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本編
ダイジェスト版2‐1




 昼過ぎ、悠介は何時ものように神民衛士隊の控え室に顔を出した。悠介は部下との交流を理由によくこちらの控え室に下りてきては、部屋の調度品をカスタマイズで修理したり、持ち込まれた安実酒を美酒に調整するなどして、彼等との親睦を深めている。
 悠介の任務は下々の者達を観察し、彼等の声を聞き、それらをヴォレットに話して聞かせる事である。街の巡回任務をこなす一般衛士達からは様々な噂話や裏話を聞くことが出来た。

「隊長は、今日も街すか? おおっとぅ、抓み抓み~」
「ああ、何時も展望塔の方ばっかり回ってたからな、今日はちょっと別の所も見て回ろうと思う」

 宮殿を出た悠介は馬車を使わず、移動力に特化した補正効果のある指輪の力で低民区まで走る。闇神隊の隊服は手袋やベルト、ブーツに至るまで全て身を守る為の特殊効果を付与してあるので、他の部分は指輪や腕輪等を使うのだ。

「さてと、今日はモーフ牧場のある方でも見に行くか」

 街の西側には広大なモーフ牧場が広がっているのだが、近年ブルガーデンの工作と思われる猛獣や魔獣の被害が相次いでおり、街の北側か東側への移転が計画されている。外周に住む無技人達の中には牧場でモーフの世話などをして生活費を稼ぐ者もいた。
 そんな低民区西側通りを歩いていた悠介は、知った顔を見つけて足を止める。

「イフョカ……?」

 衛士隊の甲冑姿ではなく、普段着らしき街服を纏ったイフョカが、胸元に抱えた荷物に半分顔を埋めながらトテトテと小走りに通り過ぎていく。悠介はこうして見ると本当に衛士っぽくない普通の少女だなぁという印象を懐きながら、その姿を眼で追った。
 何となく行き先が気になった悠介は、ぶらぶらと路地を歩いてみる事にした。

 薄暗い路地を抜けると、そこは無技人達が住む一角、貧民窟(スラム)のような無技人街が広がっていた。イフョカのような子が無技人街に何の用事だろう? と、更に気になった悠介はイフョカの後を追って無技人街へ足を踏み入れる。
 そうして追跡を続ける事しばらく、イフョカは一軒の家へと入って行った。角石と木材で組まれた小屋っぽい一戸建て。その家の前まで歩いて来た悠介は、中から話し声が聞こえて来たので耳を(そばだ)てる。

「もう行くのかい? もっとゆっくりして行けばいいのに」
「うん……でも、衛士隊の訓練もしておかないと……仲間に迷惑掛けちゃうから」

 普段より若干流暢に話すイフョカはそう言って家の布扉を潜り、そこに悠介の姿を見つけて思わず飛び上がった。

「ひぇっ! た、隊長!」
「や、やあ」

「ああのっ どどうしてここに?」
「いやぁ、ちょっと街で見掛けたから、何処行くのかなーと思って……」

 そのまま『後を付けてきた』とは言い辛い悠介は、ちょっと気まずそうに言葉を濁す。それを別の意味に解釈したイフョカが凄い勢いで釈明を始めた。

「ちちち違うんです! 隠してた訳じゃ無いんです! い、今任を解かれると……こ、困るんですぅっ!」
「お、落ち着け、落ち着け。何の事やらさっぱり分からんぞ」

「……どうした、イフョカ」

 そこへ先程家の中から聞こえた声とは違う男の声が響き、頭と身体に包帯を巻いた白髪の少し大柄な若者が布扉を捲って現われた。若者の後ろには、心配そうにこちらを窺っている年輩の男性と女性の姿も見える。その二人も無技人を示す白髪に白瞳だった。


****


 イフョカの両親は無技の民だった。イフョカは自分が無技人街出身である事を知られれば、闇神隊の体裁の為に任を解かれるのではないかと不安を抱えていたらしい。

「そーなのかー」

 悠介はその一言で済ませて出身など問題にしない事を告げると、イフョカを安心させた。彼女の家に少しお邪魔する事になった悠介は、先程の若者について話を聞いていた。
 彼が大怪我を負った状態でこの家に運び込まれたのは、悠介が仕官しに宮殿を訪れる少し前。イフョカの両親がモーフ牧場で魔獣に襲われていた所へ助けに入り、その時に負傷したのだという。シンハと名乗った彼は、諸国を放浪する旅人らしい。
 イフョカの両親はお互いに傷が癒えるまでこの家でゆっくり養生しようと勧めて、彼も暫らく世話になる事にしたのだそうだ。無技人の一人旅は珍しく、しかも彼は剣を所持していた。少なくとも、フォンクランク領内の無技人が狩猟以外で武装している姿はあまり見ない。

「その剣って本物?」
「……ああ、勿論そうだが。 やはり気になるか?」

 シンハは悠介が武装の事を気にしているのかと考えた。フォンクランクの宮殿衛士、ましてや英雄と称えられる精鋭衛士としては、武装した怪しげな無技の旅人が首都に入り込んでいるなど、見過ごせない事柄なのかもしれない、と。しかし――

「いやー剣らしい剣とか見たことなかったから」

 珍しくてつい見惚(みと)れていたという悠介に、シンハは訝しむ。何かしら探りを入れて来る気配も無く、見掛けも変わっているが何処か他の神技人達とは根本的に違うような異質感を覚える。
 その時、イフョカの母が『何時も娘がお世話になってます』とお茶を持ってやって来た。

「あ、ども」

 悠介はお茶を受け取ると一口啜る。その姿を見て、異質感の正体が分かったシンハは悠介に興味を持った。無技人の老婦に頭を下げ、無技人の安っぽいお茶に躊躇無く口をつける。悠介には無技人に対する優越的な感情の気配がまるで無いのだ。

「……見るか?」

 シンハは壁に立てかけてあった鞘に納まる大剣を悠介に差し出した。本物の剣を見るのは初めてだったので、喜んで見せて貰う悠介。

「ん? 折れてるのか」
「ほう、持っただけで分かるのか」

 早速カスタマイズメニューを開いてステータスを調べていた悠介は、剣が中程で折れている事を確認した。素材は晶貨よりも高級な金属らしい事は分かる。白金(しろがね)大剣(たいけん)

「良かったら修理しようか? これだけ良い剣なら色々特殊効果も付けられると思うし」

 修理を請け負った悠介は、カスタマイズメニューで剣の状態を弄りつつ、最終的な仕様を決める為に色々と質問を投げ掛ける。

「んー、こんなもんかな……実行」

 光のエフェクトが白金の大剣を包み込み、やがて光の粒を残して消え去ると、床上には修理された美しい白金の刀身を持つ大剣が残された。

「一応、治癒効果も付けたから、その傷も治ると思うよ」
「治癒効果?」

 悠介の言葉を訝しみながらシンハは愛剣を握った。その瞬間、身体中に力が漲るような感覚を覚え、傷口に熱と痒みが走る。

「これは……!」

 包帯を解いて見ると、背中から脇腹、胸元に掛けて刻まれていた傷がジリジリと塞がっていく。まるでそこそこ熟達した治癒系水技のような効果が、自身の愛剣から発せられている事に、彼は驚きを隠せない。

「とりあえず要望通りに攻撃力は据え置きでそのまま、攻撃速度上昇も付けて耐久力も弄っといたから」
「要望……」

 一撃で折れるような負荷でも掛からない限り、どれだけ使っても壊れる事は無い筈だと説明されて、シンハは自分の愛剣を見つめる。見た目は鍛え直したときのような感じだが、確かに、今までと比べて握った感覚に違和感があった。

 その後、外に出て案山子の試し斬りなどで暫し愛剣の力を堪能したシンハは、剣を鞘に収めて悠介に礼を言うと、何かを確かめるように問い掛けた。

「正直、有難い。だが、これほどのモノを……余所者の俺に与えていいのか? それに、俺は無技の民だぞ?」
「あー俺ナニ人とかその辺りに偏見無いから、部下の両親を助けてくれた御礼って事でいいんじゃないかな?」

 一応、特殊効果を簡単に付与できる事は口外しないでくれと注意を入れておく。

「アンタは面白い神技人だな、俺はガゼッタのシンハ・トルイヤード。何時かアンタの力になる事を約束しよう」

 そう言って差し出されたシンハの右手を、悠介はしっかり握って握手した。


 そろそろ夕方になろうかというサンクアディエットの街並みを眺めながら、悠介はイフョカと並んで衛士隊の詰め所に向かっていた。

「そういえば、無技人街の人達ってイフョカとは普通に接してるよな」
「はい、私は……小さい頃からあそこに居ましたから……」

 他に無技人街で親しくしている衛士はいないのかと訊ねる悠介に、イフョカは静かに首を振って答える。

「みんなは、衛士の事をきら……怖がってますから……街の神技人と何かトラブルが起きると、いつも……」
「割り食わされてる?」

 ショートの緑髪が揺れ、こくりと頷くイフョカ。

「ふーむ、どうしても身分ってのは関係して来るんだろうけど……治安維持は手を抜くべきじゃないよなぁ」
「隊長……?」

 悠介は無技人との関わり方について、考えを巡らせ始めるのだった。


****


 宮殿に戻った悠介は早速その日に得た情報をヴォレットに報告した。シンハの事を話した時、ヴォレットは一瞬驚いたような顔を見せ、クレイヴォルが顔色を変えて席を立とうとしたが、ヴォレットはそれを引き止めると一切の口外を禁じた。
 そして悠介にもシンハの事はしばらく誰にも話すなと釘を刺して置く。彼についての詳しい話は、また後日にでもと言うヴォレットに、悠介は何か複雑な事情でもありそうだと判断して頷いた。

 その後、無技人街の事を話題に、無技人と神技人との関係について話したのだが、一般衛士達も含めて意識改革をという悠介の考えは、謂わば信仰にも関わる問題なだけに中々難しいのではないかとヴォレットも腕を組む。

