結城浩です。いつもご愛読ありがとうございます。
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なお、書籍化第二弾は2013年12月刊行の予定です。
(第39回からの続き)
ユーリ「この表にすべての自然数が一回だけ出てくるなんて、おもしろいにゃあ……ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんの先生はこれを見越してあの変なサイコロを貸してくれたの?」
僕「え? いや、わからない」
ユーリ「このサイコロに説明書みたいなの、ないの?」
僕「そういえば、箱があったな」
ユーリ「箱って? これ?」
ユーリは机の上の箱を手に取る。
僕「うん。サイコロはこの箱ごと借りたんだ」
ユーリ「お兄ちゃん……説明書、入ってるじゃん!」
僕「え?」
ユーリ「ほら底の方に。説明書っていうか、変な数式だけど」
僕「変な数式? ……村木先生の問題か?」
村木先生の問題
ユーリ「これは……これを計算しろって問題?」
僕「そうだろうね」
ユーリ「なんだかすごい分数だねー。めちゃくちゃじゃん」
僕「いやいや、ぜんぜんめちゃくちゃじゃないよ」
ユーリ「そう?」
僕「そうだよ。 たとえば分子を見てごらん。 $2$ や $4$ は簡単な数だからこれだけ見ててもパターンはよくわからないけど、 $16$ や $256$ が出てきたらもうもうはっきりするよ」
ユーリ「へー」
僕「へえじゃなくて、 $2$ の冪乗じゃないか」
ユーリ「あ、ほんとだ……あれれ、でもさー、 $3$ 乗や $5$ 乗はでてきてないよ」
僕「ん? 言われてみればそうだな。 $1$ 乗、 $2$ 乗、 $4$ 乗、 $8$ 乗、 $16$ 乗……」
ユーリ「お兄ちゃん、これもしかして……」
僕「そうだね。何乗するかという指数自体が $2$ の冪乗になってるなあ!」
ユーリ「おー!」
僕「ややこしい話になりそうだから、ここで整理しておこう」
ユーリ「そんなのいいから、早く計算しようよ」
僕「だめだよ。あわてて計算してもいいことはない。この紙に書かれている数式の最後にテンテンがあるだろ?」
ユーリ「あるけど?」
僕「この和を計算するんだけど、この先には無限の項が続いていることを象徴的に表現してる」
ユーリ「だから?」
僕「だから、どんな項がこの先に続いているかをしっかりと予想しなくちゃ。その予想を外すと、いくら計算しても無意味な結果になる。特にはじめはあわてずにきちんと整理することが必要なんだよ」
ユーリ「んもう、めんどいなあ。わかったから早く整理しよーよ」
整理してみよう
僕「この分数の分子には、 $2, 4, 16, 256, 65536, \ldots$ という数が出てくる。これは $2$ の冪乗なんだけど、その指数がさらに $2$ の冪乗になっている数列になってるね」
ユーリ「さっきそれ言った」
僕「そうなんだけど、こんなふうに $1$ 番目は、 $2$ 番目は、 $3$ 番目は……って整理するのは大事だよ」
ユーリ「整理するって話はさっきから言ってるじゃん。だから、なんで?」
僕「こうやって整理するとね、『それなら $k$ 番目の項の分子はどうなりますか?』という問いに答えられるからなんだ」
ユーリ「 $k$ 番目…… $k$ って何?」
僕「 $k$ は $1,2,3,\ldots$ のどれかを表している数。つまりね、具体的な数を書いて整理すると一般化するときにミスしないんだよ。ユーリはわかるよね。 $k$ 番目の項の分子はどうなりますか?」
ユーリ「うん、わかるよ。《 $2$ の《 $2$ の $k-1$ 乗》乗》でしょ!」
僕「そうだね!」
ユーリ「だってワンパターンだもん。ほら $1$ 番目は $0$ 乗で、 $2$ 番目は $1$ 乗で、ってなってるから、 $k$ 番目は $k-1$ 乗でしょ?」
僕「そうなんだよ。具体的に整理すると《なんだ、ワンパターンじゃないか》ってすぐにわかる。それが大事なんだよ」
ユーリ「へいへい。早く分母も整理しよーよ」
僕「こんな感じかな」
ユーリ「そんで次はあれでしょ? 『 $k$ 番目の項の分母はどーなりますかー?』って聞くんでしょ、どーせ」
僕「そうそう、よくわかったね」
ユーリ「だってワンパターンだもん。こんどは $1$ 番目が $1$ 乗で、 $2$ 番目が $2$ 乗だから、 $k$ 番目は $k$ 乗だね」
僕「うん、そうだね。これで $k$ 番目の項の分子と分母がわかったことになるから、 問題の数式はこんな風に書いてもいいことがわかる」
ユーリ「うわこれめんどくさそー」
僕「マイナスの位置に注意しないといけないね。分子のマイナス $1$ は指数のところだけで、分母のマイナス $1$ は全体だ」
ユーリ「でも、これで計算が始められるね!」
僕「いや、念のために検算しておこう」
ユーリ「えー、はやく計算しよーよー」
僕「ちょっと待って……うん、こうだな」
ユーリ「ふーん」
僕「どうした?」
ユーリ「あのね、お兄ちゃん。紙に書いてあった $256$ とか $65535$ とか見たときは『でたらめっぽい』って思ったんだけど、こんなふーに数式に書くと『でたらめっぽくない』って感じがするの」
僕「へえ」
ユーリ「なんでだろ?」
僕「うん、それは数式がきれいなパターンを作るからかもしれないね。同じリズムの繰り返し。同じパターンの繰り返し。そういうのがあると、適当に数を並べたんじゃなくて、そこに意味がある感じがするんだと思う」
ユーリ「……」
計算開始
僕「じゃ、これから計算してみようか。話がややこしくならないように、名前をつけておこう。 $1$ 番目の項は $a_1$ で、 $2$ 番目の項は $a_2$ で……というふうに書くことにするね」
