あるいは残酷な世界の憂鬱 (宗像凛)
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Chapter1


 結局のところ、アレンに選択肢は無かった。原作の知識からも推測できたように、学園都市ツェルニの生徒会長カリアン・ロスは入学式直後にレイフォンとアレンの二人を生徒会長室に呼び出した。言わずもがな例の件である。
 学園都市は様々な『科』に分かれている。一般教養科、武芸科など多数あるが、その全てにおいて上級生が下級生に物事を教える役割を担っている。都市の管理、運営も子供だけで乗り切らなければならない。その点で言えば、生徒会長はツェルニの実質的なトップなのである。その部屋ともなれば流石に豪華。小説の挿し絵通りなのが恐ろしい。どういう世界なのだろうか、と改めて思う。まさか本当に本の世界へ入り込んだわけでもあるまいし。

「――解っていただけたかな?」

 長い長いカリアンの説明がようやく終了した。要は、現在ツェルニの危機なのだ。全ての都市はセルニウムという燃料が無ければ動くことができなくなる。つまりは、汚染獣に襲われて死に至る。よって、都市はセルニウム鉱山を求めて数年に一度他の都市と戦争を起こす。学園都市同士の場合だと、武芸大会と名を改めているが、基本的に武芸者同士が戦い、買った方は鉱山を奪えるものの、負けたら鉱山を奪われる方になる。よって、都市が生きていけなくなるのだ。

「俺たちを小隊に入れるのは万全を期すためですか?」
「その通りだよ、アレン君」
「……武芸科の一生徒でも勝てそうだけど」

 そして、ツェルニは現在一個しか鉱山を保有していない。後一度負けたら保有する鉱山数が零になる。そのためにカリアンは様々な手を打って、そして希望を見付けた。武芸者の最高峰、天剣授受者が二人もツェルニへ来る、と。これなら普通の都市と戦争しても勝てるだけの戦力が整ったことになった。天剣が無くとも、その技量に衰えは見当たらないからだ。
 レイフォンの言う通り、適当に武芸科の一兵士として動いても、ツェルニは勝てるだろう。本音を言うなら、二人の内どちらか一人がいればそれだけで勝てる。そのぐらい学生と天剣授受者の力量は違う。まさに天と地だ。しかし、カリアンはそれを知らない。厳密に言うなら知っているのだろうが、信じられないという点に尽きるだろう。

「そもそも、どうして僕たちが天剣授受者だと知っているんですか?」
「五年前、君たちが天剣授受者となった試合を見させてもらったんだよ」
「ほら、レイフォン。リーリンが以前言ってただろ? 銀髪の男がお前に会いたいってやって来たって」
「……そんな事あったかな?」
「忘れてんのかよ……」

 やれやれ、とアレンはこれ見よがしに肩を落とした。自分の親友は、興味の無い物に対して全くと言っていいほど無関心である。

「とにかく解ってもらえたかな?」
「僕は別に……――」
「俺は嫌ですね」

 レイフォンが特に何も考えなく頷こうとしたのを眼で諌める。原作と違い、武芸者であることに疑問を抱いていないヴォルフシュテイン卿なら二つ返事で首肯することは解っていたが、あまりにも考え無さすぎると思う。
 アレンはカリアンの眼を真正面から受け止め、

「そもそも、どうやって一年生という立場でエリートである小隊員にさせるつもりですか? 俺たちに武芸科からのやっかみを受け続けろとでも?」
「そこは私がどうにかしよう」
「どうにかできるんですか? 武芸者の清廉さを過大評価している気がするんですが」
「ふむ。……つまりは、私の予想以上に嫉妬されてしまうと」
「ええ。俺やレイフォンみたいに、武芸者とは清廉潔白でなければならないとかヘドが出ると思ってる奴らもたくさんいます。人間なんだから嫉妬だってしますよ」
「しかしだね……」
「条件があります」