「意識改革は簡単にはいかないだろうけど、国のトップが協力してくれるなら手っ取り早い方法はあるんだよな」
「ほう? それはどんな方法じゃ?」

 保護条例の公布だと、悠介は端的に語った。




 夜明け前――

 要塞都市パウラの長大な防壁の影で、ゼシャールドは協力者の男からフォンクランクの近況報告を受けていた。

「そうか、ユースケは上手くやっておるのじゃな。 それにしても……聞く限りでは凄まじい力じゃな」
「流石にアレには僕も驚きましたよ」

 危うく巻き込まれる所でしたと彼は笑う。

 今、この要塞都市パウラではギアホーク砦で風の団が壊滅した事により、戦力の復旧を急ぐ動きが活発化していた。神民兵からの引き抜きや新兵の募集などで連日バタバタしていて慌しい。その為か、ゼシャールドに対する監視も日に日に緩くなり始めていた。

「ワシは近々、水巫女の女王に接近する」
「……第一首都、コフタですか」

 ブルガーデンは元々山頂のシャルナー神殿に集まる信徒達が神殿の周囲に住み着いて街を形成し、そこから建国された小さな王国だった。第一首都である山頂の街コフタには、シャルナー神殿を居城に国民から絶大な支持を受ける女王が君臨していた。

 水巫女の女王リシャレウスと、イザップナー最高指導官、両者の間には反目こそ見られないものの、双方の政策や意見は決して一致している訳では無いらしい。お互い無干渉に近い関係で、第一首都と第二首都それぞれに個別の統治を布いている。
 ゼシャールドはこの辺りに付け込める隙があるのではと見ていた。

「なら、こっちの観察情報もそっちに運びますよ」
「いつもスマンのう」

「いやあ、ユースケ君から報酬は貰ってますから」
「報酬?」

 首を傾げるゼシャールドに、彼は微笑みながら小さい虫のような物体を取り出して見せた。

「よく釣れるんですよ、この釣り針」




 シャルナー神殿の膝元に広がるコフタの街は、山頂付近の僅かに開けた場所を街の入り口として、無数に掘られた坑道の中に住居施設が広がっている。カルツィオで最も高い場所にある地下の都であった。

 山頂の神殿を居城として、日々静かに暮らすことを望む水巫女の女王リシャレウスは、執政官から届けられた書状に憂鬱な溜め息をもらす。謁見を要請する内容のそれには、ゼシャールドの名が記されていた。

 最近ブルガーデンの神技指導官に就いたと聞く元フォンクランクの宮廷神技指導官。またぞろイザップナー最高指導官が絡んでいるのだろうと思うと、気持ちが重くなるというものだ。

 イザップナーは王亡き現状は亡国の危機にあると国民を煽り、隣国に付け入られないようにフォンクランクを牽制する名目でパウラ要塞の都市化事業を進めて行く中、国の中枢を自分の派閥で固めていった。
 彼が急速に実権を握って行く事への懸念を示す旧王党派官僚達もいたが、リシャレウスを国民的象徴に添える事で王の権威を持たせて、忠誠に対する信頼を持って自らの活動を支援するよう仕向ける事で、彼等の批判を躱していた。

 女王に即位する頃には、リシャレウスもイザップナーの献身が亡き王と残された王女への忠誠などではなく、己が野望の為だという事に薄々感付いてはいた。しかし、頼る者のいなかった彼女は彼を王の忠実な臣下として扱うしかなかったのだ。
 そうなるよう、身の回りに置く者にも工作を仕掛けられていた事に気付いたのは、ずっと後になってからの事である。

「会わなくちゃ駄目なのかしら……」

 もう一度溜め息を吐きながら、リシャレウスは側近を呼ぶのだった。


****


 エスヴォブス王から無技の民を対象にした保護条例を定める約束を取り付け、中身をどうしようかと考えていたヴォレットはふと、悠介の話にあったシンハのことを思い出し、何かの参考になるかもしれないと話題を振った。

「詳しくは知らんが、ゼシャールドから聞いた事があるのじゃ。 あの国の王は無技の民じゃ、と」
「それって、無技の民の国があるってことか?」

 国境の大部分をノスセンテスと隣するガゼッタは、国土の殆どが険しい山岳地帯となっている。ブルガーデンとの国境に近い場所に首都らしき街があり、特にこれといって特筆するようなモノも無い、表向きは到って普通の等民制国家という印象を受ける。

 が、実際に国を動かしているのは広大な山脈のどこかに存在する王都と、そこに君臨する無技の王なのだという。ガゼッタ領の山岳地帯には戦士の訓練施設が点在しており、そこでは大勢の『無技の戦士』が育てられているのだそうだ。

「ノスセンテスもブルガーデンも、無技の戦士の存在を知っていながら目を逸らしている」

 あまり大きな声で口にする事は憚られるが、実は無技の民は神技の民よりも、生命力や基礎の身体能力が優れているらしい事が学者達の研究で分かっているのだと、クレイヴォルは若干声を潜めながら語った。
 これらの研究結果や内容は一般には公にされていない。一部の国防に(たずさわ)る高官や学者達しか知らない事である。悠介は今の話に思い当たる節があった。スンやバハナおばさん達に『見た目細いのに力あるなぁ』という印象を持った事は、一度や二度ではない。

「実際、無技の民からは神技の波動を感じ取れないからな、気配を消して接近されると風技の索敵でなければ見つけるのは難しい」

 正面から戦えば攻撃系神技を持つ者が有利かと思われるが、接近されたり弓を使われればその限りではない。

「うーん、無技の民って実は戦士系のキャラなのか……? だとすると――」
「なんじゃ? それは」

 はてなマークを浮かべたような顔で首を傾げているヴォレットに笑みを返しつつ、悠介は思い付いたアイデアを話した。

・フォンクランク領内に住む全ての無技の民をサンクアディエットの清掃人に任命する。
・街の各区画清掃は無技の民の義務とする。
・無技の民は清掃を強制されないものとする。
・清掃報酬は宮殿より出資されるものとする。

「清掃人……無技の民を街に入れるのか?」
「ふむ、宮殿が雇いこむ形にする事で、不逞の輩を牽制するわけじゃな」

 街の清掃は月に何度か日雇いの者が当たっており、ゴミなどは風技で簡単に吹き飛ばしたり、石畳を水技で洗い流したりしている。しかし、吹き飛ばされたゴミは路地裏に、石畳の水洗いも適当で疎ら、ぶっちゃけあまり清潔とはいえない。
 高民区や中民区も通りは綺麗に見えるが、裏に回れば――である。悠介がここ数日、街を走り回って気付いた事だった。

「まあ、いきなり上の区画を任せようと思ってもどうせ反対する奴が出るだろうから、最初は低民区からな」

 区画ごとに担当衛士を決めて彼等の監督の元に清掃を行うという形式を取る。掃除用具は悠介が作るつもりでいた。報酬の支払い方や、その為の予算枠も決めなくてはならないので、この辺りは経理の者と相談して決める事にした。

 無技の民を街の清掃人に就かせる保護条例が公布されたのは、それから数日後のことだった。





 謁見部屋に通されたゼシャールドは、奥の玉座に座る女王リシャレウスに膝を付いて一礼した。

「ご機嫌麗しゅう御座いますリシャレウス女王陛下。この度は謁見を許され、この上ない喜び――」
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょうゼシャールド神技指導官、今日はどのような用件で参られたのですか?」

 凛とした声でゼシャールドの口上を遮ると、早く用件を言えとばかりに煩わしそうな視線を向けるリシャレウスに、ゼシャールドは己が懐いていた女王像と随分違っていた事に少し驚きを覚えた。
 しかし、彼の長年の勘がリシャレウスの人となりに疑問を感じさせる。『演技』そんなイメージが浮かぶ。

「ブルガーデンに就いた以上は、女王陛下への挨拶に赴かねばと思っていた次第で」
「そうですか。ですが、貴殿が我が国に亡命なさったのは一月(ひとつき)と十日程も前だったように思いますが」

 今頃やって来て何を空々しいと言わんばかりの皮肉を込めた女王の言葉に、御付きの女官達が笑いを堪える仕草を見せる。

「これは手厳しい。しかし、私の方と致しましても中々監視の目が緩まず、今日まで挨拶の機会が得られなかった次第でして」
「それは私の指示ではありませんが、監視の目と謁見の機会……どう繋がるのでしょう?」

 立てば膝裏まで届く長い水色の髪をふわりと揺らしながら、小首を傾げて見せるリシャレウス。

「イザップナー最高指導官殿の優秀な部下を連れての謁見を避けたかったから、ですな」
「……?」

「女王陛下とは個人的にお会いしたかったのですよ、……元フォンクランク宮廷神技指導官として」

 ざわりとした空気が漂う謁見の間。女王の信頼を得る為、ゼシャールドは問答を通じながらイザップナー最高指導官から女王陛下へ、力と実権を取り戻す策略を語って聞かせた。


****


 条例が公布されてから四日、担当の衛士に率いられた無技人の清掃員が低民区の彼方此方(あちこち)で見られるようになった今日この頃。初日は見物人が多過ぎてたどたどしい活動になったが、以降は特に混乱もなく順調に街の(いち)風景(ふうけい)となり始めている。
 今日の巡回と報告を終えて自室に戻って来た悠介は扉を開けるなり固まった。何故か部屋に居るレイフョルドに、ここ宮殿だぞ? と呆れるやら驚くやらな表情を見せる。彼の今までの行動から、ブルガーデンの密偵らしいとはいえ、敵とは思えなく感じていた悠介は『今日は何のようだ』と用件を尋ねて扉を閉めた。

「あれ? 侵入者発見で衛士を呼ばなくていいのかい?」
「衛士なら目の前にいるぞ。 尋問だ、アンタは何者で何しに来た」

 中々の余裕と貫禄を感じさせる悠介の対応に、レイフョルドは『なんだか成長したみたいだねぇ』などと面白そうに言った。そして何処からともなく取り出した手紙を差し出す。差出人はゼシャールドの名義になっている。

