あるいは残酷な世界の憂鬱 (宗像凛)
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Chapter3
時間は過ぎていく。望もうと、望むまいと関わらず。人が命を宿した瞬間に時の鼓動は始まっているのだから。それは、天剣授受者という超絶の力を持った者たちとて変わらない絶対の真理である。
ついに始まった小隊対抗戦。
相手は第十六小隊。機動性で郡を抜いているという話だ。即席の第十七小隊では、連携など話にならないだろう。数は同数。それでも、アレンは負けるなんて思えなかった。理由は多々あるものの、その内の一つだけで十分だった。
「いいのですか、あなたは」
「え?」
「……彼一人に任せてよろしいのですか? 別にあなたでも良かった気がしますけど」
隣で重晶錬金鋼《バーライトダイト》を展開し、念威端子によって戦場の情報を収集しているフェリが相変わらず無感情の顔で尋ねた。訓練が終わった後、少しだけ話す仲になれたものの、ここまで表情が冷徹だと嫌われているんじゃないか、と邪推してしまう。アレンは右手に復元している青石錬金鋼《サファイアダイト》の戦斧鎗《ハルバード》を肩に担ぎながら、既に見えることのできないレイフォンの背中を陽光の影に映して答えた。
「いいんですよ、別に。グレンダンにいた頃と同じです。アイツは日向を、俺は日影を。そんな役割ですから」
「目立ちたくないのですか?」
「はい、出来る限り。面倒ごとは嫌いですし。でも、レイフォンのことに限っては手を出したくなるんですよ。矛盾してますね」
思わず苦笑い。原作でもあるような生死の懸かった面倒事を避けたいのに、レイフォンがその渦中にいるなら助けたいと思う。人として、親友として、何より、リーリンに頼まれているから。矛盾している、とアレン本人も思う。まさに二律背反だと嘲笑することもある。
けど、それで良い。矛盾の一つでもあるほうが人間らしい。『化け物』と畏れられても否定できない力を宿しているのだから、せめて人間性だけは『ヒト』としての原型を保っていたいと思う。
『フェリ、敵の位置を掴めたか?』
「陣内に反応二つ。陣前に反応三つ。動きはありません」
ニーナの言葉に、フェリが淡々とした声で応答した。チラッと横目で見ると、嘘は吐いていません、とでも言いたげに睨まれた。なまじ絶世の美少女なため、その迫力は苦笑で済むものではない。背筋が震えた。
リーリンの眼が笑っていない微笑みも、それはそれで空恐ろしいものだったが、フェリの場合は絶対零度の氷に全身を覆われるような印象を受ける。笑えば可愛いだろうに、勿体無い。レイフォンに恋心を抱けば変われるんだろうか、その時が楽しみである。
「なにか、不愉快なことを考えませんでしたか?」
「いえ、特には」
「そうですか。次はありません」
「…………」
有無を言わせないフェリの台詞に対し、アレンは試合中なのも忘れて嘆息を溢した。今頃レイフォンとニーナは一緒に敵と総力戦を慣行しているだろうが、後方のこちらは特に異常無し。つまりは、上空を飛び交う撮影機の姿も無い。観客が喜びそうな前線へ全て移動している。
――よしよし。これでまた、レイフォンのハーレム要員が増えていきそうだな。
自分が修羅場に巻き込まれるのは御免被るが、他人の修羅場を蚊帳の外から眺めるのは楽しいの一言に尽きる。
学園都市ツェルニ、という世界最悪の場所へ付き添いとして連れてこられたのだから、そのぐらいのエンターテイナーを用意してもらっても罰は当たらないだろう。ていうか、しろ。
「…………」
「どうしました、先輩?」
「苦戦しているようですね」
「は? 隊長が?」
「いえ」
「レイフォンが?」
