◆「自分は大丈夫」過信禁物
世界文化遺産になった富士山で急病人やけが人の診察をしている富士山衛生センター=28日、富士宮市の富士宮口登山道8合目で
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世界文化遺産に登録後、初の夏山シーズンを迎えた富士山で、十分な休息を取らずに徹夜で登る「弾丸登山」の増加が心配されている。富士宮市の富士宮口登山道八合目の日本一高い場所にある診療所「富士山衛生センター」(三、二五〇メートル)に滞在し、身体に負荷が大きい弾丸登山の実態を確かめた。
「頭が痛くて、吐き気もする」。二十八日午前零時すぎ、青い顔をした男性がセンターのドアをたたいた。浜松医科大付属病院から派遣され、二日前に来た宮津隆裕医師(27)が診察室に通し、男性の顔に酸素ボンベのマスクを当てた。
外気温は氷点下に近い。時折激しい雷雨が襲う。六畳と二畳の部屋にベッドを一つずつ備え付けただけの診察室に、男性の後も似たような症状を訴える人が五人も続いた。一時間ほどで室内は患者でいっぱいになった。
初めて富士登山したという大阪府東大阪市の自営業の男性(21)は、五合目(二、四〇〇メートル)を二十七日夜に出発した。徹夜で登り詰めた後に御来光を眺めて、そのまま下山するつもりだった。いわゆる弾丸登山だ。
高山病にかかった登山者を診察する宮津隆裕医師(左)=28日、富士宮市の富士宮口登山道8合目で
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ところが、登り始めてすぐに吐き気とめまいを感じ、センターがある八合目でついにダウン。「外回りの仕事をしていて体力に自信があり、安心してしまった」とうなだれ、五合目に引き返した。
三重県伊賀市の女性公務員(24)も弾丸登山で吐き気を覚え、診察室で二十分ほど休憩して下山した。午前五時半までに七〜五十九歳の男女計十四人が診察を受け、いずれも高山病と診断された。うち半数以上の八人が、弾丸登山をしていた。
宮津さんの富士山勤務は初めて。診療所を開いた初日の二十六日夜から二十七日朝の患者も十七人で、多くが高山病だったという。「過酷な自然環境の中での弾丸登山が悪影響を及ぼしたのは明らか」とみる。「最悪の場合は呼吸中枢が圧迫されて死に至る可能性もある」と話し、体調の異変に気付いたらすぐに下山するよう促した。
センターを運営する富士宮市観光課などは「世界遺産登録による登山者の増加で、患者数も増える」と予測しており、山小屋で宿泊して休みを取りながら登山するように求めている。週末は予約で埋まっている場合が多いため、平日の利用を呼び掛けている。
<高山病> 空気の薄い高所で、より多くの酸素を脳に送り込もうと血管が拡張して発症する。脳そのものが腫れ上がり、頭骨に圧迫されて頭痛やめまいを感じる。富士宮市によると、2012年度までの5年間に、富士山衛生センターで毎年300〜500人の患者を受け入れたが、7割が高山病だった。
<富士山衛生センター> 静岡県が1961年度に開設。7月下旬から約1カ月間、2人1組の医師と医学生が4日間ほどで入れ替わりながら、24時間体制で診察する。今年は8月19日まで。年間660万円の運営費は富士宮市が半分以上を負担し、残りは県の補助金。受診は無料だが、市は診察室に設けられた箱に善意の協力金を投じるように促す。山梨県富士吉田市の吉田ルートにも医師が詰める診療所2カ所があり、7合目は8月23日まで、8合目は8月25日まで診察する。
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