「これは?」
「見てのとおり、ゼシャールド氏から君宛の手紙だよ」

 色々聞きたい事があった悠介だったが、まずは読んでみるかと封を開ける。ゼシャールドからの手紙にはブルガーデンでの近況と、向こうでもギアホークの英雄が噂になっている事などが書かれてある。
 要塞都市パウラではあの事件を切っ掛けに軍の再編で多少の混乱が起きているらしく、その隙を突いていよいよ行動に出るとあった。
 女王に接近したゼシャールドは、女王側に付いて中枢の人材などを引き込み『女王派勢力』を拡大していく事でイザップナー最高指導官という事実上のブルガーデン指導者を失墜させる計画を進めているそうだ。

 差し当たっては、女王こそがブルガーデンの真の君主である事を強く印象付けるため為、国家の象徴である女王の権威を目に見える形にした道具を用意して欲しいとの依頼だった。
 敵陣の真っ只中で事実上の最高権力者相手に対抗する勢力を造り上げる。とんでもなく危険で大変な役割だという事は悠介にも理解できた。女王の側近という立場と肩書きは、向こうの実情を聞く限りあまり身を守る役には立たなさそうだ。

「だとしたら、俺の作る偽神器の性能でサポートするしかないわけか」

 これは責任重大だと、悠介は神器の構想を練り始めるのだった。




 要塞都市パウラの中枢施設、議会堂。その一室で、イザップナー最高指導官は自らの片腕ともいえる部下の男と今回の事態について話し合っていた。ゼシャールド神技指導官が女王リシャレウスに単独で謁見した事だ。

「完全に隙を突かれたな、女王の暗殺目的で行ってくれるなら歓迎したい所だが……」
「恐らく、女王陛下に取り入って我々に対抗する勢力の立ち上げを模索していると考えられます」

 本来ならば、もっと早い段階でゼシャールドを女王に謁見させ、同行させた暗殺者によって氏諸共リシャレウスを暗殺し、それを『密命を受けたゼシャールドによる女王暗殺』というフォンクランクの陰謀として発表する計画(シナリオ)だった。

「何か手を打っておかねば……」
「ゼシャールド氏に近しい者で首輪を付けるのに丁度良い人材がいます、取り込むなら早いうちが良いかと」

「よし許可する、それで行け」
「では、水の団の団員枠を一つ、用意して頂けますか」

 部下の男はイザップナーの用意した書類を受け取ると、一礼して執務室を後にした。




「ん~~」

 夜遅く、悠介は自室であーでもないこーでもないと唸っていた。ゼシャールドから依頼された神器は、性能に関しては何も指定はされていないモノの、相当なモノでなければ『神器』としての『格』も表せないであろうし、ゼシャールドの身を守る事も出来ない。

 独り言を呟きながら唸っている所へ、扉をノックする音が響く。扉を開けると、レイフョルドが立っていた。

「はかどってないみたいだねぇ」
「ああ、ちょっと材料がな」

 テーブルの上や床に散らばる神器候補の数々を見て察するレイフョルドに、悠介はカスタマイズ・クリエート能力の問題点を挙げた。形や見栄えはどうとでもなるが、その材質によって付与できる効果に大きく差が出てしまうのだ。
 部屋に散らばる神器候補は晶貨を材料に試作したモノだが、今ひとつイメージ通りのモノが出来なくて行き詰っている。

「これでも水技に特化させりゃあ、かなりの効果が期待できるとは思うんだけど、それだけじゃなぁ」

 もし神器を奪われるような事があれば、とんでもない力を敵方に与えてしまう事になる。よって複数作るという選択も避けたいし、何よりもゼシャールドの身の安全を優先したかった。
 晶貨の腕輪を指でくるくる回しながら片腕を組む悠介に、レイフョルドはニッコリ笑って懐から包みを取り出す。

「そんな君にエスヴォブス王からプレゼントを預かってきたよ」
「王様から? なんだこれ……重いな」

 受け取った包みを開くと、金属の塊りが出て来た。白金の重金属。カスタマイズメニューで調べると、シンハの大剣とよく似た材質の金属だった。なんでも、王族以外立ち入り禁止の宝物庫に昔から保管されていたかなり古い時代のモノらしい。

「へ~、確かにこれなら良い物が作れそうだ」
「じゃあ、明日の夜にでもまた来るよ」

「あ、ちょっと待ってくれ、一つ頼みたい事があるんだけど」

 悠介は神器候補の一つだった晶貨の指輪を拾って手早く『風技の指輪』に作り変えると、これを報酬にルフクの村まで手紙とララの実の配達を依頼した。まさか悠介に仕事を依頼されるとは思わなかったレイフョルドは、珍しく驚いた表情を見せるのだった。


****


「こんばんはー、ユースケ君」
「ああ、来たか」

 前日の言葉通りやって来たレイフョルドに、悠介は出来上がった『シャルナーの神器』を渡す。レースの様な装飾が組み合わさった白金の輪、いわゆる額冠(サークレット)だ。付与してある特殊効果は材質の良さもあってか、相当なモノになっている。
 食事と排泄を除けば、ほぼ二十四時間戦えるような生命維持に特化した仕様で、ゼシャールド程の高齢者でも、数時間の仮眠を取るだけで十分な気力の回復を期待出来る。体力などは言わずもがな、休まなくても良いことが最大の武器となる。

「なるほど、これならずっと付けっぱなしでいられるね」
「それから……これは効果があるかどうか分からないんだけど」

 一応、常に身に付けておくよう伝えておいて欲しいと言って指輪を一つ渡す。

「これもあの金属で出来てるんだね、効果があるかどうか分からないって?」
「まあ、ちょっと特殊過ぎてな、試す訳にも行かないし」

 御守りみたいなものだと言って、悠介は詳しい説明を避けた。実際に効果を得られるか否か分からないそれは、ゲームなどではよくあるポピュラーな道具としての特殊効果が付与されている。

「それじゃ、確かに受け取ったよ。あと、荷物と手紙はしっかり届けておいたからね」

 レイフョルドはそう言って『神器』を懐に仕舞うと、早速ブルガーデンの第一首都コフタを目指して宮殿を後にする。一仕事終えた悠介は息を吐いてベッドに転がった。今日はシャルナーの風月の十六日目、もう直ぐ土の暦に入る。

「ふう……こっちはもう直ぐ休暇か、神器(あれ)が先生に届くのは収穫祭の前後くらいかな」




 シャルナーの風月の十九日目――

 纏まった休暇を得た悠介は、凡そ二十九日ぶりにルフクの村へと出発した。カスタマイズで弄った衛士隊の馬車を、体力回復効果付きの馬装具を付けた疲れ知らずの馬が引く。街を出発した悠介がルフクの村に到着したのは、昼下がりを少し過ぎようかという頃だった。
 少し懐かしさを感じながら防護溝を渡す丸太の橋を越えて村に入る。ゼシャールドの家の前に馬車を停めると、家の扉が開いてスンが姿を見せた。村を出た日の朝にも見た、以前と変わらない控え目な笑みを向けるスンに、悠介も笑顔で返す。
 馬車に歩み寄って来るスンに続いて、村人らしき若い男性が扉から現われた。悠介とはあまり面識のない相手だった。

「おかえりなさい、ユースケさん」
「ただいま、スン」

 馬車を降りた悠介は、スンと挨拶を交わしながら『誰?』と後ろに立つ若者の事を訊ねる。スンの話によれば小さい頃の幼馴染らしく、最近まで疎遠になっていた為に悠介との面識もなかったのだそうだ。
 ゼシャールドに続いて悠介まで村から居なくなり、一人になったスンを心配して最近よく家に訪ねて来ているらしい。

「こんにちは、オレの名はタリスっていうんだ」
「悠介だ、よろしくな」

 軽く挨拶を交わす。髪は短めで背は悠介と同じくらい、中々快活そうだがフョンケのような軽い雰囲気を持つ、ごく普通の若者といった印象を持った。

 その後、荷物を降ろして家に運び終えた頃には、すっかり夕方になっていた。荷物運びを手伝ってくれたタリスは『それじゃあまた明日』と、スンに声を掛けて帰って行った。

 家に戻って一息付きながら寛ぐ悠介に、スンはお茶を出しながらここ数日の出来事を語って聞かせた。収穫祭では村でも皆で料理を持ち寄って外で食事を取るような催しがある。

「今年は賑やかな祭りになりそうです」
「そりゃ楽しみだ」

 お土産の荷物を選り分けていたスンは、食器類とは別の良質な布に包まれた街服に気が付いた。宮殿で着た事のあるシンプルなドレス風のワンピースと、もう少しデザインを大人しくした上下服にベストタイプの上着。村で畑仕事をする時にも着られそうだ。

「わぁ……この服」
「あーそれな、好みが分からなかったから俺のイメージで適当に選んでみたんだけど」

「ありがとうございます……嬉しいです」
「そ、そっか」

 少し頬を染めながら心から嬉しそうに微笑むスンに、悠介は買って正解だったようだと少々ドギマギしながら頷いた。


 翌日――

 各国の街や村では明日から始まる収穫祭の準備が進められ、ルフクの村でも朝から村人達が祭りの下準備を始めていた。熟年の既婚女性達は家で料理の下拵(したごしら)えを進め、若い女達は広場で飾り付けをしている。
 悠介がぶらぶらと広場を通り掛かると、スンを手伝うタリスの姿が見えた。仲が良いのかなぁ等と思いつつ、ぼーっとしている悠介にバハナが声を掛ける。

「暇そうだね、ユースケ」
「まあね」

 手伝わせてくれないんだよと悠介が肩を竦めて見せると、バハナはキョロキョロと周囲を見渡して悠介を建物の影へと誘導する。『なんだ、なんだ』と背中を押されて納屋の物陰に連行された悠介は、バハナからスンの事で注意を促された。

