いきあたりばったり

いいかげんが良い加減


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2012年12月9日(日)

@東加古川 兵庫大学

"こども福祉学科開設記念講演"を聴講してきました

講師は乙武洋匡さんです


"みんなちがってみんないい"


いきあたりばったり 



聴講者は、保育、幼児教育、初等教育、地域福祉、各関係者、小学生の参加も多かった
学生はカフェテリアでモニターしていたのか?休んでいたのか?あまり見かけなかったな


拍手で迎えられた乙武さんは電動車椅子に座り、それを左手で操りにこやかに颯爽と登場
左手の上腕部の半分ぐらいが彼の利き手

壇が高過ぎて顔の半分しか見えない、と、クィーーンと椅子の座高を上げる


「便利でしょ?」(会場笑)


胸元は黒のVネックに黒のジャケット
ピシッと伸びた背筋

いきあたりばったり 


滑舌のいい通る声で「ここは寒いですねーあせる(会場笑)


「今朝東京の自宅の最寄り駅のホームで電車を待っていたんです
もう寒くて寒くて…引き返そうかと思いました(笑)」

「それで、新幹線に乗り、西明石駅、ですか?に降りたわけですが、雪が降っていましてね!
これはえらいところに来てしまったな、と(笑)」


へぇ~っと会場の1,000人の受講者がドッとわく
そうよ、みんな先着1,000人の難関をくぐってきたのです、一言も聴きもらすまいと前のめりです


今日は聴講できなかった方のために書こうと思います


お時間の無い方はこちらを → 乙武洋匡オフィシャルサイト→http://ototake.com/

もしくは、乙武 洋匡 (h_ototake) on Twitter





゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚






乙武さんはどんな人かと聞かれると、シュッした人、と答えます

36歳、2児のお父さんにはとても見えません


外見は先天性四肢切断という重度の障がいを持ち、手足は短いです
でもそんなことは10分で慣れます、いい意味でです、慣れるんです


頭がキレる人はお話がお上手
気配りができる人は伝え方も上手、ということですね、

ツイッターで50万人ものフォロワーがいるのも納得です
140文字で的を射てそれでいて潔いいんですから

中には誹謗中傷、罵詈雑言くるようですが、ひとつひとつさらりとかわされている

器が違うんですね




まずはご家族のお話から・・・


上のお子さんは4歳だそうです

何かお手伝いをしたい年齢ってありますよね
そのジュニア兄君、1歳から乙武さんのトイレの介助をお手伝いしてくれていたそうです
そして齢2歳のジュニア弟君は今、髭そりを、、え?髭剃りですよ、どうやって??

ジュニア弟君が電気髭そりをウィーンとならしたら、乙武さんが顔を髭そりに当ててぐるぐる回すんだそうです

想像すると微笑ましいですね~

乙武さん、毎日だと首が痛くなりそうですけど;;「はい、できました!」なんて言われると少しぐらいヒゲが残っていても中身がスペシャルならいいやって思ってしまいます

実際、とても端整なお顔立ちをされていました

次はネクタイ結び、難しいですよね、私はできません
今では奥さまよりジュニア兄君の方が上手だそうですよ

「妻と子どものおかげで毎日楽しく過ごしています」


家庭の平和、、

原点はここかな?




いまさらですが、乙武さんは、
「五体不満足」の作者です





早稲田の大学生だったころに書かれたこの本、ご本人の容姿とともにセンセーショナルでした
この本で、障がい者という概念が変わった人も多いと思います

批判的な声も一部あったようですが、これは嫉妬みたいなもの、悲しいけれど世の常です

逆にそいういう声をブラックジョークで切り返す頭の回転の速さに
障がい者、健常者って区別、区切り、逆差別、何言ってんの??と思った記憶があります


彼は、障がい者だということでいじめを受けた記憶が全くないそうです

のう天気でもポジティブでも強がりでもなんでもなく、彼をとりまくすべての人たちが
彼をあたりまえの一人の人間として接してくれたから、だそうです


ただし、乙ちゃんルールというのがあり、乙ちゃんだけこれはナシね、とか、乙ちゃんはここタンマ、とか
これをクラスメイトが話し合って決めてくれたんだそうです


小学生の、他にできたことはありますか?という質問に

「バスケでね、ドリブルができるんですよ!

