あるいは残酷な世界の憂鬱 (宗像凛)
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Prologue



 世界は残酷だと知った。
 アレンは見慣れた街並みを眺めながらそう思った。誰もが明日への活力に満ち溢れている中、黒髪を適当に跳ね立たせ、野蒲萄の瞳を持つ少年はため息を洩らす。幸せを逃すという呼気は、夕焼けに染まる煉瓦造りの建物に隙間に溶けていく。

 ――どうしてこうなった?

 答えは決まっている。世界の修正力、もしくはバタフライ効果。因果律の調子が狂っていただけで、これからの事はまさに予定調和なのだろう。人間一人が書き換えることのできない世界の道標。エピローグに向かうためには、プロローグを始めなくてはならない。それが、アレンの努力を上回っただけ。巻き込まれる方からすれば、余計なことすんじゃねぇよ、の一言である。

 ――せっかくさ、原作崩壊できそうだったのに。

 鋼殻のレギオス。アニメ化もした有名なライトノベル。汚染物質により荒廃した世界のせいで、自律型移動都市の上でしか生きていけない人達の物語。何故かアレンはその世界に転生していた。サッカー部の帰り道、不思議な粒子の漂う裏路地に入り込み、空間の隙間に手を伸ばしてみたのが運の尽き。いつの間にか赤ん坊になっていたのだから、驚きと絶望を感じて叫び声を上げたのだが、彼はただの赤ん坊。親兄弟も全員、また泣いているな、と温かい視線を送ってくれやがった。

 ――何とか生き残ったけど。

 そう、アレンは必死にこの世界で生きていた。槍殻都市グレンダンという、マジでふざけんなよ、みたいな世界で唯一狂った自律型移動都市に生まれ、武芸者としての才能を活かして汚染獣という虫に似た生き物と戦い、今まで何とか命を紡いできた。何度も死にそうになったし、戦うことそのものが嫌いだった。元は日本人なのだから当然だが。
 しかし、この都市は武芸者であれば戦わなくてはならない。明確に法整備されているわけではないが、暗黙の了解としてグレンダンを覆っている。アレンが勁脈を持って生まれてきた時点で、彼の運命は既に決定していたのだ、本人の意思や希望に関係なく。何故なら、普通の都市であれば避けるはずの汚染獣に向かってグレンダンは進むのだから。戦えるべき人間は戦わなくてはならないのだ。それでも、幼い頃は殆ど適当だった。全力など家族の前ですら出したことはなかった。学生になれる年齢になったら、ツェルニ以外の学園都市に行こうと決めていた。
 しかし、小さい頃に起こった食料危機。そのお陰で親兄弟が死んでから、戦うことだけを考えて、強くなることだけを考えて、たった一人で生きてきた。二度目の生、望んでいない命であったが、やはり血の繋がりというのは困ったもので、親兄弟を愛していた。だからこそ悲しみを感じないように無我夢中で走り続けた。幸いなことに才能はあった。何度も勁脈拡張という、原作でも極稀に起こる、と表現されていた珍事も頻発した。

 ――レイフォンかよ、って突っ込んだよな、あのときは。

 お陰で、アレンは原作レイフォン並みの速さで成長した。茨輪の眼を持つリーリンがいないのに、彼女の守護者としての任を与えられたレイフォンでもないのに、何で俺もこうなったんだろう、と何度考えたことか。結局、答えは出ないままだったが。本気で才能なのかもしれないと結論付けた。というか、そうであって欲しかった。自分の誇り云々ではなく、イグナシスとかアイレインとかと関係が有ったら嫌だからだ。