「先生やあんたが居なくなってから、タリスがスンの事をずっと狙ってるんだよ」

 バハナの話によると、スンの幼馴染といっても、タリスには今まで殆どスンとの交流はなかった。ゼシャールドが居なくなり、悠介も仕官してほぼ一人暮らしになったスンをお手頃だと狙っているのだという。

「しっかり守ってやんないと、スンを獲られちゃうよ?」
「いや、獲られるも何も……人の恋路を邪魔するのはなぁ」

 スンが迷惑そうにしているようであったなら当然、出張って行って睨みの一つも効かせるところだが、これまで疎遠であったとしても、今の二人にトラブルらしい兆しも見えない以上、自分がどうこう言う問題では無いのでは? と戸惑う悠介。

 バハナは呆れたように頭を振ると、タリスはスンに対して恋心がある訳ではなく、村娘達の中でも特に美しく育ったスンをモノにしたがっているだけだと力説すると、声を潜めて眉も潜めて耳打ちした。

「タリスって子はね、仲間内でも特に移り気で、モノにした女の子の数を自慢してるような(たら)しなんだよっ」

 なんとバハナ自身も口説かれた事があるそうだ。口説き落としが無理と見るや実力行使に出て来たので驚いたらしい。収穫祭には恋人探しなどの側面もあり、村の若い者は皆お相手探しの事で浮き立っている。祭りの興に乗じて強引な手段に出ないとも限らないのだ。

「うーん、そこまで言われるとなんか心配になってきた。一応手は打っておくよ」
「"ずっと傍にいてやる"くらい聞きたかったんだけどねぇ」


 お昼を過ぎる頃には祭りの準備も一段落し、村は一時の静けさに包まれる。バハナと別れてから家で小物作りをしていた悠介は、スンが帰って来たのを確認して部屋を出ると、今さっきまで作っていたソレを差し出した。晶貨をカスタマイズして作った白色半透明の指輪。

「え、え? あの、これ……」
「バハナさんにタリスの事でさんざ脅かされてさ、一応御守りって意味で持っていてくれ」

 それを聞いたスンは合点がいったというような困り笑いの表情を見せながら指輪を受け取り、手の中のそれをじっと見つめてから悠介の顔もじっと見つめる。上目遣いの視線に背中やら耳の裏やらが痒くなった悠介は『なにかな?』と首を傾けた。

「いえ……ありがとうございます、心配してくれて」

 スンはそう言って微笑みながら、白い指輪を指に填めた。


 夜――

 太陽が沈んでから始まった収穫祭は、月が最も近くなる深夜が祭り本番となる。笛や太鼓のような楽器もあり、陽気な音楽に合わせて踊る者達と囃し立てる者達。ひたすら飲んでいる者、ひたすら食べている者。
 若者は男女に別れた数人単位のグループを形成し、彼にしようか彼女がいいかと膝を付き合わせてヒソヒソ話。お祭り独特の雑然としていながら連帯感を感じさせる楽しい気持ち。高揚した風を肌に覚える。

 料理をパクついていた悠介は、村の娘達に囲まれて質問責めと誘惑攻撃にさらされていた。普段は純朴で大人しそうな村娘達なのだが、少しお酒も入った深夜のお祭り収穫祭では、彼女達もちょっぴり大胆になるのだとばかりにお目当ての男性に誘いを掛ける。

 悠介が防戦一方で追い込まれている最中、スンはそれを肴に実酒を飲んでいるバハナとお喋りをしていた。

「バハナ、肉が足りないってよぉ」
「ありゃ? 流石に今年はいい肉だったんで、みんな食が進んだかねぇ」

 肉の追加を頼まれたバハナは、スンに『ちょっと行って来るよ』とウインクをして席を立った。バハナの背中が人込みに消えた頃を見計らって、スンの隣に立つタリス。悠介は相変わらず村娘達に包囲されている。しかも増援まで向かっているようだ。

「たーすーけーてー」

「ははっ 彼は凄い人気だな」
「うん、そうだね」

 微笑ましげにその攻防を眺めているスンの横顔を覗き見たタリスは、実酒のカップをテーブルに置いて席を立ちながらスンに頼みごとを持ち掛けた。

「スン、今から井戸で冷やしている果物を取りに行くんだけど、手伝ってくれるかな?」
「ん、いいわよ」

 タリスと連れたって井戸に向かうスンは、一度広場を振り返り、もみくちゃにされている悠介を見てクスリと笑みを浮かべた。


 井戸は家屋が建ち並ぶ通りから少し離れた場所にある。お祭りの日はこの辺りまで篝火が焚かれているので、十分足元を照らし出してくれていた。月明かりも深夜が迫るにつれて明るさを増していく。
 それでも、少し脇道にそれると地面も見えない程の真っ暗闇に包まれる。井戸までの道沿いには幾つか農具置き場などの小屋が並んでおり、油木の枝に灯る小さな明かりが揺れる納屋の中で、いきなり引っ張り込まれたスンは藁束の上に押し倒されていた。

「スン……」
「ちょ、ちょっとタリス! なにするのっ」

「分かってるんだろ? ここまでついて来といて、惚けるのはやめようよ」
「ち、違うわっ わたし、そんなつもりない!」

 藁束の上でわたわたしているスンに覆いかぶさったタリスは、スンの腰に手を回して抱き寄せると、髪に唇を這わして耳元にキスを落とそうとする。首を竦めたスンは身を捩って逃れようとタリスの胸板を押し返した。
 思いの外抵抗が強いと思ったタリスは、スンの細腕を捕まえると抵抗できないように押さえつけようとした。しかし、その腕が押し戻される。なんと、タリスとスンの力は拮抗していた。互角に見えた二人の鍔迫り合いは、下から徐々に押し戻すスンの力の方が勝っているようだ。
 スンの細腕からは考えられないような怪力に、焦ったタリスは中腰になって力を加えようと身体を起こす。

 その瞬間――不用意に弱点を晒して急所への一撃を貰ったタリスは、泡を吹いて昏倒した。

 悠介がスンに渡した指輪は『力の指輪』。装備者の力を大きく底上げするモノだ。少し乱された服を整えて納屋を後にしたスンは、広場に戻って役員のおじさま達に事情を話した。

「まったあのっ大バカヤロウは……!」
「後はワッシらがやっておくから、スンちゃんは心配せんでええ」

 ちょっとヤキ入れてやらなきゃいかんと、腕まくりをしながら拳骨を固めたおじさん達が納屋へと向かう。それを見送ったスンは、へにゃへにゃと広場の椅子に座り込んだ。そして悠介に貰った御守りの指輪を胸元で撫でる。
 送り主は未だ包囲網から抜け出せず、そろそろ殲滅されかかっていた。

「……もう、ユースケさんの、バカ」

 スンは小さく呟くと、指輪に囁き掛けるようにキスをした。




 ザッルナーの火月の一日目。月が最も近付き、収穫祭の本番が始まる刻。ブルガーデン国内全ての民に向けて、女王リシャレウスから重大発表がなされた。

――ゼシャールド神技指導官を女王直属の側近として迎える。以後、パウラでの活動を通じて女王への忠誠を示さん事を――


****


 レイフョルドによって届けられた悠介作の反則サークレットを女王陛下から賜りし神器と偽り、収穫祭の始めに行われた重大発表に合わせてパウラに戻ったゼシャールドは、女王直属の活動組織『水鏡(みずかがみ)』の設立を宣言して人員の募集を行った。

 収穫祭二日目の夜の時点で『水鏡』に所属する構成員は一部の民衆や精鋭団も含めてブルガーデン全体の四分の一程まで拡大している。祭り明けからもまだまだ増えそうな勢いが感じられた。


「王党派はほぼ全員の所属を確認しました、精鋭団の一部にも向こうに付こうとする素振りが見られます」
「ち……予想はしていたが、権威というものは厄介なものだな。奴等はどこを根城にするつもりだ?」

「恐らく、長城部分の空き部屋を使うと思われます。構造上、侵入は難しくありませんが警備もし易いので……」
「攻め難くはないが隠密は無意味か。どちらにせよ、これで女王暗殺という選択肢は無くなった」

 今の段階で女王が暗殺されれば、イザップナー陣営を疑わない者は居ないだろう。同じ理由でゼシャールドの暗殺もリスクは高いが、こちらは組織内部の犯行を装えばどうにかなる。

 現時点で早急に手を打たなければならない事は『水鏡』の勢力拡大を阻止する事だ。祭りの勢いに乗じた一過性のモノであれ、組織の力が政務を行えるまで伸びて女王の発言力が増せば、最悪、女王権限によって最高指導官の解任などという手段も取られかねない。

「国境付近でフォンクランク側に動きがあったという報告も入っております」
「エスヴォブスめ、狙っていやがるな……監視を強めるように伝えておけ」

 イザップナーはここが正念場だと、長年掛けて下地を整えてきたブルガーデン王朝の実現を目指して政務に取り組むのだった。




 収穫祭三日目の朝、早馬で伝令を務めたフョンケより非常招集の知らせを受け、悠介は急遽街に戻るべく準備を整えていた。多くの村人が見送りに集まっている。が、誰もが声を掛ける事を躊躇っていた。
 闇神隊の隊服を身に纏い、部下の衛士と帰路の打ち合わせをしている悠介の姿は、正に噂に聞く精鋭宮殿衛士、ギアホークの英雄であったのだ。そんな中、スンは打ち合わせを終えて馬車に乗り込もうとしている悠介に歩み寄ると、何時ぞやの宮殿でした時のように、そっと腕を握ってスッと離れた。

「いってらっしゃい、ユースケさん。気をつけて下さいね」
「ああ、行って来ます。スン」

 バハナにスンを宜しくと軽く頭を下げると、村人達にそれじゃあまたと手を振って馬車に乗り込む。フョンケの乗ってきた早馬を村に預け、悠介達はサンクアディエットを目指してルフクの村を出発した。