「はい」
唐突な不利宣言するフェリ。表情から何も読み取れないが、言の葉の節々に宿る疑惑からそれが真実だと悟った。
アレンは通信機越しに吠える。
「おい、鈍感大魔王。何やってんだよ?」
「いや、そんな、こと、言われても――」
「手を抜きすぎだっての」
「アレンが手加減しろって言ったんだろ!?」
「ん? ああ、悪い悪い。武芸長二人分ぐらいでオッケーだ。隊長がやられたら敗けだからな。早く倒しちまった方がいいぞ」
天剣授受者として、レイフォンが小隊の対抗戦で本気を出すわけにいかない。無論、他都市との武芸大会ともなれば本気に近い実力で働くしかないのだが。
取り敢えず、ツェルニに在学している間、どの程度の実力なら不可思議に思われないかを探るために、武芸長であるヴァンゼと手合わせを済ませている。その際、得られた彼の力を元に、アレンたちは行使できる実力の上限を一先ず覚えたのだ。
「貴様! 勝手に指示を出すな!」
「隊長は二人の相手で精一杯でしょう? だから俺が代わりにレイフォンのリミッターを少しだけ外させました。ノープロブレム。後、生徒会長から聞いているはずです。俺は隊長の指示に従わなくてもいい権利を持っている、とね」
「くっ……!」
通信機越しから歯軋りする音が聞こえたが無視する。ニーナ・アントークに深入りするのは危険だ。まかり間違って廃貴族に気に入られたら目も当てられない。ここはレイフォンに慰めさせる。そうすれば堕ちる。デレた隊長を傍目から見るのはとっても愉しそうだ。うけけけ。
「気持ち悪いです」
「あれ、顔に出てました?」
「ええ、はっきりと」
「忘れてください」
「言われなくても、既に消去してあります。二度と見たくありません」
「……う、すみません」
「…………」
――無視かよ。
そんな会話を続けていると、レイフォンとニーナが協力して敵五人を倒し、殺剄で潜んでいたシャーニッドが二射で敵フラッグを破壊し、第十七小隊は観客の予想に反し、初戦を圧勝という形で終了させた。
「…………化け物じみているな、やはり」
「そうだね、あれでまだ本気に程遠いのだから驚きを隠せないよ」
生徒会長室に飾られたモニターから流れていた試合内容を反芻しながら、ヴァンゼ・ハルディ武芸長とカリアン・ロス生徒会長は揃って感嘆の吐息を洩らす。現在、彗星の如く現れた最強アタッカー、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフの名を叫び、興奮しっぱなしの実況が声を荒げているのが難なく予想できた。
「だが、やる気が無いとはけしからん奴だな」
「仕方ないさ。彼が本気を出せば、ツェルニで敵うものは誰もいないだろうね。ここは所詮、卵ばかりが集まる学園都市。言ってみれば、アマチュアの集団だよ。プロの世界に身を浸した彼らからすれば、幼稚な遊びに見えるのかもしれない」
「言ってくれるな。俺たちはその幼稚な遊びに必死こいてるんだぞ」
「ああ、そうだろう。どんなにお遊びのようなものでも、一つの都市を生かさねばならない必死さは同じだよ」
その想いに、都市を愛する想いに上下の優劣は無い。皆、必死だ。自律型移動都市《レギオス》という仮初めの世界でしか生きられないのは全人類共通なのだから。
背凭れに体重を預けていたカリアンは執務机に肘を付き、組んだ手に顎を添える。今尚、興奮冷めやらない野戦グラウンドをモニター越しに眺め続ける。
「だが、あのアレンとか言うのはどうなんだ? 前線に出ることすらしなかったが。ニーナ・アントークがあのような作戦を取るわけが無い」
「アレはアレン君の考えだよ。武芸大会ならいざ知らず、対抗戦ぐらいなら俺が日向に出る必要なんてありません、と断られてね」