 ――原作崩壊にならないよう気を遣ったってのに。

 レイフォンとアレンが十歳になったとき、天剣決定戦が有った。原作通り、レイフォン・アルセイフが天剣授受者となった。そう、決勝でアレンがわざと敗れたから。彼も天剣でなければ本来の実力を発揮できないが、老生体と一対一で戦うなど御免だった。その頃には悲しみから脱却できていたし。元々、転生前の積み重ねがあるから精神年齢が高いのだ。そこそこ冷静になり、レイフォンに天剣を押し付けた。
 ここまでは良かった。
 だが、グレンダンの女王アルシェイラの眼は誤魔化せなかった。彼女はアレンがわざと負けたことに気づいており、説得という名の脅迫を僅か十歳の少年に行使した。――その結果、アレンは幻の天剣授受者として行動することに。厳密に定義するならば、レイフォン付きの仮天剣授受者となったのだ。まだまだ精神的に幼いレイフォンを、歳の割りに精神年齢の高いアレンがフォローするといった形である。
 問題はあった。レイフォンの優しさや鈍感さ、幼い部分や達観した部分などに巻き込まれるのは良かったのだが、原作を崩壊しないように気を遣うのが疲れた、それに比べたら老生体との戦いもまだ楽だったと思える。ストレスで禿げるんじゃないかと本気で思ったほどだ。

 ――そして、ある意味色々なことが起きた。

 レイフォンの賭け試合がグレンダン中にバレた。天剣を決める試合に負けたガハルド・バーレンの告発によって。様々な人間がレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフを非難した。天剣授受者でありながらそのような事に手を汚すとは、と。
 当初、アレンは傍観しようと思った。一応、ガハルドを殺そうとするなよ、苛立っているだろうが普通に倒せ、とレイフォンにアドバイスしたお陰で、あの告発者が腕を無くすことは無くなった。だが、前以て言われていた通り、告発した。ここからは原作通りに事が運ぶだろうと確信し、そして関与しないと決めた。
 だが、ここ四年、レイフォンと関わって解ったことがある。コイツは武芸者としてしか生きられず、リーリンと手を取り合って生きていた方が幸せなのだ、と。原作通りに事が進めばそうならない。ならば、俺が最低の未来だけを避けさせなければならないのではないか、そう思ったのだ。そして、アレンは女王に直談判し、都市民に対してレイフォンが何故賭け試合に出ていたのか、グレンダンの孤児院の現状などを事細かに説明した。それによって擁護する者、孤児院の惨状に嘆く者が現れたのである。それでも、誇り高い武芸者はレイフォンを非難した。天剣は殆ど無視だったが。
 結局、アルシェイラは擁護派と非難派の折衷策を取り、レイフォンを六年という期限付きの放逐をすることに決定した。武芸一辺倒だった彼が学園都市で常識その他を学ばせるのが名目。実際は、時間稼ぎをして非難派の圧力を和らげること。ただしこれでも非難派は納まらず、アルシェイラは面倒臭くなったのか、新たなことを決定した。
 それが、アレン・メラベラスもレイフォンに同行する、というある種本人にとって最悪の決定だった。

 ――あのアマァ、女王じゃなかったら殺してるところだぞクソッタレが。

 そして今現在、アレンは学園都市ツェルニへ向かう放浪バスに乗り込もうとしている。その元凶は原作通りリーリンからキスされていた。

 ――リア充死ね。

 親友であるが、同時に絶対に近付きたくない男。主人公であるがゆえに巻き込まれる様々な不幸。この時点から、もう本当に未来が嫌になってくる。有り得ない、と思った。グレンダンで生まれ、ツェルニに行くなんて誰かが決めたレールを走っているような感覚を受ける。これで廃貴族に認められようでもしたら泣いて絶望する自信がアレンにはあった。

「どうしたの、アレン」
「……いや、何でもねぇ」
「ごめん、僕のせいで。アレンは関係ないのに」
「それは良いって言ったろ。賭け試合のことを知ってた段階で、俺も共犯者みたいなもんだ。今さらウジウジしてても仕方ねぇよ」

 そう、仕方ない。汚染獣関連はレイフォンに任せよう。原作と違う幾つかの点で最も重要なのは、既にレイフォンがサイハーデン刀争術免許皆伝をデルクから渡され、武芸以外の道を探そうとしていないことだ。
 これなら、天剣は無くても彼本来の力が発揮されるはずだし、何よりもウジウジと何かを悩むこともないはず。恋愛関係のことは諦めろ。お前は鈍感大魔王であるしかない。親友を見ながら、アレンは考える。

 ――ああ、憂鬱だ。

「そういえば、レイフォン」
「なに?」
「リーリンとのキス、どうだった?」
「ぶはっ!」


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