 宮殿に着くなり満面の笑みで飛びついて来たヴォレットが悠介の首にぶら下がると、そのまま齧り付きそうな勢いでゼシャールドの事を捲くし立てる。

「爺がやりおったぞ! やはり爺はわらわ達の味方じゃ!」

 ゼシャールドがブルガーデンで行動を起こした事に、やはりそういう目的で行ったのだ、裏切った訳ではないのだと嬉しそうにはしゃぐヴォレット。あまり驚かない悠介に『さては知っておったな?』と追及して見せるなど、ご機嫌な様子である。

「姫様、少し落ち着きなさい。……ユースケ殿、今回の非常招集による任務だが――」

 話が進まないのでクレイヴォルが任務の説明を行う事にしたようだ。今回、ブルガーデンに発足した女王直属組織がパウラで急速に勢力を広げており、ブルガーデン国内で大きな政変の動きが予想される。
 この事態を受け、フォンクランクはブルガーデンとの国境付近に兵を配置して有事に備える事が決定した。ギアホーク砦の跡地から少し離れた場所に建設を予定してる新たな砦を早急に設けて、そこに衛士団を駐留させる。

 二度目の砦建設任務を受けた悠介は、明日の出発に備えて砦のモデルデータ作りなどをする為に自室へと向かった。


****


 ザッルナーの火月の一日目に『水鏡』の設立を宣言してから、ゼシャールドは殆ど休む事無く活動を続けていた。 

「ほう、新しく建設されるのはディアノース砦というのかの」
「どうやら、ユースケ君が動くようですよ」

 フォンクランクからの最新情報を届けたレイフョルドは、ゼシャールドから新たな伝言を受け取り、今度は女王リシャレウスの待つコフタのシャルナー神殿へと向かう。
 旧王党派と連絡を取り付けたり、女王との伝令を努めるなど、レイフョルドも活発に暗躍する事で女王派勢力を拡大していった。

「ふむ……明日は一雨(ひとあめ)きそうじゃな」

 窓から空を見上げたゼシャールドは一人、フォンクランク領の方角を眺めながら呟いた。




 サンクアディエット、ヴォルアンス宮殿――

 出発準備を整えた衛士隊馬車がズラリと並ぶ宮殿一階の馬車乗り場に、並んで現れる闇神隊長の悠介と、炎神隊員のヒヴォディル。今回は特別に、炎神隊からヒヴォディルが衛士団指揮官として参加する事になっていた。
 彼が参加するに至った経緯は、例によってヴォレットの婚約者候補組が絡んでいる。

「お前も一緒とは意外だったなー」
「ふふん、僕も姫様の婚約者候補としては、手柄の一つも上げなくてはと思ってね」

 呑気な会話を交わしながら、悠介達はそれぞれの馬車に乗り込んだ。十台の馬車に分乗したディアノース砦駐留部隊の後発隊は、多くの人々に見送られながらサンクアディエットの街を出発した。




 『国境ギリギリの場所にフォンクランクの衛士隊が集結して陣地を構築し、そこに大量の資材を運び込んでいる』という報告を受けたブルガーデン神民兵風技隊の偵察部隊は、先日からパウラに近い国境付近の街道脇でフォンクランク側の動きを監視していた。
 サンクアディエットに潜入している者からの情報では、新たな砦を建設して兵を駐留させる計画を進めているらしいとあった。筒状の望遠鏡を覗き込みながらフォンクランクの陣地を観察していた部隊長は、馬車隊の先頭車両から下りる人物を見て思わず部下に声を掛ける。

「おいっ あの黒い奴、闇神隊じゃないか?」
「ギアホークの英雄っていうヤツですか?」

 隣で同じく望遠鏡を覗き込んでいた部下がその姿を確認し、間違いなさそうだとパウラの本部に連絡を入れるべく後方の伝達係を呼び寄せた。集団の中には王族専護隊である筈の炎神隊衛士らしき姿も確認したので、何か大きな動きがあるのではと警戒する。

「噂では一日で巨大な塔を建てる特殊神技の使い手だそうだが……」
「自分は数刻で建てたとか聞きましたね、酷いのになると瞬きする間に塔が現われたなんて話もありますが」

 部下が伝達係と話している間、部隊長はギアホークの英雄が入ったフォンクランク陣地の監視を続けていたが、陣地のテントが次々と畳まれ始めた事を訝しむ。場所を移すのか、まさかこのまま進軍はないだろう等と考えを巡らせていると、件の人物が何かを始めた。

「あれは、なにをやってるんでしょうね?」
「わからん」

 唸る監視役二人の後ろから、伝達係の神民兵も中腰になって額に手を翳しては、遠くに見える集団の人影に目を細めた。




「よーし、地下部分はこんな感じで大丈夫かな」

 悠介はまず砦の基礎となる部分を構築して地下の通路や部屋を整備した。広範囲に渡って出現した砦の地下部分を、駐留予定の衛士達が覗き込んでは感嘆する。広場の展望塔が建つ所を目撃していた衛士は、砦が建つ瞬間をワクワクしながら待っていた。

 カスタマイズメニューに呼び出しているマップアイテムデータ『ギアホーク砦』を参考にして組上げた『ディアノース砦』の完成図を設置場所に移動させて最終チェックを行う。各部に問題が無い事を確認すると、悠介は実行ボタンに手を伸ばした。

「実行」

 地下部分の上に発生した光のエフェクトが巨大な壁を形成しながら空へと伸びていき、同時に、近くに積み上げられていた大量の資材も光に包まれて消えていく。やがて光の粒が舞い消えると、そこには重厚な存在感を持つ巨大な砦が出現していた。
 ディアノース砦に駐留する事になる総勢百二十名の衛士や使用人達から、自分達の『家』の誕生に歓声が上がった。




「なんだそりゃっ!」

 フォンクランクの陣地を監視していた偵察部隊の隊長が、思わずそう叫んで立ち上がった。望遠鏡越しでなくとも肉眼で確認出来る巨大な砦が、瞬きする間に『出現』したのだ。

「ただの、噂じゃ……なかったのか……?」
「た、隊長! 見て下さい、他にも建物が!」

 監視をしている彼等の位置からだと、砦を正面の右斜め方向から見渡す事が出来た。砦が出現した付近からフォンクランク側に幾つもの光の壁が現われたかと思うと、厩舎らしき建物や何かの施設らしき建物が次々と出現していく。

「ず、随分でかい砦が出来ちゃいましたね……」
「冗談じゃないぞ……」

 呆然と呟いてから自分が無防備に突っ立っている事に気付き、慌てて伏せると岩場の隙間に身を隠す部隊長。

「この事態を直ぐ本国に知らせろ、我々はここで監視を続ける」
「ハッ」
「お、今度は跳ね橋を造ってるみたいですね」

 伝達係に連絡を任せると、監視役の二人は新しく出現した砦の監視任務を続行するのだった。昨日まで晴れていた空は、今にも降りだしそうな灰色の雲に覆われ始めていた。




 予定する全ての施設を造り終えた悠介は内装が整うまでの間、外でノンビリと休憩していた。皆が口々に労いの言葉を掛けてくれる。悠介はくすぐったい気持ちになりながら、ふと、何か気になる事があるのか困惑顔を浮かべているイフョカに気が付き、声を掛けた。

「ん? どうしたイフョカ」
「あ、いえ……さっきから、誰かがこっちを、ずっと窺っているような気配を感じて……」
「ブルガーデンの奴等じゃないか? 近くで監視でもしてるんだろ」

 索敵に引っ掛かる気配を感じるというイフョカに、国境が近いのだからあって然るべき監視くらい気にすんなとフョンケが軽く流そうとする。しかし、イフョカは風技のそれとは違う『視線』のような気配を感じるのだと不気味がっていた。


****


「……ん」

 要塞内部にある部屋でも、雨の強い日には石畳を叩く雨音が微かに響く。気だるい寝起きに、何か哀しい夢を見ていたような思いを懐きながら、無意識的にそれを考えないようにしつつ、プラウシャは一つ伸びをしてベッドから起き出した。

「今日も指導官の所へ行かなきゃ……」

 身嗜みを整え、パンと干し実を一切れ口にして水の団団員の制服に着替えると、彼女は兵舎区画の自室を後にした。


 フォンクランクとブルガーデンの国境付近にディアノース砦が出現してから四日目、先日から降り続く雨はカルツィオの乾燥した大地を潤し、水不足気味だったパウラにも恩恵を与えていた。

「そろそろ昼になるのう、プラウシャ君も食事にせんかね?」
「あ、はい」

 水鏡本部の中ではゼシャールドの周囲に護衛役の神民兵が交代で付いており、暗殺を警戒してゼシャールドに近寄る者には常に監視の目が向けられている。そんな中で、プラウシャは比較的近い場所にいられる特殊な立場にあった。
 元々ゼシャールドの教え子として水の団に入団希望だった事もあり、彼女が精鋭団の暫定団員となってもゼシャールドの傍にいる事に違和感や不自然を訴える者も無く、イザップナー陣営が差し向けた密偵の類を疑う者はいなかった。

 本部内の簡素な長テーブルで食事を摂りながら、プラウシャは何か情報を聞き出さなくてはと気持ちを焦らせる。ここ数日、ゼシャールドの近くにいられるにもかかわらず、他愛無い話をする事しか出来ずにいたのだ。
 組織の活動が忙しいので神技指導をお願いする訳にも行かず、その組織の事をあれこれ訊ねるのも不自然に思われるかもしれない。というような調子で、今日も内心の焦りとは裏腹に明日の天気など話題にしてみたりと、ほのぼのした時間が過ぎていく。