「……いけ好かないな。隊長の命令に逆らう輩など、いざというときに信用できないぞ」
「だが、彼の実力もレイフォン・アルセイフと並ぶほど。ツェルニが生き残るためには必要な戦力だよ」
「ならお前は、あの二人のためにニーナ・アントークを潰すつもりか!」
ヴァンゼの拳が執務机を叩いた。獰猛な唸り声が部屋の大気を震わせる。二倍は体格差がありそうな大男に対し、カリアンは一歩引かずに答えた。
「彼女が潰れるかどうか、それもまた都市が生き残ることができたらの話だよ」
カリアンは柔和な笑みを消した。
「君は次の大会に勝てると断言できるかね?」
「戦いに絶対はない」
「その通りだ。しかし、私は絶対を求める。この都市が生き残るためには勝つしかない。そこに敗けは許されない。だからこそ、利用できるものは利用する。切り捨てるものは切り捨てる」
「……ここは教育機関だぞ。育てることを放棄することが許されるわけがない」
「育つさ」
「何を根拠に言っている?」
ヴァンゼは眉を潜めた。今まで感情の唸りと共に溢れ出た剄の余波も微風のように落ち着いている。納得していないが、激怒しているわけでもない。
ただ、生徒会長の答えを待っていた。
「アレン君が言っていたよ。指示に従わないだけで、彼らを強くさせてみせると。第十七小隊が最強の小隊になれるよう、ニーナ・アントークを叱咤してみせるとね。どうやら彼はニーナ・アントークをよほど買っているらしい」
「……最強の小隊。ふん、聞き捨てならんな」
「そう。その調子だよ、ヴァンゼ武芸長。私とて彼ら二人に全てを任せるつもりはないさ。その二人を失えば即座に瓦解してしまうような組織、認めるわけにはいかないだろう?」
カリアンの問いに、ヴァンゼは強く頷いた。移る視線は新たに始まった対抗戦。いずれ訪れる武芸大会本番に向けて、今から戦いは始まっていた。
その夜。対抗戦が終了し、アレンはこれから起こるであろう有事に備えて軽く睡眠を取ろうと考えていたのだが、何故かサーナキー通りにあるミュールの店にいた。半地下、カウンターと僅かばかりのテーブルしかない店では普段はアルコールが振る舞われるのだが、今夜ばかりは店の奥で留守を任され、テーブルにはいつもと違い、大量の料理が盛り付けられた大皿がここぞとばかりに並んでいた。
「どうした、そんな辛気くさい顔して?」
「いえ、何でも」
カウンター席に座っているのはアレンとシャーニッド、そして少し離れてニーナが腰掛け、ナルキとメイシェンはテーブルでレイフォンと談笑を交わし、ハーレイとミィフィを中心にした男女が代わる代わる歌を唄っていた。レイフォンと仲の良い女子三人組、第十七小隊、そして恐らくシャーニッドの友人が集まって祝勝パーティを挙げているわけだ。
――こんな展開だったっけ?
よく覚えていないアレンとしてみれば、首を傾げるしかない。確かにアレンが色々と画策したせいか、現時点で原作と比較すれば、第十七小隊の仲は良いと断言できる。できるのだが、祝勝パーティをわざわざ開くほどか、と問われれば、うーんと悩む他無い。
「にしても、酒も飲まずにあんなに元気とはな」
「ミィフィですか? アイツはいつもあんな感じですよ」
「そういや、お前、仲いいの?」
「レイフォンと仲が良いですね」
「あくまでお前とは仲良くないって訳か」
うんうん、と頷き、シャーニッドはニヤリと嫌な笑みを作る。
「そうやって、日影にいるのは楽なのか?」
「フェリ先輩から聞きました?」
「うんにゃ。お前とレイフォンの関係性を眺めてたらな、自ずとそういう結論に至ったわけだ」
「凄いですね、見ただけなんて」
「くくく、狙撃手の眼は誤魔化せないってな」
で、どうなんだ?
