今回の安倍首相の訪露とプーチン大統領との首脳会談をどう評価すればいいか。大勢の財界人を引き連れてロシアに行ったその経済的成果は私にはわからない。しかし日ロ関係の最大の懸念である北方領土問題については何の成果も得られなかった事は共同声明から明らかだ。共同声明では、「交渉を再開することで合意した」、となっている。しかしこれは何の意味もない。これまで首脳レベルでさんざん交渉してきて、何も進展はなかったからだ。共同声明ではさらに、「次官レベルの交渉を急ぐことで合意した」となっているがこれも何の意味もない。官僚レベルでいくら話し合ったところで政治決断ができるはずはない。そして北方領土問題は政治決断なくしては進展はあり得ない。すなわち今度の安倍・プーチン首脳会談では北方領土問題は何の成果もなかったということだ。
それにも関わらず5月1日の大手新聞の社説は失敗とは書かない。「領土問題に『魔法の杖』はない」(読売)、「戦略的な視点で日ロの未来像を描こう」(日経)、「領土は焦らず着実に」(毎日)などなど。安倍首相と手を握ったと言われている朝日に至っては「再出発の土台はできた」などと評価するほどだ。なぜ本当の事を書かないのか。それは日ロ関係で成果がなかったとなると、安倍外交はすべてが失敗になるからだ。対中、対韓国外交は領土問題や歴史認識で行き詰まったままだ。対北朝鮮外交はミサイル発射問題や拉致問題で打つ手がない。2月の訪米で日米同盟の信頼を「とりもどした」と安倍首相が宣言した対米外交でさえ、安倍首相の国粋主義的な言動は米国の警戒の的だ。だから今度のロシア訪問とプーチン大統領との会談は成功させなければいけなかったのだ。
そしてここからがこのメルマガで言いたいことである。今度の日ロ首脳会談をめぐる報道の中で、これほどのごまかし報道はないだろうと思われる報道があった。それは日ロ首脳会談において「プーチン大統領が面積二等分割方式に言及していた!」、という報道のことである。4月30日のテレビが流し、5月1日の朝日、毎日、東京が書き、そして今日5月2日の読売が後追い記事を書いている。しかし、その記事の内容は摩訶不思議だ。プーチン大統領が、領土問題に関して面積を半々に分け合う二島分割方式に言及して話を切り出していた、というのである。しかし、これは過去にロシアが中国やノルウェーと国境線を画定した例を引用しただけで、北方領土問題に関して言及したものではない、ましてや提案ではないという。安倍首相はこのプーチン大統領の発言の真意を測りかねているという。
なぜこのような馬鹿げた首脳会談の内幕をメディアが判で押したように一斉に報道したのか。それは「日本政府関係者」がメディアにしゃべったからだ。メディアとしては書かざるを得ない。それではなぜ「日本政府関係者」がこのような無意味な内幕を漏らしたのか。それは北方領土問題について何の進展もなかった事を誤魔化すために目新しい発言がプーチン大統領の口から出たという事を書かせることによって国民の注目を引き付けるためだ。よく読むとそれがプーチン大統領の前向きな発言どころか、北方領土は返さないというメッセージであるのに、あたかも新提案のような印象を与えるためのゴマカシであることがわかる。しかも分割提案がプーチン大統領から出された事について、それがうまく行かなくても言い訳が出来る。実際のところ、ロシアは分割返還どころかびた一文返還しないのに、日本は4島一括返還を求めているから、たとえ分割方式という譲歩が仮にプーチン大統領から提案されても日本は直ちにそれに乗れない、と断ったと言えばいいのだ。
それにしてもこのような見え透いた首相官邸の情報操作に加担するこの国のメディアとは何だろう。4月30日夜のテレ朝「報道ステーション」で古舘伊知郎がやたらに繰り返し、念押ししていたのが印象的だった。「いいですか、これは北方領土問題について言っているのではないのですよ。プーチン大統領の提案ではないのですよ」、と。嘘を報道して視聴者を惑わしてはいけないという良心のなせる発言か、それとも嘘をついてはいない、というアリバイづくりなのか。彼の表情からは、それはわからなかった。いずれにしてもこの面積二分割方式という提案は、もはやメディアで再び取り上げられることはないだろう(了)