『ああー……やっぱり私、向いてないのかも』
「どうしたね?」

 はふぅ、と溜め息を吐くプラウシャに、ゼシャールドは何か悩み事かと問い掛ける。

「い、いえその……そういえば国境に砦が出来たそうですね」
「うむ、ディアノース砦の事じゃな。 心配せずとも向こうから仕掛けて来ることは無いと思うぞい?」

「そう、なんですか? あ……でも、その砦には闇神隊の衛士がいるって聞きましたけど……」
「なぁに、あやつも争いは好まん者じゃからして、何も起きなければ動く事もあるまいて。皆、大人しくしておれば良い」

 そう言って山菜の御浸しをポリポリ齧るゼシャールド。ギアホークの英雄について僅かながらも言及された事で、プラウシャは複雑な気持ちを抱えて思考の海に埋没する。その為、ゼシャールドの言葉の不自然さに気付く事は無かった。
 暗躍するレイフョルドを情報源として持っているゼシャールドは、プラウシャがイザップナー陣営から諜報の依頼を受けている事を見抜いていた。先程の台詞の中には『事を起こせば闇神隊が動くぞ』というメッセージを含ませてあるのだ。

 本部内には今日も、女王直属の側近となった元神技指導官とその教え子が、仲良く並んで食事を摂る光景、祖父と孫のような二人の仲睦まじい姿が垣間見られた。その実、水面下では権威の象徴と権力者による静かな攻防が繰り広げられているのであった。




 三日間激しく降り続いた雨もようやく小降りになり、灰色に覆われていた空は霧のような白い雲が散り始めている。砦の屋上通路に監視用望遠鏡など設置して一階に降りて来た悠介は、出入り口付近に見知った後ろ姿を見つけたので、近付いて声を掛けた。

「イフョカ」
「ひゃいっ!」

 文字通り飛び上がって驚くイフョカに、悠介も驚いた。

「そ、そこまで驚かなくても」
「え、あ、た、隊長……す、すみません」

 どうも例の『視線』の気配を探して広範囲索敵に集中していたらしく、適度に緊張している所へ急に声を掛けられたのでかなり驚いたのだそうだ。今日までにイフョカよりも神技力の高い伝達系衛士数人が索敵を試みてみたが、イフョカが言うような気配は感じられないという結果が出ていた。それでも単なる気のせいで流すには引っ掛かりを感じるという事で、彼女にはその気配の調査を任せている。

「まだ感じてるのか?」
「はい、昨日の……雨足が強まった時は、かなり強く近くに感じましたが……」

 今はまた、遠くにぼんやり感じるような感覚だと小雨の降る大地に遠い視線を向ける。近くに感じた気配は複数だったという。

「ふーむ、風技の索敵って何をどんな風に感じるモノなんだ?」
「えーと……」

 基本、風技による索敵は神技の波動を感じ取れる範囲を、風によって拡げているモノらしい。同じ風技の索敵を使う者や、神技の波動に敏感な者なら、索敵の風を察知する事も出来るのだそうだ。
 悠介は、ふと、索敵に掛かり難い存在として神技の波動を持たない無技の民のことが心に浮かび、シンハの事を思い出した。何時だったか、クレイヴォルも『無技人は見つけ難い』と言っていた。

「なあ、イフョカは無技人の波動っていうか気配とかは感じ取れるのか?」
「無技人は、神技の波動が無いので――ああ! そっかっ これ……みんなの気配だったんだぁ」

 唐突に何かに気付いたらしく、合点がいったように両手を合わせて声を上げる。無技人の間で育てられたイフョカは、彼等が纏う独特の微かな波動に馴染んでおり、普段からそれを感じ取っていた。
 街や無技人街にいる時は当たり前に感じていた気配の様な波動だったので、こんな場所で感じるとは思わず、気が付かなかったらしい。

「じゃあ近くに無技人が複数いるってことか」
「そう……なります、ね?」

 それも、砦に近付いたり離れたりしている。イフョカがずっと感じていた視線のような気配が複数人の無技人だったとして、こんな街からは遠くてブルガーデンとの国境に近く、無技人にとっては色んな意味で危険地帯に何故? と二人して首を傾げあう。

「一応、警戒はしておいてくれ」
「はい」

 悠介は謎の気配に対して、今のところ唯一それを探る事の出来るイフョカに、今後の警戒を任せた。




 夜――

 星を隠し空を覆う薄雲の向こうにボンヤリと浮かぶ月灯りで、辛うじて闇夜を免れているカルツィオの大地。夕方まで降り続いていた雨によってあちらこちらに広がった沢山の水溜りが、揺れる月明かりを映している。

 パウラの中枢施設、議会堂の執務室では、イザップナー最高指導官と腹心のヴォーメストが、女王直属組織『水鏡』への対策を話し合っていた。プラウシャの報告に混じっていたゼシャールドからのメッセージについて議論する。

「奴め、牽制してきやがったぞ」
「ですが、これで彼女を我々側の密偵として見ている事が分かりました」

 餌がしっかり役割を果たしていると、ヴォーメストは良い傾向である事を仄めかす。

「しかし闇神隊か……砦の報告、風技隊の情報は信頼できるのか?」
「風の団で調査済みです、確かに砦が建っていたそうです」

 女王派の多い神民兵組織所属である風技隊の情報、それもかなり突飛な内容に懐疑的なイザップナーだったが、砦の存在は紛れも無く事実であると告げられて眉を顰めた。自軍の主力を壊滅させたギアホークの英雄が、国境から睨んでいるというのだ。

「……意識が餌に向いている隙に、ベルーシャを使うか」

 イザップナーは今、事を起こした場合を想定して各勢力の戦力分析に入る。報告書を照らし合わせながら戦略のシミュレーションを行うのだ。

「今は雨で地面がぬかるんでいる、馬車も走り辛いだろうし、野外戦では炎技や風技の威力も落ちるだろう」

 この要塞に立て篭もってしまえば、ギアホークの英雄がいかな神技を振おうと然したる脅威にならない。イザップナーはそう判断した。地面が多く水を吸っている現状は自然の防壁となっている、と。

 水鏡の状況は、女王への忠誠が高い者を神民兵から選んではコフタに送っているようだ。女王に直接戦力を持たせるつもりなのだろう。今パウラに残っているのはコフタ行きを拒否した者と選定中の者、中にはこちらの息が掛かっている者も混じっている。

「事が起きれば寝返る可能性もあるな」
「頭であるゼシャールドを討ち取れば、烏合の衆です」

「ふむ、やるなら今がチャンスか」
「出来れば、神器の回収も内密に行うのが良いかと」

 先ずは内乱状態を演出し、混乱に乗じてゼシャールドを討つ。失敗しても、そのまま組織のアジトを制圧してしまえば良い。パウラ内部での戦力差ははっきりしているのだ、旗振り役がいなければ組織的な抵抗も続かず、直ぐに壊滅するだろう事は予測できる。

「直ぐに使える各精鋭団を招集しろ、制圧作戦に入りそうなら訓練施設から候補生を使って構わん」
「では、直ちに」

 ザッルナーの火月の八日目、まだ太陽が顔を出さない未明の刻。ブルガーデンの要塞都市パウラにて、内乱が勃発した。


****


 大多数の一般住民が内乱騒動に気付く事無く寝静まっている要塞都市パウラ。水鏡本部のある長城部分の二階内部通路では、襲撃を仕掛けて来たイザップナー陣営の精鋭団と、迎え撃つ水鏡陣営の神民兵との攻防が続いていた。

 水鏡本部の一室では、戦闘で負傷した者に水技の治癒が行なわれている。その部屋の片隅では、集まった数人の水技隊員達が一人の女性に懸命な治癒を施していた。肩の辺りが焼け焦げた水の団の制服を纏う妙齢の女性。
 精鋭団による襲撃が行われる直前、彼女が自らの危険を顧みず危険を知らせてくれたのだ。

「通路の攻防は膠着状態です、彼女は火傷が酷くて我々の水技では……」
「うむ、ワシがやろう」

 ゼシャールドが治癒の力を行使すると、女性の皮膚がみるみる再生していく。通常なら十数日は掛けて癒す炎技による火傷を、痕跡も残さず瞬く間に治癒してしまった。

「凄い……これが、神器の力ですか」
「良かった、彼女が知らせてくれなかったら味方の怪我人はもっと増えていた所でしたからね」

 女性の回復を喜ぶ水技隊員達は、次々と部屋に運び込まれて来る負傷者の治癒活動に勤しんだ。まだ意識を失ったままの彼女をベッドに残し、ゼシャールドは重傷者に治癒を施しながら水鏡軍の指揮を執る。
 先程レイフョルドが女王リシャレウスの元へ走ったので、この事態は直ぐに伝えられる筈だ。

「さて……ユースケの援護は間に合わんかもしれんのう」




 パウラの中枢施設、議会堂では、イザップナーが指揮を執りながら現状の報告を受けていた。

「戦況はどうなっている?」
「ほぼ予定通りです、襲撃を知らせたベルーシャは重症を負って水鏡陣営に保護されました」

「よし、後はゼシャールドが討たれるのを待つばかりか」
「失敗した場合に備えて、少し押しておきますか?」

 ヴォーメストの提案に、イザップナーは『そうだな』と許可を出した。この内乱演出は失敗すれば誤魔化しが利かない反乱行為である。故に、ここで確実にパウラから女王勢力を排除しなければ、自分に後が無いのだ。

 ついさっき、国境の砦を監視している者からフォンクランク軍が出撃体勢に入ったという知らせが届いた。砦の位置から現在戦闘が行われている長城部分までは、通常ならば馬車の高速走行によって直ぐに駆けつけられてしまう距離だ。
 しかし、今は地面の状態が最悪に近く、夜なので視界も悪い。いくら風技の補佐があっても、泥に車輪を取られて満足に走れない事が予想される。通常速度でどうにか進む事は出来るであろうが、長城付近に到着するのは()も昇りきる頃だろう。
 その時にはとっくに決着が付いているという訳だ。今の所、全て計算通り事が進んでいる。