シャーニッドの問いに、アレンは手にしたグラスを傾ける。嚥下する飲料水の余韻に浸りながら、躊躇せずに首を縦に振った。
「楽ですね。厄介事は御免です」
「小隊員はモテるんだぜ? アイツ並みの働きをすりゃ、一気に時の人だし、有名人だ」
シャーニッドが顎で指し示す先にいるのはレイフォンだ。ナルキの質問攻めと、メイシェンの作った料理の感想などと忙しなく対応を求められている。うーむ、アイツが女性関連で困っている様子は眼福眼福。
いや、今は自分のことを考えないと。正直な話、モテるモテないと考えたことなんて無かった。小隊員にそれぞれファンクラブが出来るのも漸く思い出したぐらいだ。
「一年生で小隊員、それだけで十分ですよ」
「欲がねぇなぁ」
「先輩は欲に忠実過ぎると思いますけど」
「馬鹿。すくねぇ青春の時間を濃密に過ごそうって考えるのは当然のことだろうが」
「ああ、そうですね」
「棒読みで肯定されても嬉しかねぇよ」
「というか、フェリ先輩は?」
「さぁ。フェリちゃん、こういうの嫌いだろうしな、最初から参加してねぇんだろ」
あの目立つ白銀の長髪が見当たらないから尋ねてみたが、シャーニッドの言う通り、フェリが積極的にこういう催しに参加していると思えなかった。レイフォンに恋をすれば参加してくれるのだろうが。
「アレン、話がある。店を出るぞ」
「え?」
「いいから、来い」
まさに唐突。シャーニッドとの話が一区切りついたと判断されたのか、ニーナに首根っこを掴まれて、静かに店を後にする。シャーニッドの楽しそうな笑い声が鼓膜を揺すぶっている間にも目的地へ移動し続け、気付いたときには人通りの少ない公園にいた。
街灯に照らされるニーナの様子は今も酷く悩んでいた。眉間に皺が寄せられ、男性的な印象をより強く受ける。美人なのに勿体無い。
「あの、なんの話ですか? 隊長の命令に逆らう権利のことは、生徒会長から認証してもらってるんですけど」
「違う。……いや、それもあるにはあるが、お前が対抗戦で表に出ない理由を聞きたい」
「そんなの、俺が日影でゆっくりしたいからに決まってるじゃないですか」
「本当にそれだけか?」
「はい?」
「私たちを強くさせようとしているんじゃないのか? 何だかんだで冷静に戦場を俯瞰しているし、あのレイフォンに手加減させているのも納得できる」
猪突猛進で考えることを放棄している存在だとは考えていなかったけれど、まさか一試合だけで看破されると思わなかった。アレンがニーナを高く評価していることについては知られたくなったんだが。
「強くなってくれたら、武芸大会で俺が少しでも頑張らなくて良くなるじゃないですか」
「本当に、面倒なことが嫌いなんだな」
「好きな人とかいるんですか?」
「――剄とはこの生きにくい世界で天から授けられた力だ。私たち武芸者は、それを使って都市を護るために存在する。そのためなら多少の辛苦を我慢するのが当然だ」
彼女の理想を、武芸者として本来あるべき姿を、アレンは否定するつもりなどない。むしろそうするのが普通であり、その理想を貫き通せるならそうすべきである。
ただし、アレンは違う。
元々、平和な日本という国の高校一年生だったのだから。この世界の思想や理想をまともに受け入れる訳がない。
誇りより命、善意より金。
生きていくためにそう考えるのが必要だった。
「平行線ですね」
「いつか、お前に解らせてやる」
「来ないと思いますよ?」
「いや、きっと来る。お前はお前の本当の心を知らないだろうからな」
「…………」
アレンが怪訝な表情を作った、その直後だった。足元が揺れた。大地そのものが揺れ動き、彼にとって慣れ親しんだ鼓動が伝わってきた。
「これは……何だ?」
「都震ですよ。そして、俺の予想が正しければ――」
記憶が正しければ、『奴ら』が来たのだ。