝日新聞記者を覚せい剤使用容疑で逮捕 東京本社文化くらし報道部 警視庁 産経新聞 2月22日(水)12時19分配信 覚醒剤を使ったとして、警視庁渋谷署が、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで、東京都江東区白河、朝日新聞東京本社文化くらし報道部記者、新谷祐一容疑者(33)を逮捕していたことが22日、分かった。...
2012/2/28(火) 午前 0:13 [ 日本核武装講座 ]
朝日は数々の捏造歴史を作っただけでも廃刊にすべき新聞社です。
朝鮮TBSがマトモに見える時があるほど、マスコミは腐っています。
傑作・ランクリ○です。
2012/2/25(土) 午前 11:52
近野さん
フジやTBS、NHKも朝日に比べたら子供ですね。
朝日の極左偏向ぶりはもはや異常な病気状態です。こんなトンデモ記事を書いた和田俊が論説副主幹に出世するとは・・・
ポルポトの件に付き全く反省していなかったようです。
2012/2/25(土) 午後 0:05
こんばんは
新聞、あてにしていたら酷い目にあいます。
戦前の新聞は・・・
2012/2/26(日) 午前 2:17
テストパイロットさん
朝日をはじめ戦前の新聞社は当時の国策を賞賛していました。それが戦後はアメリカ型民主主義を賞賛し60年代以降は北朝鮮やポルポトなど左翼勢力を支持しました。
全く自己反省が出来ない連中です。
2012/2/26(日) 午前 10:05
先日の記事にもしましたが、朝日が捏造した従軍慰安婦では米国在住の日本の子供らがレイプ犯人の子孫と白眼されています。
本日のランクリ○です。
2012/2/27(月) 午前 11:15
近野さん
朝日の意図は本当に何なのか、疑問です。
日本の国益より反日集団の擁護としか思えません。
2012/2/27(月) 午後 5:51
シャブで頭がおかしくなっていたんでしょう。NHKも薬中です。
なんだ、みんな特亜マンセーじゃないかw
傑作
2012/2/28(火) 午前 0:11 [ 金沢実時 ]
革命とかが好きなんですかね
価値の無い紙です
2012/2/28(火) 午前 8:15
朝日と毎日は日本人を侮辱する工作機関ですね。
本日のランクリ○です。
2012/2/28(火) 午前 9:48
金沢さん
朝日もNHKもシャブでおかしくなんです。ポルポトを肯定するなんで人民日報と朝日ぐらいでしょう・・・・
2012/2/28(火) 午後 6:40
ナオミさん
全くです。紙の無駄使いです。
2012/2/28(火) 午後 6:40
ポルポト派がいわゆる虐殺を始めたのは外国人報道員を国外追放したあとのことです。1975年4月19日の段階では朝日新聞記者の言うとおりロンノル派に対しての極端な弾圧行為はありませんでした。
また、あなたはロンノル派VSポルポト派の内戦と、ポルポト派VSヘンサムリン派の内戦を混同しています。朝日がこの報道を行ったのは前者のときであり、ポルポト派が虐殺行為を行ったのはその後の独裁期間およびヘンサムリン派との内戦においてです。
2013/6/8(土) 午前 2:21 [ kur*uu*aw* ]