「ふふん、ギアホーク砦のお返しにゼシャールドの死体を返してやるのも面白いか」

 気運は自分に向いている。イザップナーはそう確信していた。




 『パウラで内乱発生』とエイシャに叩き起こされた悠介は、出撃準備を整えるよう指示を出して隊服に着替え始めた。深夜まで行なっていた作業が功を奏しそうだと馬車の新装備の事を思い浮かべる。

 悠介が砦前に下りて来ると、準備を整える馬車の周りに作業員が群がり、出撃予定の衛士達は既に整列をしていた。ヒヴォディルもキッチリ炎神隊の隊服に身を包んで己が率いる衛士団に指示を飛ばしている。

 衛士隊馬車を特別仕様に換装する作業を見守りながら、準備を終えた馬車から乗車を開始。特別仕様の馬車には、ぬかるんだ地面の上でも速度を出せるよう、車輪の代わりにソリ板を装着してある。実は深夜までの作業でこのソリ板を作っていたのだ。

「出撃準備完了しました! 何時でも出られます!」
「よし……行くか」

 闇神隊の悠介率いるフォンクランク軍衛士団五十名が、パウラの長城付近を目指してディアノース砦を出撃していった。




 水鏡陣営の神民兵とイザップナー陣営の精鋭団が交戦を始めて約一時間程が経過した頃――

「報告します! フォンクランク軍と思われる車列が多数接近中!」
「なんだと! よく確認しろっ」

 突然もたらされたフォンクランク軍接近の報に、イザップナーは思わず声を荒げた。襲撃の直後から出撃したとしても早過ぎる。

「一体どんな手を……いや、相手は砦を一瞬で建てる等という奇妙な神技を使う闇神隊だ」

 常識を当て嵌めて考えるべきでは無かったかと、思わぬ計算違いに歯噛みする。だがまだ地の利は自軍にあった。パウラの長城部分は四階建ての建物に匹敵する防壁だ。上道と長城内部からの迎撃により、そう簡単には攻略出来ない造りになっている。
 水鏡との戦闘は長城内部の通路上で行われているのだ。外からでは手出しできない事に変わりは無い。

「上道に防衛部隊を率いて迎撃しろ、長城に近付かせるな」 




 長城の外壁を視認できる辺りまで進軍した所で、悠介達は馬車を降りて散開する。既にブルガーデン側から多数の索敵が向けられている事を確認している。ゼシャールド率いる水鏡軍と交信を試みるも、風技の妨害が強くて伝達の風は届かなかった。
 その後、荷物用馬車三台が少し遅れて現場に到着した。砦の建設にも使った角石の小さいサイズのモノを満載している。

「よし、じゃあ始めるか」

 荷馬車の角石からメニュー画面を開いてカスタマイズを始める悠介。ギアホーク砦で角石を降らせた時にも使った方法。
 角石を縦に繋いで距離を稼ぎ、その先を長城に繋いで結合、グループアイテム化してしまう事で、遠距離から『要塞都市パウラ』を直接カスタマイズするという戦法だ。


 長城の上道にてフォンクランク軍を警戒するブルガーデンの防衛部隊は、先程そのフォンクランク軍が集結している辺りから光の紐のようなモノが伸びて来て長城防壁の下部にぶつかり、そこに細長い石柱が繋がっている事を確認した。

 防衛部隊の指揮を執るヴォーメストは、報告からギアホークの英雄が使う神技とその現象に付いて『事前に光を発する』ということを聞いていたので、明らかに何かの仕掛けに違いないと判断し、あれは何だとざわめいている部下達に石柱の破壊を命じる。
 しかし、どんな神技攻撃を浴びせても角石の石柱は細長い見た目とは裏腹にビクともしなかった。

「くそ……、一体何で出来ているんだ」

 終始沈着なヴォーメストも流石に焦りを感じ始めたその時――

「……っ いかん! 全員退避っ!」

 長城が彼等のいる場所も含め、広範囲に渡って発光を始めた。

「うわあーーっ な、なんだこりゃあ!」
「ど、どうなってる! 敵の罠か?」

 長城は角石が繋がった部分から左右に約百メートル近くに及ぶ範囲で壁が無くなり、内部の構造が横から丸見えの状態になっていた。強度不足で崩れ落ちないよう柱と床や天井は補強がされている。


「隊長、水鏡軍に加勢する宣言を」
「あ、そか。イフョカ、声頼む」
「はい」

 風技の伝達には特定の対象に向けて密かに声を届ける使い方の他に、声の波動を増幅させて一帯の空気に乗せる事で広範囲に響かせる『広伝』という技法がある。イフョカの風技によって増幅された悠介の声が、戦場となっている辺り一帯に向けて響き渡った。

「――えーフォンクランクから来ました闇神隊隊長の悠介です。我々は水鏡軍を援護するのでヨロシク――」

 一瞬、戦場の喧騒が静まり返った。敵の動きも味方の動きも止める斬新な『広伝』を放った悠介が開き直り気味に攻撃命令を放つと、それは直ちに実行に移された。

 ジリジリ後退を始める精鋭団を、水鏡軍は深追いせず確実に通路の前線を押し上げていく。敵味方の放つ神技の光によって位置が浮かび上がる通路上の精鋭団に対し、フォンクランク軍は野外に陣取っているので殆ど闇に隠れて位置を悟らせず、水鏡軍との連係で反撃の間も与えない。

 東の空が徐々に深い青から紫色へと変化を始め、夜明けの訪れが告げられる頃。楽勝ムードが漂う中、索敵をしていたイフョカがフォンクランク軍の左後方から近付いて来る大きな気配を感じ取って警戒を発した。
 ディアノース砦に居る間、ずっと感じていた無技人の気配。他の索敵係もそちらの方角に索敵の風を放って警戒する。

「左後方より騎馬隊多数接近! いや……、進行方向はパウラの長城、戦闘区域と思われます!」
「騎馬隊だって?」

「神技の波動が感じられない……まさか」
「騎馬隊さらに接近! か、数およそ二百!」

 二百騎もの大部隊が近付いているという報告に、衛士達からざわめきがあがった。フォンクランク軍の全衛士達が意識を向ける方角から、ぬかるんだ大地の泥を蹴散らす馬の(ひづめ)の音が近付いてくる。そして――

「無技の戦士だ!」

 暗闇を切り裂く朝陽の光を側面に浴びながら、剣や弓で武装した無技の民の戦闘集団、白の軍団が現われた。


 突然現われた白の軍団は、混乱に陥り掛けているフォンクランク軍から約五百メートルほど南に離れた付近で停止すると、そこで一斉に馬から下りて隊列を整える。戦闘員では無いのか、半数近くが馬を引き連れてその場から離れて行った。
 それでも百名近い武装した無技の戦士が、隊列を組んでパウラの長城を睨む位置に陣取ったのだ。よく見ると、彼等の中にもチラホラと赤や青、緑といった色の髪を持つ神技人らしき姿が混じっている。

「――我々はガゼッタの白刃騎兵団である。シンハ王の命により、ギアホークの英雄ユースケ殿に御味方する――」

 ガゼッタ軍から発せられた風技の『広伝』が辺り一帯に響き渡った。噂でしかなかった無技の軍団によるガゼッタの参戦。混乱するフォンクランク軍の中で、悠介はカスタマイズメニューの画面を通して気持ちを落ち着けながら事態に対処する。
 味方に付くとは言われたものの、国交も浅かったガゼッタ、それも存在が明らかにされていなかった無技の軍団という不確定要素の参戦は、正直なところ場に混乱をもたらせるダケだ。部下達と相談した悠介は、ガゼッタ軍に返答の『広伝』を行った。
 指揮下に入るなら進軍を中止してくれと要請を出す。これに対するガゼッタ軍からの返答は、『この戦いで味方はするが、同胞の解放目的もあるので我が軍の指揮権はこちらが有する』というモノだった。

「……こりゃあ、きな臭せぇですぜ」
「ああ、中々したたかな連中のようだな」
「どういうことだ?」

 これは悠介に味方する事を口実にしながら、フォンクランクの武力介入に乗じたガゼッタによるブルガーデンへの侵攻作戦だと断ずるヴォーマルとシャイード。悠介が二人の見解に詳しく耳を傾けようとしている所に、また新たな『広伝』が響き渡る。

「――ワシは女王直属組織水鏡のゼシャールドじゃ――」

 今度は水鏡からゼシャールドの声で『広伝』が発せられ、懐かしい声の響きに悠介は思わず長城を振り返る。
 ゼシャールドはガゼッタ軍をフォンクランクの援軍とは見做さないと宣言した。ゼシャールドもヴォーマル達と同じ結論に辿り着き、ガゼッタ軍を牽制しながら悠介を援護する為の策として放った『広伝』だった。

「――同胞の解放戦争ゆえ、ブルガーデン側の言い分には応じない――」

 ガゼッタ軍はそう返した。明らかに宣戦布告とも言える内容。三つ巴の様相を呈してきた広伝合戦が続く中、戦闘は小康(しょうこう)状態(じょうたい)に入っていた。

「何か、ややこしくなってきたぞ?」
「!っ 隊長、長城の山側から新たな部隊が!」
「ブルガーデンの援軍っすかね?」
「いや、あれは……女王の旗印だ」

 吹き抜けの長城を挟んで山側から戦場に現われた新たな部隊は、内戦に備えてコフタに集められていた女王軍の実戦部隊だった。

「――私はブルガーデン女王、リシャレウス・トゥール――」

 女王の凛とした声が響き渡り、フォンクランク軍の介入は条件付で容認するが、ガゼッタの侵攻には徹底抗戦すると宣言する。女王自らの登場と『広伝』に、所属軍問わずこの場にいる兵士達からざわめきや歓声が上がった。

