「アベノミクス」によるデフレ脱却のシナリオがこのままでは危うくなりはしないか。発表が相次いだ6月の各種経済指標を見て、そんな懸念を抱いた。
雇用環境は好転しているように見える。失業率は3.9%で、4年8カ月ぶりに3%台に低下し、有効求人倍率も4カ月連続で改善した。
ただ、円安で輸出が好調な自動車を中心にした製造業にしても、増えた求人の多くは期間工を含む非正規労働者が占める。雇用の量の拡大が、待遇や賃金といった質の改善に必ずしも結び付いてはいない。
そのことを物語るのが毎月勤労統計調査だ。6月の平均現金給与総額は、前年同月をわずか0.1%上回っただけ。ボーナスを含む特別給与が若干増えたためで、基本給である所定内給与は0.2%減と、13カ月連続で減少している。
一方で、円安に伴う輸入エネルギー・原材料価格の高騰で、光熱費を中心に製品・サービスが値上がりしている。6月の全国消費者物価指数は前年同月比0.4%の上昇で、1年2カ月ぶりにプラスに転じた。
物価の上昇は形の上ではデフレ脱却に向けた前進といえる。だが、その内実を見れば、とても歓迎はできない。
アベノミクス成功の鍵となるのは、働く人の所得が上向くことだ。所得の増加が消費を軸にした支出を増やし、そのことが企業の生産増につながるという好循環を形作るからだ。
だが、現実はどうか。賃金が増えないにもかかわらず、物やサービスの値段が上がり家計の負担を増す「悪い物価上昇」が進みつつある。このままでは消費を冷え込ませる。
デフレ脱却のシナリオを破綻させかねないその現状を、政府は直視する必要がある。と同時に、大企業の姿勢に厳しい視線を注がなければならない。
金融緩和による円安・株高で市場や経済は活気づいた、その「果実」はどこにいったのか。大企業では利益を、成長につながる賃上げや設備投資に回さず、社内にため込む「内部留保」が急拡大している。
大手30社の総額は3月末(一部5月末)で1年前より約6兆円増え、77兆円を超えた。伸び率は8%超で、その前の3年間の2〜4%を大きく上回る。
先行きがなお不透明で、新規投資や賃上げに踏み切る環境にはないとの経営判断はあろう。
だが、政府はアベノミクスの成否をかけ、賃上げの環境づくりをしなければなるまい。今後、設備投資を促す投資減税を議論するのと併せ、内部留保を賃金に向けさせる方策も検討する必要があるのではないか。
日本は2000年代に世界経済の成長を追い風に戦後最長の景気拡大をしながら、富は企業が蓄積し、働く人の所得は伸びなかった苦い経験がある。
仮に政権が思い描く成長ができたとしても、同じ轍(てつ)を踏むようならアベノミクスは失敗と言われよう。そのことを肝に銘じ現実と向き合うべきだ。