ユーリ「うん、わかった」
僕「それで、電卓でおおよそどれくらいになるか計算してみよう」
ユーリ「ふーん……」
僕「なに?」
ユーリ「すっごく小さくなるんだね」
僕「そうだね。 $k$ が大きくなると、 $a_k$ は急激に小さくなるみたいだ。分子に比べて分母が大きくなるからだね」
ユーリ「うーん……」
僕「それで、 $a_1$ から $a_k$ まで足していったものを $S_k$ と表すことにして計算してやろう」
ユーリ「うん!」
僕「お、これは……」
ユーリ「ねー、お兄ちゃん! これって、このままずっと行くと、どんどん $0.999$ キュウキュウキュウって続くんでしょ」
僕「きっとそうだなあ。 $0.999999999767169\cdots$ だからなあ……」
ユーリ「でも、お兄ちゃんのことだから、ちゃんと数式で考えたいんでしょ?」
僕「それはもちろんそうだよ。そのためにさっき $k$ 番目の項を数式で表したんだからね。僕たちが求めるのは、 $S_1, S_2, S_3, \ldots, S_k, \ldots$ とずっと進めていったときに $S_k$ が近づいていく極限値だよ。 それは $\lim$ という数学的な記号を使ってこう書くんだ」
ユーリ「ふーん。 $\infty$ は無限大ってゆーんだよね?」
僕「そうだね。この $\displaystyle\lim_{k \to \infty}S_k$ という式の意味をきちんと説明するには数学の極限を勉強しなくちゃいけないけど、 簡単にいうなら、 $k$ を $1,2,3,\ldots$ のように大きくしていったとき、 $S_k$ がある特定の数に限りなく近づくときの、その数を表す」
ユーリ「ある特定の数?」
僕「そう。ある特定の数に限りなく近づくとする。そのとき、その数のことを $\displaystyle\lim_{k\to\infty}S_k$ と書く約束になってる」
ユーリ「限りなく近づく……ってなんだかよくわかんにゃい」
僕「そうだね。でも、いま僕たちが考えている $S_1, S_2, S_3, \ldots, S_k, \ldots$ を例として考えればイメージはわかるよね」
ユーリ「あ、そっか。 $0.999$ でどんどん $9$ が増えていけば……」
僕「限りなくある特定の数に近づくよね?」
ユーリ「えーと、うん、 $1$ に近づく」
僕「その通り! だから、僕たちの予想はこうなる」
$$ \lim_{k\to\infty}S_k = a_1 + a_2 + \cdots + a_k + \cdots = 1 $$
ユーリ「あれ? イコール $1$ でいいの? イコール $0.999\cdots$ じゃないの?」
僕「どちらでも同じだよ。 $0.999\cdots = 1$ だから」
ユーリ「イコールでいいの?」
僕「いいよ。 $0.999\cdots$ と $1$ は厳密に等しいから」
ユーリ「そーなの??」
$0.999\cdots = 1$ の話
僕「そうだよ。 $0.999\cdots$ っていうのは、ある特定の数を表している。そのある特定の数っていうのは、 $0.9, 0.99, 0.999, 0.9999$ と続く数列を考えたときに、 その数列が限りなく近づく数のこと。そしてその数は具体的にいえば $1$ だ。 だから、 $0.999\cdots = 1$ は数学的に正しい等式になる」
ユーリ「そーなんだ。ユーリ、 $0.999\cdots$ は $1$ よりも《ちょっとは小さい》と思ってたよ」
僕「それはよく誤解される点だよね。 $0.999\cdots$ は $1$ に厳密に等しいんだ」
ユーリ「でもほら、いくら $0.9, 0.99, 0.999, 0.9999$ と続けていっても $1$ よりは小さいじゃん?」
僕「ユーリのその考えは正しい。でも、 $0.9, 0.99, 0.999, 0.9999$ と数列を続けていったとき、この数の列は、どんな数に近づくと思う? この数列に出てこない数でもいいんだよ。 この数の列が限りなく近づいていくたったひとつの数は何か? と聞かれたらなんて答える?」
ユーリ「ん? あ! $0.9, 0.99, 0.999, 0.9999$ の先に出てこなくてもいいの?」
僕「出てこなくてもいいよ。限りなく近づく数は何? と聞いているんだ。ぴったり一致しなくてもいい」
ユーリ「ははーん。それなら $1$ だね。 $1$ に限りなく近づくから」
僕「そう。その数のことを《 $0.999\cdots$ 》という書き方をして表す約束なんだ。だから、 $0.999\cdots = 1$ は厳密に正しい等式」
ユーリ「うん、ちょっと納得した」
僕「じゃ、僕たちの問題のほうに戻ろう」
ユーリ「うん!」
僕たちの問題
僕「僕たちは、 $k$ を大きくしたときに $S_k$ がどんな数に限りなく近づくかを知りたい」
ユーリ「たぶん $1$ だろーなーと予測しているけど」
僕「うん、そう予測しているけど。それは検算用にとっておこう。僕たちは $S_k$ を作り出している $a_k$ を詳しく考える」
僕「これをじっと見て、慣れることから始めよう。そして僕たちの目標は $\displaystyle\lim_{k\to \infty} S_k$ だ」
ユーリ「ねえ、お兄ちゃんは、どうすればいーのか、もうわかってんの?」
僕「いや、まだ。わかってない。考えていくけど、もしかしたら行き詰まるかもしれない」
ユーリ「ふーん。そんときはユーリが助けたげるよ」
僕「……!」
ユーリ「だから、おーぶねに乗った気でいてね」
僕「……それは頼もしいな」
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