 そこへ、水をさすようにイザップナー最高指導官の戦いを鼓舞する声が響き渡る。

「――フォンクランクとガゼッタの謀略による侵略を許すな、同志達よ! 敵を迎え撃て!――」

 女王に傾きかけた気運を引き戻そうと、外敵の存在を指して危機感を煽る事で全軍の掌握を試みる。

「――なりません、直ちに戦闘を止めなさい。イザップナーは兵を退きなさい。住人の避難を優先するのです――」

 水鏡軍の神民兵とイザップナー陣営の精鋭団が吹き抜けの通路で対峙、女王軍は壁の無くなった長城の下を潜ってガゼッタ軍を牽制する位置へ移動を始め、フォンクランク軍は神民兵と精鋭団が睨み合う吹き抜け通路の横合いに布陣。
 ガゼッタ軍はフォンクランク軍よりも更に南側付近から長城を睨む。位置的には正面に水鏡軍の背後を見ている辺りだ。

「なんだこの状況、随分混沌としてきたな」
「……うーん、ユースケ。これはかなり厄介な状況になってきたようだぞ?」

 ガゼッタの動向について、フォンクランクとブルガーデンの衝突を見越して参戦し、ギアホークの英雄を助けるという名目の元、ブルガーデンの無技人解放を掲げてパウラに侵攻。ブルガーデン側に多くの被害を出した場合、各地で無技人への報復弾圧が予想される。
 結果、無技人達は救いを求めてガゼッタを目指すようになる。それに伴ってガゼッタの国力は増し、戦力も増強されていく。

「このまま事が進めば、エスヴォブス王の狙いも潰されて僕等もただでは済まないよ」


 ガゼッタ軍の目的は彼等の同族である無技人の解放であろう事は明らかだが、彼等が悠介の味方をすると宣言して戦場に乗り込んで来た事が問題だった。悠介には、サンクアディエットで無技人の保護条例を公布させた実績があるのだ。このままでは神技人社会から裏切り者のレッテルを貼られ兼ねない。
 そうして神技人国家から追われた悠介がガゼッタに逃げ込んで来る事を狙っている可能性を示唆するヒヴォディル。

「うーーむ……」

 悠介はどうしたものかと頭を悩ませる。シンハがガゼッタの王だった事には驚いたが、それに驚いている暇も無いような面倒な状況になってしまった。

「アイツ自身は、そんな裏表なさそうな奴に見えたけどなぁ」
「あ、あの……隊長、あの人……向こうの軍に、いるみたいです」
「え、マジで?」

 こくりと、緑髪を揺らしながら不安そうな表情で頷くイフョカ。




「――シンハ! いるんならそっちの軍を退いてくれ、無技人の待遇改善ならまた別の席を設けて話し合うべきだ――」

 ガゼッタ軍の侵攻に備える女王軍、未だ吹き抜け長城通路で睨み合う水鏡軍とイザップナー陣営の精鋭団。戦場に緊張感が高まっていく中、フォンクランク軍からガゼッタ軍へ向けてもう一度、進軍の中止を要請する悠介の『広伝』が響き渡る。

 白刃騎兵団の参謀がシンハにお伺いの視線を向けた。

「ふ……構わん、進撃だ」

 シンハは悠介に修理してもらった白金の大剣を掲げると、パウラの長城前に布陣する女王軍に向けて進撃を命じた。

『所詮ヤツも神技人には変わりないということか』


****


 白金の大剣を掲げ、前方で防衛陣を敷く女王軍に向けて進撃する。少し勾配のある長城への平地を、足場の悪さも物ともせずに駆け上がる白族の戦士達。
 その恐ろしい光景に、女王軍の神民兵達はリシャレウスの私兵になった事への誇りと忠誠心で何とか踏み止まっていた。

 その時、長城の一部から紐の様な光が女王軍の前方に伸びて行き、長城が広い範囲に渡って発光を始めた。次の瞬間、光の粒が舞うと同時に巨大な壁が、ガゼッタ軍の行く手を遮るような形で女王軍の正面に出現した。


 進軍中のガゼッタ軍は突然前方の、女王軍との間に現われた巨大な壁に驚き、少し足並みが乱れる。シンハは全軍に立ち止まらないよう、壁を迂回する指示を出しながら後方のフォンクランク軍を振り返った。

「ユースケか!」

 ガゼッタ軍と悠介のいるフォンクランク軍闇神隊との距離はかなり離れており、間に炎神隊衛士の率いる衛士団も追って来ている。悠介を護る部隊の総数は約二十程度。神技を妨害する為に本隊から分隊を向かわせた場合、後方の衛士団を躱すのは難しく、余計な被害が予想される。

「後詰めの兵を出せ!」

 シンハはより確実な方法を選んで早々に切り札を切った。

『さて、どうするユースケ』




 悠介は目視で女王軍の位置などから大体の座標を割り出し、殆ど勘で巨大防壁を置いていた。ガゼッタ軍とはかなり距離があるので、目測で正確な位置を捉えるのは難しい。
 カスタマイズメニューで更なる操作を続けている所へ、周囲を警戒していた索敵役から敵部隊の接近が告げられた。

「後方よりガゼッタ軍の騎兵接近! 数、凡そ四十騎!」

 闇神隊と衛士隊二十人の内、戦闘用の神技を使える者は半数程だ。倍近い数の騎兵で突入されれば、成す術もなく蹂躙されてしまう。焦る衛士達に対し、悠介は『まだ距離がある』と言ってカスタマイズ操作を続ける。
 そうして予定していたモノを組上げると直ちに実行、反映させた。防護陣を敷く衛士達の前方に、広い石畳が出現する。

「全員、石畳の上に乗れ!」

 悠介は全員が石畳の上に乗っている事を確認すると、カスタマイズメニューをスッと一弄りして実行ボタンを押した。縦、上下に移動できるなら、水平、横にだって移動できる筈だ、という発想のもとに実験済みだった仕様上の反則技。

 闇神隊と衛士隊の二十人は、光の粒が舞い消えると同時に、長城付近に陣取る女王軍の隣に出現した。




「な、なんだと!」

 シンハは驚きのあまり声を上げた。いきなり部隊が掻き消えたかと思ったら、突如として女王軍の隣に現われたのだ。

「部隊ごと転移させたのか……! なんて出鱈目な」
「陛下! このままでは前方の女王軍、闇神隊と後方のフォンクランク衛士団に挟撃されます」
「分かっている、騎兵をこちらの援護に向かわせろ」

 突然目標を見失って呆然としている騎兵隊に本隊の援護に回るよう風技の伝達を飛ばし、巨大防壁を逆に利用して背後からの攻撃を凌ぐ算段をつけていたシンハは、悠介の力が想像以上だった事に作戦の修正を考えると、風技の伝達兵に新たな伝達を送らせた。




 長城付近に文字通り瞬間移動した悠介の率いる部隊は、とりあえず回れ右をしてガゼッタ軍に向き直ると、女王軍に山側へ下がるよう要請した。
 女王の判断によって『フォンクランク軍にガゼッタ軍を撃退する役目を与える』という名目で体面を保ちつつ、女王軍は壁の抜けた長城を潜ってボーザス山側に後退を始める。
 悠介が長城を見上げると、二階部分から顔を出したゼシャールドが軽く笑みを向けて手を振った。暫し互いに視線を交し合う。

 水鏡軍と対峙していたイザップナー陣営の精鋭団も状況が二転三転した上に、女王軍と水鏡軍、フォンクランク軍がガゼッタ軍相手に共闘を始めた事で混乱を極め、イザップナー最高指導官からの交戦命令を無視して女王軍に投降する者が出始めた。

 カスタマイズメニューに先程組み上げたマップアイテムデータを呼び出しながら、悠介はそれを設置、反映させるタイミングを計る。やがて、巨大防壁を迂回して現われるガゼッタ軍。
 悠介のカスタマイズによる地形干渉型の間接攻撃は、その性質上、対象の近くに干渉できるマップアイテムが必要になる。巨大防壁を逆利用しようとしたシンハの目論みは、そういう意味で裏目に出た。

 防壁から伸びる光の壁が、白刃騎兵団をぐるりと囲む。百人にも及ぶ無技の戦士達を巨大な壁で囲むとなると、相当な量の石材が必要になるのだが、幸い材料は腐るほどあった。長城の上半分の壁が広い範囲に渡って次々と消えていく。

「へ、陛下! これは……っ」
「まさか、俺たちごと壁で閉じ込める気か!」

 巨大な石の壁に閉じ込められるような形で進軍を止められた白刃騎兵団の中で、シンハは先程の部隊ごと転移させるような出鱈目な神技を考えれば、巨大防壁を幾つも出現させて部隊ごと囲む位の事はやりかねない事に今更ながら気がついた。

「くっ 俺の失策だ……常識を当て嵌めて考えるべきではなかった」

 奇しくもイザップナー最高指導官と同じ(てつ)を踏んでしまったシンハ率いるガゼッタ軍白刃騎兵団は、一度も交戦相手と刃を交える事無く『捕獲』されてしまったのだった。




「残りの精鋭団を全て議会堂に集結させろ、こうなったら戦闘後の活動で巻き返すしかない!」

 イザップナーは残った戦力で議会堂に立て籠もると、民衆を煽って継続的な内乱状態を引き起こし、そこから巻き返しを図ろうと目論む。その為にはまずゼシャールドを何とかしなくてはならない。水鏡に潜り込ませたベルーシャの任務遂行が待たれた。

「まだだっ、まだなんとかなる! とにかく女王の民衆支持を落とさねば……、おいっ! ヴォーメストはどうした! 伝達係っ!」

 必死に策を練ろうとするイザップナーだったが、実際には内乱を起こした当事者である彼にはもう、起死回生の策など残っていない。水鏡を制圧出来ず、精鋭団を撤退させた時点で既に勝負は付いていた。
 イザップナーが生き残る道は、女王の恩赦に縋るか、国を脱出する以外に残されていないのだ。

「精鋭団の集結はどうなってる! 早く報告に来んか! まったく……なにをやっているんだ……急がないと……」

 議会堂の最高指導官執務室にて、独りブツブツと策を呟くイザップナーの元に、腹心のヴォーメストが現われる事はなかった。






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