 レイフォンは良い。馬鹿な武芸者二人の争いに巻き込まれたメイシェン・トリンデンを助け、あまつさえ一目惚れさせたのだから。まさに女落とし。小隊員になって幾らでも武芸科生徒からやっかみを受ければいいのだ。ざまぁみろ。
 だが、アレンには何のメリットも無い。目立ちたいわけでも、救世主紛いの事がしたいわけでもない。ただ平凡に過ごしたいのだ。無理だって解ってるけど、望むだけはタダなわけだし。しかし、その望みは叶わない。なら、アレンは条件を出す。

「一つ、俺だけ小隊長の命令に逆らえる権利を」
「それは……」
「一つ、武芸大会に勝つ、もしくは汚染獣を退治した際にお金を支払うこと。これぐらい、生徒会長ならできますよね?」
「――幾らかな?」
「安心してください。法外な値段を叩き付けようなんて思っていませんから。ただ、遊んで暮らせそうなお金が欲しいだけです。報酬として」
「ふむ……」

 原作知識が正しければ、これからツェルニは幾度も危機を迎える。幼生体だけならまだしも、老生体やハルペー、そしてグレンダンからサヴァリスだってやって来る。報酬が無ければやってられない。アレンは聖人君子でもなければ、武芸者が持つべき清廉潔白さも持ち合わせていないからだ。

「良いだろう。ただし、君の実力を証明してもらってからだよ? 誰かニーナ・アントークを呼んで――」
「生徒会長、新入生のことでお話があるんですが――ッ!」

 意思の強そうな青い瞳を持った金髪の女性が入ってきた。まさに飛んで火に入る夏の虫だった。











 ニーナ・アントークはただただ喜んでいた。前回の武芸大会に味わった無力さを二度と繰り返さないために、第十四小隊を抜けて、新しく第十七小隊を作った。隊長になるのは四年生からと決まっているが、そんなものは生徒会長の権力で無理矢理ねじ曲げた。軽い性格だが、優れた腕を持つシャーニッドと、生徒会長の妹で念威操者のフェリが小隊に入り、三人ながらも小隊は活動を始めたのだ。そして、一年生の中に見付けた。ニーナの眼に掛かる実力を持った新入生がいたのだ。

「さぁ、始めよう」
「アレン、どっちから始める?」
「さぁな、じゃんけんで良くね?」

 第十七小隊に割り振られた練武館の室内にて、意気揚々と錬金鋼《ダイト》を掴むニーナと違い、目の前の二人は面倒なことになったなぁ、と表情に浮かばせていた。茶髪の優柔不断そうな少年は首を傾げ、黒髪の鋭利な印象を受ける少年は後ろ髪を無造作に掻く。
 先輩を馬鹿にしている姿に激昂するものの、興味深そうに彼らを眺めるシャーニッドを見て気持ちを落ち着かせた。こんなことで怒っていたら話が前に進まない。座って本を読むフェリは無視。彼女にやる気が無いのは最初会ったときから知っている。

「あ、負けた」
「まぁ、俺が先で妥当だよな。レイフォンは加減を知らないから」
「そんなことないと思うけど」
「ガハルドの時は上手かったよ」

 じゃんけんで勝ったアレンが一歩前に進む。どうやら彼が最初に手合わせするらしい。どんな得物だろうが、ニーナは自分が負けると思っていない。幾ら筋が良いとは言え、一年生が三年生に勝てる訳がない。そして、勝てそうな人材をわざわざ学園都市に送る都市がある訳が無い。

「あの、すみません。隊長の得物って何ですか?」
「なに……?」
「いや、ハンデ的な感じで」
「いいんじゃねぇか、ニーナ。ハンデ有りでも、新入生相手に負けるお前じゃねぇだろ?」
「――良いだろう。私の得物は双鉄鞭だ」
「じゃあ、ハーレイさん。隊長と同じ武器を渡してください」

 幼馴染みのハーレイが戸惑いながらもアレンの要求を受ける。黒鋼錬金鋼《クロムダイト》で造られた双鉄鞭を渡した。それを手に取り、始めますか、と苦笑した。

「ああ、始めるぞ」
「はい、じゃあ……」
『レストレーション!』

 復元鍵語によって、掌サイズの錬金鋼が二つの鉄鞭に変わる。ずっしりと感じる重さが高揚感を湧き出させてくれた。
 内力系活剄によって増大した身体能力を用いて、ニーナはアレンへ距離を詰める。相手はまだ構えすら見せていない。剄を張り巡らせただけだ。見るだけで解る。アレンの得物は本来双鉄鞭ではない、と。

 ――関係ない!