ここは体育館、、、あっ、ゴールもありますねぇ、バスケットボールありますか?あったりしますかー?」


さあ~、学務課の職員たちが、総出でボールを探し始めます、笑

私たちも「バスケのボールの一個ぐらい倉庫にあるやろ~」と思って見ていましたが
結局、最後の倉庫の扉を開いてもありませんでした

乙武さんも本当に残念そうで「見たかったでしょ?」「僕も見せたかったです!!」


講演後、進行の兵庫大教授がしきりに恐縮してはりました、笑
千載一遇のチャンスを逃したって感じですね、ハハ


ちょっとそれましたが、ご自身は誰何隔たりなく過ごしてきたので、障がい者であることを忘れる、と仰っていました
周りの人たちも忘れている、とも

そして、障がい者の差別について、命題を


「障がい者だから差別するのか?」


彼の答えはこうでした


「世の中の人は、障がい者だから差別しようとかって思います?
障がい者に"慣れていない"だけじゃないですか?

見慣れていない、接し慣れていない得体のしれないものには近づかないし、滅多なことは言わないし、言えないし、、それなら放っておこうって人がほとんどだと思います」


差別っていうのはただ、障がい者に慣れていないからだ、という意見、私も同感です


私はウィッグで隠していますが、それをとれば明らかに病気です
それを知らされてもどう接していいかわからない、どう言葉をかけていいかわからない、ならばややこしいし、忙しいし、アイツは適度に楽しんでいるようだから放っておこう、
これが大半でしょう、違うかなあ

ま、自分の病気と先天性四肢切断の彼とを同レベルで考えるのも「おいっ!どうかしてるぜっ!」なのですがw


彼の「ただ慣れていないだけ」という一言に大きな勇気をもらいました

普通でいいんです、卑屈になることも、明るく振舞う必要もない


慣れるのです、そうすると、近づき、次は理解しようという化学反応が次々におこります
それがあちこちで起こればあちこちで何かが変わります、ちょっとずつね


「五体不満足」は衝撃過ぎて、気の毒で見ていられないという人、金の亡者だとか、まあ妬みですね、すごく叩かれたのですが
実際彼のオーラは半端なく大きいし、面と向かって話しを聞いいてみるとほんっとうに影の部分が一切なく威風堂々とした大っきな人だなあって、

だから繰り返しますが、障がいのことなんて忘れて話を聴いていました




☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*






さて、卒業された乙武さんは元来スポーツ好きでスポーツライターの道へ進まれます

ひとりひとりの選手に誠意を持って取材し文字して正確に伝える
その活躍ぶりは、ライターだけでなく、キャスターとしても覚えていらっしゃる方も多いのでは


ある時から、あれ、最近あまり乙武さん見なくなったな・・・・


そうなんです、東京で3年間、小学校の教師のお仕事をされていたのです
ご存知ですか?


「だいじょうぶ3組」





主人公の赤尾先生はご自身の分身だとおっしゃっていました

子どもたちが乙武さんに慣れるまでは、そうですね、例えば「牛乳はどうやって飲むの?」など素朴な疑問ですよね
給食の時間になると子どもたちがかたずを飲んでガン見していたそうですw

壇上でペットボトルの水を実際に飲んで見せてくださいましたよ
めちゃくちゃ器用ですね、30数年もそれで生活されているのですからね


ただ、牛乳瓶のフタ、あれは開けられないそうです、なぜなら爪がないから

(暗い話ではないですよーーww)


それからは、子どもたちは今日は誰が先生の牛乳瓶のフタを開けるのか争奪戦だったそうです
これまた微笑ましい話です



乙武さんは、毎朝校門に立っていました

ある日、1年生の児童がやってきて、「先生?先生の手は春になったらはえてくるの?」

「困りましたね~、『先生の手はね、これはお母さんのお腹に忘れてきたからね、春がきてももうずっと生えることはないんだよ』と言いました」

「そうなの・・・」



またまた~暗い話ではないんですってーーww





━─━─━─━─━─





話は、なぜ彼がスポーツライター、キャスターをやめて小学校の教師になろうと思ったかということ、佳境に入ります


2003年、ある事件が起こりました
(↑ここ、別の事件と間違えていたので訂正しました)


