いよいよ本格的に、規制が強化される形での改定が危惧される児童ポルノ法。この法律が現行でも抱えている最大の問題点が、「そもそも児童ポルノとはなんなのか?」という定義。全裸はまずいのか? あるいは、水着を着ていてもまずいのか? 基準は明確ではない。そして「これが児童ポルノですよ」という指標になる現物を見ることはできない。販売や提供が禁じられている以上、児童虐待などの調査目的でも、児童ポルノとされるものを、容易に見ることはできないのだ。
現在、児童ポルノとされている書籍を最も多く収蔵しているのは、国立国会図書館だと考えられる。ここには、納本制度によって収蔵されたものが多数存在するからだ。
しかし、収蔵された児童ポルノと思われる書籍は、閲覧することはおろか、存在すら確認することはできない。
その理由は2004年、法務省が国会図書館に対して、児童ポルノとされ得る蔵書を閲覧する行為が、提供の罪に当たる可能性があると指摘したためだ。これを受け、国会図書館は05年から閲覧制限を開始。06年には内規を設定し、検索からも完全に排除したのだ。過去の報道によれば、国会図書館が閲覧禁止にしている蔵書は写真集118点と雑誌2タイトルだとされる。
閲覧はおろか、検索からも排除されたことは、むしろ悪影響しか及ぼしていない。タイトルもわからなければ、一体どういったものが児童ポルノに当たると国会図書館が判断しているのか、まったく見えないからだ。そして、その判断が妥当かも検証することはできない。
児童ポルノ法改定問題がにぎわい始めていた5月、筆者はタイトルだけでも確認すべく、国会図書館にアポイントメントを取った。
筆者の要望は2点。ひとつは、閲覧禁止にしている蔵書の書誌データ。もうひとつは、該当する蔵書の閲覧請求である。
対応したレファレンスの担当者は、こちらの要望に、明らかに戸惑っていた。いわく、「そういうお問い合わせは初めてです」という。何度も電話を保留にされた挙げ句、先方からの回答は、
「閲覧禁止にしているもののリストはありません。情報公開請求してください」
とのことであった。これを受け、早速、情報公開請求を求める書類を送付した。一度、開示決定の延長を知らせる書類が届き、待たされること2カ月あまり。ようやく届いた開示通知書の内容は、驚くべきものだった。
簡単に述べれば「決定過程の会議の資料は公開する。だが、閲覧禁止図書は閲覧させないし、書誌データを教えることはできない」というものだったのだ。
文書の中で、国会図書館は書誌データなどを公開できない理由を次のように述べる。
「被写体となった児童の人権への配慮は言うまでもなく、全国のほかの図書館で同様の措置が取られることを期待するものではないこと、出版社等の過剰な自主規制等を促す目的ではないこと、利用制限措置が決定された資料であっても、概ね3年ごとに再審査(見直し)を行った上で利用制限延長の要否を決定していること等が挙げられる」
さらに「本件書誌情報を一覧できる形で公表することにより、さまざまな介入を招き、利用制限措置の要否に関する意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれがある」ともしている。
閲覧不可は、想定内(そもそも、情報公開請求は事務文書に対するもので蔵書は対象外)だったが、まさか書誌データも公開しないとは、驚くばかりだ。
この文書からみるに、国会図書館は自分たちが閲覧禁止図書のリストを公開した時の弊害を、非常に気にしていることがわかる。その背景には、国会図書館自体も、法務省からの罪に問われる「脅し」を受けて、仕方なく導入しているものであり、ほかの図書館が同様の措置を取ることを危惧している事情もある。
国会図書館がこのような措置を取らざるを得ないのは、児童ポルノの定義が曖昧なままで放置されているからにほかならない。
実のところ、国会図書館では閲覧禁止にしている蔵書に掲載されている写真は、雑誌などにも転載されている(閲覧禁止なので、あくまで推測である)。それらの雑誌に掲載された写真には、堂々と18歳未満であることが記述され、性器に修正が施されていないものも含むにもかかわらず、閲覧禁止にもなっていないし摘発された事例もない。そして、それらの雑誌は国会図書館でも自由に閲覧できるという矛盾を抱えていたりする。
確かに興味本位で閲覧を求める人もいるかもしれないが、国会図書館が、児童ポルノとされる蔵書の閲覧を禁止するばかり、書誌データを公開しないのは、児童ポルノが何かを知る機会を奪うことになる。何が児童ポルノか妥当な判断基準がないのに禁止とすることは、むしろ児童の権利保護にとっては有害でしかないだろう。今後も、筆者は書誌データの公開と閲覧を求めて取材を進めていく予定だ。
(取材・文=昼間たかし)