 敵がそれを望み、この手合わせへ臨んだのだ。今さら言い訳を並べることも出来はしないだろう。それでも、少しだけ失望感を覚えた。この男は見込み違いだった、と。
 ニーナは躊躇いなく双鉄鞭の片割れを頭上から振り翳す。頭を潰す覚悟だ。いくら学生の武器が殺傷能力の潰されたものだとしても、剄を乗せた一撃を頭に喰らえば入院は免れない。しかし、ニーナは武芸者であり、これはアレンの力量を計るのが目的。本気ではないものの、手を緩めても意味は無い。そんな思いは次の瞬間、崩れ去ることになる。

「なっ――!?」

 消えた。アレンが、消えた。
 ニーナの武器が空しく虚空を通り抜ける。当然だが、手応えを感じない。当たる、と思われた攻撃が外れた時の感覚は、何度味わっても心地よいものではなかった。

「どこに消えた!」
「ここです」

 背後からの呟き。迫り来る武器の気配と巻き上がる風の脅威に身を屈めると、頭上を横一閃に鉄鞭が振り抜かれた。恐るべき速さ。避けることができたのはアレンの声があったからだ。つまり、敵によって躱わさせてもらったのだ。この、ニーナ・アントークが。

「貴様、わざとか? それに、双鉄鞭も貴様の得物ではないだろう?」
「だからさっき言ったでしょ? ハンデだって」
「…………!」

 間合いを開けて放った問いも、アレンの傲慢とも取れる言葉で返された。頭に血が昇るのが解った。下手な挑発よりもこめかみがひきつる。
 ニーナは再び床を蹴った。爆発的に得られる加速によって、アレンの胸元へ一直線に進む。双鉄鞭を握る手はこれ以上無いぐらい力が込められている。

「はぁ」

 鉄鞭の攻撃に合わせて、やる気無さげに動くアレン。こちらの繰り出す打撃全てを紙一重で回避し、無造作にニーナ目掛けて鉄鞭を薙いだ。
 慌てて双鉄鞭を斜めに交差させて向かい打つ。だが、込められた剄の量は圧倒的だった。

「ぐぅうううう!!」

 鍛えられた身体も、踏ん張った脚も、鉄鞭を持つ腕も何もかもが痺れて、そのまま弾き飛ばされた。宙に浮く感覚。直後、背中から壁に叩きつけられた。
 肺から空気が絞り出された。息が出来なくなる。磔刑に処された罪人のような格好を数秒味わい、ニーナは床に崩れ落ちた。軋む身体を奮起して立ち上がろうとしたが、

「終わりです」

 頭に鉄鞭の感触が。思わず顔を上げると、涼しい顔をしたアレンがそこにいた。既に剄も納めている。しかし、眼の鋭さだけは変わっていなかった。いつでも、殺れる。言外にそう言われている気がした。

「……おいおい、マジかよ」
「ニーナが負けるなんて……」
「……………」

 シャーニッド、ハーレイ、フェリの順番に驚きから眼を見開く。銀髪の少女は本からチラリと視線を移しただけだったが。

「さてと、次レイフォンだろ?」
「あの、僕は刀でお願いします」
「え? あ、ああ、うん」

 ニーナが立ち上がると、アレンは既に錬金鋼を元に戻している。その背中からは、最後の一撃から感じた気迫を感じられない。決して錯覚ではなかった。心の底から恐ろしさを感じた。

「お前、本気だったのか?」
「……さぁ」

 ニーナの声に、アレンは答えを明確にしなかった。ただ、訊かずとも答えは解っていた。ハンデだと、彼は言っていたのだから。

 結局、レイフォンには外力系衝剄で破れたニーナ。感じていた喜びは戸惑いと悔しさに早変わりしていた。

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