写真集「ピカドン ある原爆被災者の記録」などを出している報道写真家、福島菊次郎さん(92)。敗戦後の広島に通い、原爆関係だけで5万枚を撮った。けれども写した露出時間の合計は240秒にすぎない
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映像の限界を補完しようとつづったのが「写らなかった戦後 ヒロシマの嘘」(現代人文社)だ。「ピカドン」で取り上げた中村杉松さん一家も出てくる。「わしの写真を撮って世界中の人に見てもろうてくれ」。福島さんはある日、中村さんに頼まれる
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原爆症で妻を亡くし、自らも原爆症に苦しむ漁師の中村さん。極貧の中で6人の子どもを育てていた。ピカに遭った者がどれだけ苦しんでいるか、世界中の人に分かってもらえたら成仏できる―。だから遠慮せずに写してくれ、という中村さんの頼みだった
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それまでは気がとがめ、自由に撮れなかった。中村さんが赤ん坊を抱き、もらい乳に行く姿もその一つである。水ばかりの雑炊をすする一家、発作を起こし七転八倒する中村さん…。悲惨さにカメラを向ける勇気を、中村さんの言葉が与えてくれたという
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「ヒロシマの嘘」には被爆2世たちの闘いなどのほか、原爆と原発の章がある。10年前の刊行だけれど、末尾の言葉が重い。「核兵器と原発は同義語であり、人類が手にした文明の危険な終着駅である」。福島さんは3・11後、原発事故の被災地にも入っている。