そうです、少年による殺人事件です

その事件がきっかけとなり、29歳で大学に入り直し、小学校教諭免許を取得されました


「事件を起こしたいと思って生まれてくる子どもなどいません
環境、出会い、出来事など苦しい思いをしていた子どもたちはどこかでSOSを出していたはずです

大人が軌道修正していれば子どもたちは事件を起こしていなかったかもしれない」

今の僕があるのは、周囲の大人から愛情を持って育ててもらったからです、「今度は僕がその立場になろう」と、そう考えたそうです


「僕は3年間の教育現場で大事にしてきたことがあります

それは"のび太くんでも居心地のいい場所を作りたいという"気持ちです

のび太くんとは勉強もスポーツも苦手な子です
では、逆にいい子とはどんなこのことでしょう?

勉強のできる子は本当にいい子?

勉強の出来る子は"運のいい子"です
たまたま数字で表せるものが得意であっただけ・・・・


(なるほど~)


じゃぁ、数字で表せないものが得意な子ども、のび太くん、知ってますか?あやとりが天才的に上手なんですよ
だけど、それが通信簿に影響することは、残念ながらありません


じゃあどうするか、です


1つめ、子どもの一番良いところを見つけ、徹底的にほめ、自信をつけ、やる気を育てるよう心がけてきました

2つめは、ほかの子どもに、その子の良さを伝えること、です」



(本物の先生だ)



「ひとりひとりはジグソーパズルのようなもので、その1ピースはいびつで、凸凹であたりまえです
得意なことを、生かし、苦手なことを、補い合いながら支え合うということ

残念ながら、今、それができにくい時代になってきています


普通であることを求められる現在、アラ探しばかり、弱みを見せられない、弱さがバレないように生きている



これをすべて受け入れる



これをすべて受け止める



目の前にいる人のことも受け入れられる、許せる、認めらるようになる

ということを目指しています」


(こ、ここらへん・・・・・・必死でメモってました、)


「誰もが普通であることを求め、普通じゃないことはたたく、そんな世の中ではなく、
違いを認め、みんなでつながって支え合えるように、そしてできない自分に傷つく場面があっても、自分を好きになって自信をもって歩んでいける社会にしたい」

『みんなちがってみんないい』んだ、というのは金子みすゞさんの詩ですが、
僕のメッセージはここに集約され、ここから広がっていくものであると、これからも発信していきます」



終わり



゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚






わたしと小鳥と鈴と


        金子みすゞ


私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面(じべた)を速く走れない。

私が体をゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。





この詩の素晴らしいところは、ふつうなら個性のすばらしさを並べ、謳うのを、できないことを並べたあと
誰にでも苦手なことはある、だけど、それでいいんだよ、というところですね



ところで、乙武さんにはまだまだ夢があるんですっ

プロ野球のコミッショナーに、バンドに、落語・・w
目を輝かせて話してくれました

そして練馬と六本木に「まちの保育園」という認可保育所を共同経営で作られました
100名規模、すごいことです、私も寄せてほしいな

さらに、3月公開の「だいじょうぶ3組」ではなんと本人(フィクションの)役で俳優デビュー


いきあたりばったり 


http://daijyobu-3.com/



大人が夢をもつって大事なことです

夢があったら生徒を殴ったり、暴言を吐いたりしないはず
子どももそうです、打ち込めるもの、夢や目標があればいじめんなんてしている暇はないはず


教育って、保育って大事ですね、
なーんてありきたりな感想ですがね、やっぱり大人の責任は重いんです

子どもは親も先生も選べませんから









おまけ


乙武 洋匡‏@h_ototake 12/29

僕らは「自己犠牲を払ってまで他者を幸せに」と考えることは難しい。だから、まずは自分を幸せにすることに全力投球する。そうして余裕のできた人が、他者のため、社会のために動いていけばいい。でも、なぜかそういう人々に「偽善だ」「おまえは特別だ」と罵声が浴びせられる社会でもあるんだよなあ。

(あるある!)


乙武 洋匡‏@h_ototake 12/28

僕自身、5年間の教育現場の経験のなかで、「え、こうすればいいのに?」と思うことがいくつもあった。それが慣習や雰囲気という“見えない壁”に阻まれ、なかなか実現に至らないこともあった。だからこそ、強く感じる。物事を変えていくには、「強さ」と「覚悟」を身につけなければならないのだ。

(そうだそうだ!)




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